第十八話 西中の原北部からの脱出②
休まなければならないので、森の中に降りて藪に潜む。
腹が減ったと言うので、朝ご飯にする。
。
「何か食べる物を持っとるだろう?」
「ジャンヌ。早く出しなさいよ」
何の準備もしていない魔法使い二人が催促してきた。
一体、人を何だと思っているのか。
芋虫の小袋を目の前に突き出してやろうか。
「街道クッキーと干し肉の欠片ならありますけど」
かと言って、本当に持っているところが我ながら少々恥ずかしい。
「流石じゃ! いろいろな腹が減っとる生き物に懐かれるだけのことはある」
「本当ね。出来ることなら私達だけじゃなく、ガーゴイルもたぶらかして欲しいわね」
誰がたぶらかしているんだ。全く、食べてばっかりいないで準備を手伝いなさいよ。
とりあえず街道クッキーを食べる。相変わらず美味しい。敵地にいても、表面のサクサクとした歯ごたえと、中身のしっとり感は変わらない。
マニアが随分と喜んでくれた。
「じゃあ、水を出すわね」
ベアトリクスが自分の物入袋からお椀を取り出した。三つある。こういう所は準備が良い。
お椀の水にパウルさんがナイフで薄く削った干し肉の欠片を入れて、ふやけるのを待つ。炎の魔法で温めた方が良いが、クマが寄って来るかもしれない。冷えたスープで我慢した。
「食べ物は何とかなったけど、魔力を回復しないといけないわね」
数時間は眠らないといけない。果たしてそんな時間はあるのだろうか。
「こういう時は、まずは敵から遠ざかることと、味方と合流することが基本じゃ」
マニアが街道クッキーを食べて頭が働いたのか、今後の行方を考え始めた。
「じゃあ、東に行くの」
「そうだな。マルセロ達と別れた所まで行って見よう」
「飛行術は使えるの?」
「後一回で打ち止めじゃな」
それは深刻だ。パウルさんが魔法を使えなくなったら、相手が何であれ全滅しかねない。
「案ずるな。中級魔法なら十回くらいは大丈夫だ」
一般的に、魔法制御力……いわゆる魔力は、上級魔法一回は中級魔法十回に、中級魔法一回は初級魔法十回に匹敵すると言われている。初級魔法使いが中級魔法使いになる時の目安が、初級魔法を一日で二十回くらい使えるかどうかだ、とも言われている。私もベアトリクスもクリアしているが、まだ初級魔法しか使えない。
勿論、いきなり上級魔法を覚えるような例外も存在するが、そういう人は覚える魔法の種類が少ない。
「ここからは歩くしかないな」
「えー! 歩いていて変なのに襲われたら魔力切れになっちゃうじゃない」
「南に行った方が良くはないですか?」
「敵もそう思うだろうな」
うーむ。倒したガーゴイルは二十匹程度だ。まだ三十匹はいる。オークを運んで来たら倍になる。ましてや、オーガがいたら碌に抵抗も出来ずなぶり殺しだ。
仕方ない。歩くか。
「パ、パウルさんがゆっくり休めたら、こんな苦労しなくても、良いのよね?」
「まあ、そうだな」
「な、なんとか、ね、寝る方法を考えませんか?」
「お前達。歩くのは人間の基本だぞ」
一時間もしないうちにヘロヘロになった。
なにせ道が無い。真っ直ぐに西に進むもんだから、傾斜もへったくれもまい。先を行くパウルさんは、容赦なくよじ登り、駆け下りて進んで行く。しょっちゅう、立ち止まって待ってくれてはいるのだが、私達は歩き詰めだ。
「ど、どうして、真っ直ぐに進むんですか? も、もう少し楽な所を行きましょうよ」
「味方に合流するためだ」
「み、味方が真っ直ぐに進めばいるって、どうして分かるのよ」
「目印だ」
ハンスさんが撤退した経路に目印を残してくれているらしい。
「辺りをよく見て見ろ。四十五人が往復したんだぞ。跡が残っとるに決まっとろうが」
言われて見ると、草が倒れていたり、木の根に泥がついていたり、苔がはがれていたりする。
「でも、それじゃあ、私達も魔物に跡をつけられるかもしれないじゃない?」
「その通りだが、ガーゴイルは木の上を飛んでおるから、小人数なら気付かれんじゃろう。オークとは十分距離を置いた」
てことは、クマやオオカミが後ろから来るってこと?
