47話
俺たちの居住区から地上へ直通のエレベーターで、俺とポーラは一気に島に上陸した。
俺にとってはもはや慣れ親しんだ光景。鬱蒼と繁ったジャングルです。
実践経験を積んでもらうと事前に説明したせいか、ポーラは緊張気味だ。
といっても、ダンジョンマスターにして魔法使いの俺がいるのだ。滅多なことでは怪我はさせない。
まずは日課の魔冷泉の掃除と水汲み。これが馬鹿にならないDPになるんですよ。塵も積もれば山になる。
毎日コツコツ溜めた魔冷泉の変換によるDPは相当量に及ぶ。たぶん、ドラゴン一匹分くらいならもう稼いでいるんじゃないかな?
ここを独占しようとするモンスターが現れる度に俺が排除していることが、魔物の中でも知れ渡ったのか、最近では魔冷泉の周囲は至って安全。
今日もボスクラスモンスター戦うこともなく、泉の表面に浮いた落ち葉を回収するお仕事です。
汚いとスバルさんに怒られるからね。
以前冗談で言った、ダンジョンに魔冷泉の源泉を引っ張ってくるという話だが、本当にやらされそうです。
というより、スバルさんから、もうそうした方が簡単じゃないですか? と言われてしまった。
あれは事実上の実行命令だ。
あぁ、早くレッドギルマン達が陸上で土木工事出来るようになってくれないかな……。
「マスター、落ち葉拾い、終わりました」
「ん、あぁ、ご苦労さん。先に休憩していいぞ、俺もあと5樽ほど詰めたら休むから」
ポーラは俺のことをマスター呼ぶ。
スバルさんがそう呼んでいたから、そのまま真似してるんだろう。
ポーラは、まだダンジョンの配下でも仲間でもない。もちろん、奴隷として買った訳でもない。俺をマスターと呼ぶのはちょっと違うんだけどな。
名前を決めてくれたのに、呼ばれないのは少し寂しい。
まぁ、それも俺に慣れてくれたらその内名前で呼んでくれるようになるだろ。
実際、スバルさんやカロン、エウロパは俺のことをワダツミ様と呼ぶしな。
「マスターが働いているのに先に休むことは、許されません」
「あー……、気にするなってのも無理か。じゃあ先に休憩にしよう。今日の弁当は気合い入ってるぞ」
俺はバスケットを取り出す。
空間魔法とかアイテムボックスなんて便利チートは無いので、普通に木陰に置いていたものだ。
中身はサンドイッチ。
食パンはDPで出しました。だって、この世界のパンっていったら固くて水分の無い黒パンがメインなんだよ? ベーグルより固くてもっそもそなんだよ? ベーグルなら美味しく食べるけどね、黒パンはそういうレベルじゃない。
現代人の顎では噛みちぎれないラスク、初めて俺がこの世界の黒パンを食べた感想がこれだ。
もともと、スープやシチューなんかに入れてふやかしてから食べるものらしい。それでも俺には噛みちぎれないのだ。
現代人は顎が弱いって本当だったんだな。
とにかくサンドイッチである。
俺は、サンドイッチにパンの耳を残しておく派。その方が食い応えが増すからね。
中身は、島で採れた赤身魚を軽く薫製したものに、キュウリの味がした果実を薄くスライスしたもの。少々のマヨネーズ。ぶっちゃけ、スモークサーモンサンドを再現したものだ。
他にも、鳥型モンスターの肉を照り焼きにしたものと、同じモンスターの卵を茹でて挟んだなんちゃって照り焼きサンドや、最近余り気味のドラゴン肉をハムにして、葉野菜と挟み、たっぷりマヨネーズを付けたハムサンドなど、色々揃えている。
俺が食いたかっただけです。はい。
日本のコンビニで売られているようなサンドイッチもDP次第では取り寄せられるらしいんだけど、どうせならこっちの食材で再現してみたいじゃない。
「…………」
ポーラはサンドイッチを前に固まっている。
もしかして、どう食べるか分からないとか? たしかポーラはサンドイッチ食べるの初めてか。
俺が最初に食べるまでは手を付けちゃいけないとかも思ってそうだよな。
「どうした? 食べていいんだぞ?」
「マスターより先に、頂くわけには……」
あー、やっぱりそうか。
一般常識は少々欠如気味だけど、奴隷教育だけはバッチリされているのね。まったく、小さい子に奴隷としての教育をするとか胸糞悪い。
いや、ある意味では、奴隷として生きるしかなかったであろうこの子への関わりとしては正しいんだろうけど。
記憶がないとはいえ、俺の価値観や常識は日本のままなのよ。
小さな子が遠慮するとか、自分は奴隷だからとか、そう言うのを当たり前のように言うと、胸が痛む。というか納得できん。
でも、ここで俺が、一緒に食え、と強要してもこの子は戸惑うだけだろうな。
今まで教え込まれたこと、当たり前だと思っていたことをいきなりぶっ壊すのは、賭けだ。
良い方向に転べば、新しい価値観を受け入れて楽しく暮らしていけるかもしれない。
だが悪い方向に転べば、今までの自分と変わりすぎた状況に付いていけず、心や体を壊してしまう恐れがある。
感情のままに焦るのは俺の悪い癖だ。
俺が焦ったせいで、ポーラに負担をかける訳にはいかない。
「ポーラ、俺は君を奴隷として扱うつもりはない。こうやって一緒に狩りの練習をしているのも、いつか自立できる力を付けて欲しいと思ってるからだ」
「……そう、ですか……」
ポーラは何て言えばいいのか分からない、といった顔をしている。
試されている、と思っているのかな?
