ワーウルフの脅威
夜の闇に、二つの赤い点が揺らめき、倉庫へと入っていく。
中は概ね広く、150平方メートルの敷地に、ポツリと数十の木箱が積み上げられていた。
『それ』は食い入るように凝視し、喉を唸らせる。
「すーっ」
スコープ越しのその光景に、一人の少女が事態終息へのトリガーを引いた。
射出される一発の銃撃が、緑色の輝きを纏い、敵の顔面を捉えた。
叫び声を上げる暇なく、狼アッシュ――ワーウルフは上体を仰け反らせて、横転。
「あかっち隊長、確認の方お願い」
『ああ』
アリスの手際に、暁は生死確認へと乗り出した。
武装に取り付けられたフラッシュライトで、ワーウルフを照らす。
銃口を構えながら、徐々に忍び寄り……。
ギロリと、充血の筋を光らせたワーウルフの眼光を捕らえる。
「コイツ⁉」
構うことなく、武器のトリガーを引いた。
白い外装が施された武装の表面に、緑色の光の筋が銃口へと収束。
放たれた巨大な光弾は、目標が回避した後の地面を破砕し、小さなクレーターを作り上げた。
「ワーウルフの生存を確認! 外傷はほぼ皆無‼」
『マジっすか⁉ あの攻撃に耐えて⁉』
「とにかくこれから交戦に当たる! 佐奈と誠司はすぐに合流しろ‼」
通信を終え、ワーウルフへと向き直る暁。
ワーウルフは暁の攻撃をいとも簡単に回避し、現在、木箱に詰められていた黒蝕物質(ネクタル因子によって黒く変質した食物)を食べ漁っていた。
「アイツ。えらく余裕ね」
近くで待機していた佐奈と誠司も、暁の隣に立つ。
「外ではエミちゃんとレイラちゃん、軍の方たちが手筈通りに包囲してるっす! 本当にこの室内でやるんすか?」
「すばやい相手には、缶詰狩りだ。発砲はなるべく抑える。佐奈、お前が鍵だ。行けるな?」
「とっとと済ませるから、速く命令して」
二本のナイフを構えて、佐奈は前に出る。
三人は左胸に備わっているブローチ状のスイッチを押し込み、強化外装服を起動させる。
色の光があらかじめ造られたスーツの筋道を通り、光のラインが全身を覆う。
ワーウルフは、突如現れた因子の気配を追って、暁らに向き直った。
「殲滅開始!」
号令と共に、佐奈は跳躍。
15メートルもあった距離を一瞬で縮め、ワーウルフの首筋を緑色の刃で掻っ捌こうと振り切る。
しかしそれを見極めたワーウルフは、首を逸らして回避。
暁と誠司も人間離れした跳躍で迫り、それぞれの近接用武装(暁は日本刀、誠司は槍に酷似した武器)で対応する。
そのどれもがアッシュに対し、人類が唯一彼らに有効打となれると下した武器――《アンブロシア》である。
通常の銃弾では、アッシュの頑丈な皮膚を傷つけられはしない。
重武装でダメージを与えたとしても、ネクタル因子によって変貌した細胞の強度と回復力は異常であり、30分もすればほぼ完治されてしまう。
アッシュ一体に重武装は非効率であり、市街地等ともなれば、ホイホイとは扱えない。
その現状を加味し、8年の時の中、人類の答えがこれであった。
『ネクタル因子』を持つ生物を狩るには、同じく『ネクタル因子』を備えた武装だけ。
詰まるところフローラチルドレンとは、唯一、人類の中でアンブロシアを扱える、対アッシュ殲滅部隊なのである。
「オラア!」
誠司による槍の一刺しを少ない態勢で避け、次の暁の刀を待たずしてジャンプで飛び越えるワーウルフ。
空を切る暁の武装。しかし……。
暁が薄く笑うや、ワーウルフの分厚い胸板に亀裂が広がる。
『ぎいい⁉』
「ちょいと浅かったな。だが今度はその首、貰うぜ!」