周囲を見ると、捻じれた木が多い。色もなんとなく黒っぽい。
やっぱり渓流の北は危険領域なんだ……。
ベアトリクスと顔を見合わせて、慌ててパウルさんの元に駆け寄った。
「やれば出来るじゃないか」
ニヤニヤしている。どうも引っ掛けられたような気がする。
「儂らは三時間以上遅れとるんだ。今頃、衛兵隊はマルセロと合流している可能性が高い。もちろん、ロビンソンがおるから撤退路は確保できておるだろう」
残るは私達だけか……。
「分かったようじゃな。もう少し歩いたら、飛行術を使って一気に南に下って渓流を越えよう。それまで頑張って歩くんじゃ」
ベアトリクスと二人ため息をついた。
ヒイヒイ言いながらもなんとか頑張って歩き続けていると、パウルさんが立ち止まった。
「そろそろ、良い頃合いだな」
「お椀に乗れるの?」
「ああ。ここで一休みしたら、渓流を越えようか」
「や、やった。頑張って良かった」
ベアトリクスと二人抱き合って喜んだ。
「お前達、言っておくが、渓流を越えたところでクマやオオカミはいるんだぞ」
「分かってます。でも、やっぱり安心感が違いますよね」
「オークやガーゴイルは来ないんでしょ?」
「恐らくな」
その言葉だけでも全然違う。
「猟師の山小屋とかもあるのよね」
「まあな。幾つか心当たりがあるから、そこに辿り着いたら一休みできるだろう」
パウルさんの魔力が回復出来れば安心だ。お椀に乗って一気に安全な村か町に辿り着ける。私達の魔力も回復するから、ガーゴイルが来ても、一列に並べてしまえば大丈夫だろう。
「お前達。少し眠るか?」
「いえいえ、お椀に乗って早く南に行った方がいいですよね」
「そうよ。空中戦は魔力が十分回復してからにしたいわね」
早く早く、と急かしていると、聞きなれた鳴き声がする。
「チュルリ!」
チュルリが鳴きながら頭の上に飛んできた。
両手のひらを合わせて差し出すと、ちょこんと止まった。足に手紙がついている。手紙はパウルさんに渡し、腰に括り付けた籠に入れて芋虫をあげる。
「ロビンソンさんからのメッセージですか?」
「ああ。衛兵隊と合流して渓流を越えたのは良いが、オークとガーゴイルが渡河点に近づいて来ているらしい。渓流で支える予定だから早く南に逃げろ、と言ってきた」
大変な話だ。
「北から攻めて来たの?」
「そこまでは分からん。儂らが交戦した連中かも知れん」
「中の原は大丈夫でしょうか?」
「マルセロが中の原には伝えたらしい。アドルフ町長がおるから大丈夫だろう」
書簡送信用のテレポートの巻物だろう。アンジェリカさんがお店にいるはずだ。
「まずは、南に逃げるぞ。それから休憩して東に行く」
「チュルリを放しましょうか?」
「いや。渓流を越えてからで良い」
そのまま木に登って様子を見ている。
「大丈夫そうだ。ここからはスピード勝負だ。一気に南に行くぞ」
「はい!」
低空飛行で木の上すれすれを飛ぶ。
お椀の縁は回転させて前後左右を満遍なく使えば長持ちするが、底は替えが効かない。上昇には、あまり力を使えない。
「なんでオークが渓流を越えるんでしょうか?」
「分からんな。だが、ごくたまにそういう例はあるらしい」
「森の中で戦ったことないけど、やっぱり苦戦するの?」
「陣形が使えんから、一対一が多くなる。魔法も弓も広範囲には攻撃できん。同数なら、まず負けるだろう」
ゴブリンの洞窟では、土塁で相手の攻撃をしのぎながら後退したと聞いた。森は広すぎるから同じ戦法は使えない。
「渓流を陣地に見立てて支えるしかない。先に渡ってしまえば、後から来る敵を上から狙える。向こうも分かっておるから、そうそうは攻めかからんと思うが」
「要は相手の数ね」
「そういうことじゃな」
すぐにでも合流したいが、今の私達では戦力にならない。まずは身体を休めなければならない。山小屋があれば……。
