仕掛け
出発して三日後にパウルさんが帰ってきた。
「王都の中央軍が魔王軍に本格攻勢を仕掛けたらしいぞ」
「どうなったんですか?」
「それがな、儂らが東の原で聖水の入った壺をカタパルトで飛ばしたり、魔法陣を描いた石を飛ばしたりしたろう? あれを大掛かりにやって、魔王軍の潜む森に攻め込んだらしい」
あれはマルセロ商会の皆で考えた方法で、マルセロさんやアンジェリカさんといった、魔法陣が描ける人がいたからこそ出来た。
「元が儂らの考えということは王都の国王様の耳に入っておるらしくてな。上手くいけば謝礼が出るかもしれん」
国王様の謝礼……。そう言えば、街道クッキーを発明したお母さんは、王都でお店を出せるようになったらしい。
ベアトリクスを見ると、満面の笑みで手を握ってきた。
「何が貰えるんですか?」
思わず二人して身を乗り出して聞いてしまう。
「戦果によっても変わるだろうが、勲章は貰えるじゃろう」
「他には?」
勲章はどうでも良い。実入りになるものが欲しい。
「儂らは民間じゃから、出世は関係ない。軍事方面の貢献となれば、報奨金と何か記念品的な物が貰えるんじゃないか?」
「報奨金!」
思わず互いに握った手に力がこもる。
「幾らぐらい?」
ベアトリクスが聞きにくいことを聞く。
「相場は金貨で十枚ってとこだろうな」
「十枚? それだけ?」
百枚くらい貰えると思っていたのだが……。
思わずため息をついてしまう。
「がっかりするとはなんじゃ。光栄なことだぞ」
世の中そんなには甘くないか……。
「だって、街道クッキー作った人は王都にお店出したんでしょ?」
「あれは全国の村の経済に大きな貢献を果たしたんだぞ。今も継続中じゃ。一戦術とはわけが違う。大体、その聖水を込めた矢筒だって、魔物やレヴァナントに対しては劇的に効果的な戦術だったのが、やっぱり金貨十枚じゃ」
パウルさんがボニーの矢筒を指さしている。
「あれは誰が報奨金貰ったの?」
「なんじゃ、知らんのか? 孤児院の先生方だ。カトリーヌ司教とジェニファー神官が代表で受け取ったらしいぞ」
「そうなんですか!」
知らなかった。
「ボニー、あんた、なんか知ってる? 秋の受勲の時はまだ卒業してなかったわよね」
受勲は三月と九月だ。丁度私達が東の原にいた時だ。
「うん。報奨金が出たから、って先生達言っててぇ、ご馳走を食べた日があったよぉ。お皿は食堂に飾ってあったねぇ。でも、院長先生が売ったんじゃなかったかなあ」
呑気そうなボニーの声に思わず三人で顔を見合わせてしまう。
「売って金に換えたか。流石は破戒のカトリーヌだな」
大笑いしている。
「じゃあ、私達も売っちゃおうか?」
「マルセロさんに決めて貰おうよ」
「そう言えばそうね。マルセロ商会で貰うんだから、商会長に決めて貰った方がいいわね」
「お前達は張り合いが無いなあ」
呆れられてしまった。
「それよりも、春になったら受勲で王都に行けるかもしれんぞ」
「マルセロさんが一人で貰いに行くんじゃないの?」
「それがな。マルセロが皆で意見を出し合って決めた、とアドルフ町長に言ったらしくてな、儂らも叙勲の対象になりそうなんじゃ」
「じゃあ、皆で王都に行けるの?」
「ああ、リュドミラは無理として、マルセロ、アンジェリカ、ベアトリクス、ジャンヌ、それから儂じゃ。多分、アンジェリカは欠席だな」
「やったー!」
行けないボニーには悪いが、ベアトリクスと二人でハイタッチして喜んでしまった」
「王都かあ。目抜き通りのお店を偵察しとかないといけないわね」
「街道クッキーの本店に行こう。デューネにお土産買わないと」
「お土産なんて言わずに呼び出してあげればいいじゃない」
「でも遠いよ」
「今度聞いてみたら?」
「うん。そうする」
