表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Renion Bridge (再会橋、再び出会う場所)  作者: 池端 竜之介
9/24

Childish memory (幼い日の記憶)

地図に赤い線が引かれたから、赤線。

その地区の内側では、どんな生活なのだろ。

秋生は母は、その中で生まれた。

そして、同じようにその中で生きた。

昭和33年3月31日まで、その中で生きてきた。

そうするしかなかった。


 町がなくなった後は、同じように夜の街で働いた。

女が一人で行くことが、どんなに大変な時代だったのか、今の世の中では理解できないだろう。

それでも、人並みに所帯を持ち、秋生が生まれた。

高度経済成長の中で、だれもが明日は今日よりよくなると信じていたし実際、そうなった。

だが、それも長くはなく、石油ショックというグローバルになりすぎた世界を覆い、再び秋生の母は、夜の街で働いた。

秋生は、夕方から仕事に行く母を見ながら、一人、部屋に不似合いなテレビを見ていた。

観音扉をひらいて、スイッチを入れると真空管が温まって画面が出できた。

普通の家と違うことは、分かっていた。

もの心着いた時に、母はいなかった。

6畳一間と、台所がついた長屋の炭鉱住宅後に住んでいた。

北松地区、佐世保にも炭鉱はあった。

ほとんどは、朝鮮戦争特需が終わり昭和29年には、供給過多となり炭単価が暴落して、採算の悪い炭鉱は閉山を余儀なくされた。

朝鮮戦争特需で、息を吹き返した日本は、重化学工業へと舵をとり奇跡とまで呼ばれる戦後復興を遂げることになる。

それでも、貧しさは残る。

だが、明日を信じることだけは忘れなければ、人は生きていけるものだ。


秋生は、夕方から仕事に行く母を、すっと見送っていた。

あの時代は、どこかの家で、だれかれとなく子供の世話をして、みんな助け合って生きていた。

貧しかったけれども、心が苦しくなることはなかった。

秋生も、そんな中で育った。


あの日、町で花火があるという日に、隣の人たちに誘われて花火を見に行った。


アケードの玉屋の前で、待ち合わせをして夜店を回っていた時に、女の子と出会った。


白いサマーワンピースに、ピーチサンダルの普通なのに、周りの子供たちとは違っていた。


スラとした手足、大きな瞳、浅く黒い肌。

秋生は、アケードで泣きそうになって、キョロキョロしている女の子が、目に入った。

吸い寄せられるようにして、その子の前に行って、手を引いて交番の出連れて行った。


まだ、泣きそうだったので、持っていたお小遣いでアイスキャンデーを買って女の子にあげた。

あの時の女の子は、不思議そうにしてたけど、その表情が、子供こころにかわいく見えたことを覚えていた。


秋生の生活は、しばらくは平凡な日が続いたが、ある日、それも終わりを告げる。


仕事に行った、母親が夜遅くなっても帰ってこなかったからだ。

3日経っても帰ってこなかった。

秋生は、毎日 アケードの入り口で学校帰りに待ち続けた。


母親は帰ってこなかった。

秋生の父親は、すでに秋生の母親とは離婚しており、別の家庭を持っていた。


小学6年の夏に秋生は、施設に入れられた。


中学になり、就職も考えたが、高校ぐらいはと思い。

園を出で、鉄工所に住み込みで働きながら、工業高校の機械化を卒業して、就職指導の教師が進める今の会社に入った。


大人になれば、分かってくることもある。


母親から捨てられたのだ。

疲れたのだろう、秋生との生活にも。

秋生の父親は、母親の出目のことでよくケンカをしていたらしい。

また、正式に結婚したいわけでもなかった。

ありていに言えば、愛人だったらしかった。

羽振りがよかった父親が、愛人として囲っていただけだ。

だが、石油ショックで経営していた会社が、倒産。

母親と別れたとのことだった。

ある日、会社の班長に二十歳の祝いだといって、連れていかれたスナックのママが秋生の顔をじっと見て、"秋ちゃん?"と言われたことで、秋生もママの顔を見て、昔、白岳の炭鉱住宅に住んでいた時の女性だと思い出した。

そこで、母親の話を聞いた。

それを聞いても、秋生は母親を憎いとか思わなかった。

今では、ぼんやりとしか母親の顔を思い出せない。

ただ、あの時、捨てられるという恐怖からアーケードでずっと母親を待っていたことが、ひどく悲しかったことを思い出した。

もう 遠い昔のことだ。

今は、独りで生きる術も知っている。

恨んでも仕方ない。


 "給油中エンジン停止"と書かれたオレンジの看板をぼんやりと見ながら秋生は記憶の中を泳いでいた。

スタンドの店員が、金額を言ってきたので一万円札を渡した。

満タンにしたので、数枚の千円札と小銭が戻ってきた。

キイをひねると、直4DOHC4バルブターボのエンジンが車体を震わせた。

BBSのフォイルがゆっくりと回転した。

指示器を挙げて、2速に放り込んで幹線道路に出た。


雷が遠くで鳴っていた。

しばらく走ると、大粒の雨が降ってきた。

液体ワィパーを縫っているので、スピードを上げると雨粒が、流れた。


時計は、午前1時を少し過ぎている。

そろそろ、真理愛のいる店が閉まる時間だ。

買っておいた、バーガーを渡して顔を見たら帰る。

ただ、それだけだ。


ポケベルのデイプレイに”1052167”と表示された。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