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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第四章

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二羽の鳥

「鳥が来たよ」


 リュドミラが指差すように、空の上を飛んでいたのが水面近くに降りてきていた。

 首と嘴の長い白いでっかい鳥が、船を中心に回るように飛んでいる。


「餌をやってみよう」


 ロビンソンさんが芋虫を入れた小袋を取り出した。

 鳥に声を掛けながら飛んでいる前に芋虫を投げると、飛びながら若干方向を変えて空中で器用に咥えた。 


 私もやりたい、とリュドミラが言って投げる。タイミングが悪かったのか、随分と低いところに投げてしまった。

 鳥は水面すれすれまで急降下し、若干の水しぶきを上げながら見事キャッチ。再び舞い上がった。


 ごめんねー、と言いながらも、きゃいきゃいと喜んでいる。

 そんな楽しそうなこと、やらなきゃ損だ。

 我も我もと争うように芋虫を手にし、順番に投げた。鳥は見事全部キャッチする。


 興奮だ。こんな経験は初めてだ。


 遂に芋虫が底をついたが、鳥はまだ船の周りを回っている。

 何かないのか、とベアトリクスが言うので、物入れ袋から干し肉の塊を取り出す。

 固すぎるのでは、と言うので、ナイフで削って水に入れてふやかすことにした。

 柄杓に水を掬って欠片を入れて柔らかくなるのを待っていたら、鳥が船べりに止まった。


 これは狼の時の再来だ。懐いてもらうチャンスかも知れない。

 近くで見て見ると、長すぎない首と黄色く細い嘴を持ち、足の長いスラっとした綺麗な鳥だ。

 鳥は待ちきれないのか、私を見ながらクアクアと鳴いている。

 仕方がない。口に入れて噛んで柔らかくしたのを指で摘まんで差し出すと、直接咥えて食べてくれた。


 気に入ったのか、まだクアクア言っている。リュドミラを見ると目を逸らされた。口に入れた物を吐き出して食べさせるのに抵抗があるようだ。乳離れする子供の面倒をみたことがないのだろう。

 止むを得まい。私一人で、噛んではやり、噛んではやり、ともう二つ食べさせたら満足したのか、翼を広げて飛び去っていった。


「なんだったんだろう。白い鳥かなぁ」


 ボニーの言うように、手つなぎ歌にあった白い鳥かもしれない。

 てことは、黒い鳥もいるはずだ。


「黒い鳥は下から来るんだよねぇ?」


 下から来る……。水中か?


「ジャンヌ。光を水に漬けてみな」


 言い出したベアトリクスに身体を掴まえてもらい、身を乗り出して水中に両手を延ばす。

 そのまま光らせていたら、バシャッと水音が聞こえた。


 本当に水の中から来た。黒い鳥だ。

 さっきの白い鳥は大きくて綺麗だったけど、黒い方はなんだかみすぼらしい。

 鴨が黒くなったような姿だ。烏の様な光沢が無く煤けて見える。

 水に浮かんだままこちらを見ている。


 水に漬けていた干し肉の欠片が柔らかくなっていたので、ロビンソンさんに投げてもらう。

 上手なもので、口元にまで飛んでいった。

 黒い鳥は口を開けたまま、飛んできた欠片を飲み込むように食べた。

 気に入ったのかグワグワ言っている。


 喉に引っ掛からないのだろうか。心配なので、半分にちぎって櫂の先に乗せて突き出した。

 ベイオウルフが両手で櫂を支えて鳥の口元に持っていくと、啄み始めた。

 食べ終わると、グワグワ言いながら近づいて来た。

 皆が私の方を見る。


 仕方ないな。

 噛んで柔らかくしたのを指で摘まんで差し出すと口を大きく開いたままだ。

 咥えるのを待っていたが、大きく口を開けたまま羽を広げてバタバタしている。

 放り込むとゴクンと飲み込んだ。

 どうやら、この食べ方がこの子のスタイルらしい。


 もう一つ、と噛んで口の中に放り込んでやる。

 飲み込んだ後、慣れてきたのか飛び上がって船べりに着地……出来ずに船底にバタバタと文字通り転がり込んで来た。足がひれのようになっているから滑ったのか?


