60話
切ると中途半端になってしまう、と詰め込んだのでちょっと長めです。
「損か……、我々にとって何が損か、分かるかね?」
「そりゃ、ダンジョンが無くなることじゃないですかい?」
イングヴァーが素早く答える。
それはもう問題を超えて致命的ですら有るんだが。
暗にダンジョン攻めますよって言ってる訳ね。
「そうだな。だがそう簡単にはいかないだろう、現に君達には落とせなかった様だしな」
「そうですねぇ、ですが、此処が脅威だって分かりゃあウチら以上の手練れが来ることもあるんですぜ? 船をぶっ壊されることなんか物ともしないような化け物みたいな人間だっていますからね」
HURM...。海において俺の『大海洋魔法』が通用しない光景が思い浮かばないが、それでも慢心は良くない。
魔力無効化フィールド的なもの――そんなものがあればだが――を展開されながら進まれたり、空から急襲されたりしたら俺の魔法じゃどうしようもない。
イングヴァーの言い方だと、それ以上の手段も存在すると思っていた方が良いだろうな。
オープン前には弱点も補えるようにしておかないと。
脅すつもりでぺらぺらと情報ありがと。
ていうか、さっきからイングヴァーしか喋ってないぞ?
カロンとフォボスは護衛だから仕方がないけど、ボルグヒルドっていう大きい女の人とヴィゴっていう細くて目付きの悪い男は自己紹介以降一言も発してない。それでいいのか挑戦者諸君。
イングヴァーに任せてたら情報どんどん吐き出しそうなんだけど……。
いや、俺は有り難いんだけどね?
「うちらのバックにゃ大陸有数の商人が付いてます、いや、別に脅しじゃありませんぜ? うちらと契約するってことは、その商人の後ろ盾を得られるってことなんで」
「その手練れとやらに怯えなくても良い、と言いたいのかね?」
「言っちまえば、そうです」
大陸有数の商人か。組めば手に入るものも多そうだな。
この世界のものならば、DPよりも貨幣で取引した方が効率的だろう。
イングヴァーの話から察するに、ダンジョンの中で人間側と契約するものは攻略されず、契約しないものは攻略される。ということになるのか。
「ここは海の只中にある孤島だが、わざわざ攻略しに来る者などいるかね?」
「そりゃ居ますぜ。放っときゃダンジョンってのは幾らでも拡がりますからね。此処みたいなフィールド型ダンジョンなら余計です、このままじゃ近い内に航路まで飲み込まれちまう」
メインは島の海蝕洞窟なんだが……これは言わなくても良いか。
海上どころか海中海底に至るまでダンジョン化しようとしてるってことも黙っとこう。
「これ以上範囲を拡大されると困る、ということか」
「特にウチの商会、その属する国は貿易で儲けているんでね、海が塞がるのは致命的なんでさ」
だから拡がるならいっそ取り込みたい訳か。
手を組まなければ延々とイングヴァー達みたいな刺客を送り込まれるな。
それは面倒だ。
いくら『大海洋魔法』で面制圧できても、数で攻められちゃいつかは負ける。
睡眠時間も食事の時間も気が休まらず、常に敵を警戒する生活なんて御免だ。
しかし、イングヴァーの後ろに控える商会とやらといきなり手を組むってのもなぁ。
他に商会が無いという訳でも無いだろうし、有るなら全部見て比較したいのが素直な気持ち。
大陸有数の商人ってのもイングヴァーが言ってるだけで証拠はない。下手したらコイツ等の商会がしょうもない可能性も有るんだし。
「……見たところ、このダンジョンは出来たばっかりじゃねぇですかい? あの海の罠は強力でしたが、あれだけで手一杯だったって所では? そういやぁ外にはまだウチの船が浮いてましたっけねぇ」
俺が悩んでいるのを見て弱気と取ったのか、イングヴァーが脅しっぽいことを言ってきた。というかまんま脅しか。
海の罠ってもしかしなくても『三角断波』のことだよな。
罠じゃないし手一杯でもないんだが。
うーむ、俺が殺さないと思って少し強気になって来たか? 弱気の外交は舐められるだけだな、わざと舐められて隙を伺うって手もあるけど、立場が上のこの場でそんなことする必要がないし。
むしろ軽く扱われたのを見逃せば後々に響く。
人とは友好的に行きたいけども、その相手は選びますよ?
だからもうちょっと待ってカロンにフォボス。さっきから預かって貰ってるトライデントがカチャカチャ鳴ってるのが聞こえてるから。怒りで震えてるのは伝わってるから。
ここは俺が締めなきゃならんのよ。
ちょいと魔力を放出、『大海洋魔法』でこの部屋を指定する。
じっとりと湿って不快指数の高い部屋が話し合いの場所になっている理由がこれだ。
少しの魔力を出せば、岩壁から滲み出る海水がそのまま俺の武器、俺の防具となる。
「……ッ!」
「これは!?」
イングヴァーだけでなく、ボルグヒルド、ヴィゴも俺の魔力に気付き咄嗟に反応するが、遅い。
というより、この部屋に入った時点で手遅れなのだ。
既に壁やテーブルから伸びた海水の槍が三人の急所に突きつけられていた。
「……まさかここにも罠ですかい。いや、仕込んで当然ですわ」
だから罠じゃないんだけど。
ダンジョンで攻撃されたらまず罠を疑うの? 勘違いしてくれてるならいいんだけどさ。
「君たちは私に損になることをしている。理解しているかね?」
少なくともコイツ等の下に付いてやる必要は感じない。
脅しとハッタリだけではダンジョンは落とせないぞ?
