表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/20

十二話:救いの言葉

 何もかもが遠い。過ぎゆく時。失われていく欠片。不可逆の、世界。


『直、見ててよ、あたし――』


「直殿。」

「……え、ん? 何?」

「次の駅であろう。降りるぞ。」

「あ、うん。ありがと。」




 都市開発計画というのは、打ち出されてから案が通るまでに数年、実際に行われるまでに数年、終了するまでにも数年、計数十年はかかるという。

 つまり、田畑や山であった土地が、数十年経つと経済を回す都心になっていたり、工場地帯、競技場、公園、住宅街になっていたりする。子どもの頃の景色が、大人になると一変しているなんてことも多い。


 鬼と直之が電車で訪れた地も、そんな街であった。まだ都市開発中なのが分かる、区画整理や工事現場が道中見受けられ、既に終了している区画では人の集まる飲食店や雑貨屋、百貨店などが軒を連ねている。街灯は全てLED、ゴミ箱のない通りには植木が刈りそろえられ、商店街にシャッターの降りた店は見られない。直之はその街並みに何も言うことなく、鬼も口を出さずに、舗装された幅の広い歩道を歩いた。


「ん……?」

「シン? どうした?」

「……いや、気のせいだったようだ。」


 駅前、雑多ビル街、住宅地と歩き続け、直之が足を止めたのは、サッカーコート一つは入る広さの、公園の前だった。色とりどりの遊具は新品で、多目的トイレも設備されている公衆トイレは掃除が行き届いている。子どもたちの遊ぶ声も響く広場に、直之は足を踏み入れることなく、誰宛てでもないような声で呟いた。


「ここ、元々家が数軒建ってたんだ。そんで、その内の一つが、俺んちだった。」


 鬼は敢えて、触れないままでいるつもりだった。だが直之の、側に鬼がいるというのに独りで立っているような雰囲気には、気づかないふりができなくて。


「……直殿、今日は風が強い。」

「……うん。」

「人の声など簡単に攫われるだろう。誰の耳にも入らぬまま。」

「……」

「……だがその声、直殿が良ければ、我が聞く。」

「……座ろっか、立って話すのもなんだし。」


 直之は公園の端に向かい、三つほど置かれている木陰のベンチに腰掛けた。その隣に鬼も座り、どこを見るでもなく子どもたちの声のする方を見やったところで、直之が話し出した。


 直之は、両親と姉の四人家族だった。家族内は穏やか、とりわけ直之と姉は、四つ歳が離れているとは思えないほど仲が良く、その具合は双子だったんじゃないかとまで言われるほどであった。日常は特に大きな喧嘩もなく、他の家庭と相対的に見ても、至って平和なものだった。


 だが、別れは早くに訪れた。


 直之が、八歳の頃のことだ。その日は、姉の誕生日の前日だった。直之は小学校からの帰り道、姉への贈り物を先に買っておこうと、真っ直ぐに家に帰らず、商店街の雑貨店に寄った。一年貯めたお小遣いを握り、どれがいいか、悩みに悩んでいたら三時間が経っていて。

 やっと決めた犬のぬいぐるみを手に、直之は家へと帰った。その玄関を開けてすぐ、漂ってきた鉄錆のような生臭い匂いが、血の匂いであることを、直之はよくわかっていなかった。


 両親と、姉の凄惨な死体は、当時世間を騒がせていた連続殺人犯によるものだった。遺体の状態はあまりに酷く、葬式の際直之が棺桶の中身を見ようとすれば親戚が止めに入っていた。だが直之の脳裏には、くっきりと、現場を目撃した時の光景が焼きついていた。


 犯人が捕まっても、親戚に引き取られ忌避されることなく優しくされても、直之の求める日常は戻ってこなかった。姉のために買ったぬいぐるみは血に濡れていたからと処分されてしまった。家に帰りたいと言うとここがあなたのお家よと言われた。焼きつく光景を追い払いたいがために赤い絵を描くと、そんな心に悪いことはやめなさいと取り上げられた。幼い直之は、どこにも味方がいないと悟った。


