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届いた思い


 木陰に置かれた椅子に座り、晴れ渡った空を見上げた。


 どこまでも青く、美しい空だ。

 目を閉じれば、森の中で楽し気な小鳥たちの囀り、木々の風に揺すられる音が聞こえる。

 すべてのものが生き生きとしている。


 先日の穢れはすべて払われ、エレノアを始め神殿関係者は日常を取り戻していた。空席だった聖女も無事に就任したと伝え聞いた。カイリーが浄化をした日以降、空が穢れることも、魔獣が発生することもなくなった。


「こんなところにいたのか」

「オースティンお兄さま。今日は王太子殿下のご成婚では?」


 トリスタンは奇跡の代償で老婆のようになったカイリーと結婚することになった。カイリーは自身が望んだように、誰からも尊敬される王太子妃となったのだ。いずれ王妃にもなるだろう。


 ここまで聞こえてくる噂ではトリスタンはカイリーをとても大切にしているという。そして彼は婚儀と同時に複数の側室を娶るようだとも。


 カイリーは若さを失い、子を生せないようなので仕方がないと言えば仕方がないことだろう。

 カイリーと言えば一日中茫然として過ごしているらしい。


「もう言祝いできたよ」

「そうですか」


 大きく息を吸い、勇気を出してとうとう疑問を口にした。


「お兄さまはああなることがわかっていたの?」

「ある程度は想像していた。聖女の指輪は確かに聖女に力を与えるが、それ以上に力を吸い取るものだ。聖女の持つ力があれば代償など払わなくても問題ない。だが、あれほどの代償を支払うまでとは思っていなかった」


 よくわからず、首を傾げた。


「予想外のことが起きたということですか?」

「そうだな。代償を払うと言われていても、せいぜい倒れる程度かと思っていた」


 オースティンの推測はこうだ。

 エレノアを退任させずにカイリーを仮の聖女として認めた。それゆえ、今まで空席だった聖女と一時的に認められてしまい、聖女としての役割を押し付けられたのではないか。


 そう言われてみればそんなような気もするが、頷くことはできなかった。聖女でないのだから、指輪を嵌めたぐらいでその責を背負わされるものとは思えない。カイリーは考えていたよりも聖女の素質はあったのかもしれない。


「ところで、エレノア」

「なあに?」


 突然オースティンが改まって名前を呼んだ。エレノアは不思議そうに彼を見て首を傾げた。


「結婚する気はあるか?」

「はい?」


 突然の言葉にエレノアが絶句した。


「聖女がずっと独身でいる必要はない。王族との婚姻はなくなったわけだから、お前が結婚したいと思う相手と結婚できるように手配しよう」

「誰でもいいの?」


 エレノアは緊張に喉がからからになった。もしかしたら、という気持ちがむくむくと顔を出してくる。オースティンは頷いた。


「随分苦労させたからな。そのこともあって、他から横槍は入らないだろう」

「結婚してください!」


 エレノアはオースティンの言葉を食い気味に、詰め寄った。逃がさないようにしっかりとオースティンの両手を掴む。睨みつけるようにオースティンを見上げた。


「誰と?」

「お兄さま……いえオースティン様とわたしは結婚したいです!」

「……」


 いつもは余裕な顔をしているオースティンがぽかんと呆気にとられた顔をした。エレノアは自分が唐突に言い出していることは自覚していた。でもこれを逃すと、オースティンには気持ちを伝えることができない。エレノアは気合を入れて自分の思いをぶつけた。


「ずっとずっと好きです。わたしをあの辺境から連れ出したことも、色々なものを与えてくださった優しさも。どうしても何をしても妹のようにしか思えないから結婚できないというのなら夜這いぐらいはするかもしれませんが、頑張って諦めます」

「エレノア、本気で言っているのか?」

「こんなことを冗談で言いません。どうでしょう? 最悪、わたしのハジメテをもらってくれるだけでもいいです。悲しいですけど、仕方がないので。そうしたら、その思い出だけで一生暮らしていきます」


 エレノアはじっと下からオースティンを見上げた。もしかしたら、という気持ちがある。オースティンはいつだってエレノアに優しかった。その優しさが妹に対するようなものであっても、自分が特別であると感じていた。


 エレノアの必死のお願いに、オースティンは無言だったが、最後は大きく息を吐いた。


「エレノア。幾つ年が離れていると思っているんだ?」

「12歳」

「そう。私はかなり年上だ。結婚するならやはり同世代の方が」

「貴族の結婚は年の差なんてあたりまえだって聞いています。それでも仲の良い夫婦はいくらでもいると」


 年の差という言い訳なんかでは逃がさない。

 エレノアは気合を入れ直した。


「ああ、うん」


 オースティンは少しだけエレノアの視線から逃げるように視線をうろつかせた。何かを考える様に右手で口元を隠してしまう。伏せられた目にどんな感情を浮かべているのかわからないが、本当に少しだけ耳の先が赤かった。

 エレノアはその小さな変化に勇気をもらって、ぐっと体を彼に近づけた。


「オースティン様」

「ずっと妹のように思っていた。素直で可愛くて誰よりも弱くて、私が守るべき人だと」


 そう呟きながら彼は優しくエレノアを抱きしめた。両腕に閉じ込められたエレノアは目を見開く。


「ああ、こうして抱きしめてみればもうあの時の少女はいないんだな」

「大人になっただけです」

「……後悔しないか?」

「絶対にしません!」


 エレノアはぎゅっと抱きしめ返した。嬉しくて嬉しくて、満面の笑みを浮かべる。


「エレノア、私の中にある気持ちはまだ家族の愛でしかない。それで君は幸せになれるのか」

「心配いりません! その分わたしが愛します」


 嬉しさに満面の笑みを浮かべる。オースティンは少しだけ抱き寄せた腕を緩めた。屈むようにしてエレノアの唇にそっと触れる。


 優しい口づけに、エレノアはうっとりとほほ笑んだ。


Fin.



最後までお付き合いありがとうございました。


※誤字脱字指摘、ありがとうございました。非常に助かりました。

※毎回ながら酷いもので……ありがとうございます。



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