表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/22

10月 御津演習場その後

 演習の後、士官学校に戻った俺たちの環境はさほど変わらなかった。

 説教は後だと言われた命令無視の暴走を咎められるでもなく、狂狼の撃退を褒められるでもない。

 大村さんに話をしたら「上も触れたくないのかもな」と言われた。

 比較的安全が確保されていたはずの場所での想定外の襲撃。

 事前調査で漏れていた大規模な狂狼の群れ。

 想定外に未熟な候補生。

 命令違反の教官と候補生。

 結果としての戦死者なし。

 一番、責任を問われるのは事前に哨戒任務をしていた部隊長だろうが、あのあたりは魔獣の生息域との境目でもあるから口頭注意が関の山だろうとも。

 俺としても命令を無視した自覚はあるので、忸怩たる思いもある。

 扱いに困る案件なので、無かったことにすれば、みんなが幸せになれる。これも大人の事情ってやつなのだろう。

 候補生からもけが人が数人出たが、衛生担当の精霊術のおかげもあって幸いたいしたことにはならなかった。

 豚教官はいい性格をしていて、あれだけの狂狼の大群に襲われて死者が出なかったのは自分の指導の賜物だと吹聴するようになった。といっても、あれだけ狂狼を倒した浅野教官とマリノ、俺はその場にいなかったような扱いだ。俺とマリノが嫌われているのも相変わらず。ただ浅野教官へのあたりは柔らかくなったというか、怒鳴り散らすことはなくなった。どちらかというと避けている素振りすらある。今更態度を改めるのはプライドが許さないのだろうか。あれくらい面の皮が厚くないと軍で生き残っていくことはできないのだろうかと不安になってしまう。

 正規軍のほうも最初に不意打ちされた見張りの精霊術士が重傷ではあったが、後遺症が残るほどではなく少し休んだら復帰するそうだ。それ以外は幸いにも大半が軽傷で済んでいた。

 訓練も浅野教官と俺とマリノの三人なのも相変わらずだ。

 浅野教官は他の候補生たちからは以前よりも距離を置かれるようになった。廊下などで見かけるとみんな回れ右して顔を合わせないようにするのだ。

 岸本に聞いたところ、教官のあまりの戦いぶりにみんなビビってしまったようだった。返り血も気にせず、次から次へと狂狼に切りかかっていく様子は凄まじいものがあった。それまで豚教官の尻うまに乗って浅野教官を下に見ていた候補生も多かったので納得だ。浅野教官を悪鬼羅刹のようにいう候補生もいるらしく、さすがにそれを聞いたときはムッとした。

 でも、たしかに事情を知らない人間からすればキレたら怖い人というイメージになるのかもしれない。

 俺とマリノの扱いは血まみれになった教官のインパクトが強すぎたのかまったく変わっていない。俺の精霊術なんて遠目に見たら、何やってるかわからないだけかもしれないが。

 ちなみにその悪鬼羅刹は今俺の目の前でカップを両手で持ってホットミルクを飲んでいる。

 本来なら今日まで演習の予定だったが、切り上げで中止になったあとは各自で自主トレーニングが義務付けられた。今日は教室で連携時のハンドサインの勉強だ。これができるようになると声を出さずに指の動きなどで指示や情報を伝えることができる。

 俺たちを前にハンドサインの説明する教官は演習場で狂狼相手に暴れまわった荒々しい雰囲気が嘘のように穏やかな表情で、まるで人が変わった落ちたようだ。ピリピリしたところや、普段見せていた俯き癖、陰のある仕草がほとんどなくなった。休憩時なども口調も表情も柔らかくなり、以前よりもよく笑い、一緒に雑談もするようになった。

 自主トレの内容自体は相変わらず厳しかったが、自分や周りをひたすら追い詰めるようなところもなくなった。


「なんだ?」


「いや、雰囲気がずいぶん変わったと思いまして」


 今日、教官は背中の中ほどまであった髪をバッサリ切ってきていた。もともと美人だったが、物腰や表情に女性らしい柔らかさが出てきて、ときどき見惚れてしまうほどだ。眼福というやつだな。


