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10月 ふたたびラーメン



 秋晴れの非番。

 今日は風が気持ちいいので土手沿いの道を選んで三人で岡山へ向けて歩いている。以前約束していた岡山まで教官とマリノとラーメンを食べに行く途中だ。なぜか俺を真ん中に両隣に教官とマリノという並びだ。

 田んぼも刈り取りを終えて、河原ではススキが風にそよいでいる。本質が田舎者なのかこういう風景を見るとなごむというか、ものすごく落ち着く。

 ただ、ススキ野原はこの間の御津演習場の風景を連想させられるのは少し嫌だな。あの見通しが悪くて何が隠れてるのか分からない、あ・・・。


「どしたの?ミズホ。急に黙り込んで。しかも難しい顔して」


「歩きがてら索敵術の練習してたんだけど、そこの河原のススキの中に五つほど気配があって、そのうち四つが甲種みたいでさ」


 歩く速度は変えずにちょっと声の音量を落として、視線だけで方向を伝える。

 御津の一件で教官にも俺に索敵術の適性があることがバレた。隠していたことが分かるとムッとされたが、豚教官との関係などの事情を話すと納得してくれて、周りには黙っていると約束してくれた。

 それ以来、訓練メニューには索敵術の応用なども含まれるようになり、普段からできるだけ周りの気配を探る経験を積んでおけと言われている。数をこなさないと、気配が大きいのか、小さいのか。人なのか動物なのかといったより具体的な気配を探る能力は上達しないからと。

 さすがに寮内ではやっていないが、屋外に出た時はなるべくやるようにしている。


「変に固まってるから、気になって。聞き耳立ててみたんだ」


 風の精霊術で、少し離れた場所ーーせいぜい一〇〇メートルほどだ、の音を聞き取ることができる。


「相変わらず、器用だな」


「それが、乱暴な男の声が複数と女性のくぐもった悲鳴っぽいんです」


 言わんとすることが伝わったらしく、教官とマリノの表情が険しくなった。

 道路の脇の河原には人の背丈ほどのススキや雑草が生い茂っていて、土手からの視界をさえぎっている。こちらからは草むらの陰で何をやっているかはまったく分からない。

 予想される状況としては甲種の男が四人、被害にあっている一般女性が一人。

 情けない話だが、男が全員一般人ならともかく、仮に一人でも騎士が混ざっていると俺一人だと実力的に返り討ちになる可能性が否定できない。ちょっと俺一人で助けに行ってきますとはとても口にできない。

 じゃあ、他力本願で教官とマリノがいるから巻き込んでいいのかと言われると迷うところではある。

 でも、なんとなく事態が想像できるのにまるっきり見て見ぬ振りをするの言うのも寝覚めが悪い。


「むぅ。放っておくわけにも行かんか」


 予想通りの教官の返事。反応が分かっていて言うんだから俺もロクなもんじゃないよなと思う。マリノもうなずいている。本当なら警察か、騎士、精霊術士の犯罪を担当する公安を呼ぶのが筋だ。

教官の力を当てにしている自分がイヤになる。


「この方角です」


 即断即決で足音を殺しながら、河原に足を向ける教官。


「教官、今日は丸腰ですから気を付けてくださいね」


「内藤、軍人だとバレると面倒なこともあるからここからは教官はナシだ」


「はい。えーっと浅野さんで?」


 当たり前だが下の名前で呼ぶような度胸は持ち合わせていない。


「それで構わん。ここから先はハンドサインで行くぞ」


 俺とマリノが無言でうなずく。この間教わったばかりだ。

 草むらといっても道がないわけではなく、刈り取られていたり、踏みしめられて獣道になっている。視界の悪い中いくつか分岐を抜けて進んでいく。近づくにつれて索敵術と聞き耳で感じ取れる情報も増えてくる。


