70話
どこかのダンジョンのオープンを知らせる鐘の音を聞いてから、1ヶ月程たった。
俺のダンジョンのオープンまで、残り220日。
この一ヶ月はあまり代わり映えのしない毎日だったな。
エウロパの挙げてきたダンジョン特産品の目録がようやく完成したくらいかな?
我がダンジョンのイチオシは不思議な海草シリーズ。
航海のお供にはピッタリの海草たちが、貴方の船旅をお助けします、というものだ。
俺のにわか知識だが、船旅というのはかなり厳しいものらしい。
野菜や果物を摂れないことから栄養不足を引き起こし病気になったり、ネズミなどの害獣が発生して不衛生な環境を助長したり。
高い金と長い期間をかけて作った船は、メンテナンスを怠れば海水と潮風で腐ってしまう。
そのような劣悪な環境で乗組員は集まらず、死ぬのも早く、そして乗組員を補充する為に奴隷使われる、と。
問題はもっといっぱいあるのだろうが、俺がダンジョンの資源を使って解決できるのは、栄養と衛生、それと建材だ。
オススメは建材。鋼靭昆布を品種改良したもので、大剛昆布という。昆布と言うがそのサイズは直径1メートル以上、高さは4メートルを越える化物昆布だ
その特徴は加工のしやすさと浮力の高さ、なにより耐水性が物凄い。
試しにフォボス達に頼んで小型帆船をつくってもらったのだが、なんというか、船が海に馴染んでいる感じがして海面を滑るようにすいすいと進むのだ。
昆布らしいぬめりも無く、実に使いやすい建材となっております。
次にオススメしたいのは、大剛昆布とセットのようになってしまうのだが、大剛昆布の表面に根を張ることの出来る海藻類だ。シッププランターとでも言おうか、長期航海することを見据えて、生野菜が持ち運べないならいっそ栽培しちゃえば良いんじゃない? と開発させたものだ。
俺はアイディアを出しただけ。実にいいご身分である。
海水で育つし、仕切りを使えば植えた範囲以上に広がることは無いし、ビタミン、ミネラル、鉄分、食物繊維は豊富だしで言うこと無いね! 更に言うならば、成長が早いのに刈り入れ時というものが無い。柔らかいままモリモリと成長していくのだ。
あとこれ、リラックス効果というか、酔い止め効果もある。乾燥させた海藻をモグモグしているだけであら不思議、辛い船酔いとオサラバさ! 実に船員に優しい使用となっております。
他にも大剛昆布に根を張るシリーズでは、害獣駆除用の肉食海草がある。
ウツボカヅラのような形で甘い匂いを放ち、害獣害虫の類いを呼び寄せるのだ。
若干の酩酊効果があるため、ウツボカヅラが危険な物だと理解しても吸い寄せられてしまう恐ろしさがある。人間に対して完全に無害とはいかないのが危険だけど、不衛生な環境が続くことを考えたらネズミや蝿を駆除する方がいいよね?
この3つ、いや、大剛昆布ありきだから実際には一つなんだけど、これがウチのダンジョンが最も力を入れて推す物ですよ!
この船の為にあるといって過言ではない建材が、今なら丸太一本分を100万円! 100万円でご提供致します!
……的なことを、交渉に来たお爺ちゃんに言ったら結構引かれたんだよね。
SAN値を削る深海モンスターの仮装は人間には受けないよなぁ、やっぱり。
今度はもっとキャラを崩して喋ってみようかな?
一ヶ月の中でも、お爺ちゃん来襲は一番のイベントだった。
お爺ちゃん……オルロフ・アーミテイジは人間の大陸側ではそれなりに名の通った商人であり、ウチに来た海賊たちの元締めでもあるらしい。
それだけ聞くと恐いのだが、彼は本格的な交易を始めると決めた訳でもないのに沢山の物資を持ってきてくれた。
見かけはガチムチでスカーフェイスの海賊じいさんだけど、優しい人のようだ。
大剛昆布で出来た小型帆船を見た時は目付きが鋭くなっていたけど。あれは人殺しの目でしたわ。
大型船をつくるだけの建材昆布を持って帰る準備をしてこなかった、金も場所も無い! と随分悔しがっていたので、既に幾つか作っていた昆布船を一艘売ってあげた。
製作者であるフォボスも快く承諾してくれたので、すんなり売ることができ、大変満足です。
今のところお金の使い道はないんだけどねー。有ると安心なのさ。
「ワダツミ様、宜しいでしょうか」
「ん? フォボスか、何かあったか?」
俺は再確認していた目録を机に戻し、フォボスに向き直った。
現場主義のフォボスが俺のところに来るとは珍しい。
フォボス達レッドギルマンのチームには、小型・大型の昆布船の健造と、ダンジョンから離れた陸地に港を建設することを指示していたはずだ。
工兵であるレッドギルマンのチームは優秀な万能建築業者の集団であり、かなり安心して作業を任せていたのが、なにかあったのだろうか?
もしかして新しい本が欲しくなったのか?
技術力をアップして貰うために、建築技法の書かれた本と建築デザイン関係の本は大量に渡している。カタログから取り寄せた、まんま日本語の本なのだが、俺の配下はポーラを除き、全員問題なく読めるらしい。
港は、どんなデザインの本を渡しても邪神の狂気を感じる深海都市のようなデザインになっているが、フォボス達は興味深そうに技術書を読んでいた。
今ではサイクロプス様式の狂相建築とガルガンチュア調の骨彩装飾の組み合わせだとかなんとか、理解できないことを楽しそうに語っていたりする。
訪れる人間の皆さんには是非とも正気度を大切にしていただきたいものだ。
おっと、また別のこと考えてた。今は目の前のフォボスの話を聞かなきゃな。
「先程、港の現場監督をしておりましたところ、見慣れぬ船が近付いてきておりました。指示をお願い致します」
「そんなことならコール画面で済ませればいいじゃないか。わざわざ此方まで来ることか?」
「直接伝えるべき案件だろうと判断いたしました」
といってもここは執務室で、スバルさんや干物みたいになってるネレイドやエウロパ、お茶をいれてくれているデスピナもいるんだけど……。
「お前がそう言う以上、そうするべき理由があったんっだろうな……警告はしたか?」
「はい。ですが無視して近付いてきています。船脚は遅いですが、間違いなくこちらを目指しているでしょう」
HURM ...
警告を無視する船の対応をわざわざコール画面でなく直接俺に伝えに来ること。ダンジョンを守る兵でもあるフォボスが、沈めるべきかどうか聞かないこと、これらから察するに……面倒事ですね!
「実は……、その船に乗る者は何やら意味不明にことを喚いておりまして、一度強制排除を試みたのですが、我らでは近づけなかったのです」
「意味不明ねぇ……、その音声はあるか?」
「現場のレッドギルマン、海中のサルガッソとコールを繋げば聞こえるかと」
フォボスが嫌そうに顔をしかめた。
なんだ? そんなに聞くのが嫌なのか? まさか呪いの言葉を叫んでいたりするんじゃないだろうな?
そんなものがあるかどうかなんて知らないけど。
まぁ、いい、試しに繋いでみるか。
対象は、レッドギルマンでいいな。ほい、コールっと。
『そこがダンジョンだってのは分かってるのよ! 早くダンジョンマスターを出しなさいよ! アンタ達雑魚じゃお話にならないって言ってんの! 分かる!? 攻め込まれたくなければ――――』
ブツッ。
コールを切った。
うわ、これは面倒ごとだわ。俺、こういう人嫌い。会いたくない。
と言うことは配下達も同じ感覚なはず。
……フォボス、お前、逃げてきたな……。