「あの一件でいろいろと自分の中でぐちゃぐちゃしていたものが、すっきりしたからかな」


 任官直後の哨戒任務で所属していた小隊は浅野教官を残して全滅。教官自身もひどい傷を負った。

 一人だけ生き残った自責の念。仲間を救えなかった悔しさ、狂狼への恨みと恐怖。うなされて夜中に飛び起きたことは数えきれないそうだ。

 浅野教官の話は以前に大村さんに聞いた内容とほぼ一緒だったが、改めて本人から聞くと重みが違う。


「教育隊送りになったところを、二年目は士官学校の教官として配属されたと言うわけだ」


 だが、士官学校に来てもそこにいたのは自分に強い恨みを持つ、厳しい実戦を未経験のヌルイ教官と、その指導に感化されていく候補生たち。


「もう怒りしかなかったよ。同僚の三人の教官に対して、候補生たちに対して、やり場のない感情に振り回される自分に対してな。たまたまお前たち二人の指導を任されてからも強迫観念に押しつぶされそうだったな。二人も死ぬんじゃないか、死なせちゃいけないって。そして御津の演習場の一件だ。目の前で候補生が倒された瞬間、頭が真っ白になって何も考えられなくなった。自分の中の衝動を必死で抑えてたつもりだったが、結局ダメだったよ」


 一年以上も前のことでずっと苦しんでいたわけだ。いやまだ一年しか経ってないのか?

 淡々と話す様子からはもう引きずってはいないように見える。文字通り憑き物が落ちたかのようだ。実際にそうなのかもしれない。本人や周りに不幸をもたらす精霊の悪縁というものは結構信じている人も多い。


「結果があのザマだ。感情を抑えきれずに命令違反の大暴走。二人には本当に感謝してるよ。あの瞬間は、二人に私が守られていることが実感できた。背中を任せていられた。お前たち二人のおかげで救われたよ。本当にありがとう。私の命令違反に付き合わせてすまなかった」


「・・・教官」


「ボクも気にしてないから大丈夫ですよ。命令違反もお咎めなしみたいですしね」


「俺は入営してずっと役立たずみたいな引け目があったんで、教官の役に立てたならうれしいです」


 いくら豚教官の言うことは気にしないと言っても、同期の候補生からの嫌味や陰口は聞こえてくるし、横山のように面と向かって皮肉を言ってくるやつもいる。評定という目に見える結果もある。ボディブローのように地味にこたえるのだ。

 それに、どうせ評定は最悪なのだ、これに命令違反が付け加わってもこれ以上どう悪くなりようがないだろうという開き直りもある。


「ところで教官。今度の非番にミズホとラーメン食べに行くんですけど、教官もご一緒にいかがですか?」


 ほろりとくるようないい話だったはずなのに、マリノめ話をぶったぎったな。空気を読んでいるのか、読んでいないのか。

 そういうマリノに助けられていると思うこともある。


「ラーメンか。そういえば私も久しく食べに行く機会がなかったな。この間の演習で食べたのも非常においしかった。是非ご一緒させてもらおう。お詫びの約束もあるしな」


 教官が訓練後の食事以外で、私用に付き合ってくれるのも初めてのことだ。

 これまで社交辞令的にも誘うことは何度かあったが、なしのつぶてだった。そういや御津の演習場でもそういう約束したけど、あの話もそれっきりになっていた。


「マリノ、それじゃ弱みにつけこんでたかってるようにしか聞こえないぞ」


 負い目を感じやすい教官からすればお金を出すというに決まってる。

 御津の一件も、二か月のあいだ非番の日の夕食と銭湯を教官がおごるという条件をごり押しで決めたが、責任を感じている教官がそれで納得していないのは明らかだ。


「あ、いや、そういうつもりじゃないので、教官割り勘で」


「気にするな。それくら私の気が済むようにさせてくれ」


「わかりました」


 堂々巡りになりそうだし、ここは譲るしかないか。


「次の非番を楽しみにしておくよ。・・・そうだ。内藤は胸当てのベルトがダメになってるのは補給科に行って交換してもらっておけよ。あてにならない防具ならないほうがマシだからな」


