73話
少し悩んだが、俺はヒス子と話をしてみることに決めた。
やはり一週間も粘り続ける理由が気になったのだ。
迎えにはデスピナを向かわせた。俺や他のメンバーでは用件を伝えることすら難しそうだからな。その点、メイドとしての実力をメキメキと伸ばしているデスピナならば安心だ。
ただ、怒らせると恐いが。
普段は閉じている目を見開き光の射さない深海の如き真っ黒な瞳を露にし、鮫そのものの歯を剥き出して怒るデスピナの顔は、俺でも正面から見れないくらい恐い。生き物として根元的な恐怖を感じる。あ、食われる、と本能が察するのだ。
ヒス子に危機察知能力があれば、怒らせる前に案内されてくるだろう。
俺はデスピナがちゃんと案内して来ることを信じて、タコ仮面に変装して待っていればいい。鮫肌ブラックスーツも着用してね。
「ワダツミ様、ネクタイが曲がっております」
「あ、ごめんスバルさん」
「それと、話す場所は会議室を準備いたしました。私が会話の補佐として付き添います。護衛にはカロンとフォボス、更に隠し戸と床下にはブラックディープワンの手練れ数名を配置済みです」
スバルさんの準備が手早すぎて俺が指示する必要も無い件。デスピナのメイド力が上がってきてから俺がデスピナに頼ることが少々増えまして、どうもそれで対抗心を燃やしているっぽいです。
スバルさんはスバルさん。デスピナはデスピナだと思うんだけどね。むしろ仕事が分担できて楽になったんだから歓迎すべきなんじゃないのかなぁ……。
この話題は地雷な気がするので、言わないけど。
「戦闘になる可能性は低いって話なのに、そんなに警備を厳重にするかい? 確か未オープンのダンジョンは攻められないんじゃなかったっけ?」
「ダンジョンマスターにも個性や特性があります。危険はゼロとは言えません」
「個性や特性ねぇ……。俺には有るの?」
「既に発揮されているではありませんか」
「マジで? 初耳なんだけど」
「ダンジョンコアや配下モンスターの人化ですよ。これはワダツミ様の特性だと思います」
なんでも、ダンジョンマスターの特性というものは本人の願いが反映されるものらしい。
スバルさんの人化はダンジョンカタログから実行した筈だけど、そもそもカタログにリストアップされるものがダンジョンマスターの要望に応える形になっているとのこと。
確かに俺は人恋しさからスバルさんを人化させた訳だし、それが特性になったのだとしたら、まぁ納得できるかな?
分かっていればもっとダンジョン運営に適した特性を得られるように調整できたかもしれないけどね!
スバルさんにネクタイを直してもらい、会議室へと移動する。以前海賊連中と話し合った、オレンジ色の明かりを放つ海藻が照明代わりの大部屋だ。オルロフじいさんとの商談にも使われており、会議室というか、応接室扱いになることが多い。
いっそ配下達と会議する部屋は別に作るか……。DPなら結構余っているしな、部屋ひとつ拡張するくらい訳はない。
俺が上座で待っていると、大部屋の扉が控えめにノックされた。
「ご主人様、デスピナで御座います。お客様をお連れしました」
「あぁ、入ってくれ」
タコ仮面装備なので聞き取り辛いゴボゴボ声である。これもイメージ戦略の一つなのでヒス子には頑張って聞き取ってもらおう。
音もなく入ってきたデスピナ。その後ろからビクビクと震えながらヒス子が現れた。
……あちゃー、デスピナを怒らせちゃったか。ごめん、そのクールメイド、クールなのは見かけだけなんだわ、中身はバリバリの武闘派なんですよ。それでもウチの配下の中では我慢強い方なんだけどね?
