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神戸製鋼の件でいい機会だし、アルミについて見直すべきことを主張してみたいと思う。

最初に一言言っておく。
私はアルミ合金が嫌いだ。
正確には「適材適所で用いられていないアルミ合金」という存在が大嫌いだ。

つまり「適材適所に用いたアルミ合金」は大好きだ。

アルミ合金の歴史は意外にも古い。
日本国では後2年でアルミ合金生産から100年目を向かえる。
純粋なアルミ製品であればもっと古い。

ところで、私が毎月読んでいる技術雑誌があるなかに興味深い記述があった。
「工業材料」とか「塗装技術」とか日刊工業新聞が発刊しているものだ。

これは昭和30年以前から発刊しているが、それの昭和62年ごろの記述だ。
「昨今のアルミ合金の特性を省みない多用には警笛を鳴らしたい」という話。

この雑誌においては当時まだ実用段階ではなかった様々な素材について取り上げられ、過去の話を見るだけでも様々な発見がある。

特に特定の材料にだけ焦点を当てて過去から現在まで見ると、どうして実現にまで至ったのかが見られて面白い。
問題は30年前の時点で現在の状況をすでに予想していた者たちがいるということだ。

まずはアルミ合金について最も重要な事を触れたい。
「なぜ素材の剛性不足によってここまで騒がれるのか?」である。

それはアルミ合金の特性……というか、殆どの金属製品が持つ特性に由来している。

実は今日で一般的に用いられている金属製品であるのだが
それらの大半が「ある一定にまでは金属疲労が蓄積するが、それ以降では一定以上の負荷がかからない限り金属疲労がそれ以上加速しない」という特性を持つものが採用されている。

これらは鋼などにおいてみられる現象であり、「疲労限度」などと呼ばれる。

建築設計においては「耐用年数」と直結する非常に重要な数値であり、極端なことを言えば「震度9でも疲労が蓄積しない数値」に設定して建築した場合、耐用年数においては「腐食」という存在以外では半永久的に用いることも可能ということになる。

現実には瀬戸大橋などにおいて一部の部材がこういった計算によって作られているわけだが、ここで「剛性不足」などというものが発生すると数値によってはトンでもない事になる。

工業材料という存在において最も重要なのはこの「疲労限度」というものを持つ合金などを新たに生み出すことであり、それでいてかつ「錆び難い」ものであれば理想的な素材になるわけだ。(逆を言えば、そういう素材は実は極一部しかないため、様々な合金が研究されてはこの特性が無いことによって淘汰されてきた歴史がある)

だがしかしである。
アルミ合金においては「疲労限度」というものが存在しないのだ。
つまりどういうことかというと「永久に金属疲労が蓄積し、最終的に絶対に破断する」という上記とは真逆の特性を持つ。

だから、建築素材などにおいては極めて限定的な使用しか出来ない。
おまけに「材料の剛性などが10%不足するだけで負荷によっては金属疲労は2乗の速度で加速する」という特有の特性もある。

それだからこそ騒がれているのだ。
ようは「予想よりも非常に早く消耗する」ということの危険性である。

アルミ合金による金属疲労によって発生した事件というか事故で有名なのといえば「コメットMk1」の墜落事件であろう。

これは「正確な数値がきちんと計測できていなかった」ことで発生した連続墜落事故であるが、現代においてこういった事故が発生しうるのは「素材の方がその値に達成していなかった」という状況でしか基本的にはありえない。(まあ、耐震偽装なんて話もちょっと昔にあったといえばあったような気がするが)


もっとも、それを見越して新幹線などでは「耐用年数30年」と見積もりながらも「運用15年」などとするためにどうにかなっているわけだし、そう簡単に問題が発生するとは言いにくいが、どれほど不足しているかわからない以上、事故が起これば「神戸製鋼のせいか!」と思われても仕方ない。

ちなみに「神戸製鋼」の「アルミ合金」によって作られた新幹線車両は「300系」「500系」「700系」など、JR東海とJR西日本の車両の大半の車両に及んでいるわけだが、(というか、そもそもJR東海とJR西日本もとい日本車両製造は神戸製鋼とタッグを組んで車両のボディにあたる部分を開発していた)

