第1章 第53話 どうやら悲しい結末らしい
私は、傭兵家業の家に生まれた。
父親は戦場のある場所を求めて、常に移動していた。
そこに仕事があるからである。
母親は早くに病で他界している。
私は、父親と一緒に各地を転々としていた。
私は、同じ年頃の子たちと話が合わなかった。
色恋の話など微塵も興味が無い。
それは、当然の如く、孤立する環境を生んでいた。
それを苦に思ったことはない。
父親は優れたレンジャーであった。
私は、その技を幼い頃から叩き込まれて育った。
そして、10代の頃から父親と一緒に傭兵として戦場に出ていた。
女であることは隠した方が良いと父親に教わり、普段から男の格好をすることにしていた。
それが私の日常。
いつもの日常である。
そこに転機が訪れたのは、ポルファス王国の貴族に雇われて戦場に向かう時だった。
雇い主の貴族は、かなり地位の高い身分であるそうだが、残念ながら報酬は微妙だった。
当然のこと、あまり多くの傭兵は集まらない。
しかも、戦いの相手は“魔族”である。
父親は、酒癖が悪いことで常に散財していた。
金がない。
だから、それを引き受けた。
私は、あまり乗り気ではなかった。
しかし、父親にはまだ敵わないから逆らえない。
戦場に向かって出立することになった時は、あれを見て心底呆れたのを覚えている。
その貴族は、幼い息子を総指揮官にしていた。
確か“シーラオス”とかいう名のガキだった。
それが総指揮官である。
その出立の際、王国騎士軍団は1人もいなかった。
そのことに疑問を持つべきだったのかもしれない。
騎士は、ガキが従えている私兵騎士だけであった。
王国軍は魔族領に入った。
そして、惨劇が始まった。
総指揮官のガキは、魔導士に命じて平地に巨大な魔法陣を描かせた。
それを私たち傭兵は疑問に思うことなく眺めていたが、すぐにその理由を悟った。
巨大な魔法陣の中心に傭兵を縛って囮にする。
そして、匂いで集まってきた魔獣に対して、魔法を発動させて一網打尽にする算段であった。
傭兵たちは反抗した。
総指揮官のガキは機嫌を損ねた。
その傍らには、全身黒ずくめで“かぎ爪”を持った配下が複数いた。
その配下が、次々と傭兵を殺戮していく。
もはや、傭兵の生死を問わず、計画を実行することに決めたようだ。
父親は、かぎ爪野郎に立ち向かった。
最初は父親が優勢に見えたが、あっさりと敗北してしまう。
どうやら、あのかぎ爪には、麻痺毒が塗られているようだ。
傭兵たちは散り散りになって逃げ出した。
しかし、かぎ爪 野郎の動きは素早く、次々と犠牲者が出ていく。
「裏切り者!」
「それでも人間か!」
「外道めっ!」
傭兵たちは、憎しみの叫びをあげた。
私は、幸運にも逃げのびることが出来た。
この惨劇から逃れたのは、私を含めて恐らくは数人だけだろう。
私は、逃げることができた安堵感で、ヘタリ込んだ。
そこに、突然現れた背の高い男に声を掛けられた。
腕と足が異様に長くて、光る眼のついた高いハットを被った男だった。
「全てを見ていましたよ。散々でしたね。」
その男の声は優しかった。
私は、その不審な男を警戒して身構える。
その男は、優しい声で話を続けた。
「あの中から逃げることが出来たということは、貴女は運命に導かれている。」
そして男は、どこからか“真っ赤な弓”を取り出した。
「これは、“幸せを呼ぶ弓”と言うものです。」
男は、真っ赤な弓の弦を指で震わせた。
「これは、魔力を矢にして放つ特殊な武器です。」
私は、その弓の美しさに不思議と心が魅かれしまった。
目が釘付けになる。
「そして、その矢で敵を射抜けば、幸せが舞い込むという奇跡の弓なのです。」
男は優しく微笑んだ。
「これを貴女に差し上げましょう。」
