偽りの援……その名は
「敵への着弾を確認! 次弾装填を急がせろ‼」
「ここが正念場だ! これを逃したらチャンスは無いと思え‼︎」
『おおう‼︎』
遠くから部隊を指揮する人間が野次のように捲し立て、兵士たちも士気を保つ。
今までアッシュに飲まされた苦渋を吐き出すように、轟音は休むことなく繰り広げられた。
『エミ部隊長、聞こえるか? 状況はどうなっている⁉』
エミの通信先から、剛山が更に状況の催促をねだった。
「キャシテライトに、極冷凍兵器の効果は確認できました……。奴の身体を傷つけることも」
『我々の攻撃でも通用するわけだな? ならば君たちは後方で待機して、後は別動隊に任せておけ。これだけの火力だ。奴はすでに』
「それが――キャシテライトに“奇妙な違和感”を覚えるんです! そっちで確認できませんか⁉」
『何……?』
通信先で訝しむ剛山の声に――不可解なノイズが走った。
そして同時に、ある音を耳にする。
「何、これ?」
「音、学?」
誠司の率直な感想はぼやけたものだったが、まじまじ聴けば、誰もがそう感じ取れた。
電波の悪いラジオからノイズ混じりに流れるクラシック音、とでも言えばいいのか。
そこで佐奈は、途端にエミの肩を掴んだ。
「エミ! アレを見て‼」
立ち込める黒煙の先、エミのざわついた感覚の正体があらわになる。
黒煙の中で光の筋――生きた触手の動きで何本も蠢いていた。
「似てる……。ワーウルフが、市街地の戦闘で暴走した時の、因子の異常発達と!」
「もう何が来ても驚かないと決めてたけど……本当にどこまで……‼」
姿も形も――能力にだって、縛られていない。
アッシュの戦いに対する趣方も、因子による変動も――この星が生み出した生物の定義に位置付けなければならないのなら、もう人類は8年も前から取り残されているのだろう。
キャシテライトは、そんな愚かな生物に対して、自身の進化を見せつける。
ヒビ割れ、砕けた身体の『内部』から、青く発光する触手を伸ばす。
それらを地面に突き立て、その巨体を宙に浮かせていた。
触手は8本。それらが奴の新たな足となって、交互に地を着いて速度を上げる。
「どんな筋力しているのよ、あの蜘蛛足!」
「そもそも不定形であるはずのネクタルフォースを、あんな風に成型させて、維持している原理が分からない! とにかく援護に向かおう! このまま野さばらせるわけにはいかない‼」
エミは一人、羽を広げて先行。
佐奈と誠司、アリスも建物の屋根を足場に続く。
「レイラちゃん、聴こえる⁉ 今すぐにB地点の第三部隊の援護に‼」
言っている合間に、キャシテライトが戦車部隊を攻撃射程内に留めた。
「戦車で応戦は⁉︎」
「砲塔の角度調節が間に合わない! 銃器でなんとか凌げえ‼︎」
チャチな重火器の攻撃を物ともせずに、キャシテライトは仕掛けた。
青い触手は戦車の装甲を紙切れの如く引き裂き、弾丸をお見舞いする兵士にも、それは容赦なく振るわれる。
光が障害物を透過するように――当たった事実を感じさせない動きで、人々を切断していく。
悲鳴などない。誰もが殺されたという実感さえなく、バラバラになった身体を地に付けた。
エミの心境に、溢れんばかりの恐怖が、渦を巻いてつま先から脳天に昇った。
「やめて……やめてぇぇええええええええええええ‼」
『待て、エミ副参謀! 君が先行するのは得策では――』
無鉄砲にも彼女は特攻に出た。
それを遮る触手は、エミの光弾を正確に弾いて捕えようと伸縮。
「くうううううううう‼」
歯を食いしばり、エミは自身の運動限界を超えて重力に耐えた。
触れるだけで終わる。ギリギリの綱渡りをなんとか掻い潜りつつも、エミは不安定な飛行で地面に身体を打ち付けて、第三戦車部隊へ辿り着いた。
乱雑する兵士の死体――血みどろの惨状、ではない。
泣き別れになった胴体や手足の断面が、生命を感じさせない、乾いた灰のように崩れていく。
波打ち際にたった砂の城――あたかも初めから創りものだと感じさせる人々の死体は、やがて原型を崩し、消失した。
(そんな……こんなことが――⁉)
『死んだ』という事実さえ、風になびかれ、もう彼らが存在したという実感を奪っていく。
(こんなことが……あっていいはずが無い! 私が、止めないと‼)
独善的なまでの責任が、彼女を奮起させる。
恐怖を塗り替えて、アンブロシア兵器を起動。
危険な赤のネクタルフォースを充填して、彼女は高威力の光弾を打ち込んだ。
「このっ、こんのおおおお‼」
連続で何発も乱暴に攻めていくエミ。
対してキャシテライトは、冷静だった。
鞭にしならせる触手の一つを渦巻き状に、盾の代わりとして受け止めつつ。他の触手が、すれすれでエミを捕えようと迫っていく。
エミにはただでさえ攻撃の手段が一つしかない。回避に専念することになれば、一気に攻防は逆転された。
(駄目だ、このままじゃ持たない‼)
ふと、キャシテライトの後方から、いくつもの向かう影を見た。仲間たちだ。
その目前で、触手の切っ先が槍となってエミに突っ込んでくる。
よく見れば、触手の先端部には、先ほどまでひし形状に集まっていたキャシテライトの『結晶』と酷似した物体が、エネルギーの中に埋もれていた。
今となって気づいても、何もかもが遅い。
仲間の援護よりも先に、キャシテライトの凶器が自身の身体を貫かんとした時、エミは静かに目をつむる。
「ごめん、暁君……私じゃ」
その時、巨大な影がエミとキャシテライトの間を横切った。
エミは咄嗟に目を見開くと――キャシテライトの触手に別の破壊エネルギーが衝突。
ネクタルフォースの触手が千切れた。
同時にエミを抱きかかえ着地する者。
疑う余地も無い――こんな芸当ができるのは。
「援、さん……⁉」
「遅くなってすまない」
涙が溢れた。
もう巻き込まないと――彼が現れる前に倒そうとした決意が揺らいだ。
だけど来てくれたことに、どうしようもない安堵もあった。
自分の不甲斐なさ。彼への信頼。いろんな感情がごちゃまぜに、エミは嗚咽を漏らしていた。
「ごめんなさい――私、私!」
「今は休んでて。こいつは、僕が止める」
エミを担ぎ下ろして、援は見上げる――自身の父親を。
「はあ~あ……やっぱり先輩は、じっとするような人じゃないか」
『菜沙ちゃん。彼は有意義に、自身の生きたいように生きている。素晴らしいことじゃないか?』
菜沙がため息をつく傍、側にはドローンが声がかけていた。
戦場を覗き見する新城の、複数飛ばしてあるうちの一機である。
「こそこそ仮の姿で、生きたいようにしてるって言われてもね〜……ん?」
『どうかしたのかい、菜沙ちゃん?』
「そう言えば、先輩のあの姿。まだ「人型アッシュ」って呼ばれるだけで、名前なんて無いよね?」
『言われてみればそうだね。対策室も、いろいろイレギュラーと見なしているからね~』
「だったら、私――良い仇名を思いついたよ!」
『ほほう……ぜひ聞かせてもらおう、その名は?』
「偽物の先輩、偽善の先輩。仮物の援助、偽りの援――そう、その名はズバリ……」
「偽援――”ギエン“‼」




