第十話 年末のセルトリア王宮
カエル集めが終わる頃には、どんどん手際が良くなり、日に十匹を超えるくらい集める事が出来た。全部で二百匹くらいになったから、氷室を幾つも増設して保存した。迎えに来てくれたヘンリー一行と共に打ち上げの宴会をやった後、セルトリアに帰った。王宮に報告を終えた後、一旦引っ込んだのだが、改めて呼ばれた。ヘンリー一行が消え、代わりにハリス様がいる。何かと思ったら、二人の男性を紹介された。一人はセルトーニュ王都大教会所属の司教様で、もう一人は西リーベル王国のお貴族様だった。
「ご機嫌麗しく、ジャンヌ司教様。この私め、貴女様にお会いできるこの日を待ち望んでおりました。今日、こうしてお会い出来たのは、まさしく神のお引き合わせであり、運命と言っても良いでしょう。この私にとって、これほど喜ばしい事はございません」
目の前のお貴族様は、この様な事を言ったみたいだ。なんか、大陸のボソボソ系の発音に、やたらと修辞や大袈裟な身振り手振りが多くて気が散り、良く聞こえなかった。
見た感じ、中堅貴族だろう。それなりの感じだ。年の頃、四十代か。黒いウェーブのかかった髪は肩まであり、口ひげが生えている。真っ白いインナーに濃い緑色の上着。絹製のつやつやだ。腰に革のベルトを巻き、剣を吊っている。黒いズボンに膝まであるこげ茶の編み上げ革靴がゴツイ。挨拶に差し出した右手には指輪が三つも嵌めてある。無骨な白い島と違って、大陸の方はお洒落だ。
「この島に滞在中、貴方に女神様のご加護がありますように」
シアーニャに教えて貰った大陸から来た人向けの無難な祝福をしたら、大袈裟に手を振り回し御大層な礼をされた。
さて、このオッサン。何をしに来たのかと言うと、魔法水の無心だった。
「確か西リーベルは、ノーザン・グラムから提供されていませんでしたっけ?」
戦後も魔法水の販売は継続しているはずだ。夏の大流行は西リーベルの海岸地とその後背地から発生した。なんとか南部の内陸部へ拡散しない様に頑張って食い止めようとしたわけで、そのために休戦までした。
「それは、王家の話でございます。私の領土はもう少し南西の方でして」
聞くと、ゲルマニウム公国やセルトーニュの南らしい。完全な内陸だ。
「幸いな事に、我が領内における感染者数はわずかでした。しかし、来年の春以降は分かりません。出来得れば、蔓延が弱まる冬場に何とか手を打たないと、どうなる事か予測がつかないのです」
なるほどね。しかし、内陸までは魔法水の効果期間内に輸送できるかどうか分からない。ゲルマニア公国やセルトーニュと言った海沿いの国でギリギリなのだ。
「なんとかお力を貸して頂けませんか? 我が領地は幸いな事にセルトーニュに接しております。もしジャンヌ様が、魔法を使えるぎりぎりの地までいらして下さるのであれば、後は国境を超えるだけ。可能な限り感染者を国境付近に集め、完全に治療してしまえば蔓延を収束させる事が出来るかも知れません」
確かにそれはそうだ。しかし、現状私は関わっていない。ノーザン・グラムだ。尤も、魔法水での治療は時間が掛かる。輸送に時間が掛かった場合、効果時間内で完治するとは限らない。
「では、患者に直接魔法をかけて頂けませんか?」
なるほどね。直接魔法を放った方が軽快は早い。重症の患者を助ける場合、その方が早い。私はオーバー・超上級なので、二段階落ちても中級が使える。セルトーニュの魔法が使える圏内であれば、例え発動が不安定だとしても、最低初級は大丈夫だろう。
「報酬は、納得頂ける額をご用意出来ますよ」
そういう問題では無い。どうやら、こいつも荒稼ぎしたくて来たのか?