息も付かせず、暁らは挟撃に出た。
誠司の攻撃は難なく回避するが、次に来る暁の攻撃を嫌い、ワーウルフは大きく後方へとジャンプ。
しかしそこへ、佐奈がナイフを振りかざし、頸部目掛けて突っ込んだ。
「悪いけど、これで終わりよ!」
刃を突き立て、ワーウルフの息の根を止める――はずだった。
実際に刃が到達したのは、何の感触も掴めない残像であり。
「がふっっ⁉」
本体は、空中で滞在する佐奈を足場に、そのままコンクリートの地へ押しつぶした。
500キロは下らない重量が、佐奈の全身を圧迫。
『佐奈(佐奈ちゃん)⁉』
途端に冷静さを掻き、二人は駆けつける。
ワーウルフは足指で佐奈のスーツを掴み、誠司に向けて投げ飛ばした。
佐奈を受け止める誠司は、共に後方に突き飛ばされる。
「誠司、今すぐ佐奈を連れて下がれ! エミ、レイラ! 今すぐバックアップに‼」
「暁さん、奴が!」
誠司の助言で敵へと向き直り、態勢を低く保つワーウルフを視認。
突っ込まれる前に暁は銃口を構えたが、ワーウルフは空中へと飛び上がり。
「野郎、逃す! っ⁉」
そして気づく。何故ワーウルフが、佐奈の攻撃を空中で掻い潜れたのか。
背中だ。
ちょうど腰に当たる部位から二箇所――皮膚の幕が魚のエラのように開き、赤い粒子が空気を震わせて噴出。
ジェット噴射の推進力を得て、宙を移動し、暁の射線上を置き去りにした。
「映像で見た時と、まるで動きが違う!」
ワーウルフの速力度は増し、こちらへ突っ込んでくる影に暁は身を翻した。
ワーウルフの爪先が目前で薙ぎ払われた。
赤い閃光が残影のように視界にこびり付き、後方に飛んで距離を取る。
暁は反撃に転じようとするが――視界に残っている赤い残影は、いつまでたっても消えはしなかった。
それどころか目前にある『それ』は、距離を縮めて襲いくる。
(この攻撃、ネクタル因子を帯びてるのか⁉)
衝撃波が形を持ってして襲い来る。
そんな形容し難い攻撃の威力は冗談などではなく、暁を紙切れの如く吹き飛ばした。
倉庫内から赤い光が飛散し、続いて暁たち三人の姿が転がった。
「な、暁君⁉」
「来るなエミ‼」
ヨレヨレになって立ち上がる暁の姿は、スーツの破損が目立ち、満身創痍の様相。
他の二人も意識が無いのか、倒れたまま動かず。
「ちょっと、どうなってるのよこれ〜⁉ 三人とも一体!」
「レイっち、それは奴に、聞いた方がいい!」
アリスが銃口を構えて、対象に狙いを定めた。
ワーウルフが、無数の銃口の前へ怖気なく姿を晒す。
こめかみに電流が流れたような刺激に、エミは「はっ!」となる。
「ネクタル因子の活性……! ワーウルフの体内で何かが始まってる‼︎」
ワーウルフがうずくまり、背筋の肉が盛り上がっていく。
粘土を捏ねるみたく形を変え、肥大し――原型からは遠く離れた奇形に、兵士は口ずさむ。
「野郎は、一体何を?」
因子による力の膨張と、隣合わせて行われる身体の大幅な改良。
エミは率直に告げた。
「あのアッシュは、『進化』しようとしている……‼︎」
『ごっがあああああああああああああああああああああああああ‼』
ワーウルフは、新たな力を手に入れた。
自身の両腕よりも更に強靭な二本の剛腕が、背中から特出する。腕周りの太さなど、ゆうに腰と同じぐらいに太く、赤い危険な光がそこへと収束していった。
「ネクタル系数値の発達を検知! まずい、総員退避ぃいいいいーーーーーーっっ‼」
放たれた赫焉の衝撃は、周囲の車両も粉々に吹き飛ばし、破壊の爪痕を刻んでいく。




