雪原の狩り
セルトリア王国歴百九十一年の、新年明けましておめでとうパーティーが終わった後は、年末から年始にかけて降った雪の積もる銀世界で過ごしている。
多くの木には木の葉が無い。所々に松やら杉やらが黒く見えるだけだ。曇天の森は死んだように静まり返っている。
覗き穴から頭を外に出したベアトリクスが、直ぐに引っ込めて奥に入って来た。
「流石に外は寒いわね。こんなんで魔物が出て来るの?」
早速文句を言っている。
「こういう時こそ出るんじゃ。魔物は冬ごもりせんから食い物がない。今の時期は簡単に餌に食いついてくる」
穴を掘って上半分の壁と天井を雪で固めた雪洞は、中にいれば快適だ。魔法の炎で鍋を作り、蜂蜜酒を飲んで身体を温めながら獲物の到来を待つ。
入り口は雪が降り込まないように外側に出っ張っている。偽装用の枯れ木を置いて、その隙間から外を見る。
今は毛皮の上に腹ばいになったボニーが見張りをしている。
厳冬期は猟師も遠出はしない。山や森に近い村を守るために人数を揃えて魔物の襲来を待ち受けている。狩猟と言うよりは防衛戦だ。
結局、丸一日雪洞に籠って、鍋にかかった熊を一匹退治した。
楽ちんと言えばらくちんだが、なんというか黒と白しかない風景を見ていると気が滅入ってくる。見かねたパウルさんが、一匹退治した後で気晴らしの遊覧飛行に連れて行ってくれたくらいだ。
次の日の朝になって狼煙を上げると、山小屋からも狼煙が上がった。前進の合図だ。防衛線を北に一つずらすために、皆でお椀に乗って木の上すれすれを飛んで行く。
「あの辺とかどう?」
「ようし、えい!」
沢山こさえておいた雪玉を、木の枝に積もった雪にぶつけると、ドサドサと派手な音を立てて雪が落ちる。
「右の方に何か出て来たよぉ」
偵察役のボニーが何か見つけた。
「兎だな。追いかけるぞ」
そのまま、上空から追いかける。
兎はしばらく走った後。立ち止まって様子を見ている。
「今じゃ」
ボニーが矢を射て無事に仕留めた。
「なんか冬の方が狩りは楽ね」
町の周辺のキツネやイノシシも同じ方法で退治した。
木の葉が無いから、獲物が動けば上から眺めるとすぐに居場所が分かってしまう。雪があれば雪玉を、雪が無ければ石を、適当に投げるだけで相手が勝手に動いてくれる。ベアトリクスに変わって付き合ってくれたマチルダが、あくびをしていたくらいだ。
「本来は逆なんだぞ。冬の方が遥かに大変なんじゃ」
「パウル式飛行術の賜物ね」
「お師匠様ぁ。このやり方は私には出来ませんよぉ」
確かにボニーの修行にはならない。足跡を追跡して追い詰めたり、罠を仕掛けて捕まえるのが猟師のやり方だ。
「まあ、そう言うな。本筋のやり方はまた後で教えてやる」
移動中はこうして、毛皮と食材を確保して進んだ。
通常、前線は徒歩で決まった距離を前進し、新しく雪洞を作ってそこに翌日の朝まで居座ることになる。そうやって、一週間の間に渓流まで行って帰ってきたら、一回分の任務が終了だ。
私達は随分と楽をさせて貰っている。
一週間が過ぎ、渓流の近くまで到達した。
「結局、一週間でクマ一匹とオオカミ三匹か」
「銀貨八枚だ。手数料を引いても、一人銅貨三十八枚だ。毛皮や肉の実入りは、クマが金貨二枚にオオカミが金貨三枚見込みだな」
オオカミは三日目にかかったのだが、いち早く発見されてしまった。散々吠えかかってくるのを順に仕留めたのだが、二匹に逃げられてしまった。鍋にかからないので鶏ガラ頼みなのだが、何かいい方法を探さないといけない。
