第六話 エングリオ王都東部の魔境③
翌朝、朝ご飯を食べながら作戦会議を開いた。
始めに、エレノア様とエングリオの魔物退治班の司教様から伝達事項の説明があった。
まずは、エレノア様からだ。ノーザン・グラムからの報告では、現時点で新しい魔法陣が設置された形跡は無いとの事。昨日発見した魔法陣は、ノーザン・グラムの湿地で見つかったのと対になる魔法陣だった事。その二点が報告された。
そして、魔物退治班から寄せられた情報では、魔法陣があると予想している場所では、ハチとクモ、もしくはアリの発見例が有る事。
昨日は、早々に退散した分時間があった。とは言え、素晴らしい情報収集力だ。
「基本的に、昨日と同じです。同じ手が通用するとは思いませんが、魔法陣の撤去は進めなければなりません」
使用不可能な分を含めて、あと四つある。勿論、新しいのを設置していない場合だ。それに、もしかしたら魔王の洞窟第三層と繋がっている魔法陣があるかも知れない。
「では、いっその事、ハチとクモは全部潰しましょう。アリはお椀に乗っていれば関係ありませんので、基本放置でいかがでしょうか?」
魔物退治班からの提案に、エレノア様が賛成して方針が決まった。
作戦会議も終わり、陽が高くなる頃には、王都に行っていたフォルスタッフさん達が帰って来た。早朝から、カーラとアナベラが託宣を受けに行って来た。
「どうだった?」
二人のニコニコ顔を見れば一目で結果は分る。でも、聞いてやらないといけない。
「えーとね、私がウインド・カッター。で、アナベラが、ね!」
皆が一斉にアナベラを見る。いきなり注目を浴びて、本人は赤い顔でモジモジしている。
「どうだったの?」
「あのね。ディフェンドとアウェイクとワームの三つを覚えたの」
それは凄い。次は中級魔法を覚えるかも知れない。
あれ? ちょっと待てよ。アウェイクを覚えたって事はだ。
「ねえ、もしかして、毎朝カーラ起こしてない?」
私はベアトリクスを毎朝起こしていてアウェイクを覚えた。
「え? うん。そうだけど」
やっぱり。てことはだ。
「もしかして、カーラって寝相悪いの? アナベラがシーツ直してない?」
もう十月だ。朝方は寒い。シーツがはだけたら風邪を引くかも知れない。
「そうなの?」
「う、うん。私、朝早いから」
「あ、ありがと」
魔法ってのは、色々な覚え方があるんだな。
まずは、昨日行った場所のクモだ。まだ幾つも残っている。焼き払うのは禁止された。どうするのかと思っていたら、クモの巣の上で雷の上級魔法サンダー・ボルトを、エレノア様とベアトリクスが一発ずつ立て続けにかました。
センス・ライビングを使ったからクモがどこにいるのかは簡単に分る。位置を特定して真上からぶっ放し、センス・ライビングの反応が消えたら完了だ。それをクモの巣の数だけやったら、あっさり完了した。
「私達の時と随分違う様な気がするけど……」
カーラとアナベラが呆気にとられている。あの時は、ヘンリー様やエレノア様が何かやって、私達が待ち伏せしている所へクモを追い出した。
「元英雄が本気になったら、ああなるって事ですね」
視線の先では、エレノア様がシャワーの魔法で水を撒いて落雷の影響で火が付いたのを消している。化け物が空を飛ぶと言うのは、本当に危険なものなんだなあ。
二か所目は北側になった。全部で五か所あるのだが、一か所だけ湿地になる。そこだけ扱う魔物が違うはずだ。ヘビやカエルになるだろう。二体目の魔族がいるとすれば、そっちの可能性があるとの判断だ。なので、森の中での探索を先に進める事にした。
行ってみると、ハチがいた。前回同様、聖水に漬け込んだ投石や矢、私のホーリー、エレノア様とベアトリクスのウインド・カッターで数を減らした後、ライトの壁で蓋をして一気に巣に向かって突入した。
巣は崖に穴を掘って、そこに作っていた。
複数のフェイヴァラル・ウインドで押さえ込むのが有効なのは、湿地の巫女が教えてくれた。エレノア様が両手で二発分、加えてベアトリクスが一発分放ち動きを止め、そこへ魔法をどんどん放つ。既に風の魔法を発動している。風系では威力が減殺されてしまうから、カーラがエナジー・ボルトを、アナベラがホーリーを放った。