私からすると「300系が予想よりも早く老朽化した」とか今に思えば「その影響ちゃいますの?」と言いたくなる。

一方で現在も運用が続く500系においては「耐用年数50年」とか、当初「320km走行」を考えて設計していた影響もあり、約30年経過した現在でも普通に走行可能であるわけだが、300系と500系の差はモロに設計時の余裕の持ち方に現れていると言える。

なんて話をすると「じゃあなんでこんなに世にアルミ合金があふれているんだ!」と思うかもしれない。
それには、当初こそそれなりの理由があった。

1970年代。
世に蔓延る製品はまだどれもこれも「スチール」であった。
コカコーラなどの炭酸飲料水の缶ですら「スチール」と書いてある時代。

アルミ合金はこの時代、ブレイクスルーが起こることによって製造と加工に関係するコストが下がり、世の様々な製品に用いられていく。

だが、この当時においてはまだ「適材適所」な運用がなされていた。

この当事におけるアルミ合金の立場というのは航空機のように、あまりにも高負荷がかかる関係とエンジン出力の影響から、重量面を考慮するとどうがんばっても鋼でも疲労限度を超える「高負荷」がかかる影響があり、その影響でこういった「あまりにも高負荷がかかる」という存在に用いられていた。

丁度新幹線においてもこういった問題は発生しており、「次はアルミだな」といった話もされていたのである。

そんな中で一般向けなどにおいてアルミ合金が用いられるようになる。
1972年にロードバイクにて初のアルミフレームが登場しているし、オートバイにおいても「アルミモノコック」というやや特殊な形状で1960年代後半から現れるようになった。

だがこれらは元々「レース用」として作られたフレームであった。
それは過酷すぎるレースにおいてはスチールフレームは重い上に疲労蓄積が続くので意味がないどころか、次の年には新しいフレームが生まれ使いまわせないなどといった事情が「アルミ合金の特性」と合致したわけだが、

航空機やレース向けの自転車、オートバイというのは基本的に「部材を使い捨てにし、疲労が蓄積する前に新たなものへ交換」が念頭に入れられてくみ上げられており、それを「一般市場向け」として出すのはあまりよろしくなかった。

特にアルミホイールなんてのも「使い捨てと交換が前提のレース向け」だったものがなぜかデファクトスタンダードになってしまったが、アレなんかも近いうちに淘汰されてしまう気がする。(最近のバイクはスチールによる軽量スポークとマグネシウム合金が主流)

これは逆に言えば、同時期に生まれ当初より使い捨てが当たり前というアルミ缶という存在は適材適所な運用であり、アルミ缶に否定的な見解は筆者も持っていない。

しかしメーカーとしてはそれらに目を逸らし「性能一辺倒を求めるユーザーへ」と一般商品としてそういいった技術を用いたものを販売するようになっていく。

この「レース向け」という表現が一部のユーザーの目に止まり、それらの素材を用いた商品が売れてしまい、ブームになったのだ。

これに加え、当事の塗装や加工技術では「錆び易い」という鉄関係の製品の影響により、一般人は「腐食しにくいからアルミのほうがいい!」などと思ったのか、そういうものが売れて様々な製品にアルミ素材が投入されていくようになる。(まあ軽いというのが一番の理由なのだが)


最終的に「アルミモノコックボディ」や「アルミスペースフレーム」なる自動車まで登場することになったわけだが、筆者は子供の頃、これが登場した際に「このまま自動車業界がアルミだらけになったら買う車が無くなるな」と思っていた。

当事からこういった「工業材料」などの雑誌を読んでいたからだ。
何しろ90年代の「工業材料」においてはとにかくアンチアルミ合金ともいうような内容が多い。

どうしてそういう風になったかというと、雑誌の言葉を借りるなら「メーカーが勝手に短い耐用年数を設けて消費者に購入を煽る姿勢がある」というのに否定的だったからだ。

間違い無く今日の家電製品屋が崩れた原因ともなっているが、「その方が絶対に儲かる」と勝手に考えたメーカーは90年代を境に信じられないほどアルミを多用していく。

不況の中でそんなことをしても、生涯年収は変わらない以上、「すぐ壊れるならもう買わない」という選択肢を選び、市場自体が萎縮しても尚気づかなかったようだが、

ガチで「本来使っちゃいけない部分」に「あえて使う」ことで製品寿命を短く見積もった製品が増えていったのだ。

まずアルミはその特性から「振動」に極めて弱い。
にも関わらず、「スピーカー」などの振動するような物に平気で使うようになったし、それどころか極最近までは「スマートフォンのフレーム」などに平気で使っていた。(後に韓国メーカーなどを筆頭にステンレスへ転換し、アップルもそれに追随した商品を今年に出したが)

