第十九話 脱出を終えて
撤収は二日後になった。
オークが北の山地帯を越えたのを確認してから引き揚げたからだ。
「儂はこいつを運んでくるからな。モルガン達のおる山小屋で落ち会おう」
マックバーンさんの班は、不埒者の護送のために本隊と別れて南に行くことになった。
もう渓流の北へは行かないので、私達の護衛は必要ないと判断されたからだ。森の中で逃げられても困るので、パウルさんがお椀で駅逓のある村まで運ぶことになった。
「ちょっと、ジャンヌ。パウルさん行っちゃうじゃない」
「まあね。仕方ないよね」
マルセロ商会には犯罪者護送の権限なんか無い。
「私達は歩かなきゃなんないわよ」
「そうね。頑張って歩きましょう」
渓流の南は北側に比べると楽だと聞いた。頑張れば何とかなる……はずだった。
誰だ! 楽なんて言ったのは!
北も南も一緒だ。
衛兵隊は東に向かって真っすぐに進んで行く。遅れたらクマもオオカミも居る所に取り残されてしまう。
ベアトリクスと二人、ヒイヒイ言いながら歩いた。
なんとか歩き続けて三日目の夕方に山小屋に辿り着いた時は、精も根も尽き果ててしまいメイベルさんとロウリさんにしがみついたまま崩れ落ちてしまった。
「仕方ないですね。今夜はここで一泊していきますか?」
マルセロさんの提案に、ブンブンと首を縦に振る。
既に衛兵隊は南の村に向かって出発していて、影も形も見えない。
と言うか、途中で完全に遅れてしまい、二日目の午後からはマルセロ商会だけで歩いていた。
「モルガンさん。いいですか?」
「ああ、構わんよ。僕たちも週末まではここにいないといけないからね。一緒にいてもらった方が心強いな」
ありがたいお言葉に甘え、ロウリさんの案内で山小屋の裏で湯あみをした。
着ている服はクリーン・アップの魔法で綺麗にできても、身体はそうはいかない。おかげで生き返った。
「二人共、もっと体鍛えなきゃ駄目だよぉ」
ボニーに説教されていると、パウルさんがお椀に乗ってやって来た。
「どうしたんじゃ? 衛兵隊は大分先を歩いとるぞ」
かくかくしかじか、と説明する。
「なんじゃ。若いもんが。しっかりせい!」
そう言いつつも、一泊には同意してくれた。モルガンさんと話がしたいらしい。斥候同士だ。何かあるのだろう。
メイベルさんとロウリさんを、ちょいちょい、と呼ぶ。
「二人共、パウルさんの様子をどう思います?」
「若々しいですね」
「なんか、いつもより勢いがあるわね。何かあったの?」
「いえいえ、私達も不思議だなあ、って思ってたんです」
予想に反して五日たっても元気だ。
全員が外した場合は、フワフワはタダにして、私とベアトリクスが折半で街道クッキーを買うことになっている。
「残念ね。一儲けし損ねたわよ」
「相手が悪かったわね」
クレイジーな魔法使いは何をやっても規格外だ。
四日目は、渓流に沿ってお椀で東に向かう。いつぞや行けなかった薬草採りだ。
「この辺りにくると薬草が多く生えているんだよ」
湖の北西にあたる場所だ。ロビンソンさんが言う通り、そう珍しくはないものの数は多かった。
「ここまで来るとなると、町からでは一泊以上せんといかんからな。この辺りには山小屋も無いし、町の薬師も来んのだろう」
「山小屋を作ればいいじゃない」
「ここら辺は湖を囲む山のおかげであまり陽が差さんからな。山小屋を作っても、直ぐにカビだらけになってしまうんだ」
昼間なのに日陰になっていて何となくジメジメしている。東にある湖を囲む山が急にせり上げるように深い谷を幾つも作っているからだろう。雨が降ると小さい滝が沢山できるらしい。湖の西は山を降りてからも原生林が広がっていて開墾されていない。日が差さないからだろうか。
「この辺りで狩りをすると何がいるの?」
「イノシシかオオカミだな。禁漁区の北に行けばクマもおるな」
狩りをしなかったのでボニーは活躍できなかったが、その代わり薬草を沢山集めることができた。半分をメアリーの、残りの半分をゴブリンのお土産にした。
町に帰ってベイオウルフとも再会し、ハンスさんと連れ立ってアドルフさんに報告する。
「なんにせよ、怪我人もなくすんで良かったな。ご苦労だった」
「マルセロ商会のお陰ですね。衛兵隊は行って戻っただけです」
ハンスさんにも褒められた。
「うん。目的は魔物と戦うことではなかったからな。上手く撃退出来たし、不埒者も一人捕縛できた。上出来だな」
「ありがとう!」
何故かベアトリクスが代表でお礼を言う。
