♥彼氏の決意とちょっぴりの挫折
「これは、ちょっとなぁ…」
夏子が、シートを剥がしながら、そう言いました。牧草を発酵させて乳酸菌を増殖させた、牛の餌なのですが、嫌気性細菌で発酵してる関係で、独特の、酸っぱいにおいがしまし。
「え~~だめぇ?あたしは好きだけどなぁ、このにおい…」
リンダは慣れの性もあるのでしょうか、良い発酵具合である事をちゃんと感じていました。
「牛の健康を考えたら、必要な栄養素が含まれてるんだ。四の五の言わずに、とつとと運ぶ」
田中もリンダと同じ感想でした。本当に人が変わってしまった様でした。彼は学校卒業後、法律の勉強をして弁護士を目指すと言う希望だったのですが、それが揺らぎつつある様で、農業大学に進学して、有機農業の発展を目指そうかと言う事を考え始めていたのです。
★☆★☆★☆
その日の夜、リンダは田中を誘って星を見に、外に出ました。夜空いっぱいに広がるミルキィウェイは煌めく霧の様に夜空を横切っています。
「リンダ…さん…」
田中は、思いがけないツーショットにちょっと緊張していました。
「ん、なに?」
リンダか、牧場の気の柵にもたれかかって、横にいる田中に視線を移しながら優しい微笑みを湛えて田中を見詰めました。
「あの、もし、もしですよ…」
緊張する田中は、そこまで言ってリンダからひ船を外すと自分の手に『人』と言う文字を書いて飲み込む真似をして見せました。
「何してるの、田中…」
「いや、な、何でも有りません、」
田中は、ぱっと直立不動の姿勢を取ると、星を見上げながら、ひっくり返りそうな声で、高言いました。
「あの、あの、も、もしも、学校卒業して…ちゃんと、勉強して、この星で…」
「あのさ、田中…」
リンダは田中の言葉を遮って田中に向かってこう言いました。
「ここ最近、凄く頑張ってるけど…それは嬉しいわ、農業に興味を持ってくれている事も分るし…でもさ…」
田中は直立不動のままリンダを見詰めてこう呟き来ました。
「でも、なん、ですか?」
リンダは、星の空から視線を落してゆっくりと田中の顔を見詰めます。
「一時の衝動で、決めちゃいけないと思うの」
「――一時…の、衝動…ですか?」
リンダは田中の返事に大きく頷いてから、ゆっくりした口調でこう言った。
「農業って、自然が相手でしょ。ここ最近は良いけど、はっきり言って、辛い事の方が多いのよ。力仕事だし、汚れ仕事だし、その割に報酬が高いかって言われたら、そんなでもないし」
田中はリンダを無言で見詰めた。
「今年は麦も豊作だし牛達も病気してないし、でも、何年か前には、大雨・低温で麦はほぼ全滅で、挙句に牛が病気になったりで、殆ど収入がなかったりした事も有ったのよ。もう、泣くに泣けなかったわ、あの時は…」
そう、寂しそうに語るリンダの事を見て、田中は逆に燃えあがります。
「そんな、そんな時でも、何とかなる様に、学校で勉強して、どんな環境にも負けない…」
リンダはそこまで聞いてにっこりと微笑みました。
「それじゃぁ、今の地球と変わらないと思わない?」
田中は自分の目から鱗が外れた様な気がしました。
「――そ、そうですよね…」
「成功したり失敗したり、そこが農業の醍醐味、自然の方を変えるんじゃなくて、自然と一緒に生きるの」
「折り合いをつけるって言う事ですか?」
リンダは大きく頷きました。
「リンダ…さん…」
「ん?」
「俺、益々やって見たくなりました。大学卒業したら、ここに来ます。その時、今見たく出迎えてくれますか?」
「もし、気持ちが変わらなかったら来て。歓迎するわ。ミルおじさんもメイおばさんも私も…」
その言葉は、田中に本気の日をつけました。いつか必ず、この場所に戻ってこよう、そんな決意が見える表情でした。リンダも、ひょっとしたら、彼はここに戻って来るのではないかと、少し期待しました。




