2話 残響
新幹線の窓に、自分の顔が映っている。
北条鋼二は、それを他人のように見ていた。
景色は流れている。だが、自分だけが止まっている感覚があった。
——与田はいなかった。
あの写真。
何度思い返しても、与田龍一郎の顔はどこにもない。
武装勢力のリーダー。
日本側の人間。
握手。
そこまでははっきりしている。
だが、その場にいるべき“男”が、いない。
代わりに残っているのは——
“見ていた何か”の気配だけだ。
鋼二は目を閉じる。
砂漠の夜。
照明の外側。
暗がりの中に、確かに誰かがいた。
距離を取り、ただ見ていた。
関与せず、指示もせず、ただ——全体を把握する位置。
「……監督かよ」
小さく呟く。
自分は、何を撃った。
答えは、もう出ている。
——駒だ。
与田は、駒に過ぎなかった。
煙草に火をつける。
肺が軋む。それでも吸う。
吐いた煙は、すぐに消えた。
「……やられたな」
その時、ポケットの中で携帯が震えた。
非通知。
一瞬だけ迷い、出る。
「北条鋼二さん」
低い男の声。
感情が乗っていない。
機械のように整った声だった。
「……誰だ」
鋼二は短く返す。
「あなたは優秀だ。だから生き残った」
質問には答えない。
想定内だ。
「だが、少し早すぎた」
その言葉で、全てが繋がる。
「……与田は、切り捨てたか」
わずかな沈黙。
それが答えだった。
「あなたが撃ったのは、“必要な人間”だった」
血の温度が下がる。
「証拠はすでに流れている。あの男は役目を終えた」
淡々とした声。
まるで、処理報告のように。
鋼二は、何も言わない。
「あなたは優秀だ。だが——」
一拍。
「まだ、外側が見えていない」
通話の向こうで、わずかに空気が揺れた気がした。
「……外側?」
「あなたが見たはずだ」
砂漠の夜。
暗がり。
視線。
「我々は、常に一歩外にいる」
鋼二は、無意識に奥歯を噛んでいた。
「……何者だ」
初めて、問いが低く沈む。
だが、返答はない。
代わりに、静かな声だけが残る。
「次に会う時は、あなたがもう一歩外に出た時だ」
通話が切れた。
無音。
新幹線の走行音だけが、戻ってくる。
鋼二は、しばらく動かなかった。
頭の中で、全てが再構築されていく。
任務。
情報。
待ち伏せ。
生存。
与田。
そして——この電話。
「……最初からか」
最初から、自分は“見られていた”。
利用され、試され、生かされた。
その結論に、抵抗はなかった。
むしろ、妙に納得した。
煙草の火が、指先まで近づく。
熱で我に返る。
それを床に押し付け、消す。
窓に映る自分を見る。
死に損なった顔。
亡霊。
だが——
「だったら、そっちに行くしかないだろ」
小さく言う。
逃げる選択肢はない。
最初から。
新幹線がトンネルに入る。
一瞬、世界が暗くなる。
窓は鏡になる。
そこに映る自分は、もう迷っていなかった。
——外側へ行く。
それが何を意味するか、まだ分からない。
だが、引き返す気はなかった。
トンネルを抜ける。
光が差し込む。
鋼二は、静かに目を細めた。
行き先は、決まった。
終わりじゃない。
これは、始まりだ。