「・・・はい」


 教官のおかげで、精霊術士だというのに「身を守る訓練はしておいて損はない」という理由で防具を使っての剣のいなし方や、受け流しの訓練までが日々ハードになっていくのだ。

 たいていは木剣だが、時には刃をつぶした実剣で練習することもある。防具の消耗も早かった。

 以前から痛みかけていた皮ベルトは御津の襲撃の時に慌てて締めたのでほとんどちぎれかかっていた。

 支給品なので破損したりしたら隣の駐屯地の補給課に持っていけば交換、修理してもらえる。ただなぁ。


「なんならこれから行くか?私も用事があるから付き合うぞ」


 助かった。俺は補給課の担当の人がどうにも苦手だ。


「お願いします。マリノは?」


「ボクは寒いからいいや。いってらっしゃーい」


「じゃあ、壊れた胸当て取ってきます」


「ああ、寮の玄関のところで待ってるよ」


 部屋に戻り、ボロボロになった胸当てを持ってくる。俺とマリノの場合はユニット練習が始まってから他の候補生の倍以上のペースでダメにしているので担当の人にも呆れられている。例年の候補生に比べても壊すペースが早いらしい。


「お待たせしました」


 玄関に戻るともう教官が待っていた。


「いや、いいさ。・・・?」


 玄関を出ようとしたところで、三人の候補生が扉のところでこっちをニヤニヤ見ていた。


「おい、ブービー。えらい美人と一緒じゃないか」


 同期の横山だ。あとはその取り巻きの中西と、細野か。まためんどくさい連中に捕まったもんだな。

 こいつらはことあるごとに絡んできてはいちゃもんを付けてくる。


「おめーにゃ、もったいないよ」


「どお?お姉さん。最下位男なんかほっといて、俺たちに乗り換えない?」


 髪型と雰囲気がかなり変わったから教官だと気づいてないらしい。今日は座学だったので教官もいつもと違って略装の制服だ。一方で三人は完全にナンパモードだ。

 士官学校の敷地内なのだから部外者がいるはずもないということくらいは察しろと言いたい。ついでに制服きてるんだから階級章くらい確認しろ。お前らの目は節穴か!


「いや。彼女とかじゃなく、この人はきょ・・・」


 説明しようとする俺を横山が遮る。


「おめーは黙ってろ。チビと狼女と乳繰り合ってりゃいいんだよ」


「そうそう、お子様と死神女がお前にはお似合いだってーの」


「おねーさんと話してるんだから、お前は引っ込んでろ!君になんて言って取り入ったかしらないけど、コイツは俺らの同期の中でもダントツの最下位男。君みたいにかわいい娘には似合わないって」


 細野のやつ、後半は気持ちが悪いほど甘い声をだしてやがる。いつもこんな調子で女の子にちょっかい出しているんだろうか。これで口説けるのなら甲種の看板って偉大だと思う。


