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ヤマシシのカクテル

ヤマシシ=山梔子(サンシシ)=クチナシ

ホワイトリガー=ホワイトリカー

リャイム=ライム

クゴの実=クコの実


夜。


魔力灯に柔らかな光がともり、『Rack of Luck』は今日も静かに一日を始めた。


磨き上げられたグラス。


整然と並ぶ酒瓶。


木目の美しいカウンター。


魔導蓄音機から流れる穏やかな旋律が、店内を優しく包み込んでいる。


「いらっしゃいませ。」


タクはいつものように微笑み、客を迎えた。


ほどなくして、扉のベルが静かに鳴る。


――からん。


入ってきたのは二人の女性だった。


一人は、長い黒髪を一本に束ねた龍人族の女性。


額からは美しい二本の角が伸び、細く閉じた目は笑えば糸のように細くなる。


深緑を基調とした中華風の衣装をまとい、その立ち居振る舞いには仙人のような落ち着きがあった。


もう一人は鳳凰族の女性。


大きく澄んだ瞳。


背中には幾重にも重なる色鮮やかな羽根。


歩くだけで羽根がゆっくりと揺れ、まるで一枚の絵画のような美しさだった。


二人は店内を見回す。


「綺麗なお店アル。」


龍人族の女性が柔らかく笑う。


鳳凰族の女性も頷いた。


「落ち着く……。」


「ありがとうございます。」


タクは一礼した。


龍人族の女性が少しだけ声を潜める。


「少し、お酒を飲みながら話をしたいアル。」


「個室はある?」


「ございます。」


「個室料として銅貨五枚頂戴しておりますが、よろしいでしょうか。」


「もちろんアル。」


タクは静かに頷いた。


「では、ご案内いたします。」


————————


個室は店の奥にあった。


丸卓と椅子だけを置いた簡素な部屋。


それでも木の温もりと魔導灯の柔らかな光が、不思議な安心感を与えてくれる。


二人が席へ着くと、タクは静かに説明を始めた。


「この部屋には、防音、消臭、無毒化、清掃の魔法が施されています。」


「煙草やキセルをご利用でしたら、この部屋のみ可能です。」


龍人族の女性は嬉しそうに懐から細いキセルを取り出した。


「吸ってもいいアル?」


「もちろんです。」


「営業終了後に清掃魔法を掛けますので、お気になさらず。」


鳳凰族の女性が感心したように辺りを見回す。


「すごい……。」


タクは壁際を指差した。


「こちらの灯りですが。」


「緑色の間は入室可能です。」


「赤色でしたら、お話の途中と判断し、お時間を置いてから伺います。」


「また、こちらのベルを鳴らしていただければ、私がお伺いいたします。」


二人は顔を見合わせる。


「便利アル。」


「では、ごゆっくり。」


静かに扉を閉める。


————————

 

カウンターへ戻ると、エレノアが微笑んだ。


「いい案内だったね。」


「ありがとうございます。」


タクは少し考える。


(中華風の装い……。)


(旅慣れた雰囲気だった。)


(きっと今日は、ゆっくり話をしたい夜なんだ。)


地下セラーへ降りる。


冷えた空気。


整然と並ぶ酒瓶。


その奥から一本の瓶を取り出した。


黄金色に透き通る酒。


「ヤマシシ酒……。」


乾燥させた山梔子ヤマシシの実を、長期間ホワイトリガーへ漬け込んだ薬酒。


ほのかな甘み。


薬草を思わせる穏やかな香り。


気持ちをゆっくりと落ち着かせるような一杯だった。


「今日は、これがいい。」


ミキシンググラスへ氷を入れる。


ヤマシシ酒。


少量の炭酸。


リャイムを軽く搾る。


静かに一度だけステアする。


柔らかな黄金色のカクテルが出来上がった。


添えるのは、小さな白い器に盛った赤いクゴの実。


酒の余韻を邪魔しない、小さな一皿だった。


————————


こんこん。


「失礼いたします。」


緑色の灯りを確認し、個室へ入る。


左側からファーストプレート。


右側からカクテル。


静かに置く。


龍人族の女性が香りを吸い込んだ。


「いい香りアル。」


鳳凰族の女性も嬉しそうに微笑む。


「綺麗なお酒……。」


「ヤマシシを漬け込んだ薬酒を使った一杯になります。」


「どうぞ、ごゆっくり。」


タクはそれ以上何も言わず、静かに部屋を後にした。


————————


しばらくしてベルが鳴る。


今度は空になったグラス。


龍人族の女性が微笑む。


「もう一杯お願いアル。」


「かしこまりました。」


————————


さらに時間が過ぎる。


再びベル。


個室へ入ると、鳳凰族の女性が静かに涙を流していた。


龍人族の女性は何も言わず、その肩に寄り添っている。


タクは何も尋ねない。


「おかわりを。」


「かしこまりました。」


それだけ答えて部屋を出た。


————————


夜も更けた頃。


またベルが鳴る。


部屋の中では、今度は二人が楽しそうに歌っていた。


どこか懐かしい異国の旋律。


先ほどまでの涙が嘘だったかのように、笑顔が咲いている。


「あ、マスター。」


「もう一杯アル。」


「承知いたしました。」


タクは新しいカクテルを静かに置き、再び部屋を後にした。


歌声だけが、タクだけの耳に優しく残っている。


————————


閉店間際。


最後のベルが鳴る。


個室へ入ると、二人はすっかり晴れやかな表情になっていた。


龍人族の女性が立ち上がる。


「満足したアル。」


鳳凰族の女性も大きく頷く。


「本当に。」


龍人族の女性が悪戯っぽく笑う。


「何を話していたか、聞きたいアル?」


タクは穏やかに首を横へ振った。


「いいえ。」


「お客様同士のお話は、お二人だけのものです。」


「どうか、そのまま胸の中へ。」


部屋が一瞬静まり返る。


やがて龍人族の女性が声を上げて笑った。


「あっはっは!」


「いいマスターアル!」


鳳凰族の女性も優しく微笑む。


「安心して話せる理由が分かりました。」


会計を済ませ、二人は帰り支度を整える。


「ありがとう。」


「とても、いいお酒だったアル。」


「マスター・タク。」


「この店、きっとまた来るネ。」


「ありがとうございます。」


タクは深く一礼した。


二人は肩を並べ、夜の街へ消えていく。


————————


扉が静かに閉まる。


店内には、穏やかな静けさだけが残った。


エレノアがグラスを磨きながら、小さく笑う。


「お酒っていうのはねぇ。」


「酔わせるためだけにあるんじゃない。」


「心を少しだけ軽くしてくれることもある。」


タクは個室の扉を見つめる。


誰にも聞かれない話。


誰にも見せない涙。


そして、誰にも邪魔されない笑顔。


そんな時間を守ることもまた、バーテンダーの仕事なのだ。


人は酒を飲みに来るだけではない。


安心して心を預けられる場所を求めて、この店の扉を開く夜もある。


その静かな時間を守れる店でありたい。


タクはそう胸に刻みながら、今日も一つ、磨き終えたグラスを静かに棚へ戻した。

クチナシ酒、飲んだことあるかたおられますかね… いいよね…

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