第1章 第29話 どうやら死を纏う者が近づいているらしい
ウォルスは、残り1体となった死の騎士を打ち砕いた。
「ふう。こりゃ骨が折れたわい。」
ジーニャが大半の敵を消していたとはいえ、まだ数十体は残っていた。
それらを全てウォルスが掃討したのであった。
「その程度で疲れるようじゃ、そろそろ引退じゃないさね?」
ウォルスは腰の痛みを和らげようと大きく背伸びをしている。
その姿を見たジーニャが“太りすぎさね”と微笑みながら近寄ってきた。
「おぉう?もうあの大物を仕留めたのか?」
「あちきの敵ではないさね。」
「さすがじゃのう。」
ウォルスとジーニャは、村の生存者が集まっている場所に移動した。
エレンが回復魔法を使って助けることができたのは、十数人といったところであった。
生き残った村人は女性と幼子ばかりであり、みな茫然自失としている。
その内の1人が、ウォルスとジーニャの姿を見て口を開いた。
「あの・・・ありがとうございました。」
その顔は、素直な感謝の表情ではない。
恐らくは、なぜもっと早く助けに来てくれなかったのかという、ヒト系-コモン特有の心の葛藤があるのであろう。
ウォルスはそれを悟ると、気まずそうにでっぷりと太った腹を掻いた。
「私たちはどうしたら良いの?」
「どこか、安全な場所まで連れて行ってくれるの?ねえ?」
生き残った村人は、ジーニャに対して口々に勝手なことを言いはじめた。
ジーニャは、精霊系-光精霊である。
その齢は320であるが、具現化した人の姿は若く見える為、傍目には15、6歳の女の子としか見えない。
その為、年下の女の子に対する口調で、村人たちは懇願してくるのであった。
「知らんさね。あんた達を連れて行くほど、あちき達は暇じゃないさね。」
ジーニャは冷たくあしらった。
村人たちの顔に絶望の色が広がる。
そこにエレンが、赤く長い髪の女性を肩に担ぎながら歩いてきた。
「ああっ!ミズナ様っ!」
「ミズナ様!なんてこと!」
生き残った村人たちから、悲鳴と落胆の声が上がる。
エレンは、その反応を見て言った。
「大丈夫よ。気を失っているだけだから。かなり酷い状態だったけど、ちゃんと回復できたわ。」
村人たちから安堵の声が上がった。
「あんた達の“主導者様”が、生きとって良かったさね。」
ジーニャはそう言うと、生き残った村人の回りに“光の鎖”を輪の形に作りだした。
「その子の目が覚めるまでは、その中にいるといいさね。」
そう言って、ジーニャは馬車に向かって歩き出す。
「安心して。その光の鎖の中なら、さっきの敵が襲ってきても守ってくれるわ。」
エレンが、ジーニャの言葉足らずを補足して村人に伝えた。
ウォルス、ジーニャ、エレンの3人は、馬車に乗り込むと再びヤークションを目指して動き始めた。
御者は、当然のようにウォルスの役目である。
「そういえば、あのキモイ奴が“誰かの名前”を口走っていたさね。」
「あら? それはオリオンの名前じゃなかったの?」
「違ったさね。確か・・・そう、“シモン様に生贄を”とぶつぶつ言ってたさね。」
「え?誰って?」
エレンは、身を乗り出してジーニャに聞き返した。
よもや、あれから50年は経っているのに、その名を再び聞くとは思わなかった。
「シモンと言っていたさね。」
「・・・・・。」
かつて、エレンは勇者パーティーの一員であった。
その勇者の名前がシモンである。
シモンは、ポルファス王国から“あらぬ濡れ衣”を着せれた挙句、王宮前に設置された斬首台に抑えつけられて公開処刑された。
「まさか・・・ね・・・。」
エレンは、そう言いながらも“嫌な予感”がしたのであった。
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《ポルファス王国 西部 ヤークション近郊》
その頃。
