第1章 第38話 どうやら包囲に違いがあるらしい
大量に蠢く何かに突撃したマトバンと王国騎士常駐隊450騎であったが、敵の罠に嵌まり取り囲まれてしまった。
目の前の敵を斬り捨てつつ、マトバンは必死に活路を見出そうとする。
しかし、敵の囲みには隙が見当たらない。
逃げ場を失った騎士たちは、全員が死に物狂いで戦っている。
【状況】
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ヤークション城壁
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□=王国騎士軍団常駐隊
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蠢く大量の何か
王国騎士常駐隊の騎士が、1人また1人と倒れ込む。
その様子を横目に見て歯噛みしながら、マトバンは敵に剣を振るった。
そして気付いた。
倒れた騎士は、死人として操られていない。
すると、死人使いはこの場にいないということになる。
マトバンの前に、黒い馬に乗った全身真っ黒な騎士が立ちはだかった。
その真っ黒な騎士は頭部がない。
そして、左腕に自分の頭と思われる兜を抱きかかえている。
「マトバン様!あれは!?」
ただならぬ気配を纏う敵を確認した配下の騎士が叫んだ。
すぐさま、マトバンと敵の間に自分が盾になろうと割り込んむ。
「あれは・・・黒幽騎士かのぅ。」
「なっ!? そんな! 伝説でしか聞いたことありませんぞっ! 」
「儂も実際に見たことはあらなんだ。よもや実在するとは・・・。」
マトバンは、自分の盾となって割り込んだ騎士を下がらせた。
「あれは強すぎる。儂の出番じゃろうて。」
マトバンは、ポルファス王国南部の王国騎士軍団常駐隊の隊長である。
そして、“前”王国騎士軍団長であった。
全土にその実力と名声を轟かせている“現”王国騎士軍団長のオルタスが、まだ若き日の騎士見習いであった頃から、剣を指導したのがこのマトバンである。
中央にいると、あまりにも口煩い貴族たちに嫌気がさしていたマトバンは、オルタスが齢30となった年に、王国騎士軍団長の地位を譲ることにした。
そして自身は、貴族との確執から離れたいが為、この地に希望して赴任してきたのであった。
そのマトバンは、年老いたとはいえ強者である。
マトバンは、スキル“筋力強化”を使用した。
黒幽騎士が剣を振りかぶる。
ひと呼吸も置かぬうちに、両者の戦いははじまった。
激しく剣がぶつかり合う。
何度も剣と剣の攻撃による応酬が繰り返された。
黒幽騎士の乗る黒い馬が、雨で濡れた地面の泥濘に足を取られて転倒する。
そこにすかさず、マトバンは馬上から剣を振り下ろした。
しかし、黒幽騎士はその攻撃を平然と防ぐ。
両者の力は拮抗していた。
しかし、マトバンは心の内で焦りを感じていた。
負けずとも勝つことが難しい。
それは、この敵に包囲された状況では致命的である。
黒幽騎士が乗っていた黒い馬が立ち上がった。
「グフォォ~。」
その黒い馬の目から、紫色の煙が溢れ出す。
そしてその煙は、馬の顔全体を覆っていった。
馬も魔物か。
そうマトバンは思った。
その時、敵の包囲に異変が生じた。
私兵騎士隊の隊長率いる200騎が、敵の包囲網の外から突入してきたのである。
【状況】
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ヤークション城壁
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私兵騎士隊長率いる200騎
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蠢く大量の何か
「マトバン殿っ!」
先頭を駆けて突入してきた私兵騎士隊長が、マトバンの下に馬で駆け寄ってきた。
見事に敵の包囲網に穴を開けると、脱出路を作ることに成功している。
「マトバン殿っ!どうぞお引き下されっ!」
「しかし!」
「何も言わず、さあ早く!」
「・・・・すまぬ。」
マトバンは全てを悟った。
彼は、このまま死路に向かう覚悟なのだと。
マトバンと王国騎士軍団常駐隊は、私兵騎士の突撃隊が決死の覚悟で作った脱出路から抜け出した。
そして城壁に向かって急ぎ退却する。
マトバンは、馬上で後ろを振り返った。
脱出路を死守する為、殿として奮闘する私兵騎士隊長の姿が目に映った。
「・・・・・。」
マトバンは心の中で言葉を伝えた。
すまんな・・・友よ。
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《ポルファス王国 王都》
その頃。
ポルファス王国の王都では、シモンを名乗る死を纏う者との決戦に備えた準備が整いつつあった。
王国騎士軍団長であるオルタスは、蹄鉄師の下に来ていた。
蹄鉄師たちが急ピッチで馬の蹄鉄を打ち直している。
蹄鉄とは、馬の蹄を保護するために装着する“U字型”の保護具のことだ。
「一流の騎士たる者は、己の力を示すものではない。」
それは、自分の剣の師であるマトバンの教えであった。
戦場において馬の存在は必要不可欠である。
一流の蹄鉄師は、馬を見てその脚に僅かでもバランスの悪さがあれば、それをすぐに見抜くことができる。
そして、その蹄に打ち込む蹄鉄によって、そのバランスを調整してくれるのである。
オルタスは、マトバンからの教えを深く心に刻んでいる。