私は何の疑問を持つことなく、その真っ赤な弓を受け取った。
それだけ、この弓に心を惹かれていた。
「1つだけ忠告を。人の幸せとは、ほどほどが重要です。だから、あまり多用しては駄目ですよ。」
「あ・・あぁ。分かったよ。」
「頻繁に使いすぎると、壊れてしまいますからね。」
そして、その男は一瞬で姿を眩ませた。
私は、驚いて辺りを探したが、どこにも男の姿はなかった。
こうしてアイラは、呪物所持者になったのであった。
それが呪いの装備とは知らずにである。
アイラには、行く当てなど無かった。
父親が殺されたことは、あまり気にならなかった。
あの総指揮官のガキについても、どうでも良い。
復讐心など自分にはない。
とにかく関わりたくなかった。
街の酒場に入った。
1人で酒場に入るのは初めてであった。
席に座ると、幸せを呼ぶ弓を眺めながら酒を飲んだ。
すると、賊の類と思われる酒に酔った男3人が絡んできた。
「おいっ!お前ェ。高そうな弓を持っているじゃねェか。あ?」
「消えろ。目障りだ。」
アイラは、相手をするのも面倒だと感じた。
しかし、賊の類はしつこく絡んでくる。
「坊ちゃん。痛い目見る前にそれを寄越しな。」
アイラは溜息をついた。
幸せを呼ぶ弓に魔力の矢を番ぐと、賊の類の1人に向かって放った。
それは、相手の右頬をかすめて、バーカウンターの上に掲げられていた動物の剥製の眉間を射抜いた。
「次は外さないよ。」
凄むアイラの目に怯えて、賊の類は逃げ出していった。
アイラはレンジャーである。
当然のこと、弓の腕前にも自信があった。
「君、すごい腕前だね。」
すると、今度は若い男2人が拍手しながら話掛けてきた。
1人は騎士のような恰好。
1人は魔導士のようなローブ。
その身なりは悪くはない。
「君、女性だよね。どこで弓の腕を磨いたんだい?」
その騎士のような恰好をした男が言った。
男に扮装している自分を女性だと見抜かれて、アイラは目を丸くした。
それが、シモンとの出会いだった。
その出会いは、いま思うと幸せを呼ぶ弓の力だったのだろう。
その後、シモンとヒサシンと行動を共にすることとなる。
行く当てのない自分が、当面の間だけ身を置くにはちょうど良いと思っていた。
シモンには志があるらしい。
と言っても、結局は傭兵紛いの働きをすることが多かった。
シモンは人を相手にすることを頑なに嫌った。
その為、もっぱら魔族を相手にする戦いにしか参加しない。
その偏屈さに呆れることはあったが、ここの居心地は悪くなかった。
ヒサシンは、そのシモンの志を応援しているようで、何一つ文句を言わない。
3人は、傭兵の中では群を抜いた実力を見せた。
そして、次第に3人の名は広く知れ渡っていくことになる。
そんなある日、ポルファス王国の王都より少し西にある平原に魔族が現れたという知らせが入る。
それは、邪眼の悪魔という強力な敵であった。
何人かの傭兵が報酬目当てに討伐に挑んだが、その全てが石像と化していた。
「気をつけろ!あいつは何か奥の手を使うようだ!」
シモンが叫ぶ。
アイラは、真っ先に飛び出すと、真っ赤な弓に魔力の矢を番った。
そして、敵の一つ目を狙って放つ。
しかし、その魔力の矢は、敵を射抜く前に消滅してしまった。
ヒサシンが魔法を放った。
それも、敵に当たる前に消滅してしまう。
シモンが何度も斬撃を繰り出す。
しかし、全くといって良いほど、敵にはダメージが無い。
邪眼の悪魔が、触手でシモンを薙ぎ払おうとした。
それを見たアイラが、もう一度、幸せを呼ぶ弓に魔力の矢を番って放った。
それは、見事に敵の身体にある大きな一つ目に突き刺さった。
「グゲゲエェェ。」
邪眼の悪魔が、低く唸る声を発してもがく。
やった!