第一、行った事も無い国だ。言葉も通じない。国王様の許可も必要だし、白い島でやっている魔物退治や魔王封印関連の調査にも差し障りが出る。おいそれとは行けない。
「ご多忙なのは十分に承知しております。ですから、日程等はジャンヌ様のご予定を考えて十分に調整をさせて頂きます。その上で、出来れば蔓延が酷くなる夏前までに一度ご足労願えれば、後はプライモルディアにいらっしゃるアンリ様やハルモニア公国のロイド様にご教示を頂き、薬草等の対策を検討しようと愚行致しております」
「プライモルディアやセルトーニュから魔法水を分けて貰えば良いのでは? 一度ロイド様にお話しなされば良いと思いますが」
「現在、西リーベルはセルトーニュと戦争中です。休戦中とは言え相手にされません」
「では、一度プライモルディアに神官を派遣されてはいかがでしょうか? お話はその後で改めて伺います」
その後も、グダグダ言っていたが、国王様が下がる様に促し近衛兵が二、三歩前に踏み出すと、諦めて退出した。
「済まんな、ジャンヌ。最近、西リーベルの王家や貴族から、あのような問い合わせが多くてな。全部断っていたのだ。まさか本人が来るとは思わなかったが、ジャンヌの考えを聞く良い機会だと思ってな。任せようと思った」
「はあ。お手数をお掛けしました」
年末近くになって、改めて王宮に来いと言われた。どうやら、あのお貴族様は本気の様で、アンリ様の所へ行って来たらしい。
アンリ様の見解は、実験方々行っても面白いとの事だった様だ。全く、気楽なもんだな。おまけに、事前に手を打っておいたのか、セルトーニュ王都大教会もその気になっている。きっと、布教活動を進める気だろう。司教を派遣してきて、国境近くの教会を根城にしてはどうかと言ってきたらしい。ご丁寧にもメディオランド王都大教会にも根回ししていた。度重なる要請に根負けしたプライス様から、悪いが一回だけで良いから行くだけ行ってくれ、と書簡を送ってきた。
「ジャンヌ。教会が本腰を入れてきた。我が国の王都大教会の大司教様もプライス様が折れた以上、抵抗は出来ないとおしゃっている。悪いが行ってくれんか。ハリスと、えーと、ハーミット神官だったかな。彼をつける。それとボニーとヴィルヘルミナの二人も同行させよう」
色々と相談した結果、現状大規模な感染は確認されていないとの事なので、流行が始まる春先に行く事になった。三月の北東の森の回復が終わったらヘンリー一行のお椀に乗って出発し、シアーニャと共にプライモルディア経由でハルモニア公国へ行き、ロイド様と合流してそのまま南下、現地入りする事になった。料金は初級の巻物と同じとされ、経費を含め依頼主持ちだ。報奨金は断った。魔物退治では無いからだ。
「よろしいのですか?」
結論が出てから呼ばれたセルトーニュ王都大教会の司教様と西リーベルから来たお貴族様が揃って喜色を浮かべた。休戦中とは言え、交戦国同士のはずなのに、手を取り合って喜んでいる。なんで戦争なんかやっているのか。
「ただし、条件があります」
「条件とは?」
「あくまでもご領内の蔓延の防止が目的ですから、患者からお金を取るのは禁止です」
「ご安心ください。経費も含め、我が家で出します」
ふむ。嘘ではない様だ。
「もう一つあります。戦争のきっかけにならない様、武装した兵士が国境に近づかない様にして下さい」
「その点もご安心を。我が家は、この度の東リーベルとの戦いには参加しておりませんので」
開戦当初から、戦線を広げない方が良いとの言い分で、砦に籠って守備に専念しているらしい。セルトーニュ側も同様で、完全に裏で繋がっている。道理で海岸線でしか戦いが起きないわけだ。西リーベルは、王家の言う事を聞かない貴族が沢山いると聞いた。勝手な外交をやって勝手に戦争したりしなかったりしているのだろう。
「元々、我が国は戦争なんかする気がなかったのです。それを東リーベル王が勝手に盛り上がって仕掛けて来ました。体面がございますので王も応戦しておりますが、我々貴族達は皆反戦に傾いております。それに、この度失った領土も、東リーベル本軍が占領した地は兎も角も、二つの公国の領土は他部族の土地。今までも何かと反乱を起こしたりしても揉め事の種でございました。無理して奪い返す必要など無いかと。いずれにしろ、何とかして戦争そのものを防ぎたいものですなあ」
うーん。そこは外交を頑張って貰うしかないな。ま、私は二月末まではクマ狩りとオオカミ狩りをやらないといけないし、そう言う難しい事には関係無いけどね。
◆◆◆◆
年末年始のセルトリア王宮は、来賓の相手で忙しい。普段、国王の目を盗んであちこちに出歩いているヘンリーとエレノアも、この時ばかりは大人しく王宮にいる。普段セルトリアにいるアン王女やロバーツと言った夫婦の子供達そして孫たち揃って過ごすのも、年末年始以外にはほぼ無い。来賓の挨拶の合間を縫う様に束の間の団欒を楽しんでいた。
この年の年末年始は、例年とは違いがあった。来賓の国籍だ。西リーベルが複数人の貴族を使者として寄越したのだ。そして、それは、白い島の北西海岸条約に加盟している全ての国でそうだった。
