エピソード26 軍靴の音
私は、王都に戻ると、忙しい毎日を送っていた。
店の経営に、ダンスレッスン。
舞踏会や晩餐会にも積極的に出向いている。
おかげで、私の評判も回復してきていた。
忙しすぎて、自然に体も絞れてきている。
これなら、婚約お披露目の舞踏会でも、恥はかかないだろう。
会場の飾りつけなどは、私の意見も多少は聞いてくれる。
そんな事をルーベルトと打ち合わせするのが楽しくてしょうがない。
婚約で、これだから、本当の婚礼の準備は心躍る毎日になるだろう。
「とても、美味しいよシャローラ」
昼食の席で、ルーベルトが言った。
食卓には、パン、シチュー、オーブンで焼いた肉などが並んでいる。
週に1回だが、私は彼に手作りの昼食を振る舞っていた。
これが、私とルーベルトの休日の習慣になっている。
料理は好きなわけじゃないし、貴族の娘がやる必要もないが、彼が喜んでくれるのは嬉しい。
週に1回くらいは、こんな日があってもいい。
「実は、話があるのだが…」
彼が、少し言いづらそうな顔をする。
「何かしら?」
こんな顔をする時は、子供の頃からいい話が出た事はない。
私は、少しだけ緊張しながら聞いた。
「実は、また、インぺリア王国との国境で、小競り合いが起きている。その視察と、レオドール辺境伯への激励に行く事になった」
彼は、申し訳なさそうに言う。
「もう、婚約お披露目の舞踏会まで、少ししか日がないというのに」
私は、そう言った。
「すまない。しかし、お披露目の舞踏会までには戻れるはずだ」
彼の言葉に嘘は感じられない。
「でも、危険じゃない?王子が行く必要があるの?」
私は、戦いという慣れない響きが怖かった。
「心配するな。いつもの小競り合いだ。それに、危険な場所に行く事は無いし、戦闘にも参加しない」
彼の言葉に、少し安心する。
「決して、危ない事はしないでね。あなた、いざという時に、かっこつけちゃうタイプでしょ」
余裕の出来た私は、彼に注意した。
「こんなに可愛い婚約者を置いて、死ぬ事はないよ」
彼は、笑って言った。
「死ぬとか、馬鹿な事を言わないで!」
私は、語気を荒げる。
そして、立ち上がってルーベルトの側に行った。
彼も立ち上がって私を抱きしめた。
「分かった。もう二度と、その様な事は言わない」
ルーベルトの手に力が入る。
「私を不安にさせて…だから、嫌いなの」
長い間、ルーベルトを離さなかった。
次の日、王城からルーベルト王子が出発した。
黒い詰襟の軍服に身を包んだ王子と100名ほどの護衛が、馬に乗って進んでいく。
大勢の見物人の中から、私とアンナ、オーレッド公爵夫人が彼を見送る。
私達を見つけた王子は、笑顔で少しだけ視線を送ってきた。
彼に向かって、全力で手を振った。
オーレッド公爵夫人は、泣きすぎて化粧がぐちゃぐちゃになっている。
心配で胸が張り裂けそうだ。
しかし、彼の立派な姿を見て、少しだけ誇らしい気分にもなった。
やはり一国の王子なのだ。
そう実感する。
無事で…そして早く帰ってきてね…。
心の中で願った。
その日から、より仕事やレッスンに力を入れた。
ある日、閉店後の私の店で、お披露目用のドレスを試着した。
いつの間にかサイズがピッタリになっている。
「本当に、よく頑張りましたね。ぴちぴちだったドレスが、実に上品に見える様になりました」
それを見るオーレッド公爵夫人が、珍しく褒めてくれる。
「これなら姫と呼ぶにふさわしいですわ。いいですかシャローラ姫。この国では、金で爵位を買った家の娘は、姫とは呼ばれません。少しでも王家の血を引く、わずかな貴族の娘だけが姫と呼ばれるのです。あなたは、王子とアデール様の計らいで、特別にプリンセスとして紹介される予定です。その栄誉を忘れないように」
オーレッド公爵夫人が、私に念を押す。
「ありがとうございます、オーレッド公爵夫人。自分も王子と結婚したかったでしょうに」
ちょっと余計な事を言ってしまった。
「まあ、本当に羨ましい!でも、いいんですのよ。だって、あなたはもう、お友達ですもの。他の誰でもない、あなたになら王子を任せられるわ」
公爵夫人は、私を抱きしめて言ってくれた。
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