53話
黒地に白で描かれた羽の生えた美女。
『夜鳴き妖鳥女』の旗を知らない者はいない。
生まれたばかりの赤子でさえ、その黒い旗が翻る音に怯えて泣き、船が波を切って進めば海竜も道を空ける。
焼いた町は数知れず、沈めた船は数知れず、隠した宝は数知れず。
彼らの旗を見る者よ、金を差し出し慈悲を請え。
勇ましき女頭目ボルグヒルドが気持ちよく酔っている時ならば、首が繋がることもあるだろう。
そう吟遊詩人に歌われるほど『夜鳴き妖鳥女』の悪名は轟き渡っていた。
いささか誇張されている部分はあるものの、実際やっていることは海賊行為なので訂正することもない。
例えそれが国から認可された私掠船だからといって、自分達は犯罪者、決して英雄などではないのだから。
ただ、勇ましき、という部分はどうにかならないのだろうか、と歌われる本人であるボルグヒルドは聞くたびに思う。
もっとこう、花のように麗しい、とか天使のように愛らしい、とか言い方が無いものだろうか?
海上生活が長いとはいえ、身だしなみには気を使っているし、潮風で痛みがちの髪の毛もせっせと手入れをしている。ちょっとは見れる容姿だと自分では思うのだが、やはり海賊という肩書きが全てを台無しにしているのだろうか?
いや、海賊家業でモリモリ成長している筋肉がいけないのかもしれない。鏡の前で力こぶを作ってみたら悲しくなった。余りにも逞しくて、だ。
だいたい、気持ちよく酔うって何だ? 私は一度酒を飲んで死ぬような目にあってから、一滴だって飲んだことはない。あれは毒だ。人が接種してはいけないものなのだ。
花も恥じらう年頃の乙女、『夜鳴き妖鳥女』の女頭目ボルグヒルド、17才の悩みである。
今も船長室で海図とにらめっこしていると言うのに、甲板のアホ共がお気に入りの『夜鳴き妖鳥女のボルグヒルド』を歌っている。
これから違法スレスレのダンジョン攻略をやらかそうと言うのに、この能天気さはどうにかならないものだろうか。
変に緊張されるよりかはよほどいいのだが……。せめてその歌を止めてほしい。
もうダンジョンの領域には入っているし、今回は他の私掠船メンバーもいるのだから、いつものよう騒いでる訳にもいかない。
ボルグヒルドは長時間座っていたことで固くなった体を解しながら、甲板への扉を開いた。
自分の胸元辺りしかない部下をつまみ上げ、一言ドスの聞いた声で呟く。
「うるさい」
ボルグヒルドに睨まれた男は、若干青ざめながら平謝りしていた。
部下が特別背が低いのではない。
ボルグヒルドが高すぎるのだ。
その身長、メートル換算で実に2メートル半。彼女は半巨人なのだ。
巨人の血は彼女に桁外れの膂力も与えており、大の大人が3人がかりで引き摺ってようやく運べるような
重鎧象の骨製棍棒による変則二刀流が彼女の戦闘スタイルだった。
彼女としては、女性ということで力よりも速度を活かして戦いたいらしく、また、そちらに才能も有ったので、比較的軽めの武器を選んでいるつもりである。ただの人間には超重量の棍棒も、半巨人からすれば軽量武器なのだ。
誰よりも大きく目立ち、誰よりも力強く戦い戦場を凪ぎ払う勇姿。正しく“勇ましき”ボルグヒルドである。
そんな女船長に頭を掴み上げられた船員は、自身の頭蓋骨が軋む音に顔を青ざめさせながら、必死に謝罪した。
「お前ら、その歌やめろって言ってるだろ」
「ひぃッ、すいやせん、許してくだせぇ!」
ボルグヒルドからすれば軽く力を込めているつもりでも、やられる側からすれば怒りに駆られた半巨人が頭を握り潰しにかかっているよう感じられるのだ。
「お頭、そりゃねぇですよ、何てったって俺たちのお頭の歌なんですから」
「そうですぜ、俺たちの綺麗な姫さんの歌だ、そりゃ歌いたくなるってもんです」
「お前ら、アタシが綺麗って言われりゃ許すと思ってんじゃねぇぞ」
