#3
空間の中は意外と広く、出口と思われる所までは距離が有った。
先に空間の中に入ったアキ達は、少し入った所でカガミ達を待っていた。
再び全員揃ったところで、出口らしき場所を目指した。
【それにしても距離があるな】
偵察能力の高い機体に乗るハルが愚痴る
【この暗闇じゃ、マークスマインのレーダーが命綱になりますからね】
カガミはハルの後ろを歩きながら答える
【トシさんのヘルハンターもスナイパーだから、レーダーは強いはずなんだが】
【それさっきトシさんに言ったら、出口に罠があったら危なくて嫌だって言ってましたよ】
【おい待て!それは俺も同じだぞ!!】
【ま、まぁ、役に立たないかもしれませんが、何かあれば俺も後ろから援護しますから】
【クソ、後でトシさんに、腐ったイカを送り付けてやる】
【それは止めてあげたほうが…】
雑談途中でカガミは身体に違和感を覚えた。
頭の上から冷水でも浴びせられた様な感覚に襲われる。
あまりの事に【うぅ】と、声に出していた。
不思議なことにカガミだけでなく、全員が同じ感覚に襲われたのか各々変な声を上げた。
【なんか…今変な感覚になったんだが】
【ハルさんもですか?俺もなんですけど】
後ろでもアキがメンバー全員に、今の感覚について話をしていた。
【待った、今全員に同じタイミングで、変な感じになったのかい?】
【なんか寒気…なんですかね?何かこう、身体全体に染み渡る?みたいな】
【染み渡っちゃダメだろ、身震いしただろ】
【でも、VRにそんな感覚を伝える機能無いでしょ】
【集団幻覚か、怖い話するなよ】
等々とダイ、トシ、ハヤテ、ベンベンが話をしていた。
そのうち出口が近づいて来て、暗い空間から外に全員が出たが、一番最初に空間から出たハルの口から【何処だ……ここ…】と、無意識に漏らしていた。
目の前に広がった光景は今まで見たことのない場所であり、何より先程まで昼間の時間設定だったはずの光景が、真夜中に変わっていることだ。
時間設定は全てリアル時間になっており、月に一度だけ変更することが可能になっている。
だが勿論変更などはしておらず、昼間から夜中に変わるなど有り得ない。
出てきたメンバー全員で話し合ったが、出た答えは恐らくバグの類いだろうという結果だった。
団長のアキが「引き返すか」と言った瞬間
全員のレーダーに、警告音が鳴り響いた。
※
とある生い茂る森の中で、護衛機に囲まれながら爆走する装甲車があった。
装甲車の中には、白いドレスを着た長い黒髪の少女と、眼鏡を掛けて髪を頭の上で団子に纏めている女性、メイド服を着た大人しそうな赤い髪をした少女、それと運転席に軍人らしき男が乗っていた。
「逃げ切れるでしょうか」
不安を口にする少女に、眼鏡を掛けた女性とメイドの少女が
「大丈夫です、姫さま。ゴードン師団長もいますし、城塞に着けば中隊もいます」
「この身を盾にしてでも、姫さまはお守りします」
「ありがとう、ライラ、クロエ」
会話を遮るように車内のモニターに、頭を坊主にしている厳つい年配の男が映し出され、焦るように喋りだす。
【姫様、申し訳ありません。すぐにでも、キメラ共に追いつかれるやもしれません。部下数名と共に殿を務めようと思います】
姫と呼ばれる少女は装甲車の小さな窓枠から、横を並走する15メートル程の人型兵器に目をむけた。
形状はあまりにも簡素的で、機体の指の部分も三本となっている。
両腕の装甲板は盾の役割も担っているが、その反面それ以外の強度が脆くなっており、
量産を目的に造られた機体で、コバルトと称されている機体だ。
塗装は全てグレーで統一されていて他にも数機いるが、並走する機体だけ肩のアーマー配色が黄色になっており、頭部ユニットの左横に鳥の羽を模した装飾が施されていた。
「状況はそこまでに?!」
ライラと呼ばれる女性が、モニターに映る男に詰め寄るように焦りながら喋る。
【それでも多くの時は稼げないでしょう。そうなれば……若い者達にも…盾になってもらう他ないでしょうな】
「それは…」
姫と呼ばれる少女がその考えに反論しようとしたが、向かいの席に座るクロエの両手が姫の手を包むように添えられて、首を横に振る。