西の方向を見ると、山小屋の煙が見えなくなっていた。火が消えたのだろう。
あれ? なんかいるぞ……。
「西の空になんかいますよ?」
「どこ?」
南西の方向を指差す。そこには黒いものが空に浮かんでいる。
「あいつら、私達を追いかけてた奴らじゃないの?」
「やはり、一旦山小屋を探しに来ておったか」
「どうしましょうか?」
パウルさんの魔法は打ち止めだ。私とベアトリクスは、せいぜい後二、三回ずつといったところだろう。松ぼっくりはもう無い。
「渓流までなら止まらずに行けると思うが、連中が渓流を越えてきたら対処出来んぞ」
「兎も角も、行けるとこまで行こうよ」
本日、三回目の空中戦になった。
ガーゴイルは十五匹くらい。まともに戦っては勝ち目が無い。
「一匹ずつ倒してたら勝てないわよ」
「この木の槍で何とかしのいで二匹まとめて落とせば、そう簡単に近づいて来なくなるわ」
地上を移動している間に、パウルさんが木の槍を二本作ってくれた。そのうち一本を持ってきた。普通の槍の倍の長さがあるのだが、果たして体力不足の私達で操れるのかどうか甚だ怪しい。
ガーゴイルは南に飛んでいるお椀に対して、南東方向に移動しながら接近してくる。すでに相手の顔つきまで分かる距離になってしまった。
「一匹きたわよ」
木の槍をベアトリクスの肩に乗せて支えて貰った。ギリギリまで引き付けて、えいっ! と突き出す。
「ギャッ!」
顔に当たった。
ゴツッ、と石を突いた手ごたえが手に伝わってくる。
手で掴もうとしてきたので慌てて引いて、もう一回突く。と見せかけて、躱そうと手を振り回したところを狙って肩口を突く。
「ギャッ! ギャッ!」
痛くはないだろうが、嫌がっている。
「もう、一匹左から来たわよ!」
「パウルさん」
「ほいな!」
一瞬お椀が前に滑るように加速した。
左のガーゴイルが方向転換してきて、こちらから見て縦に重なった。
「エナジー・ボルト!」
べアトリクスが前の奴の羽に穴を空けると、後ろから来たのとぶつかった。
その勢いのまま、木に引っ掛かって墜落していく。
「やったー!」
「まっかせなさい!」
喜んでいるのも束の間、左からどんどん近づいてきた。
「しゃがめ!」
パウルさんに言われるがままに、二人してしゃがむと、いきなり真横にズレるように飛ぶ方向を変えた。
「きゃー!」
「ちょっと、ちょっと」
ガゴッ! ドゴッ! 体当たりした。お椀の中で転げまわる。危うくチュルリの籠を潰すところだった。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「投石機が飛ばした石を弾くんだぞ! これくらいでは壊れはせん」
ていうか、中にいる私達が壊れそうなんだけど。
「よし! 相手が遠ざかったぞ」
ゆっくりと南に向きを変える。使う縁を正面から左側面に切り替えた。
恐る恐る立ち上がって首だけ縁から出すと、ガーゴイルが遠巻きになって飛んでいるのが見えた。
「二匹ほど首根っこをへし折ってやったわ!」
カラカラと笑っている。
「最初からこうした方が良かったんじゃないの?」
「うむ。今度からは体当たりを基本にしようぞ」
助かったんだから良しとしようか。
ベアトリクスがため息をつくのを見ていたら、ブラッディ・パウルの異名が頭に浮かんできた。
ガーゴイルは恐れをなしたのか、後ろから追跡して来るようになった。一定の距離を置いて、ぴったりとつけてくる。
「いつまでついて来る気かしら?」
「魔法で飛んでおると見当をつけとるんだろう」
「こちらの魔力切れを狙ってるんですか?」
「恐らくな」
随分と粘り強いことだ。勢いで攻撃してくる魔物らしくない。
「ガーゴイルは魔力で動く人形だ。自ら思考し動けるようだが、感情なんかない」
「それって、禁呪なの?」