自動車関連では1000万以上もするようなスーパーカーに当たり前のように使われており、それが人気車種になったりもした。

フェラーリやランボルギーニがややお買い求め安い価格としてアルミ合金製モノコックなどという、スポーツカーにそんなもん使うんじゃねえ!と言いたくなるようなものを作ってたし、アウディなんてラグジュアリー程度の乗用車にまでアルミボディで出していた。

それどころかアルミ製のファンだの扇風機だのまであったね。
(熱伝導効率がいいとかいって)

いやはや90年代のアルミだらけっぷりには本当に嫌になる。

しかしアルミ合金においては当初より「個体差が大きく歩留まりが多く、それをどうにかしなきゃならん」という問題があった。
これこそ今問題になっている「改ざん事件」の原因の1つなわけだ。

当時はそこまで「品質の均等化」なんて考えられていなかったが、明らかに壊れやすい製品があったためにメーカーも次第に「品質の均等化がなされた素材」を求めていくようになるわけだが、おそらく一連の製品製造メーカーの要望が重なった事に対して「なあに、問題が出ない程度ならいいだろう」とかやったのだろう。

だってニュースでは「文句を言わないメーカーにより粗悪な物を提供していた」とあるからね。
つまりどこまでの品質劣化が許されるかをまとめていたわけだ。

そんなモンがモロに製品にも影響するほどアルミが多用されていたことは今回のニュースで認知されたことだろう。

しかし消費者は気づいてしまったのだ。
「なんか壊れやすくね?」と
そして作り手の側も自動車メーカーなどを筆頭に気づいてしまったのだ。

「長い間乗ってもらって修理や交換などのサービス面を拡充してそっちで収益を得た方が次も自社の製品を購入してくれてよくね?」と

2000年代後半より急激にアルミ合金やアルミ素材が使われなくなっていく要因の1つはここにある。

そしてもう1つの要因はカーボンと鋼などの合金の発展である。
まずカーボンにおいて中国やタイ、フィリピンなどが安価にそれなりの品質の製品を作れるようになった。

これによって自動車やバイクにおいては「カーボンカーボン!」と騒ぐようになるが、自転車のフレーム素材なども安価に提供できるようになり、レースにおいては「フレームが劣化するような製品だといざと言う時負ける」ということからアルミが淘汰されていくことになる。

スーパーカーにおいては「カーボンモノコック」などといってカーボンを用いるが、一方でランボルギーニなどを見てもらえばわかるように、バスタブのような室内空間の部分とは別に先端と後部にアルミ合金のフレームをいれ、そこにサスペンションをかますといったような使い方がされるようになる。

これはバイクにおけるスイングアームと同様の考え方で、交換が容易になるよう配慮されている。
余談だが、オートバイでいうスイングアームは極大負荷がかかる関係上、アルミ合金がまさに好ましいのだが、それどころかフレームにまでアルミを使うことをやるのは未だに筆者としては理解できない。

そもそも自動車の場合、フレームやボディで重要なのは「捩れ」である。
カーブを曲がる際、絶対にこれらは発生し、逃れられない。
だがアルミ合金はその特性上「硬くて殆ど捩れない」存在のため、他の部分でそれを補う必要性がある。

レースカーなどではそういった設計を上手く調整しているし、そもそも「乗り心地」など考慮していない存在であるからいいのだが、大衆向けにおいては話にならない特性で、アルミフレームのバイクは実際には「カーブが曲がりにくい」特性があったりするのだが、それを無理やり他の部分に負担を分散させて補正させているのだ。

(この硬くて捩れないというのは衝撃をモロに伝えるために乗り心地が悪くなるのだが、一番いい例だと「新型ゆりかもめが凄く振動してガタガタしてなんかおかしい」なんて話題があったけど、これの原因も新型ゆりかもめの車両がアルミ合金になっちまったからだよ)