謁見の間控室では、最早例年の如く、国王の仲間が集まっていた。年末年始の王宮は、基本来賓の挨拶に終始する。その間、彼らは王宮に寝泊まりするのが通例だった。今は丁度昼食時で、控室に運び込まれた食事を摂っていた。国王一家は、別棟で家族揃っての食事をしているから、今揃っているのは、国王夫妻とロバーツを除いた面々になる。
「今年は、いつもと違って、西リーベルが使者を三人も寄越したの」
ビクターがビールを飲む。ほぼ半日挨拶に備えて玉座の傍らで立ちっぱなしだった。ようやくの一杯だ。午後も同じ事をやった後、晩餐会になる。そして夜更けまで飲みっ放しになる。明日も、挨拶の文言が変わるだけで同じ事の繰り返しだ。
「戦争に備えての外交攻勢ですね。予想していたとは言え、三人も寄越すとは思っても見ませんでした」
返事をしたのはエバンスだ。ようやく全員分のビールを冷やし終え、自分の口の中に流し込めた。
「三人のうち、一人はジャンヌ絡みだよ。例の西リーベル行さ。教会にも司教が一人来ている」
唯一、ほぼ控室に詰めていたハリスは、今回は挨拶をしに来た側になる。明日は、大司教の年始の挨拶に同行する。
「残り二人の内、一人は前からいる商館長だよな。もう一人は何しに来たんだ?」
ジョーンズだ。普段は中の原にいるのだが、年末年始は王都に帰って来る。
「大使候補者ですよ。商館だけでは足りないそうです」
エバンスが答える。彼だけは、公式文書の全てを王族と共に見る事が出来る。
「大使? 置くのか?」
「いえ、置きません。どうせ相手も本気では無いでしょう。そんなのはメディオランドに任せておきます」
「じゃあ、商売だけか?」
「はい。そうなりますね。タコの干物でも回しましょう」
「狙いは白銀じゃねえのか?」
「でしょうね。でも駄目ですね。そんな事をすれば東リーベル側が宣戦布告してきますから
「では、北西海岸条約は、やはり脅しか?」
「いえ、例外があるようです」
「例外?」
「はい」
ここでエバンスは、手に持ったビールをテーブルに置いた。それを見た他の仲間は、一斉にエバンスを見た。
「西リーベルがゲルマニア公国と不可侵条約を結んでいない状態で、東リーベルが西リーベルへ侵攻した場合は別です」
「その場合は?」
「条約加盟国は、西リーベルと軍事同盟を結びます。その時、プライモルディアとセルトーニュは、東西リーベルに対し、完全な中立を維持します」
東リーベルとしては考え所だ。敵の王都に最も近い位置の軍と軍事拠点か、もしくは同盟各国の援軍か、いずれかを諦めなければならない。
「つ、つまり、現状のまま戦争が再開されれば、我が国もエングリオへ侵攻するのか?」
「そうなります」
皆息を呑んだ。
セルトリアにとって、本格的な外征は、三代目国王までの勃興期以来になる。メディオランドは予想以上に強硬な策を選択した。皆、そう思った。
「ただ、現在、ローランド公国との交渉が進んでいます」
「エングリオとは公式に国交を結んでおらんのにか?」
「はい。別の国ですから。ローランド公国は、東リーベルの属邦ですよね」
属邦ではあるが、公国の主はエングリオの王太子だ。
「どの様な交渉を進めているんだ?」
ハリスが聞いた。恐らくは、エバンスだけではなく、ヒューズとジョーンズも知っているだろうと思っていた。
「羊毛の取引です。ご存じの通り、ローランド公国領は毛織物の大産地です。そして、もっと生産量を伸ばす事が出来るだろうと思われます」
ハリスがヒューズを見る。王宮警護官長は、軽く頷いた。ローランド公国領は、かつて東西リーベルに分割されていた。それが一つにまとまった。その分、効率化が図られ毛織物の生産量の増加が見込める様になった。ただし、羊毛の生産量が戦争の影響で落ち込んでいる。よしんば二、三年で回復したとしても、毛織物の生産量を伸ばすためには、他国から羊毛を輸入し毛織物に加工する加工貿易をする必要がある。
「現在、自領だけではなく、エングリオとモランディーヌからも羊毛を輸入する予定だそうですが、それでは従来と同じです。ですので、白い島の各国も参加する見込みです」
羊の放牧は、白い島の各国で盛んだ。それらの羊毛を輸出し、ローランド公国で加工する。これは、公国の領主リチャードから申し込んできた。
「その話が上手くまとまれば、戦局は愚か、勢力図そのものが変わるかも知れませんよ」
ローランド公国は、東リーベル王国の属邦だ。しかし、完全な自治を任されている国でもある。その国が白い島の各国の友好国となれば、東リーベルは西リーベルに開戦するのでは無いか?
「開戦すれば、取引は停止です。そうなれば、ローランド公国は材料不足に陥るでしょうね。それに、場合によっては北西海岸条約加盟国は西リーベルと同盟します。ローランド公国はそれを理由に参戦を拒否するかも知れません。もしかしたらローランド公リチャードは、東リーベルの意思に左右されない国を作りたいのかも知れませんよ」
そんな事が可能なのか?
ビクターは、エバンスの言葉がにわかには信じられなかった。




