第1章 第54話 どうやらこれが再会の終わりらしい
ジーニャの姿が光の塊となると弾けて消えた。
ウォルスが激しく狼狽える。
そこにエレンが駆けつけてきた。
アイラは、さも嬉し気にエレンに声を掛けた。
「おかえり。そして、いらっしゃい。」
エレンはそれを無視する。
無視されたアイラは苛立った。
「エレン、私だよ。アイラさ。」
エレンは、空虚の空間に入ったことで、一部の記憶を失っている。
アイラに名乗られても、その名前と顔はエレンの記憶からは消えていた。
エレンが言い返す。
「アイラ? どうやらシモンの名を語った別人のようね。安心したわ。」
静寂が訪れる。
アイラには理解出来なかった。
私の名前を憶えていない?
苦楽を共にした仲間を忘れるなんてことがあるか?
昔のことを忘れてしまうほど、いまのエレンは幸せなのか?
私はこんなにも不幸なのに。
そんなこと許されるのか?
許されるべきか?
許すべきか?
否
アイラの中で、憎悪が徐々に膨らみはじめる。
こいつだけが幸せになって良いわけがない。
幸せは私だけのものだ。
私だけ。
「ああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
アイラは、真っ赤な弓を手に取った。
この弓に魔力の矢を番いで敵を射抜けば、自分に幸せが舞い込んでくる。
これは奇跡の弓だ。
幸せを。
幸せを。
幸せを。
この幸せを呼ぶ弓で敵を大量に射抜けば、シモンが生き返るのではないか?
あり得る。
それが私の幸せだ。
間違いない。
きっと。
きっと。
アイラは弓に魔力の矢を番った。
その弓を見たエレンは目を見開いた。
あの真っ赤な弓は、間違いなく勇者パーティーにいたレンジャーのものだ。
エレンは気付いた。
オリオンの姿をした目の前の敵は、かつての仲間であったレンジャーであると。
その瞬間。
辺り一面に大量の魔力の矢が降り注がれる。
アイラは、狂ったように何本も魔力の矢を番っては放っていた。
「エレン!伏せておれ!」
ウォルスはエレンに被さると、大盾を頭上に構えた。
ヒサシンことマゴットは、そのアイラに対して業火の魔法を放とうとした。
それをアイラは見逃さない。
「お前もかっ!ヒサシン!」
アイラはすぐさま弓に魔力の矢を番うと、マゴットの足を射抜いた。
「ぐっ!」
その矢を受けると、魔力が拡散される呪いに変わる。
マゴットは魔法を扱えなくなり、激しく狼狽して地面を拳で叩いた。
さらに大量の魔力の矢が降り注がれる。
その全てが呪いだ。
オルタスが盾を持って駆けつけてきた。
すぐさまマゴットを庇って、頭上に構えた盾で大量の魔力の矢を防ぐ。
周囲の騎士たちは、次々と魔力の矢で射抜かれていった。
死の軍団も同様である。
敵味方の見境いがない。
まだアイラの手は止まらない。
大量の魔力の矢は、まだまだ降り注がれる。
「っ!一体、どれだけ矢を放てるんじゃい!」
必死に大盾で防ぎながら、ウォルスは敵を覗き見た。
「たぶん。オリオンのMPが切れるまでね。きっとまだまだだわ。」
エレンが呟く。
オリオンは、物理的な力と素早さは低い。
しかし、そのMPと魔力はかなりの量を保持している。
幸せに。
幸せに。
幸せに。
幸せに。
それだけを願い、アイラは狂ったように魔力の矢を放ち続ける。
そして、ふと気付く。
私は、何をしているのだろう。
何の為にこんなことしているのだろう・・・。
そうだ。シモンを生き返らせる為だ・・・・。
あれ?シモンって誰だっけ?
あれ?私って誰だっけ?
あれ?
あれ?
あれ?
アイラの手が止まった。
無気力になって立ち尽くす。
「終わったかの?」
ウォルスは、恐る恐る敵を窺い見た。
周りには多くの騎士や魔導士が倒れ込んでいる。
死の軍団は1体残らず霧散していた。
「・・・私は誰だ?」
アイラが言った。
「なんじゃ? 狂いおったか?」
ウォルスとエレンは首を傾げた。
自分が何者かも分からない。
自分が何者かなんてどうでも良い。
全てがどうでも良い。
アイラの中に残されていた“記憶の中の幸せ”は、全て消え失せていた。
そして、思いついたようにスキルを使用した。
“英霊召喚”である。
それは、オリオンのジョブであるシャーマンの本来の力であった。
青白く光り輝く英霊が召喚される。
「シモン・・・。」
「シモンか・・・。」
その英霊の姿を見たエレンとマゴットは呟いた。
青白く光り輝く英霊。
それは、シモンの姿であった。
「あれがシモンとやらか。」
エレンの反応を横目に見たウォルスが尋ねた。
「そうね。 間違いなく、シモンの“地念”のようね。」
死した者は空虚の空間に流れて、全てが無と化していく。
しかし、英雄なる者は地念を残す。
それは英雄の功績であり、力であり、思いであり、願いである。
それが念となり、その地に宿る。
シャーマンのスキルである英霊召喚は、英雄が残した地念を召喚することができる。
それが、シャーマンの本来の力なのである。
そして、シモンの地念は、ここに英霊として姿を現した。
呆然と立ち尽くすアイラは、その英霊を見上げた。
しかし、何の反応も示さない。
アイラが、心から願っていたシモンとの再会である。
そこには、喜びや感動はなかった。
何もない。
ここに勇者パーティーの4人が揃った。
しかし、あまりにも悲しい再会である。
ウォルスとエレンのすぐ横には、優しい光の塊が渦となって出現していた。
それが何かをすぐに悟ったエレンが、急いで呪いの解除を行う。
その光の塊は、徐々に姿を形作っていく。
そして、若干の幼さが残る銀髪ショートヘアの少女に姿を変えた。
ジーニャである。
「心配したぞい。」
「大丈夫?」
ウォルスとエレンが、ジーニャの容態を心配する。
それに頷きで返したジーニャは、静かに答えた。
「オリオンが、逝ってしまったさね。」
「・・・・。」
「・・・・。」
ウォルスとエレンは、何も答えられなかった。
「あいつの最後のお願いは、仮免堕ちを救ってくれ・・・だったさね。」
「オリオンらしいの・・・。」
「そう、オリオン・・・。」
ジーニャは、目の前の青白く光り輝く英霊を見た。
「エレン、悪いけどシモンは、すぐに消滅させてもらうさね。」
「え? ええ。」
エレンは驚いた。
シモンの姿をはじめて見るはずのジーニャが、まるで知っているかのように言ったのである。
ジーニャは、エレンに向かって微笑んだ。
ジーニャが、死を纏う者と英霊のそばに近づく。
そして、手を翳した。
「漆黒を穿つ光」
死を纏う者と英霊が眩いばかりの光に包まれる。
柔らかな光だ。
光は更に強さを増していく。
そして、強烈な輝きを放ちはじめた。
「さよなら。」
ジーニャは小さく呟いた。
それはオリオンに対してか。
アイラに対してか。
記憶のシモンに対してか。
そして、死を纏う者は消滅した。