アイラはそう思って油断した。
次の瞬間、敵の触手の先にある邪眼から、見境なく四方八方に闇属性の攻撃魔法が放たれた。
アイラは、それをもろに喰らってしまった。
「アイラっ!」
シモンの声が聞こえた。
「シモン!先にこいつを仕留めないとマズイ!」
ヒサシンの声が聞こえる。
倒れ込んだアイラは、息絶え絶えで2人の戦いを見つめていた。
邪眼の悪魔が、見境なく闇属性の魔法を放ち続けている。
それは、まるで自身の魔力を制御できていないかのようであった。
シモンが、敵の背に飛び乗った。
そして、剣を突き刺す。
何度も。何度も。何度も。何度も。
「グゲゲエェェ・・・ギャ。ギャ。ギャ。ギャ。ギャ。」
邪眼の悪魔の声が、低く唸る声から発狂の声に変わった。
そして、最後に何かを仕掛けようとしたが、それを仕掛ける前に息絶えたのであった。
「アイラっ!」
シモンが駆け寄ってくる。
そして、すぐに腰のポシェットから回復薬を取り出すと、口移しにアイラに飲ませた。
「な・・・。」
アイラは、突然の口づけに目を見開いた。
「しゃべるな!大丈夫だ。君は俺が絶対に助けるっ!」
そのシモンの必死な表情を見て、アイラは心の奥で何かが動いたのを感じていた。
これも、全ては幸せを呼ぶ弓の効果であったのだろう。
アイラの記憶である。
そのアイラの記憶の中を歩く者がいた。
「ふぅん。そういうことだったのさね。」
ジーニャだ。
「さて、オリオン。やっと見つけたさね。」
ジーニャは目の前にいる“無”に語り掛けた。
「・・・・ジーニャか。」
その無からは、初老のしゃがれたか細い声が返ってきた。
「まだ“青”が残っていたから、生きてるとは思ったけど・・・調子はどうさね?」
「フフフ・・・ご覧の通りさ。もう消えて無くなろうとしている。」
「ドジったようさね。」
「ああ。ドジったよ。」
ジーニャは、その無の前に座った。
「彼女の記憶を見たかい?」
「だいたいは見たさね。でも、何故かところどころで記憶が消えているようさね。」
「彼女は今、呪いの弓を連発しているからね。」
ジーニャは、思い出したかのように首を傾げた。
「それにしても、呪物所持者とは驚いたさね。あれを受けたら、魔力のコントロールができなくなったさね。」
「あれは呪いの弓だ。あれを射た者は幸せを一つ失う・・・いや、奴に持っていかれるというのが正解か。」
「あの記憶にあったキモ男は、もしかして・・・呪物創造者なのさね?」
「ああ、間違いない。奴だ。“終焉”だな。」
ジーニャは、目の前の無を右手で優しく撫でた。
「じゃあ、キモ男のことは、所長に報告しておくさね。」
「ああ。頼むよ。」
「それで、何でオリオン、あんたは消えるのさね?」
「それは、彼女が呪いの弓を連発しているからだろうな。」
「??」
「彼女は、仮免堕ちだ。」
「そうみたいさね。」
「実体のない彼女には、代償として差し出せる幸せがない。彼女にあるのは、記憶にある幸せだけだ。」
ジーニャは、目の前の無が、薄れ逝くのを感じた。
「もう、彼女は記憶すら失っている。今頃は、ただの漆黒になっているだろう。」
「オリオン!あんただけでも抜け出したらいいじゃないっ!」
「それは無理だ。私は彼女と運命共同体となってしまったのだよ。」
ジーニャの頬には、涙が伝っていた。
「それでも何とかしなさいよ!何とか!何とか・・・・ねえ。」
「無理だな・・・でもね、ジーニャ。」
「うるさい!どうにか!どうにかしろってんだよ!」
「ありがとう・・・ジーニャ。私はそろそろ消え逝くよ。君も早く戻った方が良い。」
「オリオン・・・。」
「最後に見れたのが、君の裸姿で良かったよ。」
「バカ」
「さよならだ・・・出来れば、私の仮面だけでも異世界免許教習所に持ち帰ってもらえると嬉しい。」
ジーニャは何も言わずに頷いた。
「彼女を救ってあげてくれ・・・・・さよなら・・だ。」
オリオンの最後の言葉を聞いたジーニャは、そのまま泣き崩れた。
「仮免堕ちに情けをかけるバカは、あんただけさね。」
ジーニャは涙を拭うと、丘の上で摘んだ一輪の花をそこに添えたのであった。




