心の距離
夜の街を歩く二人。道は静かで、足音だけが響く。ミレイユはレオンの横顔を見上げ、静かな表情に心が落ち着いていくのを感じた。彼が自分の手を強く握りしめてくれる度に、彼女は少しずつ不安が消えていくのを感じていた。
「レオン…」
ミレイユが、思わずその名を口にする。
「ん?」
レオンは振り返らず、ただ彼女の声に反応した。
「あなたが、私を守るって言ってくれること…すごく嬉しい。でも、私がそれに甘えすぎたら、あなたがつらくなるんじゃないかって、少しだけ心配」
その言葉を口にした途端、ミレイユはレオンの反応を待つことなく、自分の視線を下げてしまった。彼の負担になるのではないか、彼に申し訳ない気持ちが心をよぎる。
レオンは数歩歩を進めると、ゆっくりと立ち止まり、ミレイユの方を振り返った。
「俺がつらくなる?」
彼は少し驚いたような表情を浮かべ、続けて言った。
「お前が、誰かに頼ってくれることは、俺にとっては何よりも嬉しいことだ。そんな心配をする必要なんてない」
その言葉に、ミレイユは顔を上げた。レオンの目が、いつもの無表情の中に強い意志を宿しているのを見て、彼女は少し戸惑った。
「でも、あなたは私のために無理をしているんじゃないかって、そう思うと…どうしても」
「無理なんかしていない」
レオンははっきりと答えると、再び歩き始めた。少し歩くと、今度はしっかりと彼女の方を見て、軽く微笑んだ。
「俺は、ミレイユが幸せになるために、何だってする。それが俺にとって一番大事なことだ」
その言葉に、ミレイユの心は一瞬で温かく包まれた。彼の気持ちが、まっすぐに伝わってきて、少し前まで心にあった不安が和らいでいくのを感じる。
「それに、俺だって…お前と一緒にいることが幸せなんだから」
レオンが少し照れたように言うその一言が、ミレイユの胸を震わせた。普段は無口で、感情をあまり表に出さないレオンだからこそ、その言葉がどれだけ重みを持っているかがわかる。
「ありがとう…」
その言葉を、彼女はしっかりと伝えた。今、自分の心の中で何が一番大事なのか、少しずつ見えてきた気がする。レオンの優しさ、そして彼のそばで過ごす時間こそが、今の自分にとって何よりも大切だ。
でも、どうしてもアランの存在が心に残る。過去の恋が、完全には消え去っていないのは事実だった。彼女がどれだけレオンを信じ、彼を愛していると思っても、過去の傷は簡単には癒えない。
「でも、まだ心のどこかでアランのことを思い出してしまう…」
思わずその言葉を口にしてしまうミレイユに、レオンは少しだけ顔をしかめた。
「アランのことか…」
「ごめんなさい。あなたにそう言うのは、つらいことだってわかってるけど…」
「お前がどれだけアランを思っていたか、俺だって分かってる」
レオンの声には、優しさと共に、どこか静かな怒りが感じられた。それはアランに対するものかもしれないし、何よりもミレイユを守りたいという彼自身の気持ちから来るものだった。
「だけどな、ミレイユ」
レオンが足を止め、真剣な表情で彼女を見つめる。
「お前がどれだけアランを想っても、今お前が必要なのは、俺だ。お前がどんなに悩んでいても、俺はお前を離さない」
その言葉には、揺るぎない決意が込められていた。彼がどんなに無口で不器用でも、ミレイユに対する思いだけは一貫していて、まっすぐに伝わってくる。
ミレイユはその目をじっと見つめ、少しだけ黙った。心の中で、何かが少しずつ整理されていくのを感じた。彼の言葉が、過去の自分に対する迷いを少しずつ消していく。
「わかった…私も、あなたを信じる」
その言葉と共に、ミレイユは再び歩き出した。彼の手をしっかりと握りしめながら、二人で歩んでいく未来がどれだけ困難でも、もう一度前を向こうと決意を固めた。
そして、少しずつその距離が縮まっていく。過去の痛みを抱えたままでも、レオンとの未来を見つめることで、ミレイユの心は少しずつ強くなっていった。