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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第四章

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第七話 二度目の原初の遺跡

 二回目の原初の遺跡探索だ。


 今回はアドルフさんと大司教様の視察付きだったりする。しかも、大司教様の秘書の方と、工作所の二人に衛兵隊長、副隊長まで参加している。

 何となく圧を感じてしまう。これと言うのもパウルさんが高速船開発の資金援助を、アドルフさんに申し出たからだ。


 パウルさんの話を聞いたアドルフさんは、最終的には、と前置きをし、二つ条件を出してお金を出してくれることになった。一つは中級魔法で操作できること、もう一つは速度を押さえても良いからノンストップで隣村まで行けることだ。

 川船として本格的に運行する事を前提とした開発計画を考えたらしい。


 やる気になったのはパウルさんだ。できなかったら借金で良いから金を出して欲しい、と交渉しその通りになった。そして、衛兵隊の工作所の二人が嘴の開発を手伝ってくれるようになった。


 パウルさんは執着心の強い魔法使いらしく、一週間近く日参した。幾つかの試作品を経て遂に零号機が完成した。川で実験したら上々の結果だった。アドルフさんにも見てもらって資金提供を取り付け、ついでにウィンドウ・バリアを使えるだけの強度にしてもらった。


 工作所の二人は投石機がどうとかこうとか言っていたが、筒自体は何かで代用できたようだ。後は嘴だが、溶接とか言う方法でくっつけたらしい。蓋がいらないので裂けて壊れることはなかったようだ。




 湖での本番は、アドルフさんが直々に検分すると言い出した。折角だから、と大司教様を誘ったらしい。

 衛兵隊長と副隊長は軍事面での転用の可能性を見にきたのだろう。


 今日も天高く羊雲が浮いている。

 すっかり紅葉に包まれた湖を、新しく開発した緑を少なくし黒とこげ茶を加えて外套兼用にした秋冬用緑マーブルを着た私達は、お供え物とお弁当を持って船に乗り込んだ。

 遺跡が迷宮だった場合に備えて、オーウェンさん特製の干し肉の塊と野菜も物入袋にはいっている。リュドミラも鍋を背負っている。準備は万端だ。


 嘴は最初の水道管と比べると随分と形が変わった。

 人の背丈程度だったものが、船首から船尾にいたるほどの長さになった。嘴の根元がクランク状に折れ曲がり、舷側に装着した筒から水面へと嘴を延ばしている。嘴も鴨の様な平たい形から、烏の様な太短い形に変わった。


 形が変わったのだから名前も変えようと提案したのだが、もう書類にしとる、と相手にされなかった。




 工作所の親父さんに調整して貰い、頑張るんだぞ、と声援を受け発進する。


 今日はパウルさんが嘴の調整に専念するから、漕ぎ手の一人はボニーが務めている。

 ある程度漕いでいき、霧の近づくにつれ速度を上げ、パウルさんが嘴を二本同時に解放した後、皆で真ん中を向いて長い輪になって手を繋いだ。


 一度お試しとして霧の近くを横切って、端から端まで止まらずに行けることを確認している。普通なら反対側に抜けるはずだ。




 パウルさんの音頭で歌い始める。

 本番ともなると、どうにも声が上ずってしまう。

 それに私とベアトリクスが先頭だ。


 遂に霧に突入し、皆一段と声を上げる。

 しっとりとした霧が肌にまとわりついてくると、思わず左側のベアトリクスと右側のベイオウルフの手を握り締めてしまう。

 二人がぎゅっと握り返してくれたのが嬉しかった。




 真っ白な中に閉ざされ、皆の歌声と嘴が空気を吐き出すボコボコいう音以外何も聞こえない。

 随分と時間が経ったように思える。何回歌を歌ったろうか。


「霧が晴れてきたわよ!」


 ベアトリクスが叫んだ。


 徐々に周囲が明るくなってくる。 

 霧が晴れて辺りが見える。目の前には湖が広がっていた。

 あれ? 頭上を見ても太陽が無い。空は霧に包まれているのか真っ白だ。なのに、昼間のように明るい。


「なんなのここ?」


 ベアトリクスが言う通り、ここはどこなのだろうか?

