第十一話 ナオネント公国へ
プライモルディア国境の湿地沖で、ヘンリー一行のお椀からハルモニアご自慢の足の速い船に乗り換えたのは、三月半ば満月の日の翌日だ。船には既にロイド様が乗っていた。
「ジャンヌ司教、この度は良くご決断下された」
早速労ってくれた。ロイド様は今回の旅の事実上の案内者になる。乗り込むと同時に出航した。主だった参加者は、ロイド様、シアーニャ、ハリス様、ハーミット様、ヴィル、ボニーに私だ。他に、ハルモニアの神官数名が乗っている。地元のお貴族様や教会と話をつけるためだ。今回、正使はロイド様になり、シアーニャが副使になった。
「ここから、片道六日ほどの旅になります。途中、ナオネントに立ち寄り一泊します」
現地では三日ほど滞在するらしい。結構忙しくなる。
私が行くのは、セルトーニュの一部であるナオネント公国の端っこになる。ナオネント公国はハルモニアの南方に位置し、他の公国一個をまたぐが同じ海岸線上にある。セルトーニュ最南端の地だ。
セルトーニュはかつて五つの国に分かれていた。ナオネントは、セルトーニュ五家と言われた五つの国の中でも王家に次ぐ家柄で、首都のナオネントはかなりの威勢を誇った様だ。本当なら、五家を束ねて国の中心として首都になって良いくらいだったが、政略結婚を含めた協議の結果、今のセルトーニュ王国になったらしい。この辺はヴィルに教えて貰った。
ハルモニア沖を出航した後、海岸線に沿って南下した。大きな川の河口から遡って行く。この川は、西リーベルから流れている。例のお貴族様の領地も川沿いにあるそうだ。この川があるからこそ、今回の話が成立した様なものだ。魔法水や患者を船で運べるからだ。
起伏がほとんど無い……つまり川の流れが緩やかだ。しかも、概ね西から東へ流れているせいか、海からの風を帆に受ける事が出来る。櫂の数も多いハルモニアの船だから、かなりの速度で進んだ。
川を上って行くと、中州が沢山ある場所がある。その北岸にナオネント公国の首都ナオネントが広がっている。由緒正しいだけあって、町も砦も大きく、行き交う船の数も多い。豊かなのだろう。因みに、南岸もナオネント公国領だそうで、首都ナオネントは南岸を含めるとかなり広いらしい。
南に来たせいか、白い島に比べると大分風が暖かい。三月だと言うのに、雑草の草丈が長いし川岸に建ち並ぶ家の窓辺の花の数も多い。
岸壁に着くと、迎えに来てくれていた馬車に乗り、大教会に向かった。出迎えてくれたのは大司教様だ。
「皆様、良くぞお越し下さった。ロイド大司教からお話は伺っております」
大司教様は出来たお方で、私の様な野良神官の出迎えに祭衣を着てくれている。初めましての挨拶の時も丁寧に返してくれた。
来賓室に通されて飲み物を頂く。大司教様を補佐する三名の司教様と、初めまして、の挨拶をする。その時に疫病の状況を聞いたら、改めてお礼を言われた。
西リーベル海岸部を中心に大流行した疫病は、内陸部への蔓延だけでは無く、周辺国の海岸部へも飛び火した。戦争で人の移動が多くなったのも流行の要因かも知れない。セルトーニュへの魔法水の供与は、ハルモニアを拠点として蔓延が酷くなる前から行われており、次いでエングリオ、更にはノーザン・グラムとフィニスで作った魔法水が東西リーベルに供与され、収束が図られた。