「いいなぁ、二人共。王都に行けるんだぁ」
「ごめんね、ボニー。お土産買ってきてあげるね」
盛り上がっていたら、パウルさんにため息をつかれてしまった。
「どうかしたの?」
「どうかしたの? じゃないわ。受勲は陛下から直接貰うんだぞ。少しは緊張せんか」
思わず固まってしまった。
「陛下って、もしかして、王宮で?」
「そうじゃ。男は国王陛下が、女は王妃陛下が、謁見の間で手ずから胸につけてくれるんじゃ」
「ど、どうしよう? 服とか何着たらいいの? 正装なんか持ってないわよ」
「私は祭衣があるから大丈夫だけど……」
パウルさんを見るとニヤニヤしている。
「パウルさんは何着てくの? やっぱり、猟師の格好するの?」
大分慌てている。猟師の格好が正装のわけがない。
王宮とか王族とかに慣れていないから無理もない。ロバーツ様やグラディス様にお会いできたのが奇跡に近い。
「今着とるだろうが。緑マーブルで十分じゃ。それで行けば良い。マルセロもそう言っておったぞ」
はたと、お互いの格好を見比べる。中の原では普通に緑マーブルでうろついているが、王都となると……。
「だって、これ元は麻袋よ」
「私は祭衣で行きますからね!」
初めてロバーツ様達にお会いした時は、成り行きとはいえ酷い恰好をしていた。仇は討たないといけない。
「考えてもみい。緑マーブルは王国軍に正式採用されるようにアドルフ町長が働きかけをしておるんじゃ。ロバーツ様やグラディス様、果ては猟兵や衛兵たちまで気に入って買って貰っておるんだぞ。上手くいけば、勲章は無理としても報奨金くらいは貰えるかもしれん。国王様や兵団総長に直接売り込まんでどうする」
黒紫は兎も角、緑マーブルはベイオウルフも含めて四人で開発した。報奨金も四等分になるだろう。
「幾ら貰えるんですか?」
「せいぜい金貨一枚だろう。あと、記念のメダルをくれるかもしれん。ほら、レヴァナント戦でオーウェンに貰った自警団の従軍賞がそうだ。あれも一応勲章だ」
四等分なら銀貨五枚か。そう甘くないな。
二人してしげしげと自分達の着ている服を見る。クリーン・アップで綺麗にしているとは言え、毎日着ているからヨレヨレだ。
「あんた、新しいの作ってくんない。どうせなら絹かなんか上等な素材で。刺繍も金糸と銀糸を使って。そうだ、セルトリアの紋章を刺繍にして胸に入れようよ」
「そうね。デザインよろしくね。なんとか頑張って綺麗なのを染めてみるわ」
「いい加減にせんか。勝手に紋章を使ったら犯罪だぞ」
叱られてしまった。
「考えてもみい。魔王軍討伐でただでさえ国には金がないんじゃ。値段の高い豪華な野戦服なんか兵士に着せる訳なかろうが。安くて丈夫であれば十分じゃ」
結局、全員が緑マーブルを着ていくことで一応の決着は見た。受勲できるかどうかは二月には分かるそうなので、それまではその話はしないことにした。
浮かれて言い触らしたのはいいが、選考から外れた人も結構いるらしい。流石にそれは恥ずかしい。
さて、気を引き締めて、クマとオオカミだ。
「じゃあ、見回りに行って来るわね」
パウルさんのお椀に乗ってベアトリクスが見回りに行く。焚火の火を絶やさないようにするためだ。
あちこちでオオカミ除けの焚火を焚いた。放っておけば消えてしまうので、移動速度の高いパウルさんと炎の魔法を使うベアトリクスが見回ることにした。
「お前達は、本当に変わってるなあ」
アンガスさんに感心される。留守番が私とボニーだけでは心許ないので、応援で来てくれた。なにせ、各班の潜む雪洞の真正面には、それぞれクマをおびき出すための鍋が仕掛けてある。かかったら倒さなければいけない。
「アンガスさん。クマが掛かりましたよお」
「もう、一匹食いついたのか。大した仕掛けだな」