「話を聞けっての」


 隣に立つ教官の周りの気温がみるみる下がっていくのが手に取るようにわかる。できれば無用なトラブルは避けたいというか、大惨事になる前になんとか収めたい。

 教官は決して平和主義者ではないのだ。必要とあらば力に訴えることを躊躇わない。


「あのさ、俺が騎士だから手を出せないって安心してる?いくらでも抜け道はあるんだからな?」


 三人中唯一の騎士候補生、細野が凄んでくる。

 騎士と精霊術士は平常時における他者への力の行使に関しては法律と軍規で厳しい決まりがある。なまじっか力が強いので暴行などに関しては一般人よりも罰則も重い。

 細野がずいっと前に出てくる。

 やばっと思った直後に横山と中西に両腕を掴まれてしまった。抱えていた鎧も落としてしまう。

 いくら騎士でも細野なら躱せるだろうとなめてかかった俺が甘かった。


「あとが残らないようにしてやるから安心しろ」


 細野が嗜虐的な笑みを浮かべる。

 横山と中西も慣れているのか意外なほどガッチリつかまれていて振りほどけそうにもない。


「一つ教えて欲しいんだが、狼女って誰のことだ?」


 教官の声のトーンが冷え切っているが、三人とも俺をいたぶることでカッコイイところを見せようと思ってるのか、力があることを見せることで普通の女性だと思ってる教官を委縮させるつもりなのか、気が付いている様子はない。


「教官に浅野って目つきが悪くて戦うしか能のない凶暴な女がいてさ、そいつのことだよ」


「あの女、見た目は悪くはないけど、可愛げも色気もないからなぁ」


「あの目つきで睨まれたら勃つものもたたねーって」


「だめだめ、あの女にかかわった奴はロクな死に方しないんだぜ。あの狼女との交尾で命かけたくねーよ」


 横山たちは下品に笑っている。確かにもともと目つきが鋭かったのは事実だが。

 ああ、もう後はしらん。


「そうか。あとが残らないようにしてやるし、もし跡が残っても上官侮辱罪の懲罰だから安心しろ」


 あーあ、正当化しちゃったよ。


「ぐっはっぁ・・・」


 俺を殴ろうと身構えていた細野のみぞおちに教官の拳がめり込んでいた。

 やるだろうなと思っ見てていた俺にもまったくモーションが見えなかった。たぶん、細野は何が起きたか理解できていないだろう。床に転がり悶絶している。


「ひ、ひっぃ・・・」


「死にはしないから安心しろ」


 俺を掴む中西相手に無表情に淡々と距離を詰める浅野教官。武道の達人がこんな感じなのだろうか。あくまで流れるように自然体だ。


「ゆ、ゆ、ゆる・・・がっっはっ」


 手加減してあげてという暇もなく、淡々と作業でもするように俺を掴んでいた中西のみぞおちにも深々とノーモーションで拳が刺さる。またしても全く見えなかった。


「あ、あ、浅野、きょ、教官・・・?」


「もうあきらめろ。自業自得だ」


 俺を掴んでいた手が震えている横山の肩を叩いてやる。気づくのが遅いんだよ。

 

「い、いや。た、助け・・・て」


 絶対的な実力差。横山にとっては教官は二つ名通りの死神に見えているかもしれない。


「私は凶暴らしいから・・・な」


「ぐっふぅ・・・」


 にっこり笑ったと思った次の瞬間には三度拳が横山のみぞおちに突き刺さっていた。死んでいないから手加減はしたのだろう。いくら素手でもトリプルの上に格闘の心得のある教官が本気を出せば、命にかかわる。

 そして、あたりに漂いはじめる独特の異臭。


「む、いかん。内藤、逃げるぞ。横山のやつ失禁したぞ」


 横山はそのまま呻き声をあげながら自分で作った水たまりの中へ崩れ落ちる。

 横山の奴、恐怖に耐えきれなかったようだ。今でこそ俺も慣れたが、教官の放つプレッシャーは尋常じゃない。

 俺は慌てて皮鎧を拾って教官を追いかけて走る。

 振り向くと細野と中西が重なるように突っ伏しているあたりにまで水たまりは広がっていた。




「まったく、失礼な話だ」


「ですね。デリカシーのかけらもないし、アホですね」


 呆れるばかりで、同情の余地もかけらもない。自業自得だ、

 ゲロを吐いていようが、横山がもらしたしょんべんの水たまりに倒れていようが、あれは完全にあいつらが悪い。教官相手でなくても、もう少し人間として人に接する態度というものがあるだろう。自分がそれほど上等な人間だとも思っていないが、あそこまで品性下劣な人間にはなりたくはない。