しかし、稼ぎとしては悪くない。退治報酬は安いが、実質一人金貨一枚以上を稼いだ。それに狐や兎の毛皮も加わる。
「どうだ。ほとんどを寝転がって過ごした割には大した実入りになったろう」
「確かにそうね。冬はいつもこうなの?」
「そうだ。渓流を越えてくる魔獣が増えるんだ」
「オークとかは?」
「そのオークに追われてくるんじゃ」
「なるほどね」
最初の内は文句ばっかり言っていたベアトリクスも、白い風景に慣れたのか、報酬が良かったせいか、元気になってきた。
このまま二か月間、同じペースで退治すれば、一人金貨八枚近く稼げる。
「問題はこの後だ」
「何かあるの?」
「一週間は獲れん」
「じゃあ、今回の報酬は二週間分、てこと?」
がっかりだ。次の一週間はほとんど寝ころんで過ごすだけになるらしい。防衛線は二か月間で八回上げるのだそうだが、偶数回はせいぜい一回しか無いらしい。いっそのこと、何もしなくてもいいんじゃなかろうか。
「防衛が目的だからな。精神的には辛いものがあるが、やらねばならん」
「それは分かってる。ただ、何かいい方法ないのかなあって」
「お師匠様ぁ。渓流の近くで張っていればいいのではないですかぁ」
「人数がいればな。何分班と班の距離が遠い、少しずつ上げていった方が漏れも少ない」
「他の班の人達はどうやってるんですか?」
「基本的には儂らと同じだ。狐や兎の死体を餌におびき寄せて退治する。ただし、それまでは、雪の中を探索して歩き回って餌を仕掛ける場所を探さにゃならん。儂らは鍋でクマをおびき寄せとるから、楽だがの」
「でもオオカミは来ないわよね」
「オオカミは火を怖がるからな。クマは火を気にせん。そこら辺が違うんじゃろうな」
流石のパウルさんもお手上げだ。
あれ? ちょっと待てよ。オオカミは火が嫌い。クマは平気。鍋は温めないと匂いが広がりにくい。
「パウルさん。ちょっと良いですか?」
「どうした? 何か思いついたか?」
「クマがいたら、オオカミは逃げるんでしょうか」
「恐らくな。ただし腹が減っておったら、クマを狩る場合もある」
「一旦クマばっかりを集めませんか?」
「オオカミはどうする?」
「オオカミはその後で来て貰いましょう」
「来て貰うって、あんた、パーティーに呼ぶんじゃない……呼べばいいのか!」
ベアトリクスも気付いたようだ。
二人してパウルさんとボニーに説明する。
「フーム。防衛線全体に関わるからな。今夜は一旦山小屋に退避するから、その時にでも他の連中に話をしようか」
他の猟師達との話し合いの結果、山小屋から繰り返し再スタートするはずだった防衛線は、二回目が終わった後は渓流の近くに居座ることになった。
流石にパウルさんが顔だけのことはある。儂はいけると思う、と言っただけでアンガスさん達他の猟師も賛成してくれた。
山小屋当番になった。
鍋と干し肉を補充するためにパウルさんがお椀に乗って町に帰っている間は、一七五の会の三人だけで山小屋の留守番をする破目になった。
魔物に防衛線を突破されたり被害者が出なければ、一日に一回決まった時間に前線で上がる、三本の狼煙を確認した後、返信の狼煙を上げるだけだ。何かあった場合は、狼煙は上がらない。時間帯がずれた狼煙も緊急事態だ。
「大丈夫かな?」
正直言って、かなり不安だ。
「どうせ魔物は来ないんでしょ? だったら二、三日くらいは大丈夫よ」
「前線にベテランが三班張ってるからねぇ。ここまでは来ないと思うよぅ」
二人共呑気にしているのが信じられない。
