41話
「再確認しましょう。マスターの御名前について、星々から取っていきたい、ということで方向性は決まりました。他に意見は有りませんか?」
静けさを取り戻した大広間の中、スバルの声が響く。
「私としては、天体に拘る必要は無いと思っています。マスターの素晴らしさは星程度に留まるものではないですから」
エウロパ、カロンは深く頷いた。
マスター本人が聞けば居たたまれなさに悶絶しているだろうが、幸か不幸か不在である。
この会議に突っ込みは居ない。
「しかし、スバル様、主様の御名前という重大案件、簡単に決まるものではない。我々は自分の意見を譲らないと思える」
カロンはスバルを怒らせないように慎重に言葉を選びつつ、それでも意見を譲りたくない、と伝えた。
この場にいる誰しも(ポーラ以外)その気持ちは非常によく分かる。
自分が考えた名前を主が使ってくださるとなったら、どれ程幸せか。
配下としてこれに勝る名誉と幸福は無いだろう。
「それを擦り合わせる為の話し合いなのです。マスターは、知性の芽生えた私たちにならば話し合いで解決することも可能だと仰っていましたよ」
「ぬぅ、そうであったか……」
主に期待されていると言われれば、それに沿えるように尽力するしかない。
カロンは考え込むように天井を仰ぎ見た。
「出来れば主のお好みに沿いたいが、御名前に活かせる好みをスバル様は存じているだろうか?」
カロンがスバルに問いかける。
マスターの好みと聞かれ、スバルもまた考え込んだ。
残念なことにマスターの名前に使えそうな好みで浮かんで来るものと言えば、大体が食べ物関連だ。
マスターが幾ら寛容でも、ミルクレープとか付けられたら怒るだろう。
良識の範囲内でとも言っていたし。
いや、確かガトーショコラは非常に美味しかった。
あれならば許されるかもしれない。
いや、しかし今回は自分が中心ではいけない。
ポーラがダンジョンの仲間に慣れてもらうことが目的なのだ。
出来れば、彼女にも意見を言ってもらえればと思ったが、自分からは難しいようだ。
ここは一つ、後押ししてやるとしよう。
「貴女は何か無いですか?」
「……ない、です」
やはりただ話を振るだけでは駄目か。
ならばマスターから渡されていたプランBを使うしかあるまい。
「そうですか。では皆の意見もあまり纏まらないようなので、やり方を変えます」
「あら、どう変えるのかしら?」
「腕っぷしで決める、というのならば……」
「私が勝ちますが、宜しいですね?」
スバルが当然の事を述べるように淡々と告げると、カロンは降参、と両手を上げた。
先ほども述べたように、力や魔法は関係なく、ダンジョンモンスターはダンジョンコアに逆らえないのである。
今はその権限を使用していないが、戦闘になれば、スバルは躊躇わずに行使するだろう。
「では、どういうものなのか教えてほしい」
「カロン、貴方は物分かりが良いですね。これはマスターからのご提案です。まず、二人一組に分かれ、“ジャンケン”をします」
スバルが簡単に行ったジャンケンの説明に全員が軽く頷く。
「そして、勝者はこの紙に自分の案を書きます。文字がわからない者の分は私が代筆しましょう」
スバルが取り出した紙は、DPで呼び出したコピー紙であり、本来ならばこの世界に存在しないものだが、この場にいる誰もその事に気が付かない。
見慣れている為、有って当たり前の物と認識しているのだ。
「此処にいるのは四名。つまりジャンケンで半分が淘汰され、二人が残る訳です。そして残った二人の案に投票し、最も指示された名前がマスターの新しい名となるのです」
これを決めたマスター本人は自分の名前にあまり頓着がない。
流石に悪意のある名前や酷い名前は辞退するだろうが、最終的に配下達が納得すればそれでいいと思っている。
その中でポーラが配下たちに馴染めれば万々歳だ。
「よいですか? ではまず二人一組を作るのです。さ、ポーラは私とですよ」
「……でも」
「ジャンケンのルールは分かりましたよね? では、ジャーンケーン……」
「あ、え……と、あぅ……」
『名付け』までしてもらったダンジョンコアの動体視力でもって、おずおずと差し出されるポーラの手の動きを完全に把握。
僅かに開きつつある指の動きからチョキかパーと仮定。
故にこちらはチョキを選択すれば負けることは無いが……。
それでは目的が達成できない。
ここは負けなければならないのだ。
初めてのジャンケンでチョキを選択する確率24% パーを選択する確率76%
確率に従い、こちらはグーを選択。
「ポ――――」
予想外の事態が発生!
ポーラの選択がまさかのチョキ!
しかし、こちらは既にグーを選択済み!
このままでは指を握り混んでしまう……!
(マスターの望みはこの娘が周囲と打ち解けること。その為にもこのイベントはポーラが中心となり終わらなければなりません……。かくなる上は……!)
疑似人体に巡る魔力を右腕に過剰供給、一時的に反射速度と筋力を大幅に引き上げる。
びちびち、と筋肉と血管が引き千切れる音が腕から伝わった。
まったく、ただのコアのままならばこのような痛みも感情も感じることなく過ごすことが出来たはずなのに。
しかし、無茶を通さねばならない。
この不幸な娘が元気になることがマスターのお望みなのだから。
「――――ン」
「あ……」
「おや、負けてしまいましたか、残念です。それではポーラ、マスターに良い御名前を考えてあげてくださいね」
断裂した筋肉と血管を修復するのに必要な時間は約三十秒。
他の連中がジャンケンを終わらせ名前を考え付くまでには充分修復可能だろう。
「……でも、出来ない……」
「ですが、ルールで決まったことですから。大丈夫です、貴女はきっと出来ますよ。何なら少しお手伝いをしましょう」
「……奴隷、なのに……」
ポーラは戸惑いながら目を伏せた。
彼女の価値観からすれば、奴隷が主人の名前を付けるなどあってはならないこと、それ以前に有り得ないことなのだろう。
実際、スバルの持つ常識からしても、配下のダンジョンモンスターに主人の命名を丸投げするなど有り得ない。
名とはそう軽々しく決めて良いものではないのだ。
だが、あのマスターならば、例え誰がどんな名前を付けようとも、それが皆の総意で決まったものならば喜んで受け取り、大切にしてくれる予感がする。
だからこそ安心してこんな会議が開けるのだ。
それに……。
「貴女はもう奴隷ではありません。少なくとも、ここで暮らしている内は。マスターは貴女を大切な仲間として受け入れるお積もりです」
「……どうして……?」
「それは、自分から聞いてみると良いでしょう。その勇気が出た時に」
ポーラは少し考えていたようだったが、やがて小さく頷いた。