第三話 ナメクジの実験
五月の下旬になって、三度目になるノーザン・グラムの湿地に、ベアトリクスを加えたヘンリー一行と共に来た。
今回はロビンソンさんが特別参加する。
ノーザン・グラムは、デュラハンと協定を結んだ時以来、精霊や魔物との共存共栄を模索していて、ゴブリン達とも仲良くしている。第十回会合が終わり、打ち上げの宴会を農場でした時に、実際に会ってみてはどうかとの話になった。ロビンソンさんと長老もその気になり、面会が実現したわけだ。
無論、エレノア様が噛んでいる以上、それだけでは済まない。要は二つ頭とナメクジだ。
前回、ナメクジを捕まえるためにひと工夫した。基本的に魔法も武器も全然効かない無敵のナメクジだが、石鹸水を作って水の魔法で洗い上げれば、魔法も武器も効くようになり、攻撃力の無さも相まってネズミよりも弱くなる。ただし、一回洗い上げてしまうと、なかなか元に戻らない。それでは、ヘビを麻痺させられない。なので、ご一緒した魔法兵に頭だけ洗って貰った。その状態でスリープをかけたのだが、効果はばっちりだった。しかも、頭以外はヌメヌメだった。あの時は、時間切れ引き分けになってしまったのだが、実験そのものは続けていて、翌日にナメクジに食いついた二つ頭は、無事に麻痺し、皮、肉、牙、骨や毒腺が、実入りとして高く売れたそうだ。
湿地全体で考えると、二つ頭の子供がやたらといる。ヘビよりも高い値で実入りが売れるとなると、二つ頭狩りはもう産業になる。絶滅させるまでの荒稼ぎだ。
今回は今までに分かった事を組み合わせて効率的な手法を開発する実験をしに来た。
二つ頭を操る事が出来れば良いのだが、恐らくは無理だろう、との事だった。発見例が無いので討伐報酬も決まっていないし、秘本にすら載っていない。だが、明らかにヘビより強く、メイルシュトロームを使う。冬眠する癖に氷の魔法に耐性があり、氷の島では間欠泉から飛び出して来た様に熱湯も平気だ。恐らくはBランク……どんなに弱くてもCランクだろうとの判断だ。実際にやってみないと分からないが、無理っぽい。
そして、今まで存在を伏せられて、中の原湖周辺に潜んでいたロビンソンさんの存在が遂に解禁になった背景は、要はナメクジを操れるようになったからだ。今までは、細々とナメクジの捕獲と飼育をやっていた。それでは、エレノアの鎧兜、楯の大量生産と言う訳にはいかないらしい。ヘビを倒すナメクジの粘液の研究にかこつけて、捕まえたのを持って帰る積りだ。表向き、他の魔物にも効くかどうかの研究をする事になっている。どうせ、リッチーも巻き込んでいるだろうから、嘘では無い。
サボーディネーションは本当に希少な魔法らしく、エレノア様が把握している範囲でも、ロビンソンさんしか使い手がいないらしい。失われた古の魔法とまで呼ばれていたくらいだ。無論、滅びの町のクモ使いがクモを操って攻め込んだ様に、レヴァナントが禁呪を使えば覚えられるのだろうが、仮にやったとしても黙っているだろうから、公式にはいないことになる。今回は、セルトリアがゴブリン達と仲良くなったきっかけを作った功労者と言う名目で、ノーザン・グラム限定でのお披露目となった。ノーザン・グラムにしても、未だ隔離施設内での共存共栄体制は、国内にさえ公にされていない。同類同士仲良く作業しようよ、と言ったところだろう。
一方で、長老とノーザン・グラムのドライアドの森に棲むゴブリン達の会見は、ドライアドの森で行われた。当初、隔離施設を予定していたのだが、長老が実際に住処を見たいと言ったからだ。
こちらのゴブリン達も、中の原湖のゴブリンと同じで綺麗な服を着ている。ドライアドの木を使って通勤し、隔離病棟で仕事を得ているからだ。薬草を採取してアルラウネに渡し、アルラウネがそれを栽培したり、担当の司祭様に教わった方法で薬草に調合したりしている。病棟でただの病気の治療が終了した後で滞在を希望する者や、身体の一部が不自由な者は、病棟の敷地に小屋を建てて自給自足の生活をしているのだが、そういった人達と一緒に農作業をし、狩りもする。それらの対価として、お酒、衣類、簡単な食器や調度を手に入れている。ただし、通勤だから居住環境は分らない。なんでも、ドライアドが言うには、綺麗な服を着ているが、棲み処は汚いそうだ。今回の訪問者は、他の群れとは言え長老だ。しっかりと生活指導してくれるのを期待しているらしい。
実際に、私も一緒に行ったのだが、確かに汚かった。ひと目見るなり、長老が盛大なため息をついていた。