戦力、資財、技術、こちらより低し。この取引で俺が得たいものは情報と人間社会への渡り、あと出来ればこちらが信用に足る相手だと思ってもらうこと。
コイツ等はそれを満たしてくれるのかねぇ?
「こいつァ交渉の仕方を間違えちまったようで、すいません。まったく、慣れねぇことをするもんじゃねぇですね」
「君たちは見るからに海賊だものな、交易とやらも信用はしておらんよ」
若干期待はしてたけどね。
堂々とフライングして殺しに来た相手にイイ話持ってきましたって言われてホイホイ信じるやつはいないだろう。
「そいつは有り難いこってす、実際の所、俺等だけじゃ決められなかったんでね」
「私がどこまで許すか見極めようとしていたんだろう? もしも一線を踏み誤り、殺されそうになればその二人が動く訳だ」
「まぁ、その前にそちらの護衛に殺されるでしょうがねぇ」
ボルグヒルドとヴィゴがぎょっとしてイングヴァーを見た。仲間がただの見極めに命張ってるとまでは思っていなかったのだろう。
「心配せずとも今はまだ殺さん、何度も言うがこのダンジョンの公開は先の話なのだ。このダンジョンも必要以上に拡張していくつもりはない」
「……その言葉にはなんの保証もないが」
うぉ、びっくりした。
今のはヴィゴか。急に喋るから焦ったわ。
「そうだねぇ、アタシ等が何か要求できた義理じゃないけどさ、やっぱダンジョンがあるって不安な訳さ。人間はビビりが多いからさ」
今度はボルグヒルドさんか。
ずっと黙ってて、いきなり喋り始めるってのも、集団での会話のテクニックの一つか。
一人が挑発、頃合いを見てもう一人が宥めて味方面して話を進める。味方面した奴には多少の隙を与えてしまうことになる。って感じかな?
ボルグヒルドさん、体大きいけど美人だしな。ベッドインしたらアバラ持っていかれそうだけど。重量的な意味で。
「保証が欲しいというわけか。ならば良かろう。今広げている範囲以上に海上ダンジョンをそちら側に広げないと約束しよう。具体的には、海草が生い茂っていた範囲だな」
「そりゃ本当ですかい? ダンジョンマスターってのは、もっとこう、貪欲に周囲を飲み込んでいくもんだと思ってましたがね」
それは人によりけりだよねー。
今のメンバーだと、これ以上の拡張は手に余る所があるし。
それに、この島は全方位海なんだよ?
コイツらの航路を開けてやったって、まだ島の反対側はまるまる使える訳だし。
それに、海中をどうするかまでは言及してないしね。
ね? しっかりダンジョンマスターしていますよ?
「そして殺さないという保証だったな。何か目に見える形で欲しいというのは当然だ。これをやろう」
俺がテーブルの上に置いたのは貝殻に真珠を装飾したペンダントだ。
貝殻は二枚貝で、ぴったりと閉じている。
中には『大海洋魔法』で海水を閉じ込めてある。ペンダントからは俺の魔力が発散されているので、わざわざ船に乗り込んで識別しなくても敵味方の判断が出きるというわけだ。
出来る、と思う。理論上は。
ぶっちゃけ、こういうことも有ろうかと話し合いの前に手早くちゃちゃっと作ったものだから、効果の程はそこまで詳しく検証してないんだよ。
ペンダント内部の海水には配下にしたプランクトンが潜んでいるので、発信器代わりにもなる。
さすがに盗聴はできないけどね。
「これを付けていれば海の魔力を帯びる。このペンダントを付けた者が乗る船を我が配下は攻撃しない」
「それは、確実ですかい?」
「疑うならば身に付けなくても結構。ただしその後の事までは責任は取らん」
「い、いえ、すいません、小心者故の心配ってヤツでして、気分を害してしまったら申し訳ない」
それ、スッゲー今さらだよ。
まぁ、いいけどね。
少しだけど客観的に見たダンジョンの現状というものが分かった。
・オープン前のダンジョンは与しやすく、カモる対象。つまり舐められる。
・このダンジョンは人間の国の航路を塞ぐ恐れがある。
・オープン前のダンジョンであるにも関わらず、戦力が充実している。
・この世界にはダンジョンを平気で潰せる存在がいる。調子に乗ってるとやって来る。
分かったのはこんな所か。
海賊紛いの方々から聞いたにしては上出来かな?
「さて、話し合いはこんな所でいいだろう。君達には件の有力な商人とやらに伝言を頼む」
「伝言ですかい?」
「あぁ。君たちは有益な情報を持ち、安全に帰れる。言うことはないだろう?」
「そりゃ、法外な報酬ですな」
さて、もう充分話は聞いたし、マナー違反な挑戦者にはさっさと帰ってもらうことにしようかね。




