71話
『聞こえてるわよね!? そこのダンジョンマスター! さっさと私の前に顔を出しなさい!』
恐る恐るコール画面を再度繋いでみたんだけど、喧しく喚いているお方は変わらず叫んでおりました。
姿は人間の少女、燃えるような赤と橙のグラデーションという派手な髪をツインテールにし、スケイルアーマーとゴスロリドレスを足して2で割ったような珍妙な鎧を纏っていた。
何なんだアイツ? まだオープンしてないウチがダンジョンだって知っているのは海賊の面々とオルロフ爺さんくらいだぞ?
このキンキン声は苦手だ。それは俺の配下全員にも言えることのようで、スバルさんですら眉を潜めていた。
「海賊のメンバーじゃないよなぁ」
「随分と幼い様子ですから、違うでしょうね」
「じゃあ、オルロフ爺さんのお孫さんとか?」
「それも無理があるでしょう。何より、オルロフの孫が居たとして、此処に来る理由がありません」
「だよなぁ、じゃあ、後は何の可能性があるんだ? まさか挑戦者じゃないよな?」
「否定はできませんが……、恐らく違う気がします」
「スバルさんは何だと思う?」
「……先程、フォボスが気になることを言っていましたね」
フォボスが何か言ってたっけ? 俺はあの喧しいキンキン声で頭が真っ白だ。思い出せん。
「確か、強制排除しようとしたが近づけなかった、と」
「あぁ、それか。聖水でも撒きながら船を進めているのかと思ったよ」
「……その発想を、なんで船の建造を始めてから言うのですか? 」
「え、これそんなに画期的?」
俺の配下が近付けないって理由が、水質に干渉されているのかなぁという考えしか浮かんでこなかっただけですぜ。
ちなみに、昆布船に聖水散布機能は付けることが出来ないだろうと思われる。
聖水は撒けば魔物避けとなる。故にダンジョン産である魔改造昆布には良い影響を与えないと予想できるからだ。
「何も聖水に拘らなくてもいいでしょう。何かを撒きながら進む、という発想が早く欲しかったということです」
「HURM......、例えばサルガッソを撒く機能があれば、労せずしてダンジョンの支配領域を拡げていけるかもだな」
「失礼ですが、お客様? が待っていらっしゃいますよ」
俺とスバルさんの現実逃避は、デスピナの言葉で無情にも中断されてしまった。無念。
「はぁ、仕方がない、会いに行くかぁ」
「そのままでは危険ですので、いつもの来客用の変装をお願いしますね」
「あのタコ魔神セットか……、鎧とか物々しくないかね? できればあまり敵対的にならないようにしたいんだけど」
手慣れた様子でスバルさんがタコの仮面や毒銛や鎧を用意していくけども、流石に変装セットフル装備で会いに行く気にはなれない。
向こうが威圧的なのに、こっちも威圧的になってどうするのよ?
未だダンジョンとして稼働していないウチにそんなことをするメリットはないでしょう?
ま、万が一攻撃されても、俺の周囲にはレッドギルマン達が控えているし、海中にはサルガッソを中心とした航行妨害部隊もいる。
ドラゴンが暴れても取り押さえられる戦力だぜ!