「違うだろうな。人がガーゴイルを操る、というのは伝承にもない。いわば、ドールやチャームの魔物版だろう」
「サボーディネイションでも駄目なんですか?」
「サボーディネイションで操ることは出来ても、生み出すことはでんんだろう。根本が違う」
色々と難しいな。魔法は奥が深すぎて分からないことが多すぎる。
「さて、そろそろ渓流が見えてくるぞ。これからはどうするんじゃ? 飛び越えるか?」
「一旦渓流に沿って東の方へ進んで下さい。相手の出方を見ましょう」
「分かった。ならば水面すれすれに飛んで行くぞ」
渓流は曲がりくねってはいるが、お椀が飛ぶだけの幅はあった。左右から断崖が迫ってきて、時々木の枝が覆い被さっているがなんとか飛べそうだ。
ガーゴイルは見失わないように一列になって飛んでいる。
「諦めずにつけてくるわね」
「奴らは疲れを知らんからな」
仕方ない。出来れば宴会の時に呼んであげたかった。
私は指輪を眺めてみた。
白銀の指輪に水色の石がついていて、石の中心では濃い青色が渦を巻いている。
「デューネ。貴女に会いたいの。姿を見せて」
合言葉を唱える。
「随分甘いセリフね。寂しがり屋?」
一七五の会で一番に寂しがり屋のあんたが言うかい?
指輪が光り、水が迸ってきた。ドンドン溢れてきて、人の大きさになり、形になり、彼女の顔がハッキリと分かるようになった。
「お久しぶり。ジャンヌ。呼んでくれないから、忘れたのかと思っちゃったじゃない。でも、いきなり空の上にご招待なんて気が利いてるわね」
いきなり抱きしめられる。
が、途端に顔をしかめた。
「あら、お風呂入ってないの。お肌に良くないわよ」
「それどころじゃなかったのよ。ていうか、デューネ、いつもその恰好してるの」
娼館で買った水色のヒラヒラを着ている。完全に透けてはいないのだが、見えそうで見えないところが、また妖艶だ。スタイルが良いだけに、町を歩けばオッサン達の鼻血の海ができるだろう。
「気に入っちゃった。二つ買ってくれたから毎日交代で着てるのよ」
ウフフ、と笑っている。
デザインの違うのを夜着用に買った。それを普段着にしている。
「デューネ。久しぶり」
「ベアトリクスも元気にしてた? あら、パウルさんもいたの?」
「久しぶりだの」
娼館で勇名を馳せるシャイな魔法使いが顔を赤くしている。
それにしても、一週間しか経っていないのだが、遠慮は無用だったようだ。
「ところで、どうしたの? なんか変なのがついてきてるわね。」
「追われてるのよ」
「じゃあ、あれは敵?」
うん。と頷く。
「分かったわ。折角呼んでくれたんだから、約束通り守ってあげる」
じっと、私の目を見てくる。
用心棒代だな。分かってますよ。
「ありがとう。帰ったらお礼にご飯奢ってあげる。それと、今度私達の仲間が全員揃うからお祝いパーティーやるの。その時に主賓で招待する予定なのよ。その時に着る服も買ってあげるわね」
「ウフフ。分かってるじゃない。じゃあ、とっておきを見せたげるわね」
デューネが渓流に向かって右手を差し出して、ついっ、と上に跳ね上げた。
ドン!
大きな音がしたかと思うと、渓流から水柱が上がった。
ドン! ドン! ドン!
そのまま、立て続けに水柱が上がる。
水柱は生き物のようにガーゴイルに近づくと、一匹一匹撃ちぬいて粉砕し始めた。
「凄いわね……」
ベアトリクスが目を見張っている。
パウルさんも後ろを振り返ったまま、あんぐりと口を開けてって……危ないから前を見てください!
生き残った三匹のガーゴイルが慌てて上空へ舞い上がる。
「甘いわね。石の塊では私から逃げるのは無理よ」
腕を高く上げると、一際高い、とんでもなく高い水柱が三本上がり、あっという間に逃げるガーゴイルに追いつくと、飲み込むと同時に粉々に砕いてしまった。