満更でもない顔をしながら、それでも怒ってるんだぞ、とボルグヒルドがアピールする。
掴み上げられた船員は許されたらしく、ぽいっと投げ捨てられていた。
「ただでさえアーミテイジのスケベジジィの“オープン前ダンジョン攻略”なんて胡散臭い話に乗ってるんだ、お前達、もっと気を引き締めな!」
「「「へ~い」」」
いくら怪力を持ち、2メートル半の巨体であろうと、中身は17歳の少女。
先代『夜鳴き妖鳥女』の船長であり、実の父でもあった“凍てつく心臓”ファルゲリンから船を継いだばかりの少女では、少々舐められていても仕方がないのかもしれない。
所詮は犯罪組織、統治や人望能力は勿論だが、何より必要なのが力と、それに付随する恐怖を与える能力である。
ボルグヒルドには、その恐怖を与える、ということがどうにも苦手であった。
だから、この事件はボルグヒルドにとって、船長としての人望を集める良い機会にもなったのだった。
その時、異変を感じたのは誰であろう甲板に出ていたボルグヒルド。
伊達に海図とにらめっこしていた訳ではない。
海の様子がおかしいことに誰よりも早く気付いた。
行く手を阻んでいた濃い霧が晴れてきたかと思うと、海が不自然にうねる。
こんな波は、周囲の海流、地形からして起こり得ない。つまり、魔法が絡んでいる。
「魔法だ! 波を操っているぞ!」
咄嗟にボルグヒルドは叫んだ。鍛え上げられた巨体から発する大音量が船底まで響き渡る。
次の瞬間、『夜鳴き妖鳥女』は真下から突き上げる三角波によって真っ二つに引き裂かれた。
後日判明したことなのだが、この警告によって『夜鳴き妖鳥女』の人的被害は『青塩党』に比べて格段に低くなっていた。
「ぎゃああああああ!」
仲間の悲鳴が聞こえる。体が吹き飛ばされ視界が回っていた。
船が轟音と共に砕かれ、海の藻屑と消えていく。
自分の頭が今上を向いているのか下を向いているのか分からない。
そして訪れる衝撃。
海面に叩きつけられ、全身の骨が軋んだ。痛みに怯む間もなく体が沈む。
(死んでたまるかッ!)
このままでは溺れると必死で足を動かし、何とか海面にたどり着いた。
「がはッ! ……ッおい! 無事な奴はいるか! いたら返事をしろォ!」
ボルグヒルドすぐさま周囲を見回すが、一緒に噴き上げられたと思わしき船員達の姿はない。
身長と筋肉のせいで同世代の女の子と比べて少々重くなりがちのボルグヒルドと、彼女よりも軽い他の船員達では噴き上がった高さが違うのか、或いはまだ浮かび上がってこれないのか。
恐らく後者だろう。
前者ではないはずだ、多分。
「お前ら、見えてたな! すぐにこっち来い! アタシが拾い上げるから船に乗せろ!」
配下の船に向かって海面が震えるほどの大声で叫ぶと、彼女は迷わず海へ潜った。
そしてあっという間に片腕に3人づつ抱えて海面へと現れる。
『夜鳴き妖鳥女』配下の船は、お頭の行動に合わせて集結した。
彼らの行動は早く、海に落ちた仲間と破壊された『夜鳴き妖鳥女』に残っていた仲間の救助に向かっていく。
「お頭! 後はアッシ等がやります! お頭は船に戻って仕事を続けて下せぇ!」
「馬鹿野郎! アタシ以上に大の大人を抱えて泳げる奴がいるか!? いいから助けられるだけ助けんだよ!」
配下が仕事に戻るよう叫ぶが、さらに大きな怒声で叫び返され、次の瞬間にはもう海の中へと消えている。
若く女性ながらも海賊船の船長を務めるだけあり、その泳ぎはまるで鮫のように早く、鯨のように力強い。
そんなボルグヒルドの怒濤の救助により、海に落下した船員達は次々に引き上げられていく。
仕事も雇い主への義理も取っ払って仲間のために必死になる船長の姿に、内心侮っていた配下達も考えを改め、ボルグヒルドを信頼していくのだった。




