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成長

ヴァイン=ワイン

ヴィースキー=ウイスキー

ヴィール=ビール

エーリュ=エール

ステゥト=スタウト=黒ビール

シェリア=シェリー

ブランディア=ブランデー

バーヴォン=バーボン

コニック=コニャック

カルヴァトス=カルバドス=リンゴのブランデー

ジィン=ジン

リャム=ラム

テキラ=テキーラ

コーフィーリギュール=コーヒーリキュール

カカルリギュール=カカオリキュール

グルミ=クルミ

キャベシ=キャベツ

休肝日。


朝の柔らかな陽射しが、『Rack of Luck』の窓から差し込んでいた。


昨夜までの賑わいが嘘のように、店内は静かだ。


タクはカウンターを丁寧に磨き終え、棚に並ぶグラスを一つひとつ磨いていく。


磨き終えたグラスへ光が差し込み、透明な輝きを放つ。


「うん……。」


自然と笑みがこぼれた。


そこへ、いつものようにエレノアが店へ入ってくる。


「おはよう。」


「おはようございます。」


タクが一礼すると、エレノアは店内を見回し、小さく頷いた。


「綺麗にしてるね。」


「ありがとうございます。」


しばらくカウンターの中を眺めていたエレノアは、不意に言った。


「タク。」


「はい。」


「もう基本は身についたね。」


その言葉に、タクは少し驚く。


「……ありがとうございます。」


「じゃあ。」


エレノアは微笑んだ。


「次の段階だよ。」


――――――


二人は地下セラーへ降りる。


ひんやりとした空気。


壁に灯る魔力灯。


熟成中のヴァイン。


ヴィースキーの樽。


静かな空間の一番奥。


今まで布が掛けられていた棚の前で、エレノアが立ち止まった。


「実はね。」


布へ手を掛ける。


「ずっと隠してたものがある。」


するり、と布が外れる。


そこには、今まで見たこともないほど多くの酒瓶が並んでいた。


「……。」


タクは思わず息を呑む。


色も形も違う瓶。


細長いもの。


丸いもの。


背の高いもの。


琥珀色。


黄金色。


深い赤。


透明。


一本一本が、それぞれ違う表情をしていた。


「すごい……。」


エレノアは一本の瓶を手に取る。


「今までは必要最低限しか店には並べなかった。」


「理由は一つ。」


瓶を静かに棚へ戻す。


「酒は種類が多いほどいいわけじゃない。」


タクは真剣な表情で聞いている。


「特徴。」


一本。


「香り。」


一本。


「度数。」


一本。


「どんな料理に合うか。」


一本。


「どんな気分の日に飲む酒なのか。」


一本。


「全部覚えきれないうちは、お客様を迷わせるだけだからね。」


静かな言葉だった。


だが、その一言一言には重みがあった。


「バーはね。」


「酒を並べる場所じゃない。」


「酒を選ぶ場所なんだ。」


――――――


エレノアは最初の一本を取り出した。


「ヴィール。」


「最初に覚えたお酒だね。」


次に。


「エーリュ。」


香り豊かな上面発酵酒。


「料理を楽しみながら、ゆっくり飲みたい人向け。」


さらに。


「ストゥト。」


黒く深い酒。


「香ばしい料理や肉料理によく合う。」


棚の奥から白い瓶。


「白ヴァイン。」


「魚介や野菜。」


「軽やかな料理と合わせる。」


隣。


「赤ヴァイン。」


「肉料理。」


「煮込み。」


「少し長い夜。」


一本一本。


エレノアはまるで友人を紹介するように語っていく。


「スパークリングヴァイン。」


「乾杯。」


「始まりの酒。」


「フォルトヴァイン。」


「ゆっくり話す夜。」


「シェリア。」


「香りを楽しむ酒。」


「ブランディア。」


「温めても美味しい。」


「ヴィースキー。」


「氷と遊ぶ酒。」


タクは一つも聞き逃すまいと頷き続ける。


「バーヴォン。」


「甘い樽香。」


「コニック。」


「貴族に好まれる。」


「カルヴァトス。」


「果実の香り。」


「ジィン。」


「香草の世界。」


「ヴォッカ。」


「透明だからこそ難しい。」


「リャム。」


「甘い香り。」


