23話
「グルルルル……」
翼の退化したドラゴンがこっちにゆっくりとやってくる。
手間を取らせてくれたな、とその目が怒りを語っていた。
俺のような雑魚にいいように走り回らされて、いい加減我慢の限界のようだ。
まったく、泉の水を少し汲もうとしただけで、なんでこんなことになったんだか……。
前はドラゴン、後ろは断崖絶壁。
そろそろと下を覗き込めば、逆巻く波が白い牙を剥いて荒れ狂っていた。
「絶体絶命、って奴か……」
まだ諦める積もりはないけど。
幸い、ここまで逃げて来られた。
最後に一撃貰ってしまったが、ここまでは概ね作戦通り。
このダンジョンマスター、戦いの最中に逃げることはあっても、戦いそのものを放棄したことは無い!
「グアアアアアア!!」
俺がまだやる気満々であることを感じたのか、ドラゴンが吠える。
一回小突いただけでボロボロになる人間様相手にマジになるなよ。
できればもっと油断してくれると有難いんだよ。
「『水の束縛』」
生み出した水でロープを作り、ドラゴンに向かって放つ。
攻撃力も拘束力もないゆるゆるの魔法を、もうドラゴンは避けもしなかった。
こんな弱い魔法を受けたって何の問題も無いってか。
まぁ、そうだよね。
細工は流々。後は結果を御覧じろ、ってね。
ドラゴンが一歩、また一歩と俺に迫る。
何かを警戒しているのか?
イタチの最後っ屁みたいな?
いやぁ、もう遅い。
断崖絶壁の下は海。
追い詰めたつもりだったんだろうが、追い詰められたのはドラゴンの方だよ。
ドラゴンさんが土魔法を陸上で自由自在に使えるんだったら、俺は海の側でこそ『大海魔法』を活かせるのさ。
「『吹き上がる大海』」
俺の魔力をドカッと持っていって、海が爆発した。
傍目から見ればきっとそんな光景に見えただろう。
正確には爆発したのではなく、一部が吹き上がったのだ。蛇が鎌首をもたげるように。
そして、その海水製蛇にはドラゴンに絡み付いたままの『水の束縛』
が繋がっている。
水のロープは確かにゆるゆるだったけどね、あそびを持たせてただけで、別に脆い訳じゃあ無かったんだよ。
「グゥアアアア!?」
巨大なドラゴンの体が海水の勢いに負けて宙に持ち上げられる。
吹き上がった海水製蛇はそのままアーチを描き、海へと戻っていく。
ドラゴンを絡めたまま。
いくら水属性に耐性があっても、呼吸をしなければ生きていけないだろ。
頑丈で重たい土属性の体が仇になったな。
そのまま沈んじまえ。
「グルァアア!!」
ドラゴンが吠える。
悪足掻きを、と思ったがとんでもない。
最悪の悪足掻きをだった。
俺が倒れ込んでいた地面がカタパルトのように勢いよく隆起し、俺を海に向かって吹き飛ばしたのだ。
ご丁寧にも、空中に投げ出される瞬間に石の手枷足枷を付けて。
このくそドラゴン、道連れにする気か!
ドラゴンとしての誇りは無いのか!
空中で暴れるが石の拘束は固く、びくともしない。
そして重い。
こんなの拘束されたまま波の激しい海に落ちたら、万に一つも助からない。
『大海魔法』も発動する気配がない。
『水の束縛』に『吹き上がる大海』で俺のMPはすっからかん。
正直、この二つの魔法を維持しているだけでもかなりしんどい。
せっかくドラゴンを倒せたかもしれなかったってのに、こんな悪足掻きの道連れでお仕舞いかよ……。
すまん。コアさん……。
“ご安心を。マスターはもう勝っております”
コアさん!?
戦闘している最中に何も言ってこなかったから、てっきり通信出来ないものかと!
“戦闘の邪魔をしてはいけないと思い、控えておりました”
マジか! でも何かアドバイスとかしてくれても良かったのに。
“ダンジョンコアにそこまで求めないで下さい”
いやご冗談を。
色々出来るじゃない。
っとその前に、俺がもう勝ってるっどういうことよ?
このままだと俺は溺死コースまっしぐらなんだけど。
“御自分が召喚したモンスターを思い出してみて下さい。彼らは海こそホームグラウンドです”
俺が海に落ちると同時に、沢山の魚が俺を受け止めてくれた。
リトルフィッシュにブルーフィッシュか!
そして沈み行くドラゴンに向かって攻撃を仕掛けるタコと大カニ。
体の重さと呼吸が出来ない苦しさに殆ど身動きが取れないドラゴンは、俺の配下二種の波状攻撃になす術もなくやられていた。
俺の苦労はいったいなんだったのか……。
まぁ、とにかく、命が助かって良かった……。