 懐いてしまったものは仕方がない。噛んでは放り込み、噛んでは放り込みで、幾つかあげたら満足したようだ。グワグワと鳴きながら、チョン、チョンと船底を跳ねている。


「飛び上がれないんじゃないかな」


 ロビンソンさんが言うと、グワグワと私の傍に跳ねて来た。

 ジッと私を見ている。

 どこまでも不器用な子だ。思わず、プッと吹き出してしまう。


 気に障ったのか、羽を広げてグワグワ言うので、ごめんね、と謝って、両手で抱え上げる。

 鳥は大人しくしている。

 そのまま、赤ちゃんを抱っこするように左手で抱っこし、撫でてやると、気持ちいいのか目を閉じた。

 何となく、愛着が湧いてきたので、密かに黒子と名付けた。


 ゆっくりと水に降ろしてあげる。

 水面に浮かんだ黒子は、くるくると水面を移動した後、一声鳴いて水の中に潜っていった。




 湖面に出来た波紋を見つめていたら、少し離れたところに浮かんできた。

 グワグワ言っている。


「近づいてみようか」


 ロビンソンさん言うので、近くに漕いでいく。島の方向だ。


「案内してくれるようだよ」


 流石は魔物使い。分かるらしい。


 島に近づくにつれ、木がザワザワ鳴り始める。

 大丈夫なんだろうか。なにせ色々不器用な子だ。なにか間違ってはいないだろうか。


 人の心配を他所に、黒子が岸辺の近くで浮かんでこちらを見ている。

 船がいよいよ岸に近づき、島の木々が枝をブンブンと振り回し始めた頃、羽を広げて水の上に立ちあがった。


「船を止めて!」


 またもやロビンソンさんだ。まるで通訳だ。


 黒子は私の傍に来て首を水に突っ込んだ。それを何度も繰り返している。


「ジャンヌ。水に入れと言ってるんだ」


 えっ? そういうのって、パウルさんの役割じゃ……。


 パウルさんが首を傾げながら立ち上がった。

 途端に黒子が騒ぎ始める。


「儂ではないようだぞ。皆順番に立ってみろ」


 一人ずつ立ち上がる。


 次から次へと羽ばたかれ、私が立つと首を水に突っ込んだ。

 最後にロビンソンさんが立った時は、しばらく浮かんだままで首を捻っていた。結局、グアと一声鳴いて首を水に突っ込んだ。

 私一人では心許ないので、通訳が必要と考えたのだろうか?


「女神様の領域で、その御使いに選ばれたんだ。名誉だと思って行ってこい」


 パウルさんはそう言うが、随分と不器用な御使いもいるもんだ。

 そう思ったが、懐かれてしまったものは仕方がない。ロビンソンさんと二人命綱を体に巻き付けて潜ることにした。


 ベアトリクスが皮袋の蜂蜜酒を一気飲みし、袋を裏返して臨時の防水用物入袋を用意してくれた。 

 お供え物の他、皆が使えそうなものを色々と入れてくれた。水筒、街道クッキー、干し肉の欠片……食べ物ばっかりだな……誰だ! 私の肌着を入れたのは! すぐに帰って来るから大丈夫よ!