雪の中では、満足に走れないし、木も凍っていて上手く登れない。見つかって囲まれたら最後食われるだけのような気がする。
「そんなに心配ならデューネを呼べば?」
「そうだ。そうだ。デューネ呼ぼうよぉ。氷室の獲物取って来てあげるねぇ」
ボニーが早速走り出した。普段ゆっくりと動いているわりには、仕事の時は素早い。
「川も池も無いけど大丈夫かな?」
「何言ってんの。雪に覆われてんのよ。水だらけじゃない」
「それも、そうか」
そういや氷の魔法は水属性だった。なら大丈夫だろう。
ボニーが獲って来た兎のシチューが出来上がる。水に溶いた小麦粉にチーズの欠片を溶かし込んで、干しておいた香菜を刻んだ。良い香りが小屋の中に漂っている。
「デューネ。お待たせ。出来たわよ」
「良い匂いね。シチューって言うの?」
「うん。冬はこれに限るわよ」
水色の柄のチュニックと黒に近い濃い青のスカートを着て白いウールのコートを羽織ったデューネが、目を輝かせて鍋の中を覗き込んだ。
着ている服は、勢ぞろいパーティーの時に飲み比べに負けたブリジットさんに頼んで選んでもらった大人のコーディネートだ。表向き世間知らずのいいとこのお嬢さん、ということになっているので、やや上品さを崩したラフな感じに仕上げて貰った。
お椀に分けてあげる。
「パンを浸して食べたら丁度いいわよ」
「そうなんだ。やってみるわ」
頬張った後で、ニコニコしながら頷いている。気に入ってくれた。
「でも、水の精霊が雪や氷を使えないってのは意外だったわね。同じ属性だと思ってたわ」
「人間が勝手に言ってるだけでしょ? 雪や氷は雪の精や氷の精の領域よ」
「でも、水の精の方が上位なんでしょ? 言うこと聞かせらんないの?」
「出来なくはないけど、理由が必要よ。雪や氷が納得するような理由がね」
「そっか。難しいのね」
「そうよ。難しいの」
どうやら、雪だらけ=デューネ無双、では無いらしい。
「ごめんね。こんなとこに呼び出しちゃって」
「ウフフ。いいのよ。森の中に来たことが無いから、これはこれで新鮮よ。シチューも美味しいし」
ところで、水と氷が別の精霊ってことは、体が水で出来ているのだから、寒いところにいたら凍ってしまわないのだろうか。
「心配してくれてるの。ありがとう。でもほら、大丈夫でしょう?」
抱きしめられて、顔を胸に埋められてしまった。柔らかい……もとい、暖かい。
「私の身体は下位の精霊の雪や氷には干渉されないの。このくらいは平気よ」
それよりも暖炉の熱の方が心配なようで、盥に水を張ってくれ、と頼まれた。冬は乾燥肌になるらしい。
「それよりも、ベアトリクスはフリーズが使えるんでしょ? 面白いことやってみましょうか?」
「面白いこと?」
ウフフ、と笑っている。
「フリーズを、出力を低くして準備しといて」
「分かったわ」
詠唱を始める。
唱え終わって右手を差し出した。
「合図したら、この辺りに魔法をかけてね」
山小屋の天井の一角を人差し指で丸く囲む。
コクコクと魔法使いが頷くのを見て、盥の水を指さした。次いでその指先を。先ほど丸く囲んだ辺りに、ついっ、と向けた。うすぼんやりとしたものが広がっている。
「今よ!」
「フリーズ!」
一瞬の間が空く。
「わあ!」
部屋の中に雪が降った。
小さな粉雪がひらひらと舞っている。
凄い、凄いと、ボニーが手で掴まえようと飛び跳ねている。
両手のひらで一つ受け止めて目の前で見ていたら、白い雪が解けて透き通ってきて、小さな水の粒になった。