ナオネントでは、去年大流行が起きた西リーベル北部沿岸とは離れているから、感染の可能性自体が少なかった。それに、プライモルディアからハルモニアへテレポートで跳ばされた魔法水が船により運ばれて来る。使い方も、ロイド様から詳しい説明書が配布されていて、船員や商人を中心に船から降りて来る者には入港の際に感染者の有無を確認し、怪しければ隔離を、怪しく無くても手洗いと洗顔を徹底したらしい。それを、外航船が到着する港を指定した上でやった。幸いな事に陸で国境を接しているのは戦争中の西リーベルだけなので、そちらは普通に封鎖で済んだ。後はセルトーニュ国内の他の公国領との境だから魔法水が使用できる一部の街道を除いて封鎖した。セルトーニュ国内で上手く協力体制を作れたのだろう。問題は今年の夏だが、昨年に比べて湿地の巫女が管理する玉が稼働する。恐らくは、ベクティス伯が管理する玉も稼働する。エングリオでの生産量も上がる。少なくとも、去年よりはマシになるだろう。
お礼は、疫病対策だけではなく、布教状況が改善した事についても言われた。セルトーニュ国内でもハルモニア公国の様に白い島に近い地域は兎も角も、西リーベルと国境を接している様なナオネントまで南に来ると大陸で流行っている一神教に改宗した者も増えてくる。それが、魔法水の効果を見て再度改宗した者も出始めた様だ。地域の信仰心が厚くなると魔法の効きが良くなった様で、チラホラとではあるが初級魔法使いが増えてきたそうな。一神教に改宗した者が増えていたナオネント南部は大分盛り返しているらしい。現金な話ではあるが、えてして人は利に転ぶ。そう言った面を利用して教会組織が維持されてきたのも事実だ。なんだかなあ、と思いもするが、それが現実なのだろう。
その後は、王宮へ行きナオネント公に挨拶した。ナオネント公は由緒正しい家柄の方だけあって、大らかな感じの方だった。メディオランド国王に感じが似ている。セルトーニュの方々は、元は白い島の人達だと聞いた。特に王家や貴族は白い島の血筋である事を誇りとして、この地を護る意識は強いらしい。その分、魔法水の効果にも女神様への感謝を忘れず、教会への寄進額も増やしたそうだ。その分、教会は期待に応えるべく隔離施設の充実と担当神官の増員を図っているらしい。最近は、主に平民や農奴を中心に一神教に改宗する者が増えたのを嘆いていた様だが、魔法水の効果で再度改宗する者が出始めた。その点についても随分と感謝された。
「この度は西リーベルの民のために来たらしいの。儂としては、当面あの地の者までは改宗させんでも良いと思うがな」
女神様を崇拝する者は共存共栄が身上だ。別に隣人が別の神様を崇拝してもそれはそれで仲良くすれば良い。なので、ナオネント公の発言は、特に不遜なものでは無い。しかし、このタイミングで言うとは、まさか嫌味なのか?
「感染者を救う事は大切な事だ。共存共栄の精神の元、異教徒であっても救える者は救いたい。しかし、隣国とは一応戦争中だからな。万が一、改宗者が大勢出て、魔法を自在に使う者が出現しては敵わん」
そう言って、ウィンクしてきた。
どうも、セルトーニュの人は茶目っ気が強いな。しかもブラックだ。
王宮の次は隔離病棟へ向かった。中州の一つだから川に囲まれている。隔離するには丁度良い。専用の通船に乗って川を渡ると、水路から木の柵に囲まれた敷地に直接入っていけた。船を降りると、幾つもの小屋が建っている。カドガン様が設計したプラモルディアの施設に構造が似ていて、正門を入ると事務室があり、薬草園や工作所、魔法水を貯める場所がある。間の通路を抜けると詰所があって、コウモリの羽で作った感染防止用の服を着る。そこから先が隔離病棟だ。
現在、病棟は五つあって、記録を調べて分った流行の度合いによって感染力の差を五段階で振り分け、その強弱により患者を振り分けていた。この発想は白い島には無かったので、シアーニャと相談して振り分け方を教えて貰って羊皮紙に記録し、持ち帰る事にした。
基本的にこの施設に収容された場合は、半ば研究用になるから、その分無償なのだそうだ。
