作戦準備
軍車両が五台ほど直列で路地を進み、深夜の誰も居ない工場へと入って来る。
停車するや、続々と兵士たちが荷物を運び、アッシュ迎撃の準備を進めていた。
「こんなあからさまな餌に、ワンコロ君は来てくれるんですかね〜?」
「奴らの思考パターンは単純。補給には絶対に、現れる」
「レイラちゃんにアリスちゃんも図太い神経してるよね? 作戦前にスマホにゲームって」
誠司が、電子画面に現を抜かす女性陣を前に、手汗をスーツに擦り付ける。
「だって、いつ来るかなんて分からないんだし〜? 気を張ってるよりかはリラックス。そんなに心配だったら、佐奈ちゃんみたいに、真面目に取り込んだら?」
誠司は、後方に居る佐奈を見やる。
周囲への関心など皆無で、佐奈は自身の愛用するナイフを、入念に手入れしていた。
「ごめん、俺。あそこまで職に熱心になれるわけじゃないし」
「めんどくさい、男」
そんなメンバーの輪から一時離れ、暁は一人立つエミの側に寄った。
現在エミは、こめかみに指を添え、目を瞑って集中している。
「どうだエミ、奴の気配は感じ取れたか?」
「今のところはまだ。暁君、ワーウルフは本当にこの地点を通るのかな?」
「奴は南下し、ルートを一切変えていない。腹が減っているのなら必ずここに反応するはずだ」
「だとしたら、絶対にここで仕留めないとね。このまま誰かが被害にあったら」
「分かってるよ。まあ、軍の連中が取りこぼした尻拭いってのが、どうにも気が乗らないがな」
「もう。どうして君は、責任感に自ら釘を刺すかな」
半目で睨んでくるエミ。
しかし暁の姿勢は変わらない。
「市民を守ることは確かに重要だが、それよりも俺はお前が心配だ。それに、そんな責任を課したこの国に、義務を果たす気はさらさらねえよ」
暁にあったのは、僅かな憤り。
つい一年半前までは、こんな武器を持って戦うなど無縁の生活をしていたはずだった。
なのにこの国は、自分たちに無情な試練を敷く。
今でも揺れることがあった。家族は絶対に守り通さねばならないことと、市民を守らねばいけないこと――その狭間で。
「ん⁉ 暁君!」
「どうした? もしかして、奴か!」
「うん! 間違いなく近づいてきてる‼︎ 強いネクタルフォースの気配が一つ‼︎」
瞼を緊張で痙攣させるエミ。
そして彼女は、何かに驚いたように唇を震わせる。
「なに……この気配……! 今まで会ったアッシュと“何か”が違う!」
別の危機感を感じさせるエミの発言。
しかしその正体を知りうる術は現在無かった。暁は「やることは変わらねえ!」と、後方に居るメンバーや部隊に戦闘態勢へ入るよう働きかけていく。
◇
深夜の静寂が、あるアパートを前にして失われる。その周囲には、地域住民の人だかりができていた。
パトカーに救急車。黄色い進入禁止テープの先にある倒壊したベランダなど、住民らの奇異の眼が集まるのは当然だろう。
「だから見たんだって! デカブツが隣の部屋から飛び去るのを! それに聞いたんだよ⁉ 怪物のような咆哮も!」
「分かりましたから落ち着いて。事情聴取は後日、行いますので」
アパートの住民らしき男が、白服の男達に喚き散らす。
その隣を、青みのある天色の髪を揺らし、一人の少女が通り過ぎた。
負傷者を乗せた担架に付き添いながら、耳にスマホを当てる。
「うん。今からラボに連れてく。本当に助かるの?」
『ああ。彼の因子適合率が間違いないのならば、運命は必ず彼を選ぶだろう』
「そっちはアッシュの対策に追われてるんでしょう? 勝算は有りそう?」
『もし報告が本当なら、我々は今宵、アッシュの真の力を見られるかもね。ふふ、私は楽しみで仕方がないよ!』
「あ、今笑ったよおじさん。非常識」
患者搬送車の後部へ負傷者と共に乗りながら、少女は呆れた表情をする。
『とにかく、早く彼を連れてきたまえ。すでに向かい入れる準備はできている。私はフローラチルドレンの動向を伺わなければならない。悪いが菜沙ちゃんは、彼を頼むよ』
「言われなくてもそうしますよ、新城おじさん」
心底呆れたようにため息をつき、通話は終了。
「全く。子供のようにウキウキしてる姿が目に浮かぶな〜」
そして菜沙と呼ばれた少女は、担架に横たわる男の手を握った。
「さてさて。先輩は、新城おじさんの期待に、どこまで応えることができるかな?」