 いきなり飛び込んだら浮かんでくるのが大変らしいので、足からそろそろと降りる。


「何かあったら一回強く。安全が確認出来たら二回。止むを得ず命綱を外すときは三回、引くんだよ」


 ベイオウルフの言葉に頷きながら、パウルさんの山刀を背負ったロビンソンさんと二人で、水に浸かった。

 そのまま沈んでいきそうになったので、慌てて足を動かして立ち泳ぎする。

 溺れないように懸命に手足を動かしながら、水に顔を突っ込んで中を見ると、黒子が水底に向けて泳いで行くのが見えた。ロビンソンさんも潜っていくので慌ててついて行く。

 黒子は時々こちらを振り返りながら、どんどん底に向かって進んで行った。


 パウルさんが言った通り水の中は真っ白で霧の中を泳いでいるようだ。周りは何も見えないが、ロビンソンさんと黒子だけはやたらとハッキリと見える。


 黒子が方向を変えて少し泳いだ後で、こちら向きになり私達を待っている。

 息が切れそうになりながら懸命に泳いで行くと、いきなり黒子が消えてしまった。


「?」


 ロビンソンさんと顔を見合わせていると、何も無い所から突然顔だけ出した。

 口を開けてガバガバと空気を吐き出し、苦しそうに悶えている。

 水の中で鳴こうとして失敗したな。

 そのまま引っ込んでしまった。


 顔が出て来た辺りにロビンソンさんが手を伸ばすと、手首から先が消えてなくなった。

 そのまま、スゥー、と身体を消しながら入って行く。

 途中で私の手を取り引っ張ってきた。抵抗も何もない。そのまま引っ張られるがままにされていると、突然水が無いところに出た。




 地面がある。

 薄暗くはあるが見えないことはない。

 土の壁に土の天井。洞窟のようなところか。

 振り返って元居た所を見ると真っ白なままだ。


「ジャンヌ大丈夫か?」

「はい。大丈夫です。でも、ここは?」

「分からない。島の地下なのか?」

「水がありませんね」

「水はこの向こう側かな」


 水は白い膜の様なものに閉ざされていて、こちらは乾いている。膜に手を突っ込むと、確かに水がある。

 慌ててひっこめると、バシャっと音がして地面に零れ落ちた。何とも不思議な結界もあったものだ。


「これはもう外しても大丈夫じゃないかな?」


 ロビンソンさんが手に取ったロープの先はベイオウルフの身体に縛り付けてある。ここから先に進むには外さなければならないだろう。


 私を見上げている黒子に聞くと、グアと一声鳴いた。

 あんた、本当に大丈夫なんでしょうね?


 少々不安があるが仕方がない。

 ロープをゆっくり手繰り寄せると、そんなに引っ張らなくても手ごたえがあった。

 グングン、と二回引っ張られた。心配してくれているらしい。

 ゆっくりと、二回引っ張ったあと、三回引っ張って連絡を送った。




 着いたところのすぐ近くに石造りの登り階段があった。

 光が差し込んでいる。

 嘴で階段を指し示しながらグアグア言っているから登って行くのだろう。


 どうせ一人では登れないだろう。手拭でくるんで抱えて階段を上る。

 ゲンキンなもので、目を閉じて機嫌良さそうにしている。

 水に潜るだけあって、水滴一つ付いていない。対してこちらの二人はビショビショだ。裾が足にまとわりついて気持ち悪いったらありゃしない。


「あんた、これだけやらせておいて、何もなかったら鳥の頭亭に売っ払うわよ。オーウェンさんに言って丸焼きにして貰うんだからね」


 呑気そうにしているのを見ていたら段々腹が立ってきた。そう言ってやると、片目をちょっと開けただけですぐ閉じた。

 鳴きもしない。

 鳥に舐められるとは屈辱だ。ロビンソンさんが、まあまあと宥めてきたので、それ以上言うのは止めておいた。




 階段を登って行くと青空が見えてきた。随分と深く潜ったような気がしたのだが、二階半程度に登ったら地上に出た。


 明るい日差しの元、緑の草地が広がっていて、その向こうには二つ目の湖と島が見える。


「あの建物が原初の遺跡とかいうやつかな?」


 島の真ん中には何本かの木に囲まれるように白い石造りの建物がある。


「ここが湖の中の島だとすると、この島の中の湖の中の島に建っていますね」


 原初の遺跡は湖の中の島の中の湖の中の島にあるはずだ。今私達がいるのが湖の中の島だから、見えているのは原初の遺跡……か、その偽物だ。

 たどり着いたのか……。


「ありがとうぅぅぅ! 丸焼きにするなんて言ってごめんね!」


 頬ずりしてやると、グア、と言って口を大きく開けた。


 仕方ないな。

 一旦地面に黒子を下ろし、干し肉の欠片を噛んでやって口の中に放り込む。

 自分で来い、と言っておきながら餌を要求するとは厚かましい奴め。


 後ろを振り返ると、沢山の木が植わっているのが見える、船に乗った私達をザワザワと威嚇してきた連中だろう。


「ねえ、あれ何とかならない? あの木のせいで仲間がここに来られないのよ」


 聞いてみると、鳥のくせにため息をついた。

 それでも、ぴょんぴょんと木に向かって跳んで行く。

 途中で抱き抱えて木に近づいたが、木は特に動く気配がない。


 黒子が、グアグアグア、と一際大きい声で鳴く。

 なんと木が動き始めた。

 まるで根っこが人間の足のようだ。

 いつの間にか向こう側が見える隙間ができた。

 そして、船に乗った仲間が見えた。


「ジャンヌー! 大丈夫ー?」


 ベアトリクスの声が聞こえる。


「大丈夫だよー。ありがとうー!」


 手を振ったら、振り返してくれた。

 良かった。連絡が着いた。


 黒子を見ると、胸を反らしてふんぞり返っている。


「あんた、凄いじゃない」


 褒めたら、また口を開けた。

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