「接敵まで一〇メートル」をハンドサインで二人に伝える。


 獣道を抜けた先、草むらの陰の向こうに数人の男が固まっているのが見えた。

 やはり男が四人。さるぐつわをされた服の乱れた若い女性が一人。

 三人が取り囲む中、男が女性にのしかかろうとしている。

 教官からはアタックのハンドサイン。


「そこで何をしている!」


「あんだぁ?」


 振り返ったのは見るからに柄の悪い、その手のスジの人間だと一目で分かる男。他の男も似たり寄ったり。その奥には押し倒されて怯えた表情の女性。

 独創性も何もない、読み物などでもよく見かけるありふれた場面のみたいだ。この間の横山たちといい、なんで下半身の本能だけで生きているような連中にばかり出くわすのだろうか。


「邪魔すんなよ。それともオネーちゃんも混ざるってか?」


 男が四人。見た感じ、三人が騎士で一人が精霊術士・・・。いろんなパターンを予想してたけど、騎士が三人か。

 今更後戻りもできない。教官がいてくれて助かった。俺一人では確実に返り討ちだ。

 いやらしい笑みを浮かべたひょろりとした騎士らしき男が教官に近づく。


「お前たちみたいな下種な男と遊ぶ趣味はないな」


「せっかくだから、にーちゃんはオネーちゃん置いてさっさとどっか行きな」


 俺のほうに来るのはガタイのいい騎士。指をぽきぽき鳴らしてやる気満々だ。下半身丸出しなのでいまいち緊張感に欠ける。

 残りの二人は女の子が逃げないようにナイフを突きつけている。

 やるなら俺が精霊術を使えるとは気づかず油断している最初の一撃。

 御津の狂狼の群れに比べればはるかにましだ。

 持久戦になると経験の少ない俺の方が確実に分が悪いので、一撃で戦闘力を奪う必要がある。

 さてどうしよう。

 

「おらっ!!」


「うわっ」


 いきなり俺の顔面に向かって無警戒に右ストレートをぶっ放してくる。

 クズでもやはり騎士の一撃だ。速い。

 こんなの騎士以外の人間が喰らえばよくて一発ノックアウト。当たり所が悪ければ死んでしまう。

 でも、教官に比べれば遅いし、フェイントも何もない。動きも単純で精霊術士の俺でも躱すことができる。

 大振りの右ストレート以上に思い切りバックステップして空をきらせて、次の一撃がくるよりも先に腕が伸び切って、がら空きになったいろんな意味で無防備な股間に向けて無詠唱で小さなカマイタチの塊を放つ。


「せいっ!!」


「ぐふぁっ・・・」


 俺のカマイタチだと筋肉を鍛えている騎士だと効かないことがある。威力はともかく、影響範囲が小さいせいで、筋肉の鎧に防がれて効果的なダメージにならないのだ。

 なので対人戦ではまず防具のないところ、次に関節部など筋肉の少ないところ、一番いいのはいわゆる急所を狙うように教官からは指導された。

 たぶん教官は喉や目といった鍛えようのない部位を狙えと言いたかったんだろうとは思う。

 無詠唱も以前から教官に言われて訓練した成果だ。詠唱することで相手に対策するきっかけと時間を与えることになるのでイメージだけで発動できるようになったほうが望ましいと。無詠唱は訓練したからと言って誰でもできるわけではないらしいが、最近ようやく安定してできるようになった。

 今回は正当防衛だ。これくらいは許してもらえるだろう。

 大男はズタズタに切り裂かれた股間を抑えながら絶叫し、転がり回っている。文字通り鍛えようのない急所丸出しだったのだ。同じ男としてちょっとやり過ぎた気もしなくはない。これで、こいつは二度と女の子にちょっかいをかけることが出来なくなった。こんなやつの遺伝子なんか残す必要はない。


