捕食
「何です…?気味の悪い……」
ウプイリは後ずさりする。これに近づくのは危険だ、と本能が警告している。
「ウウアアアアァ……」
怪物は近づく。ウプイリは後ずさる。
──そうだ、何もこんなところにいる必要もない。飛んで逃げればいいんだ。
恐怖で麻痺した脳で、なんとか導き出した手段。
煙になれば、このサンプルを持ち帰ることはできない。この怪物がサンプルに何をするかもわからない時点で、なるべくそれは避けたかった。
ウプイリは宙に浮かび──
「ぐうっ……!?」
ガァンと衝突音、そして衝撃に息が詰まる。何をされたのかわからないまま、ウプイリは地面に落下する。
「ゲホッ……うぅ……ぐうっ!?」
地面に叩きつけられ、呻く──また、今度は上からの衝撃。ミシミシと装甲が軋む。怪物はウプイリの背中を踏みつけていた。
──また、叩き落とされた。
敗北感が胸に去来する。跳躍した怪物の蹴りか、もしくは頭部の角による頭突きか。どちらにしても、空を飛ぶという誇りを一日に二度も汚されるのは、彼にとって屈辱の極みだった。
「ウウアアアアァ……」
怪物は呻き、踏みつける足にさらに力を込める。ウプイリの装甲がミシミシと音を立ててたわむ。
「ぐっ……」
ウプイリは煙になり、怪物の足の下から逃れる。サンプルは──足元に残したまま、無事かどうかもわからない。
加えて先ほどの攻撃と踏みつけによるダメージも大きい。骨と、恐らく内蔵も損傷している。喉の奥から血の味がした。
「飛んで逃げるのも無理ですか……なら……」
ウプイリが振りかざした右腕に黒煙が纏わりつき、剣となる。
「倒すしかないですね……はあっ!」
ウプイリは剣を振るう。怪物は動かない──剣は、手応えなく空を切った。
いや、違う。剣が、消えた。ウプイリの、肘から先ごと。
「なっ……!?」
怪物はもごもごと口を動かす。
ごきり、ごきりとすりつぶすような音がその口の中から響いた。
ウプイリに痛みはそれほどない──だが果てしない喪失感と恐怖が彼を支配した。
「く──」
その先は言えなかった。恐ろしくて、言葉にできなかった。
──食っている。私の腕を。
振るう剣よりも早く、その腕を食いちぎり、その剣よりも硬い歯で剣ごと、そして装甲ごと噛み潰す。
ゴクリ、と怪物の喉が鳴る。
夜雲は自分の右手が怪物の餌となり、二度と戻らないことを悟った。
傷口から血はほとんど出ていない。スーツの作用だろう。だが── それが、なんの役に立つ?