その様子を見て、口から出かけた言葉を飲み込む。
その会話に割り込む様に数人の老人の声が入る
【いやいや。師団長殿が真っ先に居なくなれば、若い連中が取り乱すじゃろ】
【ここは一つ姫様の為に、花道として散らせて頂こう】
【お前達……すまん】
装甲車の真後ろを守る様にして付いてきたコバルト数機は反転し、来た道を戻り始めた。
【若造ども、姫様を頼んだぞ】
【姫様どうぞ御達者で】
モニター越しに聞こえていた声が遠ざかっていく寸前に、涙を堪えながら姫は
「皆さん……ごめんなさい」と声にした。
数分も経たないうちに後方で銃撃音と爆発の音が聞こえたが、直ぐに静かになってしまった。
それが何を意味するか、歴戦の兵士でなくとも簡単に理解できる。
殿を志願した彼らは、既にこの世を去ったということだ。
車内と護衛している兵士達に、嫌な沈黙が広まる。
ライラは焦りを極力隠しつつ「まだ森は抜けられないのですか!」と運転手に聞く。
運転手の兵士も冷や汗をかき、ナビをみながら
「この速度を維持して走るのも難しいのです。まだ、しばらく掛かります」
舗装された道ではなく、なんとか走れる場所を無理やり装甲車で走っている状況だ。
その時だった。
装甲車は急ブレーキを踏み、緊急停止した。
「何事です!」
焦りが怒りに変わったような声で、ライラが怒鳴る。
だが兵士は何かを見て恐れる様に震えながら
「さっ、さっ、さき、さきまわ…り」
「なんなのですか!ハッキリとおっしゃりなさい!!」
言葉を続けることの出来ない運転手の代わりに、姫が運転手の見ている物を恐怖を抑えながら喋った。
「彼らが命を犠牲にしてまで時間を稼いでくれたというのに、キメラに先回りされたというのですか……わたくし達は…」
彼らの進行方向には体長五メートル程の下半身を蜘蛛、上半身をカマキリの様な生き物が、数えきれない程の数が行く手を塞いでいた。
上下ある目の部分が不気味に赤く光り、その数の多さは一目瞭然。
そしてここに居るパイロットの殆どが実戦経験の少ない、十代の若者だった。
恐怖で動けず固まっているパイロットに、師団長のゴードン・スミスが怒鳴り声を上げて指示をだす。
「各機密集陣形!ルーク級のソードスパイダーならば、十分に貴様らでも戦果を上げられるはずだ!!装甲車を何としてでも死守し、姫様の城塞までの道を作る。各機生還など考えるな…、撃ちかた始め!!!」
装甲車の前にコバルトが出て壁を作り突撃をしてくるソードスパイダーに、ビームガンを構えて乱射する。
ビームガンの威力は強くないものの、二、三発命中させればなんとか倒せる敵だ。
それでも物量で攻め込んでくるソードスパイダーに、次第に苦戦を強いられてきた。
一匹のソードスパイダーが、銃撃をかわし新米パイロットの機体に張り付く。
【うわぁぁぁぁ。やめろぉ!!!】
ソードスパイダーは、両鎌を振り下ろし機体の装甲を傷つけていく。
そこに師団長機のゴードンが、ビームで形成されたソードでソードスパイダーに切り込む。
【おのれ!虫の分際で!!】
ソードスパイダーに切り込むも、身体を切り裂くスピードは遅くゆっくりとしていて、時間が掛かる。
ビーム兵器には大きな欠点がある。
それはビームガンならば弾切れは無い代わりに、威力が非常に低くまた連射しすぎるとオーバーヒートを起こし、暫くクールダウンさせなければ使えない点である。
ビームソードならば剣の形状維持にエネルギーを使っている為、刃こぼれこそしないが、ほとんどデカい溶接機のような物になってしまっているのだ。
そのため戦場での長時間戦闘を可能にした代わりに、長期戦を前提にした戦い方になるという負の連鎖がある。
最も、物資の少ない世界では画期的な兵器である事も確かだ。
【師団長……あ、ありがとう…ございます】
新米パイロットは、泣きながらゴードンに礼を言うと、間髪入れずに
【馬鹿者!男がこの程度の事で泣くな。敵はまだ後ろからも迫っているのだぞ】
(そうだ。ルーク級のソードスパイダーなど、新兵でも倒せる相手だ…敵ではない。問題は今なお我らを追って来ている…)
【とにかく貴様は陣形の中心に入り、極力前に出ず支援攻撃を続行せよ。出来るな】