それ程に“前”王国騎士軍団長は、自分にとって偉大すぎる存在であった。
西部の都市ヤークションからは、火急を知らせる使い鳩は届いていない。
恐らく何事もなく無事であろうと思うが、もし何かあっても“あの御仁”がおられるからには、自分が心配することではないだろう。
「オルタス様、あれで最後ですじゃ。」
蹄鉄師の親方がオルタスに声を掛けた。
蹄鉄師が、最後の1頭の蹄を専用の道具で削っている。
次にその蹄に蹄鉄を合わせると、手早く打ち込みを始めた。
「ありがとう。皆にも礼を伝えてくれ。」
「いやはや。勿体ないお言葉ですじゃ。」
準備は整った。
そして、オルタスを総指揮官とした王国騎士軍団が2万と、王宮魔導士マゴット率いる魔導士200が出陣したのであった。
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《ポルファス王国 南部 シキニ山地の戦い》
一方、その頃。
ポルファス王国 南部の戦いは、新たな戦況に移っていた。
敵連合軍のイバラン兵とマイラン兵が別々の動きをしたことにより、カモット辺境伯率いる王国軍にとっては、望ましくない形となってしまっていた。
【動き出した戦況】
王国軍6千5百
□□□
□□□
山 ↑
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■イバラン兵
■9千5百
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平原 ↑■
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マイラン兵
9千5百
すぐに対策に移った王国軍は、すでにその準備を整えていた。
王国軍の騎士が整列する。
その前にカモットは立つと、胸を張って騎士たちを見渡した。
カモットの後ろには、王国騎士軍団常駐隊長と私兵騎士隊長が立っている。
王国軍の騎士たちは、全員が皮鎧を中心とした軽装である。
兜や甲冑を身につけた者は1人もいない。
その王国軍の騎士たちに向かって、カモットが声を掛けた。
「いまこの時より、声を発することを皆に禁じる。それは例え己が死す時であってもだ。」
「皆、まずは目を瞑れ。」
「貴殿らは皆、ポルファス王国の騎士である。」
「騎士になりたくてもなれなかった者が大勢いたことを思い起こせ。」
「その中で、貴殿らは選ばれし者として騎士になった。」
「我が私兵騎士は、中央に行けば王国騎士となれる実力を持っておろう。」
「それでも何故、この地に留まって我が私兵騎士となった?」
「この地に常駐する王国騎士は、もっと楽が出来る場所を選択することができたであろう。」
「それでも何故、国の要所であるこの地を選んだ?」
「全ては、国の為、民の為、家族の為だ! そうであろう!?」
「今まさに、貴殿らの騎士としての真価が問われる!」
「敵は多い。しかし、それが我らにとって何の問題となろうか!」
「ここに勝利を! 民に希望を! ポルファスに栄光を!」
そのカモットの言葉を聞いた騎士たちは、命令に従い声を出すことなく“気焔”を発した。
それはおおきな“うねり”となって立ち昇る。
カモットは静かに息を吸い込んだ。
そして号令を下す。
「突撃!」
【王国軍の突撃】
↑ 王国軍6千5百
山 ■ ↓↓↓
■ □□□
■ □□
■イバラン兵 □
■9千5百 ↓↓↓
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平原
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マイラン兵
9千5百
王国軍は全軍で山を駆け降りた。
静かに、そして迅速に。
その目指す場所は、マイラン兵の野営地である。
王国軍の中で立ち昇った気焔は、敵に歴戦の猛将がいれば気づいたであろう。
しかし、イバランとマイランは共和制の国であり、その兵の大半が徴兵された者たちである。
マイラン兵の中に歴戦の猛将は存在しない。
本国の評議会で長々と議論が続いており、今日中に国からの指示は出ないと踏んでいたマイラン兵は、全員が完全に油断しきっていた。
野営地で装備を解き、食事していた最中である。
そこに王国軍が突撃する。
軽装で素早く駆け降りてきた王国軍に、不意を突かれたマイラン兵は混乱した。
すぐさま、王国軍が包囲する。
【王国軍の包囲】
□=王国軍、■=連合軍(マイラン兵)
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カモットは、その包囲網に敢えて分かりやすく穴を開けた。
もし、完全に囲い込んだ場合、敵は全員が死に物狂いで応戦してくる。
それに対して、明確な形の逃げ道があった場合、敵はそこから潰走するのである。
その心理を策に用いたのであった。
これを“囲師必闕”と言う。
大混乱となったマイラン兵は、各々が逃げ出すことを優先する。
そして、持つ物も持たずして潰走していったのであった。
【王国軍の包囲】
□=王国軍、■=連合軍(マイラン兵)
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潰走した敵の姿を見て、カモットは次の行動に移った。
マイラン兵が残していった馬と武器を奪い、他には火を放つ。
そして、即座に自軍の拠点へと戻っていくのであった。