 随分と広い。湖の半分近い広さがある。霧の塊よりもずっと広いのではないか。岸辺を霧が覆っているかのように、周囲が真っ白だ。

 霧を抜けて、別の湖に来たと言われた方が納得できる。




 既に嘴は静かになっていて、船はゆらゆらと漂うだけになった。


「手を離すぞ」


 どうせ進むにしろ漕ぐしかない。いずれは手を離すことになる。皆パウルさんに向かって頷いて、一斉に離したが、特に変わりはなかった。


 湖面は鏡の様に静まりかえり、湖のぐるりを、それどころか頭の上まで天井のように霧が立ち込めていて、何も見えない。

 音がしないので、一人一人の息遣いが聞こえて来る。

 ゆっくりと四人が漕ぐと、霧に囲まれた湖の中心に向かった。

 島があるはずだ。


「どこなの? ここ?」


 ベアトリクスが不安そうに頭上を眺めている。


「元の湖ではなさそうだな。どこかに跳ばされたんじゃないのか?」


 ということは、テレポートだったのか……。


「あっ、鳥!」


 船端から顔を突き出して水面を見ていたリュドミラが声を上げた。

 鳥が鏡の様な水面に写ったのか。

 一斉に空を見上げるが、どこにもいない。


「リュドミラ、鳥はどこなの?」


 リュドミラは私の顔を見て、水面を指さす。


「えっ?」

「水の中にいるよ」


 さては水鳥か。今度は皆で水面を覗き込み、息を呑んだ。


 水底には青空が広がっていて、羊雲が浮かんでいる。確かに鳥が飛んでいた。

 慌てて空を見上げるが、真っ白なままだ。


「どういうこと?」


 ベアトリクスが手を握ってきた。微かに震えている。


「きっと、反対側に来たんだ」


 リュドミラは意外と落ち着いているが、言っている意味が分からない。


「水面の反対側か?」


 パウルさんが聞くと、うん、と頷く。


 反対側の世界……。確か、リュドミラが鏡の向こうには、反対側の世界があると言っていた……。




 突然、パウルさんが意を決したように立ち上がった。


「お前達はここにいろ」


 外套緑マーブルを脱ぎ捨てて、身体にロープを巻き付ける。


「パウルさん、まさか水の中に入る気じゃ?」


 パウルさんは、ロビンソンさんに向かって答える代わりにニカッと笑うと、皆を頼んだぞ、と言い捨て湖に飛び込んだ。

 慌てて、ベイオウルフがロープの端を握る。ヴィルに手伝って貰って自分の身体に巻き付けた。


 リュドミラが手を伸ばして水を掬う。

 ただの水らしい。


 パウルさんが飛び込んだ先を見るが、水中には青空が広がっているばかりで何も見えない。ロープまで途中から透けるように見えなくなっている。




 しばらく様子を見ていたが何も変化はない。そろそろ息が切れる頃ではないかと心配していたら、離れたところにプカリと浮かんできた。


「何もない。どこまで行っても白いだけだ」


 そう叫ぶと、船まで平泳いできてロビンソンさんやベイオウルフに引き上げられた。


「水の中を泳いどるのか、霧の中を泳いどるのか、分からんかったな。向こうの景色は水面を通さんと見えんみたいじゃ」


 弟子のボニーが差し出す手拭で顔を拭きながら、ゼイゼイ言っている。




 パウルさんが落ち着いた頃、今度はベアトリクスが魔法の詠唱を始めた。ファイアー・ボールだ。しかし、魔法は発動しなかった。


「ジャンヌ。ライトを唱えてみて」

「えっ、どうして?」

「ここが女神様の領域なら、神聖魔法は使えるはずよ」


 そう言うことか。しかし、良く頭が回るもんだ。

 分かった、と答えて詠唱を始める。考えてみたら巻物も持ってきていない。私の魔法が使えなかったら、誰かが怪我をしても助けられない。


「ライト!」


 光が灯った! 神聖魔法は使えるようだ。


 光があるだけでも気分が落ち着く。そのまま手の中で光らせておくことにした。


「多分、何かが足りないのよ」


 ベアトリクスの言う通りだろう。


「歌の出だしは、窓から光が見える時、だよねぇ。窓ってもしかして外が見える水面のことじゃないかなぁ」


 ボニーの言葉に思わず顔を見合わせた。

 そうか、端にいた時に何も見えなかったのは、窓の枠外だったからだ。


「それだ! あとは光だ!」


 パウルさんが私の手元を見る。

 手元にはライトの光が灯っている。


「試してみる価値はあるわね。やってみようか」


 ベアトリクスまでが私を見る。そう言われても、どうすればいいのか……。


「立って! 支えるから!」


 せっかちな魔法使いがせっついてくる。

 船底に足を踏ん張り立ち上がり、身を乗り出した。ベアトリクスが私の傍に膝立ちになって、私に掴まり支えてくれる。


「目一杯にして!」


 良く分からないけど両手を水面に向けて、目一杯に光らせた。


 途端に頭上から強烈な光が降り注ぐ。これは、私のライトの光じゃない……。


 辺りが光に包まれる。思わず目を閉じた。それでも懸命にライトを光らせていたら、急に足元が揺れはじめた。

 ベアトリクスが、しがみついてくる。


「ジャンヌ。頑張って!」


 リュドミラもしがみついてきた。


 何かが私の足を掴んだ。

 一体なにが起きてるんだ。



 ベアトリクスとリュドミラに支えてもらって、なんとか転ばずに立っていたら揺れがおさまってきた。皆を見ると、ベイオウルフとヴィルが片手で舷側に掴まり、もう一方の手でベアトリクスとリュドミラそれぞれで支えていた。

 ボニーはと見ると、四つん這いになって私の足を掴んでいた。


「中々、結束が固いじゃないか」

「仲が良いね」


 パウルさんとロビンソンさんが笑っている。二人はボニーが転んで落ちないように腰の辺りを上から抑え込んでいた。




 気が付くと、いつの間にか頭上に青空が広がり太陽が見える。


「見て!」


 ベアトリクスが指さす方向は、私達が向かおうとしていた湖の中心部で、そこには木がたくさん生えた小さな島が浮かんでいた。

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