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亡霊の銃声

乾いた砂のように、触れた瞬間に崩れていく記憶。確かにあったはずの出来事が、いつの間にか形を変え、気づけば“別の何か”としてそこに存在している。


人は、自分の見たい現実だけを選び取って生きています。都合の悪い記憶は薄れ、歪み、やがて消えていく。けれど、本当に消えているのでしょうか。


それとも、ただ“見えない場所”に沈んでいるだけなのか。


この物語に登場する出来事、人物、そして銃声。そのどれが現実で、どれが幻なのか――判断するのは、あなた自身です。


どうか最後まで、目を逸らさずに。


亡霊の銃声が、あなたにも聞こえるその時まで。






第1話死に損ない




砂が、喉の奥まで入り込んでくる。


吐き出そうとしても、血と混ざって張りつく。


北条鋼二は、うつ伏せのまま動けなかった。


三発。


背中に受けた弾は、まだ体の内側で熱を持っている。


息を吸うたびに、右胸の奥で湿った音が鳴った。


——肺がやられている。


理解はできる。だが、体がついてこない。


視界の端に、靴が見えた。


砂を踏む音が増えていく。


囲まれている。


依頼は単純だったはずだ。


中東の武装勢力の拠点を確認し、写真を撮って帰る。それだけ。


だが、待っていたのは銃口だった。


最初から割れていた。


誰かが流した。


その事実だけが、妙に冷静に残る。


指先が、カメラに触れる。


最後にシャッターを切った感触が、まだ消えていない。


何を撮った?


思い出せない。


——いや。


思い出す前に、意識が沈んだ。


砂の中へ。静かに。




第二章 空白


目を開けると、白い天井があった。


現実感のない白さ。


機械の音だけが規則的に響いている。


「三ヶ月です」


女の声がした。


「身元不明で運ばれてきて、昏睡状態でした」


三ヶ月。


言葉だけが、重く沈む。


鋼二は、自分の手を持ち上げた。


指は動く。生きている。


——なぜ。


理由が、どこにもない。


「奇跡的でしたよ」


医師はそう言った。


鋼二は、かすかに笑う。


奇跡じゃない。


失敗だ。


殺しきれなかっただけだ。


退院した夜、煙草に火をつける。


一口目で、肺が軋んだ。


それでも吸う。


そして決める。


——誰が、俺を売った。


第三章 痕跡


痕は消えない。


どれだけ隠しても、歪みは残る。


鋼二はそれを知っている。


古い回線。裏の口座。切れたはずの繋がり。


一つずつ、拾い上げる。


一週間後、違和感が見えた。


情報が途中で書き換えられている。


依頼主ではない。さらに上。


二週間後、名前が出た。


——与田龍一郎。


現職の副大臣。


テレビの中で、その男は笑っていた。


穏やかな声。整った言葉。


違和感はない。


完璧すぎる。


鋼二は、音を消した。


なぜ政治家が、傭兵一人を消す。


そこまでして隠したいものがある。


——あの写真だ。


記憶の底で、何かが引っかかる。


夜の砂漠。光。


誰かが、誰かと握手していた。


だが——


顔が、曖昧だ。 




第四章 交差点


三週間で、全てが繋がった。


与田は資金を流していた。


中東の武装勢力へ。表に出ないルートで。


見返りは利権。


その受け渡しの現場を、鋼二は撮っていた。


任務外の一枚。


だが、それが全てを壊す。


データを復元する。


画面に、夜の光景が浮かび上がる。


武装勢力のリーダー。


日本側の人間。


握手。


——だが。


鋼二は、画面を凝視した。


与田の顔が、どこにもない。


「……?」


一瞬の違和感。


だが、すぐに打ち消す。


側近だ。本人が出る必要はない。


そう結論づける。


その時は、まだ。




第五章 引き金


夜。


議員宿舎の近くで、鋼二は待っていた。


証拠は送った。


明日には全て表に出る。


だが、それでは遅い。


あの男は逃げる。


そういう人間だ。


黒塗りの車が止まる。


ドアが開く。


護衛、二人。


呼吸を合わせる。


一人。沈める。


もう一人。音もなく。


体は覚えていた。


忘れていたのは、迷いだけだ。


「与田」


声をかける。


振り返る顔。


初めて、恐怖が浮かんでいた。


鋼二は近づく。


「一つだけ聞く」


与田は何か言いかける。


言葉は震えている。


「お前が流した金で、何人死んだ」


沈黙。


答えはない。


鋼二は、引き金に指をかけた。


——これで終わる。


そう思った。


だが、その瞬間。


頭の奥に、別の光景がよぎる。


砂漠。


あの夜。


握手の“外側”。


暗がりに、誰かがいた。


見ていた。


すべてを。


「……誰だ」


無意識に、呟く。


与田が顔を歪める。


だが、もう遅い。


銃声が、夜を裂いた。




エピローグ


翌朝。


ニュースは一斉に報じた。


不正。汚職。そして死亡。


すべてが表に出た。


鋼二は、東京駅のホームに立っていた。


煙草に火をつける。


肺の痛みは、少しだけ鈍い。


煙を吐く。


消える。


——終わったはずだった。


だが。


あの写真。


なぜ、与田はいなかった。


なぜ、“もう一人”がいた。


考える。


答えは出ない。


新幹線のドアが閉まる。


動き出す。


鋼二は、窓に映る自分を見る。


そこにいるのは、生きている人間じゃない。


——亡霊だ。


それでも。


まだ、終わっていない。


そんな気がしていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

最後に残ったのは、ひとつの銃声だけです。

それが誰のものだったのか、

誰が撃ち、誰が倒れたのか――

明確な答えは、あえて示しませんでした。

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