「教官、質問なんですが甲種合格者って言うだけで、あんなんでも女性が靡くものなんですか?」


 つい素朴な疑問を口にしてしまう。女性とはステイタスさえあれば中身は関係ないのだろうか。


「はぁ!? 私だったらまっぴらごめんだ」


 即答の上に心底イヤだというのが教官の表情に表れている。ほんとに最近表情が豊かになった。


「いや、一般論としての話です。俺は田舎育ちですし、甲種持ちなんて身近にあまりいなかったので。どちらかというと甲種合格者ってもっと人間として立派な人なんだというイメージがあったもんですから」


 甲種の血というだけで人格者に程遠い人間でも構わないのが当たり前なのだろうかと思ってしまう。

 きれいごとかもしれないが、与えられた力で力のない人たちを助けるという俺が騎士や精霊術士に抱いていたイメージとはかけ離れている。

 さすがにきれいごとだけでは生きていけないは理解しているが、きれいごとを諦めきれないのは俺が甘いのか青すぎるのだろうか。


「世の中には甲種合格者ってだけで寄っていく女性がいるのも事実だがな。女性がみなそうであるようなイメージを持たれるのは困るぞ。あくまでもごく一部だな。そういう女がああいったクズ共を増長させるのだからそれも困ったもんだ」


「ちょっと安心しました。あと、助けていただいてありがとうございました」


「助けたというほどのことでもないだろう。だが、すっきりもしたよ」


 確かに教官の表情は晴れ晴れとしている。


「なんだろうな。何を言われても気にならなくなったな」


「そうなんですか?」


「以前なら、狼女とか言われた時点で逆切れするか、いじけて言われたい放題になっていたかもな」


 たしかに気にしてたそぶりは見せていたもんな。


「今なら、言いたい奴には言わせておけばいいと思えるようになったよ。私も少しは成長できたということだ。腹はたつから相応の報いはするがな」


「昔のトラウマの克服って大変だって聞きますからね」


「人生楽ありゃ苦もあるさ、か。昔の人たちはうまく言ったもんだ」


「はい」


「あと、内藤。横山と中西に拘束されたのは減点だ。明日から体術の特訓だな」


「・・・はい」




「まーた、あんたなの?。誰が直すと思ってるの?もっと大事に扱ってよね。女の子と一緒で普段からちゃんと愛情もって接しないとダメよ」


 補給課で新しい皮鎧を支給してもらうのはいいのだが、心は女性といってはばからない巨漢の三宅大尉がアップで迫ってくるのだけは何回来ても慣れない。大尉は手先が器用なのか化粧も上手でごつい女性に見えなくもない。


「はい・・・」


 しかも見た目と口調以外、言ってる内容はしごくまっとうなことなので反論の余地もない。壊れた武器防具の修繕も大尉たち補給科のスタッフがやっているらしく、頭が上がらない。