「しかし、ガーゴイルがオークを運んで来るとは、話には聞いていましたが厄介ですね。山沿いの村が襲われたら守れませんよ」
「そのことだがな、王都でも問題になっておるようだ」
きっとロバーツ様や猟兵隊が報告したのだろう。
「何か対策は示されましたか?」
「今のところ、手立ては無いようだ。しかし、そうそう襲ってはこんだろうと予想しているみたいだ」
「そうでしょうか?」
「うん。少数で攻めて来るのは、連中にとっても損害が多すぎる。撤収するまでにこちらが援軍を出せば全滅するだけだからな。ただし、本格的に攻めて来た場合、止める手立てが無くなるやもしれん」
かなり深刻な話になってきた。一斉に山を越えてきたら、かなりの被害が出るようだ。
「斥候を増やしますか?」
「その辺りは王国軍の管轄になるだろう。猟兵隊とも話をせねばならん」
「では衛兵隊は、当面今まで通りで良いですか?」
「そうだな。北の魔物を挑発せんように、不埒者に町や村の者が誘拐されんようにせんといかんな」
「分かりました。では、今回の一件は町で噂にしても良いですね」
「うん。誘拐されかかったところを無事救出。不埒者は魔物に食われて全滅。魔物が渓流を越えて攻めてきたが上手く追い払った。そんな所だな」
ハンスさんは納得したようだ。ハッと返事をした後、二度、三度と深く頷いていた。
「あとは西の原だが、行くとなったら王国軍が出るだろう。その時はまた衛兵隊にも話はするよ」
「お願いします」
西の原へ王国軍が行くというのは、パウルさんが話していた不埒者の拠点のことだろう。
私達が捕まえた男を尋問した結果、中の原の山小屋は中継地点に過ぎず、そこから誘拐された何人かが西の原に連れられていったことが判明したからだ。
これは、下手をすれば国家反逆罪レベルの話になる。マルセロ商会は当然、衛兵隊も直接関与はしないだろう。
「そっちの話が終わったら、報酬の確認をしたいんだけど」
天下国家には縁のない魔法使いがお金の話を切り出した。
「いいだろう。今回は色々と活躍してくれたようだからな」
「不埒者を掴まえた報奨金は貰えるのよね?」
「勿論だ。湖で三人、今回で一人。誘拐だけではなく、もっと大きいヤマだったからな。重犯罪人捕縛は一人掴まえたら金貨一枚だ。合わせて四人だから、金貨四枚出せるぞ」
「金貨四枚!」
思わず、ベアトリクスとボニーの三人で声を上げる。
最初の三人は、パウルさん、マルセロさん、ロビンソンさん、ベアトリクス、私、ボニー、メアリーの七人で掴まえた。今回の一人は、パウルさん、ベアトリクス、私の三人で掴まえた。私の取り分は銀貨十五枚くらいだ。十分な臨時収入になった。
「そんなに貰えるのなら、魔物退治屋じゃなくて、犯罪人逮捕の方が稼げるわね」
「犯罪人逮捕は衛兵隊の仕事だ。最悪、人間相手に殺し合いをせんといかん。お前達は魔物退治をやってくれ」
ベアトリクスがおどけると、ハンスさんが大真面目な顔で釘を刺してきた。
「分かってるわよ。衛兵隊の成績を取っちゃって悪いことしたなあって思ってるだけよ」
ベアトリクスがニヤニヤしている。きっと何か企んでいるに違いない。
「悪いが、きっかけになった三人は兎も角も、後の一人は俺の指揮で確保したことになる。お前達のお陰で、運よく重犯罪人確保と魔物撃退の成績を稼ぐことができたよ」
ハンスさんがニヤニヤしている。
「運良く?」
「ああ、今回は運良くだな……」
言った瞬間目を背けた。罠に掛かったことに気付いたな。
「副隊長就任の初陣で運良く成績を稼いだそうよ」
「そうか、運よく手柄を上げたのだな」
「おすそ分けをしないといけないわよね」
「そうせんとバチが当たるな」
ハンスさんは懸命に目を逸らせているが、意地汚い魔法使い二人が徐々に距離を詰めている。
「町の人達に噂を流さないといけないし」
「そうそう、儂らだけでは何を言うか分からんからなあ」
「その場に副隊長がいなきゃ駄目よね」
「そうじゃなあ。運の良い副隊長がいないとなあ」
追い詰められたハンスさんがため息をついた。逃げられないと悟ったようだ。
「分かった、分かった。今回は確かに世話になった。ただし、酒は一杯だけだぞ」
パウルさんとベアトリクスがこれ見よがしにハイタッチする。
「いいのかなあ?」
「どうだろう?」
ボニーとロビンソンさんが遠慮がちに首を傾げる横で、アドルフさんとマルセロさんがお互いにちらと目を合わせて笑い声を上げた。
