67話
カロンの部屋は実にこざっぱりとしていた。
|稼ぎ(DP)はあるだろうに、必要な物以外は全く購入していない。もっと余裕があってもいいと思うんだけど、まぁ、それもカロンの性格か。
嫁さんでも出来れば多少は変わるだろう。
うむ、やはりファミリータイプの家の建築には早く
手をつけよう。
ダンジョンで生まれたカップルと、その赤ちゃんを俺が見てみたくなった。
急遽用意されたのであろうテーブルに着きつつ、DPで出したばかりのコーヒーとクッキーを楽しむ。
ルーナとエンケラドゥスはタダ飯を喜んで食べていた。彼女達に遠慮という文字はないようだ。
カロンは怒ってもいいと思うんだが。
ダンジョン古参の武将も、子供には甘いか。
いや、ダンジョンモンスターは俺の影響を強く受けるんだから、これも俺の気持ちなのかな?
「ブルーサハギンの問題にわざわざ足を運んでいただき申し訳ありません。本来ならば此方が出向かなければならない所です」
「いやいや、書類の目処が立たないから切りが良いところでこっちから行くって言ったのは俺だしね」
「用意していただいた装備に不満を持つことなど、配下として到底看過出来ぬ行為。自分が二度とそんな口を叩けぬように徹底して鍛え直してやろうと思ったのですが……」
カロンが厳めしい顔を更に険しくさせた。
「嘆願書として出したんだ。そのサハギン達の主張に正当性を感じたんだろ?」
「はい。書類にも書かせていただきましたが、奴等は今よりも小回りが利き、制音性に優れた装備を欲しがっております」
すまん、道中で詳しく読もうと思ってたらエンケラドゥスに捕まったんで、内容をしっかり読めてないんだ。
取り敢えず分かったように頷いておこう。
「その主張は何名ほどから出されたものだったっけ?」
「40名程です」
40……、今のサハギン達が約140名だから、実に3割強のサハギンがそれを主張しているわけか。
「其奴等ですが、半数に別種進化、更に半数にはより高次の進化の兆しが見えております」
「前の戦いでの経験が進化を促したか。奇襲戦だったからな、小回りが利く武器や制音性の優れた防具を求めるようになるのは分かる」
単純に強くなったサハギン達はブルーサハギンに。火耐性と陸上での活動に適した個体はレッドギルマンに進化した。
となると今度の進化は隠密方面のものになりそうだな。
今のダンジョンには無いタイプの戦力だ。これは止めさせる必要はないな。
装備もオクトリッド達に伝えておこう。
エウロパが新しい題材に狂喜して取り組むだろう。
「よし、話は大体分かった。ではその約40名のサハギン達をブルーサハギンやドルフィンライダー部隊とはまた別のチームとして編成しよう」
「と、言うことは、彼らの要望を通しても宜しいのでしょうか?」
「勿論宜しいよ。ただ、カロンの持てる戦力が減っちゃうんだけど……。その分サハギンを追加召喚するからさ」
俺がそう提案すると、カロンは厳めしい顔を僅かに緩ませた。いや、笑ってんのか? 表情筋までマッスルだと解りづらいんですよ。
「その必要はありません。それでもサハギン隊は約100名の隊員がおります。それよりも後方支援役であるオクトリッドやレッドギルマン達を増やした方が良いでしょう。新たに作るという部隊のメンバーでも良いかもしれません」
「無欲なことだな。この部屋もそうだが、もう少し欲を出したっていいんだぞ?」
「ワダツミ様に仕えることで自分は満たされております」
やだ、この人もちょっと病んでるのかしら。
忠誠心は嬉しいんだけど、俺は自分がそんな偉くも凄くもないって自覚があるから、俺よりもしっかりした感じのカロンに忠誠心マックスな言葉を吐かれると居心地が悪くなっちゃうぜ。
ちらりと同じくテーブルに着いている娘二人を見る。
俺を慕うという点ではカロンに勝るとも劣らない二人だ。というか配下は全員そうなんだけど。
嬉しいはずなのに身の危険をそこはかとなく感じるハーレム?
忠誠心、依存、親愛、どれも行きすぎると怖いです。
「あー、うん、なら良いんだ。カロンがそれで良いなら。うん……。あ、それで装備新調の要望を出した奴等とは会える?」
「はい。そう仰られるであろうと思いまして、既に呼んであります」
「何っ?」
おかしいな、コールで確認した時にはカロン以外には誰もいなかったはずなんだが。
コールは目視じゃなくて、レーダーのように相手を確認するから、見逃すはずはないんだけど。
もしかして、隠密特化ってコールからも隠れられるのか?
いやいやまさか、そんな筈は無いでしょ。
俺が内心動揺していると、カロンの影がぬぅっと立ち上がった。
影の中にいるだと!? 馬鹿な、そんなスキルが進化していないサハギンに習得できる筈がないぞ!?