ちなみに我慢強さと社交性で選ぶなら一番はネレイドだが、彼女は連続超過勤務のお詫びに長期休暇を取って貰っているので、ここに呼び出してはいない。萎びるほど疲れている所にヒス子の対応なんか任せたらネレイドがヒステリーを起こしかねないわ。
「一週間ぶりだな、さぁ、遠慮せずに座ってくれ」
「……一週間も放置されるとは思ってなかったわよ、この話し合い、私の要求を受け入れるってことよね?」
「出来ればもっと建設的な話し合いが出来ればと思っているがね」
俺の席の後ろにスバルさんが控え、その逆サイドにデスピナも控えた。ヒス子の背後にはカロンとフォボスが不測の事態が起きても即座に対応できるように備えている。
ヒス子にとっては明らかな敵陣。そんな状況で虚勢を張るとはなかなかにキモが太いな。
「随分な余裕じゃない、あぁ、もしかして私が攻撃しないと思っているの? 馬鹿ね、やろうと思ったらいつでも出来るのよ?」
「一週間も攻撃されなかったのでね、気も緩むというものだよ」
緩みすぎて、途中何回か存在を忘れていたくらいだしな。
スバルさんが、あちらから戦闘行為を仕掛けてくる可能性は低いと言っていたし、もしも戦闘行為に移行する気配が見られたら襲いかかるようにとサルガッソやミラージュクラム、岩礁に擬態した要塞ガニたちに指示していた。
相手をしなければその内帰ると思っていたから、俺の中ではヒス子のことは終わった案件だったんだよね。
本当に、一週間も粘るとは思わなかったなぁ。
「私のものになる島をイタズラに傷付けたくなかっただけよ。それに、こう見えて待つのは慣れてるのよ」
ダンジョンオープンまで一年近く待ったわけだしね、とヒス子は得意そうに胸を張る。
今の発言に少々違和感を感じたが、そこを追求するのは後だ。
「話を始める前に一つ提案をさせて欲しい。話し合いの間はお互いに攻撃は無しとしよう」
「あら? 気が緩んだんじゃ無かったの? 今さら恐くなったのかしら?」
「君のその自信が何処から来るものなのか分からないが……、これは君を守るためのルールだ。君の頼みとするワイバーンは此処には来られない、暴れても勝ち目はないだろう?」
「はっ、本当に馬鹿ね、勝算もなくのこのこダンジョンの中にまで付いてくると思ってるの? 私は一人でもアンタ達を叩きのめして帰れるのよ。わざわざ付いてきてあげたのはね、そうすればアンタもビビらずに話ができるだろうと思ったからていう私の優しさよ」
如何にデスピナにビビっていたとはいえ、それなりの策や勝算があるからこそ付いてきているに決まっているよな。そりゃ当然だ。
余所のダンジョンマスターを招き入れるだけでは敵対とは見なされないし、ダンジョンバトルが発動するようなこともない。だが、もしも招いた側である俺から敵対行動を取ってしまえば、ヒス子側にも反撃する許可が降りる。
スバルさんと確認したルールだ。間違いはない。
恐らく、ヒス子が此処にきた狙いは俺を怒らせて手を出させる為。一週間も放置されて色々面倒になったのか、武力で一気に片を付けるつもりなのだろう。
最初からそれを選択しなかったのは、俺たちの戦力を見極めていたから。
この一週間でヒス子は船の上から動いていないが、配下と思われるワイバーンはしきりに周辺を飛び回っていた。あれは俺たちの戦力を探っていたのだろうな。
止めたくとも、我がダンジョンには航空戦力が無い。気になりつつも放置するしかなかったのだ。
未オープンのダンジョンだと侮ってさっさと突撃してきてくれれば楽だったものを。案外このヒス子はやり辛い。
「HURM...。この話は平行線になるな、では話題を変えようか、幾つか質問があるのでね」
「答える義理はないけど?」
「君も聞きたいことがあるだろう? ダンジョンを乗っ取るとして、なんの知識もないまま運営できると思うかね?」
「出来るわ、私がやれば直ぐよ」
「無理だ。この立地を考えてみたかね? 周囲の見える範囲に陸地はなく、海鳥さえ滅多に通らない絶海の孤島だよ。ここは海の果て、波さえ帰らぬどん詰まり。常道のダンジョン運営では直ぐに枯渇するだろう」
「ふーん、なるほど、だから海賊たちを返したって訳ね」
ヒス子が少し感心したように頷いた。
僅かなやり取りで俺の考えを看破するとは、ヒス子もなかなか頭が回るらしい。
そう、ただでさえ交通の便が悪い中で、いつ来るかも分からない挑戦者を一度で使い潰してはあっという間に経営破綻だ。
遠出となれば船賃だって安くはない。潮風は装備を痛ませる。生鮮野菜不足による栄養失調だって考えられるだろう。更には傷を負ってもすぐに治療できる施設がない為、死亡率は内陸部と比べて跳ね上がる。
交通費と痛んだ装備を手入れし直す手間隙、栄養不足と手当てのし辛さによる死亡リスク。
そこまでして辿り着いたダンジョンが、入ったら最後、二度と帰ってこられないような魔窟であれば、その内だれも来なくなってしまう。
メリットとデメリットが釣り合わないからね。
挑戦者をダンジョンの物資として考えれば、ただ消耗するだけなどと勿体ない使い方はできない。リサイクルして何度も使わねばならない。
その為には、先ずは何度も訪れる事ができるという前例が必要なのだ。
その上で人間サイドとの交易を増やして挑戦者が気安く来られる環境を作り、滞在できる場所なども充実させる。そしてダンジョン内のドロップ品を買い取る流れを作り、挑戦者の生活を安定させる。そこまでして漸くDPの安定供給が見込めるかどうか、という所なのだよ。
目指すは挑戦者内で『油断して死んだアイツがマヌケなのさ』と思われる程度の危険度なのです。
絶海孤島の辛さは半端ではないのだ、ヒス子が勢いで乗っ取ってそのまま問題なく引き継げるようなものではない。
交通が有利な内陸ダンジョン経営者のアナタには分からないでしょうねぇ!