シモンと名乗った死を纏う者は、ポルファス王国西部最大の都市ヤークションに近づいていた。
死を纏う者が優雅に寛ぐ馬車を引いているのは馬ではない。
レイスと呼ばれる不死系の死霊モンスター2体である。
死を纏う者は、徐々にヤークションの城壁に近づくにつれて、内から湧き出てくる喜びを我慢できずにいた。
異形な仮面の下で不敵に笑っている。
その容姿は、異世界免許教習所の上席教官オリオンに間違いはない。
「クフフフ。」
死を纏う者が笑う。
憎きモルカットはすでに滅ぼした。
そして、元凶のポルファスを一つ一つ潰していくのだ。
本来であれば、もっと時間をかけてジワジワと嬲り殺すことを望んでいる。
しかし、異世界免許教習所なる場所から“追手”が来ることは、この身体の持ち主の記憶からすると間違いないであろう。
この身体が手に入ったことは、自分にとって最上であった。
自分が望む全てを実現できる唯一の存在であろう。
まだこの身体には秘密があるような気はするが、そんなことはどうでも良い。
この地を全て血で染めれば終わることだ。
そう言えば、あいつ。
あの王国騎士軍団長とかいう奴。
名を何と言ったかな?
まあ良いや。
「あいつ、そろそろ王宮に着いたかな?」
折角、王に“逃れられない絶望”が迫る恐怖を味わわせる為、伝言として生かしたのだ。
その伝言を聞いた王宮は混乱するであろう。
愉快だ。
これほど愉快なことはない。
「クフフフハハハハ。」
死を纏う者は、全身を覆った濃い緑色のマントの中に手を忍ばせた。
そして、その腰に下げた“真っ赤な弓”を撫でながら上機嫌に笑うのであった。
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《ポルファス王国 南部 シキニ山地の戦い》
一方、その頃。
ポルファス王国南部の戦いは、イバランとマイランの連合軍がひとまず兵を下げたことで、一旦の静けさにあった。
「ひとまずは、出鼻を挫いてやれましたな。」
私兵騎士隊の隊長が口を開いた。
その横には、王国騎士軍団常駐隊の隊長が立っている。
「もう少し数を削れると思っておったのだがのう。」
カモットは目の前のテーブルに広げている“領地の地図”を見ながら言った。
「父上、それでは私は、東方の牽制に行ってまいります。」
「うむ。頼んだぞ。」
カモットの息子は、私兵騎士隊500を引き連れて出た。
領内東方の町と村の幾つかが敵に占領されている。
そこにいる敵を牽制して、背後に回られる危険を回避する為である。
初戦で自軍に被害がほとんどなかったことは、まずは上々。
しかし、圧倒的な数的不利は変わっていない。
その状況下で、さらに牽制の為に自軍の数を減らさねばならないのは頭が痛い。
苦渋の決断である。
「援軍の数は、どれほどでしょうな。」
「オルタス軍団長にお越し頂けたら最高ですな。」
「そんなことを言っとると、余計な貴族がやって来る旗が立つぞ。」
カモットは、そう言って笑った。
自分たちに余裕は全くない。
しかし、兵の士気を維持する為には、例え演技であってとしても“余裕を感じさせる立ち居振る舞い”が求められる。
「今夜、敵の夜襲はありますかな?」
「警戒は必要であろうが、恐らくは明日まで膠着するじゃろう。」
「それは、どのような理由でしょうか?」
「敵は両方とも共和制の国じゃ。恐らくは、初戦の敗戦を国に伝えて指示を仰がねばなるまい。」
「現場指揮官には、それを決定する権限がないということですな。」
「そのまま、評議会とやらの議論がダラダラ続いて、こちらの援軍が到着してくれれば良いがのう。」
「次は、敵もクロスボウ対策を講じて来るでしょうな。」
「今回のような楽な防戦とは、これからはならんでしょうな。」
「うむ。さて、それでは“次の策”を練り直すとするかの。」
カモットは、領地を記した地図の上に駒を広げた。