因みに、プライモルディアの研究で魔法水の効果が無いと判断された冬場に流行る風邪の重い様な症状の患者は、川の向こうに移送されたらしい。教会で薬草を販売しているからだ。
魔法は、良くて二段階落ちになるから、症状の重い人を五人だけ選んで貰って超上級を放つ積りで中級魔法を放った。普段は薬草の投与と使いまわした魔法水の沐浴だけだ。上手くろ過して汚れは取っているが、新しいのでも効く病気でも完治するまでは長い時間が掛かる。中級魔法を放っておけば軽快が早くなる。現に、ベッドに横たわっていた患者は、体を起こせる状態にまでなった。
帰り道に再び来ることを約束して、その日は退出した。
その夜は、王宮で晩餐会になったのだが、初めましての挨拶に来るお貴族様が、ほぼ全員魔法水を売ってくれと言って来た。酷いのになると、伝手があって高く転売出来るから売り上げの半分を渡すとまで言ってきた。無論、全部断った。
翌朝、国境関連の手続き担当者数名とナオネント大教会の大司教様や疫病担当の司教様以下数名の神官と共に船に乗り、そのまま半日程川を遡って目的地に到着した。川から少し北側に離れた街道沿いの小さな町だ。川岸には砦があり、そこからは対岸が西リーベルになる。例のお貴族様の領地だ。川幅は十分に広いので、川船の大きいので患者を運んで来れるのだろう。流れも緩やかだから、揺れる馬車で来るよりも患者も楽だし、一度に大勢運べる。治療では魔法を連発しないといけないから基本的に上級の魔法制御力を使った初級になるが、三日間で出来るだけの事をしよう。
地元の教会に行くと、 既に人が集まっていた。身なりの良さそうな人達ばかりだ。腰に剣を吊っているのはお貴族様だろう。従者が持つボトルからワインを注いで貰って飲んでいる者もいる。本当に病気なんだろうか?
自称患者達と称する連中から離れた場所には、神官風の服を着た人達の一団がいる。大同団結会議の時にも似た様な服装を見た。地元の一神教の神官だろう。折角改宗させた信者を取り返されている。西リーベルのお貴族様まで改宗されては立場が無くなる。様子を見に来たに違いない。
「あのー、ご病気の方はどちらにいらっしゃるのですか? 案内して下さい」
嫌味たっぷりに言ってやった。
私の声を聞いて、一人のでっぷりと太ったオッサンが、隣でワインを飲んでいる剣を持った男に話かけた。
「閣下! ジャンヌ様がいらっしゃいましたぞ。ささっ、お早く!」
「おお、そうか。有難う。ところで、お前は良いのか?」
「我々下賤の者は、後で結構でございます。まずは高貴な方々から、どうぞお先に」
「おお、良い心がけだな。では、我らが先に済まそうか」
どうやら、お貴族様とお大尽の様だ。お貴族様の方は、立派な口ひげを生やしている。連中は連中で序列があるのか、目配せしながら列らしいものを作り始めた。腰に剣を吊ったのが前に来たから皆騎士なのだろう。三人程いる。最前列は、閣下と呼ばれた口髭親父だ。後ろの下賤な金持ちは十人程度か。
「おお! 貴女様がジャンヌ様ですな。何と可憐な……」
皆が私の前を通り過ぎてシアーニャの元に集まって行く。礼儀は正しい様で、キチンと挨拶をしている。
まあ、確かに、シアーニャは王女で私の先祖は元セルトーニュの農奴だ。威厳と言うか存在感が違うだろうし、事実見てくれに差があるのは否めない。しかしだなあ、顔が可愛いからと言って、初代国王様シリーズを使えるとは限らないんだぞ。
シアーニャが自己紹介をして、ようやく誤解が解けた。改めて皆と初めましての挨拶をする。
おい! 髭のオッサン! 私との挨拶もそこそこにシアーニャの傍に行くんじゃない!