ここでどう答えるかで、自分の今後の扱いが決まっちゃうとか?
いや、無い無い、そんなことあり得ない。
でもポーラには俺の気持ちは分からない。きっと、理解もできないと思う。
俺の意思が反映される配下モンスターと違って、ポーラはこの世界、しかも奴隷階級の子なのだから。
だから俺は、言葉にして伝えないと。
「君を放り出す準備をしてるって訳じゃないんだ。俺の生まれ育った場所には奴隷制度なんて無くてね、子供は遊んで学ぶことが一番にやるべきことだったんだ」
「…………」
理解できないって顔をしてるなぁ。
まぁ、全然常識とか文化とか違うしね。逆にこれで理解を示されたら心底驚くわ。
「まぁ、正直に言えば、ポーラにどう関わっていいのか分からないっていうのが本音だね。俺は君を奴隷として見ることは出来ないんだ。その、ポーラは幼すぎるから」
「私くらいの年なら、もう働いていてもおかしくないのですが」
地球でも、子供を労働力として低賃金の上、劣悪な環境で働かせていた時代はあったし、今だって子供を兵士化して使っているような場所だってある。
ポーラの言ってることも、分かりはする。子供でも充分に労働力に成り得る、ということは。
でもバリバリ生粋の日本人である俺には、今一つ実感できない話なのだ。
いや、でも、今狩りの練習とか言って連れ出しているのも、労働訓練といえば労働訓練になるのか。
「うーん、すまん、何が言いたいのか自分でも良く分かんなくなってきた。とにかく、飯を食うくらいで遠慮する必要はない。でも、それは俺の意見だから、ポーラが嫌だと思ったらする必要はない、と言いたかったんだ」
「……お心遣い、ありがとうございます」
うぐぅ、これ結局ポーラに気を遣わせる結果になってしまった。
何故もっと自然に、さりげなく言えなかったんだ俺!
情けねぇ……。
「お言葉に、甘えまして」
俺が内心後悔で悶えていると、ポーラが恐る恐るといった感じでサンドイッチに手を伸ばした。
お、それはスモークサーモンサンド。おすすめの一品ですぜ。
ぱくり、とサンドイッチを控えめにかじった瞬間、ポーラの目が見開かれた。
「……!?」
この様子では味の感想など聞くまでもないな。
一心不乱にはぐはぐとサンドイッチを食べ続け、あっという間に一つ食べきってしまった。
そうしてやっと俺が見ていることに気づいたのか、恥ずかしそうに顔を俯ける。
「今まで、こんなもの食べたことありませんでした」
「美味しかったろ?」
「……はい」
「おかわり、まだ有るぞ?」
「いえッ、これ以上こんな高級品を私が頂くわけには」
遠慮しているが、その視線はチラッチラッとサンドイッチの入っているバスケットに向かっている。
これもう攻略してね?
日本と異世界の文化の壁を突き抜けて、美味しいからいいじゃない、みたいな感じになってね?
よし、様子を見ようと言ったな、あれは嘘だ。
今が攻め時、胃袋を掴むことが勝利への道なのだ!
くっくっく、ポーラよ、スモークサーモンサンドがいたくお気に召したようじゃあないか?
だがな、まだ俺は全ての手札を見せていない。
このバスケットの中には、まだ隠し玉が控えているのだよ!
スッ、とそのサンドイッチを取り出す。
赤く色づいた肉、玉ねぎを炒めて作ったソース、肉の味を存分に引き立てる葉野菜、そしてそれらを包み込み、一体化させるバンズ。
見た目からして美味しさと高級感を溢れさせるその一品の名は、ローストビーフサンド。
いや、肉はドラゴンのを使用しているから、ローストドラゴンサンドか。
ビーフがドラゴンに変わっただけで、火耐性とか攻撃アップが付与されそうなイメージ。
ドラゴンのステーキは筋ばって食い難かったが、今回はしっかり包丁を入れて筋を切っているので、食いやすさも抜群。当然、味も保証付きだ。試食してもらったスバルさんは、動けなくなるまで食べたからな。
「もともと多目に作って来たんだよなぁ、俺一人じゃ食いきれないんだよなぁ、あぁ、どこかに一緒に食べてくれる人はいないかなぁ?」
「うっ……」
揺れてる揺れてる。
奴隷としての振る舞いをすべきという理性と、一緒に食べようって言ってくれたんだから良いじゃない! 美味しいもの食べたいよ! っていう欲望の間で揺れているな。
あんまり苛めてもアレだから、一緒に持ってきていた皿にポーラの分のサンドイッチを乗せて、さっさと目の前に置いた。
「さ、しっかり食っとけよ。この後は実践訓練なんだからな。これも仕事の内だ」
これでポーラの中で食べないという理由は無くなった。
そう、仕事だから仕方がない。だからこの美味しい食べ物を、自分の分だけしっかり食べてもいいんだ。それが俺と一緒という状況でも、マスターである俺が望んだのだから。
「は、はい」
まだ少し気後れした様子はあるが、ポーラはそれでも返事をしてくれた。
スバルさんの陰に隠れて話せもしなかった最初の頃に比べれば大きな進歩だ。
胃袋を掴んだ手応えはあったし、うん、まずは餌付けでなついてもらう方向でいこう。
サンドイッチを食べ始めたポーラは、結局すべて食べきるまで無言だった。ものすごい集中力でした。




