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孤高なるギエン  作者: ホオジロ ケン
ワーウルフ編
4/49

それぞれの裏事情

「ただいま」


 たすくの声が、薄暗く人気の無い廊下に浸透する。

 生気が感じられない廊下を進み、向かう先は、ある人が居座る寝室。


「母さん、今帰ったよ。具合の方はどう?」


 花柄の敷布団に、ただじっと天井を眺める人物。


 そこには顔の三割を黒い肌に侵食されながら、意識を朦朧とさせている援の母が居た。


 今ではただ一人となる、援の肉親である。


「ごめんね遅くなって。ちょっとそこの路地で、偶然あっ君たちと会ってね。覚えてるかな? 近所のあっ君とエミちゃん」


「…………あ、あ…………う」


 口元は僅かに動いていた。

 薄く瞼内の眼球も、小刻みに震え、焦点は何時とて天井に向けられたまま。

 かれこれ4年になる。母が突然倒れたと思えば、異変はすぐに皮膚を黒々と変色させた。


 《黒蝕病》――文字通り人間の細胞を黒く蝕み、母の病気は今尚進行を止めはしない。


 体も動かせず、会話はおろか食事一つ取れない有様。


 全てはブラックドームから放出される、《ネクタル因子》と呼ばれる物質が原因だった。


 援の右目もその後遺症だ。

 かつてあった彼らの地元は、今やブラックドームに呑み込まれた。

 必死に逃がれ、その災害を辛うじて生き残った。にも関わらず、あの未曾有の災害は、副次的な被害をばら撒いてきたのだ。

 対処法は未だ不明。謎の病気の後遺症は、彼ら親子を『患い者』へと陥れ、一般の人たちからも遠い壁を敷かれてしまった。


 倒れた日から、母とは口も聞けていない。

 援には、母の身の周りの清掃や世話と、唯一の生命線であるチューブに繋がれた輸液剤の取り換えるしかできなかった。


「また切れかかってる。最近減りが速いな」


 居間へ、輸液剤を取りに行く。

 4年にも渡る輸液の生活。

 反して、母の体は多少やせ細ってはいても、衰弱は見受けられない。

 これもネクタル因子による影響なのか……。


『次のニュースです。ブラックドームに相次いだ、『アッシュ』襲撃事件からはや2日。BD対策本部室は、襲撃したアッシュが4体であると正式に発表されました』


 居間にあるテレビから、そう報じられた。

 キャスターたちが、ボードに貼られたアッシュの写真パネルを、ドーム境界線に設置された施設の間取り図を元に、襲撃位置へ貼り付けていく。


『今回現れたアッシュはこの4体。ほぼ10分おきに別々のセクターを襲撃。特に第五セクターの被害は尋常ではなく、2体目の襲来ともあり、死傷者は30名を超えています』


『藤岡キャスター。出現したアッシュの駆逐は、どうなったのですか?』


『今回駆逐できたのは3体。ブラックドームに逃げ返った個体と言うのが、この狼のような動物型アッシュですね。こいつが第五セクターを後から襲撃し、更なる被害をもたらしました』


『同時多発的な襲撃なんて、前代未聞ですね? それも全て動物型。ここから更に“植物型”や“鉱物型”が出たらと思うと』


『そうならないためにも、今後の対策本部はより一層の防衛を固める方針のようです』


 アッシュ絡みのニュースが続く中、援は画面の向こうに居る写真パネルを凝視していた。

 対策室が取り逃がしたという、憤怒に満ちた獣の形相。

 そこに移る、自身に似た赤い眼を。


「っ!」


 目尻をなぞる指が震え、援はテレビの電源を消す。




 一台のバイクがある施設の敷地に入っていく。

 ブラックドーム区域(壁から周囲10キロに及ぶ、住民立ち入りが許されない警戒区域)に造られた対策室。

 壁が併設されてから、ほぼ同時期に作られたこの施設は、ドームの観察・管理。そしてアッシュに対しての必需軍備を兼ね揃え、軍事基地と差し支えない。

 区画分けされた軒並みの建物で、車庫入れにバイクを止め、暁とエミはヘルメットを外す。


「エミちゃ〜ん、暁さ〜ん。やっと来てくれましたか〜」


 近くの建物内から、出迎えてくれる者が居た。

 暁らと同じ、フローラチルドレンのメンバーである。


「レイラちゃん、お疲れ様。私たちの呼び出しの件ってのは一体」


「まあ私たちが呼ばれてる時点でね~。ただ、今回はいつも通りとは違うかも」


 瑠璃色の長髪をツインテに纏め、程よいメイクで肌を白く魅せるギャル調のレイラ。

 レイラは二人に硝子型タブレットを渡してきた。


「これって例の」


「うん、街に逃げたっていうアッシュ」


「なるほど。俺たちの仕事ってのはつまるところ」


「鬼ごっこ、ということだ」


 暁の言わんとしていた胸を代弁するや、彼らの上司が廊下の先から歩いてくる。

 木島きじま剛山ごうざん。渋目の顔立ちに黒スーツを着込む40代の男は、簡潔な作戦内容を告げた。


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