 ただ、できれば文句はハードな訓練メニューを考える隣の教官に言って欲しい。


「あらぁ。ハルカちゃんもずいぶん雰囲気変わったわねー。うん、すっごくかわいくなった」


「そうですか?」


「そうそう。恋でもしてるのかしら?」


「いえ、そんな・・・」


 大男がぶりっ子ポーズというシュールな絵面に居たたまれなくなってくる。

 人として悪い人ではないのだ。大尉も第一線を引いた騎士上がりらしく、こんなナリをしていても挙動そのものに隙はなくデキる騎士の風格がある。

 大尉の見かけに騙されて舐めてかかった奴は相応の報いを受けることになる。そういえばさっきの三人組も入営早々やらかしてた気がする。

 大村さんによると毎年そういう候補生が何人かいるらしい。


「すいません。皮鎧なんですが、ここのところが・・・・」


 黙っていると本来の用事がいつまでたっても片付かない気がしてきたので間に割って入った。


「もう仕方がないわねぇ・・・。ちょっと、あんたこれ水洗いしたでしょ」


 御津で血だらけになったのであの時川で洗い流したが、落ち切ってなかったので帰ってから頑張ってきれいにした。いやもう乾いてこびりついて大変だった。


「オイルも塗ってないから、皮がだめになってるじゃない」


 あ、やべ。


「すいません。演習で狂狼と戦闘になり血だらけになったので、川で洗いました」


 下手な言い訳はしないに限る。これも浅野教官との付き合いで学んだことだ。


「あんたに渡してたのは元々痛みかけてたし、まあいいわ。今度からは洗ったらちゃんと陰干ししてオイルを塗りなさい。それか先に聞きに来なさい。これはもう治せないから、ストックから代わりの皮鎧出してあげるわ」


「いつもすいません」


「ハルカちゃんはどうしたの?」


「私もすいません、剣をダメにしてしまいまして」


 教官が腰の長剣を外して大尉に渡した。

 鞘から抜いた長剣を光にかざしたり、刃先を指でなぞったりしているがどんどん渋い表情になっていく。


「・・・ずいぶん、無茶したわねぇ。らしくない。刃こぼれもひどいし、完全に歪んじゃってるからこれももうだめね」


 御津の時か。右に左に狂狼を切り倒してたからな。教官は神妙そうにしている。


「申し訳ありません」


「まぁ、いいわ二人とも新しいの渡すからついてきて」


 そのまま奥にある倉庫に連れていかれた。そこには剣や槍に始まり、見たことのないような武器や、鎧も軽装の部分鎧から鉄でできた全身鎧まで様々な装備品が保管されている。


「あんたの皮鎧はここから気に入ったのを選びなさい」


 目の前には今のと同じようなタイプの皮鎧が一〇領ほど台にかけておいてある。新品ではないが、どれもきちんと手入れされているようで違いが分からない。


「じゃあ、これで」


「待て」


 一番端のやつでいいかと思って手を出したら、教官に止められた。


「試着もせずに選ぶ奴があるか。いくら同じように作ってあるといっても個体差はある。この間みたいに演習にでもでれば、実戦だってあるかもしれないんだ。自分の身体になじむものを選べ」


 そういうもんなのかと思ったら、大尉もうなずいている。今まで無頓着に選んでたけど、ダメだったのか。

 一〇領あった鎧をすべて試着し、大尉と教官に作りの微妙な差ーー同じように見えても、作った職人によって細かいこだわりが出るし、皮の状態も厳密には千差万別らしい、を説明された。確かに鎧によって肩や脇のあたりがきついものがあるのは俺にでもわかった。中には大尉が縫製が手抜きだけどかろうじて基準内だと嫌な顔をしながら教えてくれるものもあった


「じゃあ、これで」


 三〇分以上かけて試着した中で一番しっくり来たものを、もう一度試して決める。新品ではないから、皮のこなれ具合一つでずいぶん違うようだ。新品には新品の良さがあるが、どうしても馴染むまでは皮が固くて違和感が出て嫌う人もいるらしい。中古は中古で皮に以前使っていた人のクセが出て状態がすべて違うから選ぶのが難しいとか。一長一短だ。


「次はハルカちゃんのロングソードね」


 やっと終わったと思ったらまだ教官の用事が残っていた。

 ロングソードは定番の武器だけあって、使用者の好みも強く出るらしく在庫の種類も多かった。

 一〇〇本近くある在庫があって、素材に長さや形状、バランス、握りの大きさなど、素人の俺が見ても全部ばらばらだ。

 それから教官が納得の一本を選ぶのに実に二時間かかった。

 刀身を熱心に見つめる教官の様子を見るのは悪くはなかったけど、さすがに疲れた。

 これがことわざに言う、女の買い物は時間がかかるというやつなのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