「うっげっええ」


 一瞬遅れて教官のほうからも鈍い音に続いてうめき声が聞こえてきて、こちらの男は顎を割られて泡を吹いていた。どうもカウンターで顎に一発いいのが入ったようだ。


「嫁入り前の娘になんてもの見せるんだ」


 こちらも、下半身丸見えの男だったので、教官は心底嫌そうだ。


「くそったれがぁ!」


 残った騎士--雰囲気的にはコイツが一番強そう、がナイフ片手に教官に襲い掛かる。


「火の精霊よ!」


「はっ!」


 女の子を放置して精霊術を唱え始めた精霊術士の口元を狙って慌ててバキュームを放つ。


「・・・!」


 これはカマイタチの応用で、狙った範囲に真空の空間を作ってしゃべれなくしたり呪文詠唱を邪魔することで無力化できる。持続時間を延ばせばそのまま窒息死させることも可能だ。これも対人戦闘では役に立つから使えるようになれと教官からきつく言われていた。

 騎士なのになんで精霊術に詳しいのか疑問に思って聞いたら、子供のころから精霊術士のお父さんに仕込まれていたらしい。剣技などは騎士のお母さんに。将来どちらの血が出てもいいように訓練を受けていたそうだ。

 俺はこのバキュームを会得するのにびっしり並べたろうそくに向かって、狙ったろうそくだけを消す練習をひたすらやった。さすがに人間相手には練習できなかったので、今回は遠慮なく実験台になってもらうことにした。

 精霊術士は何やら口をパクパクさせている。この精霊術は相手の動きに追随する繊細なコントロールを要求されるが、コントロールさえ間違わなければ相手に対抗手段がないのがいいところだ。まったく言葉を発せずに呪文行使できる精霊術士は少ないらしいので、精霊術士殺しの精霊術だ。今教官から出されている宿題はこの精霊術士殺し精霊術への対処の方法だ。

 教官とナイフ使いのほうは初撃を交わした後は睨み合いが続いていた。

 お互いの隙を探り合っているようで、横からも迂闊に手が出せない。下手に手を出したらかえって教官の足を引っ張りそうで怖い。


「妙な動きしたら股間にカマイタチ打ち込むよ」


 最初にやられた二人を見てビビったのか、精霊術士はブンブンと首を縦に振る。

 これで邪魔は入らないはず。

 あとは教官を信じるしかない。


「でぃや!」


「はっ!」


 勝負は一瞬だった。

 気合とともにナイフ使いが切りかかったと思った次の瞬間には男が引き倒されて、ナイフを持っていた腕を後ろ手に教官がねじり上げていた。一連の動きがよどみなく一瞬のことだったので手品を見ているようだった。


「や、やめてくれ。腕がお、折れる」


「なんの冗談だ。お前、まだやる気だろ」


 ボキリという鈍い音とともに男の右腕がだらんと力なく揺れる。さすが教官。容赦がない。


「ぐあぁあああ。か、肩が・・・」


「きょ、・・浅野さん、お疲れ様でした」


「ああ。内藤もよくやった。六〇点てとこだな。」


 採点が厳しいと思ったら、教官の目がまだ戦闘モードだ。ということはまだ気を抜かないほうがいいか。

 落ち着いて観察すると、うずくまって砕けた肩を抑えて唸りながらも男の目はこちらを睨んでいる。こちらの油断を待っているようだ。


「厳しいですね」


「ゴキブリはしぶといからな。駆除できるときには徹底的に始末したほうがいい」


 教官が精霊術士を睨みつけると完全にビビッて震えあがっていた。


「っざっけるなぁ!!」


 俺たちの意識が精霊術士に向いた途端、うずくまっていたナイフ男が俺に向かって砕けていない左肩でタックルしてくる。

 完全な不意打ちなら危ないけど、、今回は完全に教官の手の内だ。

 いかな常人以上の動きができる騎士でも、身構えている上に雄たけびを上げてくれれば、躱しようはいくらでもある。

 サイドステップで突進をかわし、がら空きの男の背中へ--厳密には下から股間へ向けてカマイタチを叩きつける。騎士のスピードでもこの単純な動きであれば、俺でも命中させる自信がある。


「ぐぎゃぁぁあ」


 男は股間を血まみれにさせて、そのままの勢いで河原の石の上をゴロゴロと転がっていく。

 生きてるよな?

