就職
買い物券を消費するため、シオンは商店街の八百屋で買い物をしていた。
「じゃがいもと人参、あとは…キウイでも買ってこっかな…」
左手の袋には肉と豆腐。だいぶ買い込んだにも関わらず、渡された商品券の束の厚みはあまり変わりなく見える。
「まいどあり!」
八百屋での買い物を終え、帰ろうとしたシオンを誰かが呼び止める。
「お、ヒーローさん!ちょうどいいとこに!」
聞き覚えのある声。振り返るとどこかで見たような顔。蕎麦屋の店主だったか。
「ああ、孔雀の人」
「そういや名乗りもしてなかったね、大取 蒔人です。あらためてどうぞよろしく」
「北村 シオンです、よろしく……で、ちょうどいいところにって……」
「ああ、そのことなんだけどね、また酒屋のオヤジがバックレたからヒーローショーに出てもらえないかなって……」
「またヒーローショーに?」
「忙しい?仕事とかあるならもちろんそっち優先で……」
「それが失業中で。だからいつでも出られるのは出られるけど……いつなの?」
「いいことを聞いた!君のおかげもあってあれからうちの商店街にも余裕ができてね、あんまり多くはないけど給料も出せる。よかったらうちの商店街のご当地ヒーローに……」
「え?えー、と……」
──いいのか?
申し出は魅力的だ。だが、ジュピターのデザインはシオンによるものではない。なにか権利的な問題が発生しないだろうか。
それに今は得体のしれない難敵がいつ来るかわからない時だ。
工場は閉鎖こそされたが働いた分の給料はきっちり振り込まれていたので少ないながらも蓄えがある。 今ここですぐに受けるべき誘いではないかもしれない。
『いいと思うよ。』
ポケットからさてらいとの声。
「お、司令官さん!」
と、大取が嬉しそうに言った。
「いや、いいったって、今はそんな活動してられる時期じゃ……」
『シオン、今君は無職で、貯金と商品券でなんとか暮らしている。ヒーローってのは、日常を犠牲にしてまでなるもんじゃない。自己をかえりみない人間が誰かを救おうだなんて、超人でもない限り不可能さ。』
「まぁ……そうだけど……ヒーローのデザイン?みたいなものの権利問題とか……」
『富岡さんならそういうの気にしない人だよ。何なら権利譲渡とかよろこんでしてくれるよ。』
「そうかそうか、なら、何も問題はないね!蕎麦屋の店員は世を忍ぶ仮の姿、真の姿は正義のヒーロー!燃えてくるじゃないか!」
大取はやたら嬉しそうだ。そういう世代なのかもしれない。
「じゃあ……是非、お願いします。ヒーローショーはいつから?」
「おお、いいのかい!明日の昼からなんだけど、大丈夫?」
「特に予定は無い……はず。蕎麦屋の方は……」
「うちは一人で店回せるから、たまに賄い食べに来るくらいが仕事内容かなぁ」
果たしてそれは店員と言えるのだろうか。
シオンは浮かんだ疑問を口に出すことを堪えた。