ゴブリン達の巣は、ドライアドの森でも端の方にあるのだが、地形的な事以上に巣の周辺が汚いのをドライアドが苦にしているからだろう。小川で用を足しているから、ある意味清潔なのだが、ドライアドが嫌がるのも無理は無い。狩ってきた獲物を食べ散らかすから、骨やら何やら転がっている。毛皮や調度の類も泥まみれだ。その癖、服だけは綺麗なのを着ている。聞くと隔離病棟に住んでいる人達が洗ってくれるらしい。理由は簡単で、ドライアドが森の中での石鹸の使用を禁止しているからだ。これは、ドライアドに原因がある。
何から手をつけるのか……。
長老は、ロビンソンさんやドライアドと共に頭を抱えていた様だが、何か思いついたのか雌を呼んだ。
雌は五人程いる。皆お母さんで小さい子を抱いていた。
ああだ、こうだ、と話しているのを、アルラウネに通訳して貰うと、中の原湖の実態を話して、子供の将来のためだと女性陣を口説き落とそうとしているらしい。
しかし、女性陣も今の環境で生まれ育った。幾ら言葉で伝えたところで、伝わるものでは無い。怪訝な顔をしているだけのお母さん達を見ている内に、見かねたのかエレノア様が、実際に中の原の実態を見て貰おうと言い出した。元より精霊だ。人間の国境は関係無い。幸いなことに、以前連れて来たレナータの分身がいるので、力を貸して貰う事にした。特別にノーザン・グラムのドライアドの力を使い、北東の森と繋いで貰った。
無事に長老とお母さん達を送り込んだ後は、ナメクジの捕獲作業に入る。事前に、ノーザン・グラム側に伝えて、ワームの魔法陣を幾つも山中に仕込んで貰っていた。実際に、その場へ行ってみると結構集まっている。ノーザン・グラムのやり方は巧妙で、ゴブリン達にナメクジのいそうな場所を教えて貰っていたらしい。何と言っても森の精霊だ。人間よりも詳しい。その上で、魔法陣を仕掛けたそうな。エオウィン様は、自身が率いる幕僚にゴブリンが優秀な斥候になり得る事を説明し、連携を取ろうと訴えていたらしい。幕僚達は、自分達の主がゴブリンに伝手が有る事に驚いたが、旧グラムは、ドライアドの森を救うために国を割ったノーザン・グラム初代と義兄弟になり、ノーザン・グラムの名を許した様な国だ。幸いな事に旧グラム領内には魔王軍が組織されるほどの魔境は無く、従って戦場でゴブリンとまみえる事が近年は無かった。森の精霊ゴブリンを扱った演劇の効果も相まって、お試し参加に同意してくれた。今回の二つ頭狩りにも、夜目が効く事から二つ頭の接近を警告する役目として、通訳のアルラウネと共に参加している。
ベアトリクスが頭だけを石鹸水で洗い上げ、サボーディネーションで操ってお椀に吊って来た小舟に乗せる。エオウィン様が頑張ってニ十か所以上も魔法陣の罠を仕掛けてくれたので大漁だ。何度かに分けて、保管場所に使う例の砦跡に運んだ。砦跡は、いつの間にか二階建てのナメクジ保管倉庫が建っていた。壁と床を石で組んで、柱を立て、木の板を渡して屋根にしてある。一階と二階は繋がっている。正面入口は一階に鉄の扉があるのだが、二階の壁には段差が設けられ外から入れるようになっている。ワームの魔法陣を床に仕込み、二階から餌も撒いているから大人しくしている様で、特に手間は掛からないらしい。既に、ニ十匹以上飼われていた。
「全部で五十匹は集まったでしょうか? 早くこの方法に気付くべきでしたね」
エレノア様がほくほく顔だ。今までは、野菜と雑草を混ぜたのを餌におびき寄せていたのだが、集まりが悪かったらしい。洞窟と違って山中だ。広いだけにナメクジを探して歩くのも大変だっただろう。幸いな事に、ゴブリンに伝手があるのはこちらが先達だ。同じ事をやれば大量に捕獲出来るはずだ。
ナメクジは集まった。次はカエルだ。夕方になって、去年集めたカエルの氷漬けを氷室から五十匹出して砦前の広っぱに並べる。そこに操ったナメクジを移動させる。暫し、ヌメヌメと這いまわらせてカエルがヌメヌメになったところで、また元に戻す。カエルを解凍し、スリープで眠らせる。
それだけで二つ頭が集まって来るとは思えない。先っぽにホタルとライトの魔法陣を描いた板を何本もの竿の先に貼り付けた。ホタルは照明用でもあるので、全周囲を出力弱めで照らし、魔法陣は板だから半球形に上に向けて照らす。その光でムシ集めをする。ムシが集まるとカエルが集まる。カエルが集まる場所には二つ頭が来る。はずだ。後は引っ掛かった二つ頭が用意したヌメヌメガエルに食いつくのを待つだけになった。
ホタル四つに魔法陣が四つだ。上から見たらかなり目立つはずだ。
上手い具合にガが集まり、次いでそれを狙う色々なムシが集まりだした。
カエルのスリープを解いて、サボーディネーションで操ってムシを襲わせる。