つまりそれは運転するにあたって何かの衝撃によって事故を起こしかねない危険な発想なのだが、そっち方面の技術開発が進んだことによって成立はしていた。

……していたというのは、最近になってオートバイのアルミフレームが淘汰されてきているのだ。

これは先ほど挙げたように鋼という存在においてある種のブレイクスルーのようなものが起きたためである。

2000年頃から、鋼自体の性能と対腐食性の塗装などの技術が飛躍的に進化した。
これにより、コストを度外視すると「同じ剛性だとアルミより軽く作れる」というようなことが起こる。

それだけではない。
そもそも「アルミ」の欠点の1つとして「重量が同じだと鉄などと比較して表面積が増加する」というものがあり、バイクや車に用いる上では「ボディが大型化」「フレームが大型化」するのだが、それらについても「高負荷がかかっても耐えられるだけの剛性を保ちつつ軽量化」が可能になった鋼」の登場により、解消できるようになった。

有名どころで言えばカワサキのNinjaH2だが、アレは正に「コストを度外視した結果、アルミを捨てた」鋼のダイヤモンドフレームを搭載した究極のオンロードバイクであり、GPレースにて唯一の鋼フレーム搭載車であるため現時点での鋼の究極系ともいえるが、ここ最近カワサキが出すNinjaシリーズにおいてやたら「鋼」が用いられるのも、そういった鋼の技術進化によるもの。

各バイクメーカーの最近の傾向ではみんな鋼であるが、雑誌等では「コストカットのため」とか言ってるがこの場を借りて言うと「もはやアルミに利点が無い」からであって、昨今のバイクが鋼のフレームでも軽い要因にはこれが影響している。

21世紀現在の鋼がどれだけ凄いかというと、コストを本気で度外視して戦車用の装甲板を作った場合、「チタンの1/3の重さ」で同じ防御力を発揮できるらしい。(複合装甲として金属部分に鋼を使った場合)

10式戦車の軽量化に大きく貢献したとされるが、それはガンダムの装甲もそろそろ「鋼」の複合装甲に見直さないといけないな。

きっと日本がサイド3に行ってたら立場が逆転していたに違いない。
連邦軍がビーム兵器に頼るのはビーム兵器でないとまともにダメージを与えられないからなんてことになるだろう。

話がズレてきたので戻すが、2000年代において高い買い物をする時、筆者は本当に大変だった。
なんたって音楽媒体を購入しようにも「アルミ削りだし」とか書いてあるような時代だった。
デジカメですらこれ。
そんなにアルミを多用するならむしろ強化プラスチックでいいだろと思ってたぐらいである。

2015年あたりからいろいろ家電製品を買い替えはじめたけど、最近になってようやくメーカーがアルミをやめはじめた影響が多分にあり、デジカメなんかの「マグネシウムフレーム!」とかいうのは「何で早くやらなかったんだよ日本メーカー」と思っていた。

これも「工業材料」といったような雑誌の影響だが、マグネシウム合金は製造の方法や合金のタイプにもよるが、鉄とは異なりやや特殊な疲労限度特性があり、アルミ合金とは異なって一応疲労限度があることにはあるので、こういったデジカメやスマートフォン、そして自動車のホイールなどに対しては非常に適した材料だったのだ。

問題はコストが高いのと燃焼しやすいなどという弱点があるのだが、一方でヤマハはWR250を作るにあたりマグネシウム合金で構成されたエンジンを作ったりしていて、やろうと思えば何でも使える優秀な部材ではある。

こういった合金関係は今まさに発展、進化していく途中であるが、航空機なんかでも「脱アルミ」なんてことになったりしていて、いい時代になったなと思う筆者である。


だからこそ、神戸製鋼の問題でアルミが注目されるなら、ニュースで高らかに叫んで欲しいのは「この際ですし適材適所で用いないアルミの使い方やめません?」って話。

本当に強烈な負荷がかかる世界じゃ航空機などを除いてアルミが使われないということを考えれば、この素材が万能素材ではないとわかるはずなんだけど、まだ気づいていないメーカーがあるのが嫌だなと思う。

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