「テキラ。」


「陽気な酒。」


「ハーヴリギュール。」


「薬草の優しさ。」


「コーフィーリギュール。」


「夜の締め。」


「カカルリギュール。」


「甘い時間。」


気付けば棚いっぱいに酒が並んでいた。


まるで、一冊の図書館。


一本一本が、一つの物語だった。


――――――


「タク。」


「はい。」


「瓶を見るんじゃない。」


「……?」


「お客様を見るんだよ。」


エレノアは優しく笑う。


「同じヴィースキーでも。」


「ロックがいい人。」


「ストレートがいい人。」


「水割りが好きな人。」


「今日はクラッシュアイスで飲みたい人。」


「全部違う。」


「酒は同じ。」


「でも。」


「飲む人が違えば、正解も変わる。」


タクは静かに頷いた。


「はい。」


「覚えます。」


「違う。」


エレノアは首を横に振る。


「覚えるんじゃない。」


「寄り添うんだ。」


その言葉は、胸の奥へ静かに落ちていった。


――――――


二人は酒棚を整理し始めた。


高さを揃え。


種類ごとに並べ。


ラベルを正面へ向ける。


一本ずつ。


一本ずつ。


まるで店が息を吹き返していくようだった。


最後の一本を並べ終えた時。


地下セラーには、美しく整えられた酒棚が完成していた。


タクはその光景を見上げる。


思わず息を呑むほど、美しかった。


エレノアはその横顔を見ながら、小さく微笑む。


「今日から。」


「この棚も、あんたに任せるよ。」


タクは少しだけ目を丸くした。


そして深く頭を下げる。


「……はい。」


「必ず。」


「この一本一本を、大切に扱います。」


エレノアは満足そうに頷く。


「うん。」


「それでいい。」


地下セラーには、静かな空気が流れていた。


だがその静けさは、始まりの静けさだった。


タクは知らなかった。


この酒棚が、これから先――


数え切れないほどの出会いと、


数え切れないほどの物語を、


生み出していくことになるのだから。


――――――


夕暮れ。


空が茜色から群青へと変わり始める頃。


タクは一本一本、磨き終えた酒瓶を棚へ戻していく。


ヴィール。


エーリュ。


ストゥト。


白ヴァイン。


赤ヴァイン。


スパークリングヴァイン。


フォルトヴァイン。


シェリア。


ブランディア。


ヴィースキー。


バーヴォン。


コニック。


カルヴァトス。


ジィン。


ヴォッカ。


リャム。


テキラ。


ハーヴリギュール。


コーフィーリギュール。


カカルリギュール。


以前よりも棚は賑やかになった。


だが、不思議と騒がしさはない。


一本一本に居場所があり、一本一本に意味がある。


タクは静かに棚を眺め、小さく息を吐いた。


「……よろしくお願いします。」


酒へ向けた、小さな挨拶だった。


――――――


開店。


扉のベルが静かに鳴る。


「こんばんは。」


最初に入ってきたのはミズハだった。


「こんばんは、ミズハさん。」


「今日は少し暑かったですね。」


「そうだね。」


タクは少しだけ考える。


「今日は、よく冷えた白ヴァインはいかがでしょう。」


「香りは軽く、酸味が心地よい一本です。」


ミズハは微笑んだ。


「それをお願いしよう。」


タクはグラスを冷やす。


静かに白ヴァインを注ぐ。


続いて左側から、小皿を置く。


ファーストプレート。


薄く切った白身魚。


オリーヴオイル。


レモソ。


刻んだハーブ。


「白ヴァインの酸味が、魚の甘みを引き立てます。」


ミズハは一口。


白ヴァインを含み、


続いて魚を口へ運ぶ。


「……。」


目を閉じる。


「今日はこれが正解だった。」


その一言だけで十分だった。


――――――


入れ替わるように、


ミズネがやって来る。


「こんばんは。」


「こんばんは、ミズネさん。」


「明日も朝から査察でしてね。」


「今日は飲み過ぎられません。」


タクは頷く。


「でしたら。」


ブランディアを少量。


温め過ぎない程度にグラスへ。


香りだけを立たせる。


左側から置くファーストプレート。


ドライチーズュ。