 それからの直之は、どの集団に属しても孤立していた。誰とも交わらず、否、誰と過ごしていても、独りで過ごしているようだった。何度も、あの日に戻りたいと思った。真っ直ぐ家に帰ればよかった。どうして俺だけ生きているんだろう。自分だけ生きている意味がどこにあるのだろう。なんで俺は死なないんだろう。そして何故姉ちゃんへ渡すはずだったぬいぐるみは、捨てられてしまったんだろうと。


 その日は、高校最後の秋、文化祭の日。その帰り道のことだった。特に何か考えているわけではなかった。だがふと、ああ、死のうか、なんて思って。でもどうやって死のう、何を使って? どこで? 後処理は? ……ただ死ぬだけなのにどうしてこんなに大変なんだろう、姉ちゃん達はあんな簡単に死んでしまったのに。俺を置いて、いなくなってしまったのに。そんなことを考えていたら、直之は誰かに、呼び止められた。


『なぁ、そこの御前……嗚呼そうだ、御前だ……直之殿』


 フードを被った、二十代の女性、いや男性? とにかく見知らぬ相手から名前を呼ばれて、何故名前を知っているのかというより、光る目を視界に入れた途端動けなくなったことに驚いて。だがそれよりも、直之は、その声を聞いた。以降生きる意味にする、生きる糧にする、言葉を。




「『その生の証、しかと味わわせてもらおう』って。」


「……ただの、決まり文句のようなものだったんだがな。」

「そうなんだな。でも、俺にとっては、救いの言葉だった。これまで生きてきた人生を、認めてもらえたような気分だった。それも、その後喰われた時、シンはすごく美味そうに喰ってくれてたから……こう言うと、変なのかもしれないけど、嬉しかった。生きてた意味があったって、思えた。シンから『辻褄合わせ』のことは説明されてたけど、あそこで死んでも全然よかった。けど、目が覚めて、シンのこと少しも忘れてなくて、そしたら、また会いたいって、今度は、ちゃんとシンと話したいって、そのために生きなきゃって、思ったんだ。」

「……意図せずして、我が生きる意味になっていたのか。」

「そう。でも、はは、就職先に恵まれなかったな、マジでツラくて、もう、生きるのを頑張るエネルギーなくなっちゃった。」


 偶に、直之は言っていることと声音がずれていると、鬼は思った。へらりと笑いながら明るい声で話し続けていた直之は、少し黙った後に、鬼の方を見て言った。


「けどさ、死ぬ前に、シンに会えた。これってすっげぇ奇跡じゃね? 望み続ければいつかは叶うってやつ? 偶然も重なれば必然ってやつ? わかんねぇけど、ありがとな、シン。俺、今が一番幸せだよ。」


 にぃっと笑う直之は、側から見ても本当に幸せそうに、見える。人懐っこく、無邪気なその笑顔の裏に、自らの言葉で滅多刺しにした血塗れの心が隠れているなどとは、誰も察することはできない。覚や鬼、以外は。


「なぁシン。」

「……」

「長生きしてくれな。きっと俺なんかよりたくさんの時間を生きてんだろうけど、それよりももっと、たくさん。あ、そう考えたら、下手に俺のこと喰っちゃいけないな。」

「……まだ考えておったのか。忘れろと言うたろうに。」

「だって、俺ってシンの望みが叶えられるかもしれない可能性の塊なんだぜ? どうにかできねぇかなって、考えちゃうじゃん? ……でもやっぱ、無理なのかなぁ……」


 直之は呟きながら空を見上げる。木漏れ日を浴びるその姿。鬼は、急にこの、直之と過ごす時間の短さを感じた。あと、半日。この時間が終われば、直之は死ぬつもり。そこまで考えた鬼は頭に浮かんだ言葉がそのまま、口をついて出そうになった。


「直殿、」

「ん?」

「……いや、何でもないわ。」

「なんだよ、昨日から何でもないが多いけど。気になるじゃん。」

「……気にするな。」


 鬼はようやく理解した。ここ最近の苛立ちの原因を。願いたくなるほど、祈りたくなるほどの、直之への思いを。


 死なないでくれ。


 しかしその言葉を、声にできるほど鬼は、無遠慮で無責任の、身勝手な鬼になることができなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