【はい!】
最初こそ怒鳴る様にしていたが、最後は出来るだけ勇気づけようとして言ったのが良かったのか、少し冷静さを取り戻したようだった。
だが、状況は余談を許さないように、レーダーの警告音が鳴り響く。
ゴードンがレーダーを確認すると、自分たちを中心に前後から赤い点が押し寄せてきた。
それも後方から迫りくる敵の反応の中に、二重丸の形をした物がレーダーに映る。
【馬鹿な!もう追いついたと言うのか!!】
ゴードンが後方に振り向くと、迫りくるソードスパイダーの中に、全長15メートル程の大きさの人型キメラが複数混ざっていた。
全身が岩で出来ているよな不気味さがあり、”ブォ“と気味の悪い低い鳴き声を上げている。
【くっ!新米パイロットは全力で道を切り開け、何としてもソードスパイダーから姫様を守り抜くのだ!!残りの者は、ナイト級 ロックビーストを狩る!!!】
【おうぅぅ!!!】
ゴードンの檄が、戦場に居るパイロット達全体の指揮を上げた。
だがゴードンは、秘匿回線で装甲車に繋げた。
【姫様、度々申し訳ございません。】
ゴードンは先程の威勢はなく、寧ろ何処か不安になるほどの冷静さで話してくる。
「どうしましたか、ゴードン?」
「そうですわ。秘匿回線などお使いになるなんて、これではまるで…」
【ライラ殿のお察しの通りだ。これより我々は最後の攻勢に転じます。】
「そんな!!!」ライラの悲鳴にも似た声が響く。
【今の兵力でこの場を抜け出す事も難しく、守り抜くのは不可能。一瞬の隙を私めが作りますゆえ、そのまま我らを置いてお逃げ下さい。これも大変に危険な賭けでは御座いますが、今出せる最善の策でございます】
車内で恐怖に震えているクロエの手を、今度は姫が優しく両手で包みニッコリと微笑むと
「ゴードン師団長。折角の御厚意ですが、それは受け入れられません」
【姫様、お気持ちは御理解いたします。姫様はお優しいお方だ、我らを置いていく事に躊躇いがおありなのでしょう。ですが、ご自分のお立場を御理解して頂きたい。姫様に何かあれば、悲しむのは国民です】
ゴードンは必死に説得しようとしていた。だが姫も
「そもそもここで皆を置いて逃げても、その様子では直ぐに追いつかれるでしょう。ならば、ここに居る者の力をわたくしは信じたいのです」
少しの沈黙のあと、ゴードンは諦めたようにため息を吐く
【頑固なところは、母君にそっくりになられた。姫様が信じて下さるのなら、そのご期待に応えるのが、我らの務め。ここから無事、城塞までご帰還させてみせます】
そう告げるとゴードンの機体は、一番近いロックビーストに突撃をした。
装甲車を中心に、攻防戦は激しく始まった。
とにかくコバルトの持つビームガンは、休む事なく撃ち続けられた。
オーバーヒートを起こさない様にベテランのパイロットが、新米パイロットに注意を促す。
それでも戦闘経験の浅い者から次第にビームガンをオーバーヒートさせ、そこを狙ったかのようにソードスパイダーが飛びかかる。
後方で戦うベテランパイロットは、新米パイロット以上に苦戦を強いられていた。
【クソ!なんて硬さだ】
一機のコバルトがビームソードで切り付けるも、外皮を少し傷付けるだけで致命傷を与えられずにいた。
勿論ロックビーストも黙って切られているはずがなく、分厚い外皮で出来た腕でコバルトに殴り込む。
その攻撃を腕部の盾部分で受けるが、一撃でかなりのへこみが作られる。
しかも一撃の威力が強い為か、まともに攻撃を受けると機体が後ろによろめきながら押し返される。
【大丈夫か!】
【なんとかな】
二人のパイロットが会話をしていた後方で、別のベテランパイロットの悲鳴が聞こえた。
【うわぁぁぁぁぁぁぁ】
振り向くとそこには、大破し横たわるコバルトがあった。
そこに二体のロックビーストが、コックピットをこじ開け中のパイロットを掴み出す。
その光景を見ていたベテランパイロットなら、次にロックビーストが起こす行動は理解出来た。
【テメェ!この野郎そいつを離せ!!!】
もう一体のロックビーストが、突撃してくるコバルトに”ブォ“と低い声を上げながら襲い掛かる。