グルミ。


少量のハチ蜜。


「香りをゆっくり楽しめます。」


ミズネは鼻先で香りを吸う。


「……いいですね。」


「今日は静かな気分でした。」


「その通りです。」


二人とも、それ以上は言わなかった。


――――――


ガラン。


扉が勢いよく開く。


「よお!」


ドワーフのガルムだった。


「今日は喉が渇いた!」


「ヴィールから頼む!」


タクは笑う。


「かしこまりました。」


泡まで美しく注ぐ。


そして左から置く。


ファーストプレート。


厚切りソージーセ。


粒マスタード。


酸味の効いたキャベシの酢漬け。


ガルムは豪快に笑う。


「これだ!」


「俺はこれが好きなんだ!」


豪快に飲み、


豪快に笑い、


豪快に食べる。


その姿を見て、


周りのお客も自然と笑顔になる。


――――――


少し遅れて、


旅猫が入ってくる。


「今日は歩き疲れたにゃ。」


「重たくない酒がいいにゃ。」


タクは少し考えた。


ジィン。


リャイム。


炭酸。


軽やかな一杯。


左側から。


ファーストプレートは、


軽く炙ったアーモンドゥ。


カジューナッツ。


グルミ。


香辛料を少しだけ。


旅猫は嬉しそうに笑う。


「旅の終わりって感じがするにゃ。」


――――――


夜は少しずつ深まる。


席は埋まり、


笑い声も増える。


だが、不思議だった。


誰一人、


酒の種類が増えたことに戸惑わない。


「今日は何がいいですか?」


と聞くと、


タクはその人を見る。


その日の表情。


歩き方。


声色。


疲れ。


嬉しそうな顔。


全部を見る。


それから一杯を決める。


「今日はこれが、お似合いかと思います。」


誰も、


「違う。」


とは言わない。


むしろ、


「今日はそれにしよう。」


そう言って笑う。


――――――


カウンターの奥。


エレノアはその様子を見ていた。


何も言わない。


何も教えない。


ただ、


グラスを磨きながら見守る。


タクは忙しい。


注文を受ける。


酒を注ぐ。


料理を作る。


会話をする。


笑顔で送り出す。


それでも、


慌てる様子はもうなかった。


一人一人と向き合う。


その姿勢だけは崩れない。


――――――


閉店。


最後のお客様を見送り、


静かに扉を閉める。


「ありがとうございました。」


カラン。


ベルが鳴る。


静寂。


いつもの閉店後。


タクはグラスを洗う。


エレノアは棚を眺めていた。


「どうだったい。」


「種類が増えて。」


タクは少し考えてから答える。


「最初は、不安でした。」


「覚えられるかなって。」


「でも。」


「全部覚える必要はないんですね。」


エレノアは頷く。


「そう。」


「酒を覚えるんじゃない。」


「お客様を覚えるんだ。」


「酒は、その人に会うための道具。」


「主役じゃない。」


タクは酒棚を見る。


整然と並ぶ瓶たち。


もう、


ただの商品には見えなかった。


それぞれが、


誰かの笑顔へ繋がる一本。


誰かの思い出になる一本。


誰かの今日を締めくくる一本。


そんな存在に思えた。


――――――


エレノアは一本のグラスを持ち上げる。


灯りを透かす。


「タク。」


「はい。」


「お客様は酒を飲みに来る。」


少し間を置く。


「でもね。」


「本当に飲みに来てるのは。」


優しく笑った。


「今日の自分に合う一杯なんだ。」


タクは静かに頷く。


その言葉は、


酒よりも深く、


胸の奥へ染み込んでいった。


――――――


夜も更けた。


棚には、


新しく並んだ酒瓶たちが静かに眠っている。


これから先、


この一本一本が、


誰かとの出会いを生み、


新しい物語を紡いでいく。


タクは店内を見渡し、


柔らかく微笑んだ。


「……明日も、お客様にぴったりの一杯を。」


その言葉に応えるように、


『Rack of Luck』の灯りは、


今日も優しく街を照らしていた。

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