まぁ、それもこれも、俺が出来る限り人間と敵対したくない、と思えばこその苦労なんだけどね。
敵対すると決めればまた違ったやり方もあるけど、少なくとも今はそれをしたくはない。その分配下達には面倒をかけてしまうけどな。本当、助かってます。
だが、待ってほしい。ヒス子が海賊たちのことを知っている筈がない。時間にして一ヶ月以上前だぞ? まさかその時からこちらを監視していたとでもいうのか?
「海賊たち、ね。何故君がそれを知っている?」
自分の失言に気づいたのか、ヒス子が顔を強ばらせ口を噤んだ。
もう遅いけどね。吐いた言葉は飲み込めない。
ヒス子はここで誤魔化すか、もしくは認めてある程度情報を開示するべきだった。居直ってしまえば良かったのだ。だけどヒス子は咄嗟に黙ってしまった。これは悪手だ。
「ダンジョンマスターにはそれぞれ特性があるのだったな、君の特性はそれか? 相手を監視するというものなのかな? 特性には本人の願望が現れるというが、君は随分浅ましい願望があると見える」
「なっ、違うわよ!」
「違う? つまり特性では無し、監視でも無し。では海賊の連中から話を聞き出したか殺して情報を奪ったか、はたまた私の知らない何かが働いたか」
「……ちっ、アンタ、タコみたいな顔してるのに、ちょっとは頭が回るみたいじゃない」
「タコとは本来なかなか知恵のある生き物なのだが……、まぁいい、お褒めの言葉と受け取っておこう」
「脅しには折れない、話し方はムカつく、見かけはキモい、あんた最低だわ」
ヒス子は忌々しげに舌打ちすると、改めてどっかりと椅子に座り直した。
俺の配下が殺気立ったが、手を挙げて制する。不満が溜まっているいうだけど、ここは我慢してもらわなければ。ヒス子から聞き出したいことはまだまだあるのだ。
「ま、アタシのダンジョンを補佐する役目としては及第点ってところかしら。喜びなさい、使ってやるわよ」
「……君はぶれないな」
「最初からそれが目的で、それだけが要求よ。ぶれるわけないじゃない」
ヒス子は足を組み、精一杯ふんぞり返ってどや顔を決めた。
「アンタを認めて名乗ってあげる。私はアウロラ・アンシエル・ブリット・ヴィクスヴィンヴァリ。『翼竜岩窟』の竜姫とは私のことよ!」
「どーも、アウロラさん、私はワダツミ・グラコウス。未だ名も無きダンジョンのマスターだ。どうぞ宜しく」
「あ、こちらこそ……って違ァう! 私の名前を聞いてピンと来ないの!? あぁ、来るわけないわよねこのクソ田舎者! そもそもワイバーン連れてる美少女ダンジョンマスターでピンと来てないものね! アンタいったい今まで何を調べてきたのよ!? 」
アイサツにアイサツを返しただけで怒鳴るとは、スゴい失礼なヤツだ。
それに調べものは問題なくやっている。この島に生息していたモンスター、自生していた植物。魔冷泉の利用法、スバルさんの好みのケーキからポーラに似合う洋服まで、しっかりと調べているのだ。
だが、何を調べてきた、と聞くからには何かもっと詳しく調べる方法があるのだろう。それも他のダンジョンについての情報を。
こっちのダンジョンを探り当てた方法。海賊のことを知っていた理由。そして何よりダンジョンを乗っ取ろうとしていること。やはりヒス子……もといアウロラは俺よりも知っていることが多い。
スバルさんからだけでは知り得ない情報、ここで全部吐いてもらうとしよう。




