50話
パチリと目が覚めた。
なんだか胸騒ぎがする。
時刻はよく分からないが、空の色から判断して、まだ明け方か。
ダンジョンの様子を表示させて見るが、変わったところはない。
エウロパが実験でハッスルしすぎて研究区画の一部を吹き飛ばしたり、カロンの訓練が行きすぎてダンジョンの壁をぶち抜いたり、ということも無い。
残りDPをチェックしてみたけど、スバルさんがこっそり高価なケーキを購入していた、ということも無かった。
「失礼な、ワダツミ様の中で私はいったいどのような性格なのですか?」
ナチュラルに心を読まれた。
「そりゃ、ケーキ狂いの無茶振りダンジョンコア……すいません嘘です本心じゃありません許して下さい何でもしますから」
スバルさんの気配が一瞬筆舌に尽くしがたいほど怖くなったので、俺はすぐさま土下座する。
漫画で言うとアレだ、般若が背景に浮かんでる感じ。しかも何故か日本刀振りかざしてる。本人がほぼ無表情な分、余計に怖い。
とにかく、勝てる気がしない。
「……まぁ、今はそれどころではありません。ダンジョン領域に挑戦者です」
ダンジョンに挑戦者?
一瞬疑問が湧いたが、スバルさんがこんな冗談を明け方からブチ込んでくる筈がない。ならば事実なのだ。
さっきの胸騒ぎもある。
まだオープンしていないダンジョンでも攻められることはあるってのは聞いてたしな、一応、想定内の事態ではある。
問題は、相手の規模だ。
意識を日常モードから仕事モードへと切り換える。
「方角は? それと、すぐにドルフィンライダー部隊を向かわせろ、事は構えるな、偵察だけだ。向こうに戦闘の意志があるようなら一旦退け」
「方角としては東側ですね、以前、どこだかの船が来ていた方向です。それと、既にドルフィンライダー部隊は出動済みです」
さすがスバルさん、行動が早い。俺がわざわざ指示するまでもないな。
挑戦者って言っても、ここは孤島なんだから相手は船だよな。東側は一番サルガッソが繁茂している場所だから、舵を海草で雁字絡めにしてしまえば時間稼ぎが出来るだろう。
「スバルさん、この世界の情報、ある程度把握してきてるよね?」
「はい、まだ完璧とは言えませんが、ダンジョンに干渉する恐れのある周辺国家、およびそこの有力者の情報はDPによって取得済みです」
また勝手に……いや、必要経費だし、こういうのも含めてDPを利用できる権限を渡したのだから文句を言うのは筋違いだな。
「ワダツミ様、申し上げ難いのですが、侵入者は船団を動員して攻めてきております。カロンから報告がありましたが、そのうち数隻は以前ポーラを探しに来た船と同じマークを掲げているようです」
「全部でどれくらいだ? 既に報告は来ているのか?」
「お待ちください……。ミラージュクラムの霧がこちらの視界も妨げているようです、より接近しなければ全容の把握は難しいと」
ぬ、防衛の要になるとミラージュクラム達を鍛えたけど、そうか、こっちも見えなくなるか。当たり前だけど盲点でした、テヘペロ。
いや、調子に乗ってミラージュクラム達の吐く霧に、様々な効果を乗せられるようにしちゃったからね。
デフォルト設定なら濃霧で視界を奪う程度だけど、状況によってはミラージュクラムの吐く霧だけで挑戦者撃退出来ると思う。
毒性付与、幻惑効果は勿論、冷却、加熱、臭気。面白い所では穿孔や濃塩なんてのもある。
ちなみに、穿孔は霧に微弱な装甲貫通ダメージが付与され、濃塩は遅効性だが鉄を腐らせ飲み水を台無しにしてしまう効果がある。
早く使って効果を確かめたいけど、少なくとも今は駄目だな、ドルフィンライダー達を巻き込んでしまう。
とりあえずミラージュクラム達には霧を薄めるように遠隔指令を出しておいて……と。
「じゃあサルガッソ達に伝達、領域に侵入した船の船底に触れて、数だけでも把握させて。各サルガッソは、今度名付ける予定のサルガッソの子に報告、その子が纏めたものをスバルさんに報告、この流れで」
「了解しました。直ぐ様伝達致します」
しかし、まさか本当にオープンしてないダンジョンに攻め入ろうとする輩がいるとはね。
その存在はスバルさんから聞かされていたけど、まさかこんなにも早くやって来るとは。
こんな絶海の孤島の田舎ダンジョンなんてわざわざ攻略する旨みが無いだろうって油断してたわ。
実際、このダンジョンクリアした時に進呈できるお宝、まだ準備できてないんだよ。苦労してクリアしても、ホント良いことないよ?