因みに、恒例の絵皿はお椀に乗っての空中戦になった。パウルさん以下三人がお椀に乗り、マルセロさんとベアトリクスが、ガーゴイルに向かって下から魔法を打ち上げていた。
結局、鳥の頭亭で奢って貰った。参加者は、出資者のハンスさんを筆頭に、パウルさん、ベアトリクス、ベイオウルフ、私、ボ二-。
「おう。お疲れさん。活躍は聞いたぞ。無傷でガーゴイルとオーク合わせて六十を追っ払ったそうだな」
店に入ると同時にオーウェンさんが声を掛けてきた。既に噂になっている。
「英雄たちのご帰還だ。ゆっくりしてってくれ」
店の奥に通してくれた。
「まずは、乾杯!」
「カンパーイ!」
ハンスさんとパウルさんはビール。私達はワインのサイダー割りだ。
「すまなあ。なんか無理強いしたみたいになってしまったなあ」
「みたいじゃなくて、無理強いされたんだ」
ハンスさんが睨んでいる。
「まあ、そう言わないで。一人の負傷者も出さずに、不埒者一人を掴まえて、無傷で魔物六十を追っ払ったんだからさ。お祝いよ、お祝い」
「普通、お祝いなら、祝われる方が奢ってもえるんじゃないのか?」
その通りだ。今回もたかられただけだ。
不機嫌になるのも当然だ。
「それはそうと、西の原に出撃するとなったら衛兵隊も動くのか?」
「うーん。西の原との境目の警備だけじゃないのか。多分渓流の北には行かないと思うが」
「そうか、なら今回の件は、もう儂らには関係が無いな」
「その方が良いだろう。一般人が人間相手に戦うもんじゃない」
私達が請け負うのは魔物退治だ。悪人退治ではない。
ベイオウルフを見ると、軽く頷いている。彼女は衛兵隊だから、人同士の戦闘は前提になる。
「人間と魔物って、相手にするとやっぱり違うの?」
相変わらずベアトリクスが聞きにくい事を聞く。
「ためらいが出る。しかし、ためらったら殺される。それだけのことじゃ。だから、新入りから死んでいく」
「でも、戦争じゃ強い人が生き残るんでしょ? それとも運の良い人?」
「俺が思うに、強くて運の良い奴が生き残るんじゃなくて、生き残った奴が強くて運が良いんだ」
「そういうもんなの?」
「そういうもんじゃ」
パウルさんとハンスさんの言葉は流石に重い。
「じゃあ、今回の私達は、不埒者共や魔物よりは少しは強くて運が良かったってことね」
「ま、そういうことだな。少なくとも俺よりは運が良いと思うぞ。歩くだけでヒイヒイ言ってたのが、こうして無事に帰って来れただけでも十分運が良いだろう」
ニヤニヤ笑いながら手厳しくやり返された。思わず二人して目を逸らしてしまう。
「そうじゃ。それを忘れておった。二人共少し鍛えんといかんな」
いかん。変な方向に話が進んでいる。
「二人共パウルさんに鍛えて貰った方がいいよ。冬の魔物退治は体力勝負になる。今のうちだよ」
「そうだねぇ。もうちょっと頑張った方がいいと思うよぉ」
ベイオウルフとボニーにも言われてしまう。
「早速明日湖まで歩いて往復するか」
「明日は、ちょっと、デューネが来るから」
助けて貰ったお礼をしなければいけない。
「なんの。夜明け前に出れば良い。帰って来る頃には丁度頃合いじゃ」
「明日は朝市にフワフワを出さなきゃいけないのよ」
「フワフワ? なんじゃそれは?」
首を傾げている。そう言えばパウルさんはフワフワで遊んでいない。印象が薄いのだろう。
「パウルさん知ってるでしょ? デューネのフワフワ。私達が飛び跳ねて遊んでた奴。あれで子供達を遊ばせるのよ」
「どこでやるんじゃ?」
「水が沢山ないといけないから、船着き場の近くです」
「なんじゃ、それを早う言わんか。ならば儂もお椀で飛行体験会をやろうか」
ひょんなところからライバルが出てきた。
「どうじゃ、どうせなら、どっちが子供を集めることが出来るか賭けをせんか?」
フワフワで飛び跳ねるのと、お椀に乗って空を飛ぶのとだったら、空を飛ぶほうが人気になるに決まっている。勝てる訳がない。流石にベアトリクスも断った。
「お金取るの?」
「取っても良いが、子供相手だからな」
「私達、明日は無料でやるの。お祭りなら兎も角ね」
「フーム。ならば、飛行体験会の待ち合わせ時間にフワフワで遊ばせておればどうじゃろう?」
ハンスさんが袖を引っ張ってくる。
「お前達は一体どうして次から次へと、色々なことが出来るようになるんだ?」
心底不思議そうにしている。
「ハンスさんよりも、少しだけ運が良いからだと思います」
新任の副隊長は、両手を広げると盛大に肩をすくめた。