一時間ほどして、ゴブリンが反応した。川から二つ頭が近づいて来たらしい。半月が出ているとは言え、人間には水の中までは分らない。十分な精度だ。
こちらは、壁をフリーズで凍らせた砦の二階の窓から覗きながら息を殺している。ゴブリンは、アルラウネを通してベアトリクスが描いた見取り図を指差しながら、二つ頭の接近を指で指し示して教えてくれた。
一匹目がかかった。食い意地の張ったやつで、二つの頭で一匹ずつだ。効果はてき面で、あっと言う間に麻痺した。
ヌメヌメの効果がどのくらい持つのかは分からないが、食べるのが遅いナメクジに食べ尽くされてしまうのだから、一晩位放っといても平気だろう。そのまま、継続した。
一匹来ると、ちょくちょく掛かった。集まって来たのだろう。
途中で、サボーディネーションが切れるのだが、姿を隠し表面を凍らせたお椀に乗った魔法使いが出動し、フリーズで動きを止めて時間を稼いだ。
時間切れに関して言えば、ライトもそうだ。ただ、これは簡単だった。別の竿が離れた所に用意してある。頃合いを見てそっちでホタルを光らせる。最初のを解除し、ムシが新しいのに移動したらカエルも移動させる。で解除する。休憩後、元の竿に姿を隠した状態で近づいてホタルをくっつけ光らせると再びムシが元の場所に集まって来る。カエルも移動させる。問題は、私が眠くなって集中が途切れる事なのだが、付け替えの時にリフレッシュをかけて乗り切った。
結局、ホタルの効果が薄くなる夜明けまでホタルを点けてムシを集めた。それ以降は、二つ頭同士で情報共有が出来ていたのか、それとも絶対数が多いのか、勝手にちょくちょくやって来た。用意したヌメヌメガエル五十匹がほぼ全部なくなったのは二日目の夕方近くになったのだが、収穫はニ十匹を超えた。
餌が無くなったら、終了だ。氷漬けしたカエルをこれ見よがしにお椀に吊るし、解凍した後でボチャンボチャンと以前親がいた池に放り込んだ。池は近くにあるので、二つ頭もそっちへ移って行った。ゴブリンに二つ頭を警戒して貰いつつ、宙に漂わせたホタルで近づかない様にした。後は、麻痺した二つ頭にホーリーを放ったり首を落としたりして、止めを差せば作戦終了だ。
収穫は二つ頭二十一匹だった。実入りは、特に皮が高く、子ヘビなのに牙や毒腺を含めて一匹金貨二十枚にはなるそうだ。ヘビの倍だ。牙や骨、毒腺自体はヘビと変わらないのだが、皮が物理、魔法両方の防御力が高い分、値が張るそうだ。今回は、エレノア様が交渉してくれたお陰で、セルトリア組は必要経費以外に実入りの販売見込み額の四分の一が金貨で貰える。民間はロビンソンさん、ベアトリクスと私の三人なので、一人頭の取り分は金貨三十五枚になった。
今回の作戦は、非常に実験的な意味合いがあった。
まずは、ゴブリンの参加だ。ノーザン・グラム王承認の元、エオウィン様、アイラにサクスブルグが標榜している精霊や友好的な魔物との共存共栄は、第二歩目と言うべき状況に進んだ。ゴブリンとアルラウネがエオウィン様直属として幕僚に認められたのだ。無論、まだ公開はされない。
初めて二つ頭と対戦した時に、幽霊のフィオナでさえ見通せなかった夜の水中に潜む二つ頭を昼間でも難しい距離から見落としなく次々に発見した。これには幕僚として参加した超上級魔法使いや冴えない感じで実は切れ者の太った貴族も驚いていて、今更ながら精霊の力を思い知った。
「ゴブリンがいれば、センス・ライビングは必要ないかも知れませんね。後は、ライトとサボーディネーションでしょう。この湿地の正常化は、可及的速やかに実施すべき案件ですから、何か良い方法を考えましょう」
エレノア様の言う通りだろう。果たしてどの位子ヘビが……場所によっては親ヘビも……いるのかさえ把握出来ていないが、兎に角多い事は確かだ。全部大人になってしまったら、どうなるか分からない。ただ、副魔王の話では、交尾して卵を産むほどに育つには結構な時間が掛かるらしい。大きさからして、五、六十年は大丈夫だろうとの事だった。その分、損害を省みずに人数で無理押しする必要はない。しかも、上手く退治出来れば良い稼ぎになる。おまけに、皮を加工すれば良い防具が作れるらしい。ノーザン・グラム常備軍の強化だけではなく、同盟国に高く売れる。
個人的には稼ぎの良い嬉しい話だが、現在の所、ネズミ退治を始めとする中の原の魔物退治に加え、北東の森の回復が月に一回、オオサメ祭りが年に四回くらいはある。エングリオ向けの巻き物も作らないといけないし、他にも魔王の封印関係や魔族の討伐に参加するとなったら、どの位の余裕があるのか分からないな。