「僭越ながら、ご主人様、エウロパ様に依頼していた品が出来ております。宜しければそちらを御召しになって頂きたく」
デスピナが差し出してきたのは、黒い衣服だった。
もちろんただの服じゃない。ブラック・ディープワンのヤスリのような皮膚を元に考案した、鮫肌のような加工が施されており、見かけはとても滑らかなのに、無理に引っ張ると途端に鮫肌が毛羽立ち、掴んだ手を傷だらけにしてしまうという機能が付いているのだ。
デザインはなぜかビジネススーツ風。
エウロパがいざ作ろうとした際に、天啓のように降ってきたデザインらしいのだが、まぁ、俺の影響なんだろうな。
これで会社員風タコ魔人の出来上がりという訳です。
……威圧的ではないけど、恐怖感は増している気がする。
「よし、それじゃあ行く前に最後の確認な、万が一戦闘になったらどうするでしょう? はい、スバルさん」
「殺して吸収しましょう」
「こっえぇ、本当にもう、血の気が多いなぁ」
「……半分冗談です。ですが、恐らく戦闘にはならないと思いますよ」
「ほう、そりゃまたどうして?」
スバルさんがそう言うのであれば、それは根拠があるということだ。彼女の中ではヒステリックガールの正体に見当が付いているんだろう。
「話が戻りますが、フォボスが言っていたことですよ。近付くことが出来なかった。これは、ある特定の相手とダンジョンモンスターが接触した際に起こる現象と同じです」
「その特定の相手ってのは?」
「それは――――」
◆◆◆
くそ、厄介なことなりそうだ。少なくとも、何のトラブルもなく平和に終わるってのは無理そうだな。
まずは話をしてみなければどうしようもないけど。
「私の住みかに何用かな? 騒がしいお嬢さん」
気が進まない、全く気が進まないが、ビジネスタコ魔人の姿でヒステリーの前に姿を表す。
相変わらずの水底から響いてくるようなゴボゴボとした聞き取り辛い声だけども、距離がそれほど離れている訳でも無し、大丈夫だろう。
「……ッ、てっきり人間がマスターやってるダンジョンだと思ってたけど、違ったみたいね」
「見ての通りだよ。それで、ただ私の顔を見に来たという訳でもないんだろう?」
「そうよ、当たり前じゃない!」
なんでこんなに偉そうなのかねぇ。
見た目若いし、自分に根拠の無い自信を抱いちゃう時期なんだろうか。
俺にはこんな若いパワー付いていく気力はないよ。はぁ……。
「アンタ、私を前にして随分な余裕じゃない。可愛い美少女だと思って舐めてたら怪我するわよ」
「いや、舐めているのではないよ。これでも戸惑っているんだ。君のような子がどうして私のダンジョンに来るのか、とね」
「未だオープンしていないダンジョン、でしょ? 知ってるんだからね。だからこそ私が来たのよ。さぁ、大人しくアンタのダンジョンコアを寄越しなさい!」
ヒステリーツインテールはふんぞり返りながら俺に向かって手を差し出した。
まるでそのまま俺がひょいっとダンジョンコアを乗せることを期待しているかのようだ。
っていうか、ヒステリーツインテールとか呼び名が長いな。ヒス子でいいか。
「何故君に渡さなければならない? その必要が私には分からん」
「ふん、やっぱりいきなりは渡さないわよね。当然よ、ダンジョンマスターなのだものね。いいわ、取引をしましょう」
ヒス子がパチン、と指を鳴らすと、急に辺りが陰った。
上を見上げると、そこには大きな羽を広げた翼竜が雲の隙間から体を覗かせている所だった。
翼竜はこちらを見下ろし、威嚇するように鼻の穴から火の玉を吹き出してみせた。
……おいおい、マジかよ。これどうみても使役している雰囲気だよね。
「ふふふ、落ち着いて、あの子に攻撃させるつもりはないわ。今はね。でもこの後のアンタの返答次第では、どうなるかは分からないわよ?」
流石にこれにはムカッとした。
自分が強い立場にいると慢心し、上から目線で舐めた口聞いてくるヤツには少々お仕置きしたくなっちまうなぁ……。
ちょっと翼竜さんが邪魔だけど。
「ここからが取引よ。アンタのダンジョンコアを私に譲渡しなさい。私がアンタに代わってダンジョンを運営してあげる……。あぁ、安心して良いわ、アンタを追い出したりしないし、アンタの配下も無駄に殺したりはしない。ダンジョンに住むくらいは許してあげるわ」
俺のダンジョンマスターとしての責任が消えて、ヒス子の紐になる、ということか。
それはそれで自堕落で素敵だとは思うが、今の生活に代えられる程じゃあないな。
それに、ヒス子の言い分はおかしい。
俺のダンジョンコアが欲しい? つまりスバルさんそ欲しがっているということだが、コイツにそんな必要はない筈なんだ。
何故なら――――
「そんなにダンジョン経営がしたいなら、自分のダンジョンでするが良い。ダンジョンマスター殿」
ヒス子、コイツもダンジョンマスターだからだ。