上空班を見送って二時間くらいしかたっていない。
渓流が近い分、クマの移動時間が短いのだろう。
中の原の猟師には、少しずつ聖水入りの矢筒が浸透している。アンガスさんも持っていて、雪の上を這いながら進んで行くと、あっさり一射で倒してしまった。
「流石ですね」
「まあな。俺も一応弓のアンガスで通っているからな」
得意満面だ。ハンナさんも猟兵隊が一目置くほどの腕前だった。その師匠なのだ。上手なはずだ。
「アンガスさん。凄いなぁ」
「ボニー。お前の父ちゃんと母ちゃんも凄腕だったんだ。お前も受け継いでいるはずだから。練習するんだぞ」
「はい。ありがとうございますぅ」
「その、のんびりした喋り方もそっくりだな」
なんと! そう言うことだったのね。親子三人でのんびりしていたんだ。さぞやゆったりとした空気が流れていたんだろうな。
「さて、これからはここでオオカミを待つんだよな?」
「はい。今度はオオカミに来て貰いましょう。クマは内臓をとって血抜きをして、そのままにしておきます。鶏ガラやキツネの肉も木にぶら下げておいて、火を消したら、一旦雪洞に戻って待ちましょう」
こうしておけば、クマを退治した後でオオカミを引き付けることが出来ると考えた。焚火を消した場所ならオオカミも安心して来るだろう。寒いから肉が傷むこともない。
「クマの肉をオオカミに食われないか?」
「大丈夫ですよ。私が魔法で固くしておきますから。内臓の方はそのままですから、そっちを食べて貰いましょう」
「他の班はどうする?」
「クマ退治成功の狼煙があがったら、パウルさんのお椀に乗って固くしにいきます。なので、焚火を消すのはここだけですね」
「素人は凄い、と言うが本当だなあ」
大したもんだ、と笑っている。褒めて貰ったことにしよう。
「皆さんのように技術がありませんから。なんとか工夫して出来る方法を考えようとしてるだけなんです」
「私は伝統的な方法も習いたいなぁ」
「ごめんね、ボニー。今度、パウルさんやアンガスさんに教わってね」
「いやいや。伝統的な方法を覚えるのも無論大切だが、楽して狩りが出来るに越したことはないぞ。儂は魔法が使えんが鍋なら出来る。いい方法を教えて貰ったよ」
おおらかに笑ってくれた。流石はハンナさんのお父さんだ。
お椀に乗ってあちこちのクマ肉を固くしているうちに、オオカミを退治してくれていた。
ボニーが一本放っている間に、あっという間に三本放って全部頭に命中したそうだ。二匹逃げられてしまったそうだが、二人で四匹も倒していた。
結局、この日だけで、四班併せてクマ三頭にオオカミを十一頭を退治した。平均すると一人金貨一枚には届かなかったのだが、狐や兎の毛皮もある。待っているだけで良いので、皆喜んでくれた。
「あんた達って大したものね。こっちも頑張らないといけないね」
メイベルさん達の班もクマを一頭倒していた。
鍋にクマがかかったことに驚いたらしい。
「秋に皆で鍋を食べていたらクマの方から寄って来たんですよ。実は偶然の産物なんです」
「いやあ、楽が出来て助かるよ。冬のクマ狩りは大変だったからなあ」
「食べても美味しいし、日持ちもするし、重くない。いいですよね」
メイベルさんの旦那さんのモルガンさんとロウリさんにも褒められた。
「西部に行った時も、オークをこれで足止めしたんですよ」
「そうなのか。今度猟兵隊の知り合いにでも勧めとくかな」
「是非是非、お勧めです。中の原の鳥の頭亭のオーウェンさんが作ってくれますから」
「ありがとう。今度買ってみるよ」
オーウェン印の干し肉も、元は衛兵隊の依頼から始まったものを分けてくれたのがきっかけだ。猟師の間でも評判になって売れ行きが延びたら、また奢ってくれるかもしれないな。