まだ準備期間も終わってないから、宣伝もされてないはず。だとすると、やっぱ、ポーラ絡みだよなぁ、それしか外界と繋がる要素ないもん。
てか、オープンしてないダンジョンに攻め入って攻略するって、推奨されない行為なんじゃないの? あ、推奨されてないだけで、違法ではないのか。グレーゾーンぎりぎりみたいな?
HURM ...こうなると、防衛はまだしも攻撃面に不安が残るね。
防衛にはサルガッソ、ミラージュクラム、要塞ガニが向いているけど、攻勢に転じるとなると、まともな戦力はドルフィンライダー部隊を中心としたブルーサハギン達しかいない。
レッドギルマンは攻撃部隊というよりかは工兵みたいになっているし、オクトリッドは完全な後方支援役だしな。
こうなりゃ、俺が『大海洋魔法』でちょっくら脅すしかないか。
いやいや待て待て、相手が何をしに来たか、まだ決まった訳じゃない。
まだ話し合いで穏便に住むという可能性が潰えた訳じゃないじゃない。
もしかしたら貿易途中の商船団かもしれないじゃない。
ダンジョン領域を確認できるモニターには、思いっきりドクロを掲げた海賊旗が見えるけど、商船かもしれないじゃない。
「ワダツミ様、現実逃避している場合ではありません」
「んー、分かってるけど、こちらから攻撃する手札が少ないかな、とね」
「配下モンスターの中で攻撃方法を持たない者などおりませんが?」
「それでも事故がないよう安全に鎮圧できる実力を持ってるのは、ブルーサハギン部隊くらいだろ?」
「配下モンスター達ならば、小魚一匹、貝一匹に至るまでワダツミ様の為に死ねます」
「なにそれ重い。俺は好き好んで仲間を危険には晒すなんてことは出来ないんだよ。それに、挑戦者さんだって、何か理由があるかもだしな」
スバルさんと話していると、モニターにカロンからの通信が入った。
「こちらドルフィンライダー部隊。霧が薄くなったことにより、敵戦力全容の確認を完了しました。中型船、およそ15。配置から3つの船団がそれぞれこちらに向かっているようです」
「スバルさん」
「はい、サルガッソからの報告も同様です。カロン、敵の武装は確認できますか?」
俺よりも早くスバルさんがカロンと連絡してます。
あれ、なんか、俺ダンジョンマスターの仕事してない感じ? 戦うことに消極的なのって、俺だけ?
カロンもさらっと俺を無視しないでくれ。
「お待ちを……、はい。確認できました範囲では、軽装、中装の鎧に片手武器と小盾、という組み合わせが目立ちます」
「船に大砲は積んでいますか?」
「15艘、全てに砲門が確認できます」
……あちゃー、向こうさんヤル気満々かぁ。
もう見掛けからして海賊だもんな。海賊が何するかって、そりゃ略奪だよ、話し合いなんかじゃないよ。
実は海賊っぽいだけの商人さん達という可能性も微粒子レベルで存在してるかもだけど……。
「ワダツミ様、奴等はオープン前のダンジョンを攻めようとしているのです。先にルールを破ったのはあちらの方、ならば何を遠慮する必要がありますか?」
スバルさんが燃えている。物理的じゃなくて、やる気的な意味で。
ダンジョンコアに取っちゃオープン前に攻め入られるとか死活問題通り越して致死的だしな。
俺がぐだぐだと戦いを避ける方向で考えているのは、単に俺がビビってるからだ。
挑戦者は、明確に俺を殺そうとしてやって来ている。
そして俺はそれを撃退しなくてはいけない。
まずはこちらが生き残ることが大前提だけど、それはこちらがあちらを殺すということでもある。
捉えたり無傷で帰したり、なんて器用なことが出来ると思うほど自惚れちゃいない。
それが出来るのは実力が大きく勝てている時だけ。こちとら準備を始めて一ヶ月と半分くらいのダンジョンなのだ。
毎日毎日ダンジョン強化に勤しんだ分、少しは強くなっているとは思うが、挑戦者達はその道のプロ。俺程度のダンジョンマスターなど簡単に倒せるだろう。
こういうイベントって、もっと事前に分かっていて準備が出来るもんじゃないのかよ。せめて一週間前に挑戦の申し込みをして下さいよ。
あ、それいいな、オープンしたら申請しないと挑戦出来ないようにしようかな。
「ワダツミ様。マスター。どうか、ご命令を」
「……分かった」
異世界に来て初、俺は人間と戦わなくてはならないみたいです。