「皆様は、一体、私共にどういったご用件なのでしょうか?」
一通りの挨拶が終わった所で、ロイド様が改めて声をかけた。
「我らは、ジャンヌ司教の病魔を祓う奇跡の光を浴びに来たのだ。事前にナオネント公の許可も得ておる。家族もおるのだが大勢の越境は駄目だと言われておるから、関所の向こうの馬車に待たせておる。順番に浴びに来る予定だが、まずは当主の儂からお願いしたい」
病魔を払う光ねえ。まあ、その方が理解しやすいのかも知れないなあ。ほんの少しの間だけだが予防効果もあるし。
「実際に病気に罹ってらっしゃる方はいらっしゃらないのですか?」
「おりますぞ。船で待機しておる。今回参加出来る条件が、貴賤を問わず最低十人の患者を船に乗せて連れて来ることでしたからな」
なるほどね。あのお貴族様、なかなか頭がいいんだな。
魔法と言わずに病魔を祓う光と言って予防効果についてはあいまいにしておき、患者を連れて来た者に限って処置させる。その様に言えば、白い島の魔法に詳しくない異教徒の方々も分かりやすいのかも知れない。しかも、一定数以上の患者を連れて来させるのであれば、まとまった数の感染者……つまり貧乏人だ……を連れて来る。船便で連れて来させれば、ある意味隔離出来ている。
しかし、元は例の貴族の領地が対象のはずだ。身なりの良い貴族三人は、一体どこから来たのだろうか?
「我らは、この先の国境を越えた地の領主殿からのお声掛かりで来たのだ。それぞれが、この川の沿岸に領地を持っておる」
なるほど、河川の運搬力を利用したのか。
「こちらが、ご子息じゃ」
お貴族様の後に若いのが一人立っている。多分、成人したばかりだろう。
「ジャンヌ様、私が父の代わりに参りました」
そう言えば、本人は越境しないと言っていたな。
兎に角分らない事が多すぎるので、代理のお兄さんに話を聞いてみた。
言い分を整理すると、患者は川にいる。そして、お貴族は三人だから、川沿いの三つの領地で集めたらしい。無論、三人共西リーベルのお貴族様だ。お大尽は、貴族の領地に住む者達で、豪商や豪農だった。
一昨年からぼつぼつと感染者が増え始めたお腹にくる疫病は、昨年の春から大流行の兆しを見せ、夏に本格化した。始めの内は海岸部が中心だったが、徐々に内陸部へも広がって来た。
西リーベルは、ノーザン・グラムから魔法水の供与を受けている。尤も蔓延が酷いだけにフィニスの分も合わせて出している。それはそれで使っているのだが、治療に時間が掛かるし、効果期間が決まっているので、如何せん内陸部まで回って来ない。何度も王都に掛け合ったが、無い物は無いと言われて分けて貰えない。大貴族と言う程では無く中堅どころなのも影響しているかも知れない。その内に、欲しければ直接掛けあえと言われたそうな。
幸いな事に大きな川が流れているから、もしかしたらセルトーニュ側を回り込んで川船で運べば何とかなるかも知れない。そう思ってセルトリアまで足を運んだのだそうだ。
セルトリアに来るまでに疫病対策なる物を色々と勉強した結果、兎にも角にも、領内の感染者を完治させるのが最優先だと考えた。そして、近隣の領地の患者も完治させる。感染者の多い村は、患者ごと焼き払う事も考えたそうだが、流石にそれは最終手段になるし、神の御心に反する。第一、そこまでの感染者が出た訳では無い。それで、川で繋がっている領主に声を掛けたらしい。どんな風に声をかけたかは、髭のお貴族様が言った通りだろう。
ここは、ロイド様の出番だ。しっかりと疫病対策について説明して貰おう。
実は内緒で大樽一杯分相当の魔法水をカドガン様が持たせてくれた。いざとなったら、シアーニャとハリス様がホーリーで強化してくれることになっている。場合によっては私も参加する。これは今回の目玉になる実験だ。限られた日程でどこまで出来るのか分からないが、やれるだけの事はやっていこうか。