掴み出されたパイロットは、必死に装備していたハンドガンでロックビーストに乱射した。
「離せ!離せ!!離せぇぇぇぇ!!!」
ハンドガン程度では痛みすら無いような反応で、パイロットを暫く見つめた後にそのまま一口で飲み込んだ。
その様子を見ていた…見てしまった新米パイロット数人は、悲鳴を上げパニックに陥り、逃げまどう。
そのせいで陣形は無残にも崩壊し、そこに容赦なくキメラが押し寄せた。
ゴードンが怒鳴り声を上げて鎮めようとするも、一度崩れた陣形を元に戻せるはずもなく、ただパイロット達の悲鳴がこだました。
陣形が崩壊したことで護衛対象の装甲車は丸裸状態になり、そこへ一体のロックビーストが装甲車目掛けて歩き出す。
その様子を少し離れた場所で見ていたゴードンの視界に入り焦りだす。
【いかん、姫様!お逃げ下さい!!どうした運転手、早く逃げんか!!!】
車内では、ライラと運転手が恐怖で言い合いをしていた。
「早く車を出しなさい!!!!」
「やっています!ですがここ迄来るのに無理をさせ過ぎたせいなのか……ダメだ、完全にエンジンが動かない」
「どうにかなさい!!!」
「無理ですよ!!!」
地響きが次第に強くなり、車内が揺れる。クロエと姫が窓の外を見て動揺する。
「姫さま、車外へでましょう。ここに居るよりはいいはずです」
「そうですね。ここに居るよりは…きっとゴードンも戦いやすいはず」
クロエが扉を開けようとするが、どこか歪んだのか両腕に力を入れて開けようとするも、びくともしない。
「どうしましょう!開きません!!」
「わたくしも手伝います。ライラ!」
「は、はい」
三人で扉を必死に押し込むが、鉄の擦れる音がするだけで開く様子がない。
扉の窓からロックビーストが近づいて来るのが見える。
更にその後ろでソードスパイダーに、群がれ傷だらけになるゴードンのコバルト。
誰もが絶望し諦めかけたそこに、装甲車を掴もうとするロックビーストの腕が伸びかけた時だった。
ロックビーストの頭が、轟音と共に吹き飛んだ。
そこに更にシュィィィィと何かが回転する音が聞こえ、ガガガガと連発音が響くと大量のソードスパイダーが血しぶきを出しながら倒れていった。
【な…なんだ!何が起きている!?】
動揺するゴードンの頭上が暗くなりそちらを見ると、月に被り機体を急降下し落下速度を利用して、両手に持たれたダブルブレードで周辺のロックビーストを一瞬で切り裂くダークパープルの機体。
更にその機体の横を大型シールドを前面に構え、大型ランスを突き出しながら木々とソードスパイダーを巻き込みながら突進攻撃をする薄水色の重装甲型機体。
装甲車の中からも、その様子が伺えた。
「援軍……なの…ですか?」
姫に尋ねられ首を横に振り、自分が要請したものでは無いと言いたげなライラ。
隣に居るクロエは「アレン様の精鋭部隊の方達でしょうか?」と考えながら口にした。
装甲車の窓から外の様子を再び見ようとすると、扉のすぐ横にソードスパイダーが目の前まで迫っていた。
車内に居る全員が驚き悲鳴を上げた瞬間、ソードスパイダーを上から一突きして殺す白く所々に赤いラインの入った機体が、装甲車付近に集まるキメラにビームライフルで的確に狙いながら撃つ。
そこにほぼ同型機と思われる三機の機体が、装甲車を守る様に周辺を囲み、手に持たれた大型シールドを地面に突き刺し攻撃体制に入る。
先程の白い機体が装甲車前まで近づきそのまま膝間着くと、コックピットが開き黒い装甲服を着たパイロットが降りてきて、装甲車の扉をノックした。
その様子を車内から見ていた姫が「扉が開かないのです」と言うと、パイロットがジェスチャーで奥に下がれと手を振る。
すると扉を掴み力を入れて、無理やり扉を引き剥がした。
その様子を見ていた運転手は「噓だろ!装甲車の扉だぞ!?」と驚き、クロエとライラは姫を守るように前に出て壁をつくる。
「あ……あの、どこの隊の方…でしょうか」
「不敬ですよ!姿を見せなさい!!!」
その言葉を聞いてパイロットは、ヘルメットの首の後ろにあるスイッチを押す。
すると、プシュッと空気の抜ける音と共にヘルメットを脱いだ。
「えっと、カイヤナイト所属…でいいのかな?イヅナのパイロット、カガミです」