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9/灼然への回答者

 月見はがたがたと震えていた。

 どう仕様も無いくらいに怖かった。

「……高校を、辞めたい、ねぇ……。それで、その後は旅に出る、ときたか……」

「……はぃ。そぅ、です……」

 由に付いて行くと決めた後の難関。それは、実姉の雪見だった。

 父親も母親も死んでしまった後、すぐに就職して働きながら自分と妹の花見の面倒を見てくれた姉。彼女に対して、月見の申し出は余りにも恩知らずと言えるだろう。

 雪見は眼を据わらせて頬杖を付いていた。話しながら机を人差し指でトントンと叩く。姉の一挙手一投足が月見には恐怖だ。威圧感だけで既にキルシェと戦うよりも怖い。

「それで、どうしようって言うの? 問題は解決したのかしら……?」

 月見は姉と目を合わせて話す事が出来ない。無理、超怖い。自然と俯きがちに喋っていた。

「その、問題は解決、しました」

「月見?」

「はいっ!?」

「人と話す時は相手の目を見るのが礼儀」

「ご、ごご、ごめんなさい。問題の方は、無事に解決しましたっ。その、それで旅、っていうか、放浪というか、それはその――」

 これはどうしても伝えないといけない事だ。月見は、雪見の眼を真っ直ぐに見て、はっきりと言った。

「ここじゃ、出来ない事があると思うから」

「…………」

 雪見は殆ど(がん)を付ける様に月見を睨む。それでも月見は手をぎゅっと握り締めながら決して退かない。

 やがて雪見は舌打ちすると、姿勢を崩した。

「いいわ、認めてあげる。自主退学していいわよ」

 降参を示す様に雪見は両手を挙げてぶらぶらさせる。

「ったく、昔からよく判らないところで頑固ね月は」

「話終わったー?」

 リビングにひょいと顔を出したのは末っ子の(はな)()だった。

「どうだった雪ちゃん? 月ちゃんに折れた?」

「折れたわよー、このパターンじゃ絶対にこの子譲らねー」

「やった、それじゃ賭けはアタシの勝ちー」

「持ってけ泥棒ー、お姉様の懐を寒くさせるなんて酷い妹だことー」

 言いながら雪見は財布から一万円を取り出して花見に渡した。毎度ありー、と花見は自分の財布に金を仕舞いながら、ほくほく顔で椅子に座る。

「えっ、ちょっと何それ。雪姉ちゃんと花ちゃん何それっ」

 二人の遣り取りを咎める様に月見は言う。姉と妹は、一度顔を見合わせてから、同時に答えた。

「賭博」

「ひっ、酷いっ! 他人の人生の別れ道の話し合いでそんな事してたのっ?! あぁっ、雪姉ちゃんが妙に凄んでたのって、もしかしてそれが理由!?」

「いや、ぶっちゃけ貴方の人生だから高校辞めるとかどうでもいいし」

「ゆーきーねーえーちゃーんー!?」

 月見は身を乗り出して雪見の腕を掴むが、それを無視して彼女は妹を引き摺りながら歩く。

「さーて、妹に男が出来た記念だし、外食にでも行きましょうかー」

「わーい、雪ちゃんアタシ焼肉が食べたいっ!」

「花はわたしから分捕った金で勝手に食え」

「は? 中学生に自腹切らせるなよ、お姉ちゃんでしょ!」

「わたしはこんな憎たらしい妹は知らないわ」

 花見と適当に話しながら雪見は、ぺいっ、と月見の腕を振り払うと、すたすたと外出の準備をしに行った。

「って、ちょ、ちょちょ、待って!? 今の会話何か怪訝しくなかったっ? 平然と男が出来たとか言ってるけど何それ?!」

 月見が呼び止めると、雪見は不思議そうな顔で言う。

「旅って、相手男でしょ? 具体的に言うと恋人」

「え……いや、その別に己さんは恋人とかじゃなくて……。別に告白とかしてないし、そんな風に見てた訳でもないし……何て言うか、その……パートナー? 的な存在の人で……一緒に居ると安心出来るっていうか……いや、その全然恋人とかじゃないの!! うん、まぁ、でも別に嫌って訳じゃなくてね? な、何て言うかね? こう、ね?」

 月見は顔を真っ赤にさせながら俯いて、後ろ手を組んでもじもじと言い淀む。

「うっわー……何コレ恥ずかしい。同じ生き物の行動に見えないんですけど……これが思春期? 気持ち悪っ」

「そうね、これが思春期よ。花、こうなりたくなかったら、姉の姿を目に焼き付けておきなさい。いい反面教師よ」

「うーん、最後の最後に、アタシは月ちゃんからとても大切な事を教わりました。本当に気持ち悪いよ月ちゃん」

「二人ともこれからあたしの門出を祝ってくれるんじゃないの?!」

 さー、さっさと出掛けるわよー、と既に雪見は完全に我関せずである。あ、そうそう、と彼女は思い出した様に月見に向かい直った。

「……ん? 何、雪姉ちゃん?」

 雪見は優しく微笑いながら言った。

「どう致しまして」

 月見は一瞬、面食らった様だったが、彼女も笑顔で答えた。

「うん……有り難う、雪姉ちゃんっ」











「で、何処まで狙ってやってたのよアンタ」

 伽藍の堂で、キルシェが言った。

「狙うだなんて人聞きの悪い言い方だね」

 その言葉に鼎は薄く笑みを浮かべながら答える。

「私に出来るのはお膳立てだけだよ。その後どうなるかまでは解らないさ。月見君の出した答えは、彼女自身のものだ。私はこの面白い世界が好きで、正しいと思う方に誘導してみようとするだけだからね」

 まぁ、何も問題は無かったし、いいんじゃないかな、と鼎は言う。

『いい訳あるかっ!』

 たしっ、気の抜けた音で柘榴が机を叩いた。

『今回の件でアリスは全治二週間の怪我だぞ?! 一人だけ散々な目にあってるじゃないかっ!』

「あぁ、そう言えばそうだったね。彼程運の無い子も珍しい」

「まぁ生きてたし、いいんじゃない?」

 あっはっはっは、とキルシェと鼎は他人の不幸を肴の様に笑う。柘榴だけが怒りながら、気の抜けた音を鳴らして机を叩いていた。

「あ、そうだわ。ワタシ、アリスが退院したらキスしてあげなきゃ」

『はぁっ?!』

「約束したのよ、生き残ったらキスしてあげるって。アリスも満更でもなさそうだったしね」

『ちょ、ちょっと待て。それって一体どういう事だ!?』

「どういう事も無いわよー? キスするだけじゃない」

『何をどうしたらそういう事になるんだ?!』

 まぁまぁ、と毛を逆立てる柘榴を、宥める様に持ち上げて鼎は自分の膝元に置いた。

「もう夜も遅いし、時間も無いからここら辺にしておこう」

『時間って何の事さっ? いいから、あたしに仔細を話せキルシェ!!』

 騒がしい堂の中、微笑いながら鼎は深けた空の月に目を移した。

「……月に叢雲花に風、とはよく言ったものだね。――まぁ、だから世界は面白い」

Image "Simple Story"

Song by ACIDMAN

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