 生きてても男としてはもう死んだも同然だろう。


「よし、九〇点だ」


 教官はまた精霊術士の男を睨みつける。よほどこいつらの行為が腹に据えかねているらしい。ただたんに好戦的なだけなのかもしれないが。


「宮本、女性の治療を頼む」


 マリノが服が破れた女性に駆け寄り、怪我を確認して治癒術をかける。

 さすがにあられもない姿の女性を見つめるわけにもいかず、視線をそらしたところで教官に耳打ちされる。

 一瞬驚いて教官を見返したら目が本気だったのでうなずいて男たちの方に向き直った。


「はっ!」


 騎士の三人に向けてカマイタチを放ち両足の腱を切断する。戦意喪失して弛緩していれば俺のカマイタチでも難しくはない。


「逃げられても抵抗されても面倒だしな。その程度で死ぬほどやわな鍛え方でもないだろう」


 男たちを見下ろしながら、教官が冷たく言い切る。

 確かに鍛えた騎士だと怪我をしていても本気で抵抗されたら何があるか分からない。

 男が落としたナイフを拾って、脱ぎ散らかしていた服で紐を作る。心が折れてされるがままの精霊術士を教官の指示通り縛り上げて、さるぐつわを噛ませる。筋力が一般人と変わらない精霊術士はこれで十分ということだろう。精霊術士の男は完全に涙目になっている。


「宮本、すまんが治癒術が終わったら、警官か公安を呼んできてくれないか」




 悪漢を退治して名前も名乗らずさっそうと立ち去る、なんてことができるわけもなく、そのあと駆けつけてきた警察と公安の事情聴取に付き合わされる羽目になった。

 ちょっとやり過ぎたかなとも思ったが、四人は軍人崩れでこの界隈では有名な札付きのワルだったらしく警官たちからはずいぶんとお礼を言われた。一般の警察だけでは対処できる相手でもなく、なかなか尻尾も出さないので公安も手を焼いていたらしい。今回は現行犯なので余罪も含めて徹底的に追及してやると力が入っていた。

 騎士の三人の足の腱まで切ったのやりすぎたかと心配だったが、逆にさすがですねと関心された。

 そのあと追加で駆け付けた女性警官に被害者の女性を預けて俺たちも現場をあとにしたのはたっぷり三時間も経った後だった。


「あの手のゴロツキはどうしようもないな」


 騎士や精霊術士の全員が聖人君子であるはずもなく、犯罪に手を染めるものや、グレーゾーンで我が物顔にふるまうものがいるとは聞いたことがある。甲種持ちは権利が大きい分、義務やペナルティも大きいのだが、権利意識ばかり強くなって一般人に対して横柄な態度をとったり、今の連中のように力を笠に着てしまうものは少なくはないそうだ。


「残念な話だが、ああいった連中は昔からなくなることはない。自分たちがそうならなければいいし、少しでも模範でありたいものだな」


 改めてラーメン屋に向かう道すがら教官が、堕落していった騎士や精霊術士の話をぽつぽつとしてくれた。たった二年先輩なだけでもそういった事例は数多く見てきたらしい。


「権力は蜜の味だからねぇ。ボクの実家の周りも少なからずそういうのはいるよ。あ・・・」


 おかやま一番亭が見えてきたところでマリノが声をあげた。普段なら行列ができているはずだが店頭には誰も並んでいない。

 一瞬、ラッキー!と思ったが、店頭に掲げられていたのは無情にも『スープ終了につき本日の営業は終了いたしました』という看板だった。


「なんてこった」


 人助けをしていたはずなのに、この仕打ちとは。


「仕方ない。違う店にしようよ」


 結局、マリノの案内で近所の牛丼屋に入ることになった。

 そこで食べた牛丼はラーメンに次ぐほどの感動を俺に与え、実家で食べていたのは牛丼モドキだったんだと改めて感じた。





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