「うわぁすごい、すごいねぇパパ! いまのどうやったんだろうね!」
「……ッ!?」
エンケラドゥスとルーナがいいリアクションで驚いてくれたから俺は表面上冷静さを保てていたようなものだ。
二人がいなかったら引っくり返って椅子から転げ落ちていたかもしれない。
配下の前で情けない姿を晒すのは極力控えていきたい……。
「この者は高次の進化を最も早く迎えた者です。まだこの者しか進化は果たしていませんが、残りもすぐに進化を果たすでしょう」
カロンの言葉で安心。
なんだ、進化してたのか。良かった良かった。
ただのサハギンが影に潜るなんて魔法か忍術か分からないスキル取得してたら少しヘコんでたぜ。
サハギンが努力で忍者になれるのに、うっかりでロリコン認定された俺は何なんだ、ってね。
現れたのは光を返さない粘液に覆われた黒い鱗、サハギンから更にシャープになった体、温かみを感じない白く濁ったガラス玉のような瞳。鮫のようなヒレに深海魚のようなギザギザで凶悪な牙……。それらを備えた半魚人だった。
外見の怖さ的にはトップだな。
あ、ちょっと胸が膨らんでる。
なるほど、性別は雌、と。
二人娘たちは明らさまに怖がって固まってしまった。
深海魚って怖いよね。いかにもなモンスターだもんね。
この子は深海魚要素と鮫要素が上手いこと怖い方向に混ざり合ってるから余計だわ。
「オ初ニオ目ニカカリマス、ゴ主人様。私ガ先日サハギンカラ進化ヲ果タシマシタ者デゴザイマス」
HURM...言葉遣いの若干の慣れなさは最初の頃のカロンを思い出すな。
新しい部隊を率いてもらうつもりなのだし『名付け』をすることはもう決定だな。
名前は完全にインスピレーション。今のところ配下は全員地球の太陽系の衛星から貰っているから、この子もそうしよう。
えーっと、『名付け』とDPの準備をしておいてっと。
「見るからに隠密向きの能力だな。その力を存分に振るうことを期待して、お前に部下と名前を授ける」
「有リ難キ幸セニゴザイマス」
「よし、これからお前の名は『デスピナ』だ。隠密部隊として影ながらダンジョンを守れ」
“『名付け』による特殊進化条件を達成しました。個体名:デスピナは進化します”
デスピナの体が光に包まれる。
その色は漆黒。闇が漏れだしているかのような光だ。
闇の光は繭のようにデスピナを包み、次の瞬間、中心に向かって飲み込まれていった。
音もなく静かな、それでいて激しさを感じる進化だった。
何という進化か!
俺は目を擦り、一旦視線を外してからもう一度デスピナが立っていた場所を見た。
いやね、エンケラドゥスで進化の奥の深さと俺の業の深さを思い知った気分だったんだが、俺はまだまだ甘かったらしい。
先程まで黒い鱗の恐怖の半魚人(♀)が立っていた場所には、英国クラシカルスタイルな黒髪メイドさんが立っていたのだ。
あれ? 半魚人どこ行ったの?
「素敵な『名付け』をありがとうございますご主人様。デスピナの名に恥じぬよう努めて参りますので、これから宜しくお願い致します」
スッと腰を折る姿は完璧。まさにメイド!
隠密メイドはまさにロマンだが、実際目にすると隠密性はどうしたんだと問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。
「普段から一日中薄暗い仕事をする必要も無いと思いましたので、これならばご主人様やスバル様のお手伝いをすることも出来ると考えました」
「俺の手伝い……、だと……?」
「はい、雑役から家令の真似事まで望まれた通りに振る舞います」
Hmmm...
動き辛そうなメイド服だと思っていたが、潜入するという点においては、他の幹部を差し置いてスバルさん並みに人間に近い姿をしたデスピナは隠密として相応しいのかもしれない。
恐らくだけど、デスピナの影響で彼女の部下たちは人間に近い形態に進化するだろうな。
隠密としてはその方が合理的だ。
だが騙されちゃいけない。
デスピナの本質はあの深海魚と鮫が混ざりあったような超肉食系半魚人。外見が変わったからといって、中身まで劇的に変わる訳じゃない。
実際、目は黒目の部分がかなり白に近い灰色で、やはりガラス玉のようだし、ちらりと覗いた歯は全部ギザっ歯だった。噛まれたら骨ごと逝くと思う。
何より表情が氷のようだ。いや、魚のような無表情って言うべきだな。元が魚だし。
まぁ、表情は性格なのかもしれないけど。性格は進化しても変わらないはずだ。
……俺がそうと望まない限りは。
エンケラドゥスのことがあるからな。今回はなるべく俺の意識が介在しないような進化を心がけた。
つまりメイド姿はデスピナ発案、のはずだ! 大変眼福でございました! ありがとうございます!
「なるほど、自分の意思がしっかりあるようで大いに結構。仕事についての希望は分かったが、では装備についても色々あるんだろう。俺が考えるよりも自分達で自分達に合う物をオクトリッド達に頼むが良い」
「はい、ありがとうございます」
早速オクトリッド達に相談するんだろう、デスピナは一礼すると、その場から消えた。
えっ? イリュージョン? 隠密じゃなくて手品師なの? 超スピード?
……まぁ、何にしてもまた有力な戦力が手に入ったということだ。
カロンも素晴らしい戦力を発掘してくれた。
「カロン、これからもサハギン達に何らかの変化が見られたら、些細なことでも構わないから報告してくれ」
『名付け』して部下を増やすくらいのDPならまだまだ余ってるしねー。
「あと、今の使用されてないサハギン居住区の一部を壁抜きして、ファミリータイプの家を作ろうと思うんだが、それについての意見を……、カロン?」
なんだコイツ、さっきから静かだと思ったら呆然と目を見開いて固まってやがる。
なんかおかしいもんでも見たのか?
「カロン? カローン?」
呼び掛けても返事なし。普段暑苦しいお前が静かだと若干怖いんだが。
カロンだけかと思ったらルーナにエンケラドゥスもか。
いや、エンケラドゥスはまたクッキー食ってるだけだわ。
ルーナに至ってはまた殻にとじ込もってブツブツ言ってるんですが。通常運転過ぎる。もはや芸かよ。
俺がルーナをみて呆れていると、ようやく動き出したカロンが呟いた。
「女性だったのか……」
気付いて無かったのかよ!!