二人が五発ずつ放ったところで、ライトの壁を解除し、マジック・リフレクションを錫杖の背後に展開し、収束させたオーバー・フローを三発放ってかたをつけた。
予想通りクモもいた。南側と同じように地図に書き込み魔法陣の位置を特定する。やっぱり木立だった。違いは生えている雑草の種類が違う事だ。拡大してみたらすぐに分った。キヅタの類だ。それが木立から伸びている。しかも、木立の根元に生えている灌木まで覆っている。つまり、キヅタの下には空間がある。キヅタは常緑だ。冬でも魔法陣を隠す偽装になるだろう。
お椀を降下させてベアトリクスがウインド・カッターを飛ばすと、ガラガラと材木が崩れる様な音がした。キヅタを這わせていた支持棒だろう。なかなか凝っている。以前、西の腹の山中で、極めて精巧な偽装を施した洞窟の入り口を見た。魔族と言えば、洞窟のイメージがあるが、意外と工芸の才能が有るのかも知れない。
フェイヴァラル・ウインドでキヅタの絡まる支持棒を吹き飛ばしたら、魔法陣が出て来た。テレポートだ。早速解析するために手分けして写す。その間も、ひっくり返したお椀とライトの壁で身を護ったが、特に攻撃される事は無かった。
これで、三か所潰した。残りは二か所だ。西はやや標高が高い荒れ地らしい。小川が幾筋も流れているらしいので、周囲の山地から流れた水を集めて湿地に注ぎ込まれているんだろう。東は湿地で、魔法陣があるのは中州の様な所だろう。きっと、どちらかに魔族が出て来る。果たして、どうするのか?
「どうなさいますか? セルディック王は炎の魔法は使うなとの仰せでしたな」
二日目の調査を終了して撤収した。宿屋に帰って汗を流し、晩御飯方々作戦会議をしていたら、フォルスタッフさんが聞いてきた。
ここでようやくフォルスタッフさんが出て来た理由が分った。不良老人二人に待ったをかける事が出来る人物だからだ。つまり、監視役だな。
「撤去されていると思われる東の一か所についての情報はありますか? その辺りに攻略のヒントがあるかも知れません」
エレノア様が聞くと、皆首を横に振る。つまり、人間が干渉していない。そして、災害も無い。何か別の理由があって魔法陣が撤去された事になる。
魔族自らが撤去か。しかも、湿地だ。転送されたのは、カエルやヘビ、それにムカデやゲジゲジの類だろう。
あれ? もしかしたら、湿地の方が潰れた理由が分ったかも。
「あの、ちょっと、いいですか?」
「どうしましたか? ジャンヌ。何か、思いつきましたか?」
エレノア様に答える前に、確認しなければいけない事がある。
「エングリオの方にお伺いしますが、湿地ではナメクジは確認されているのでしょうか?」
いきなりの質問で、魔物退治班の面々は怪訝な顔をしている。
「え、ええ。結構な数の個体が確認されています。しかし、ナメクジはただそこにいると言うだけで、脅威でも無く利用価値もありません。それに、あれは退治も出来ませんから、放置されていますね」
ふふふ、エレノアの鎧の秘密はバレていないようだな。
いや、そうでは無い。
「実はですね。ナメクジは魔法陣に集まる癖がありまして」
何せ、魔物除けの魔法陣にまで近寄って来る始末だ。魔法陣から発せられる微量の魔力を吸収しているのだ。
「では、ナメクジがテレポートの魔法陣を塞いでいると」
「はい。そう思います。連中はご存じの通り、武器も魔法も利きません」
つまり、サボーディネーションも利かない。ただし、ぬめっているだけなので、網を広げて捕獲すれば運搬は出来る。この辺は、ナメクジを飼っているエレノア様が良く知っている。ただし、湿地でナメクジが沢山いるのであれば、何度追っ払っても直ぐに集まって来るだろう。魔族も根負けしたに違いない。
「なるほど……」
魔物退治班の面々がため息をつき、フォルスタッフさんが大笑いしている。
「じゅ、十分、考えられますね」
エレノア様も笑っている。もし、私の推測通りなら、大量のナメクジが手に入るかも知れないのだ。いや、あれを捕まえて持って帰ろうとするだけで、十分怪しまれるな。
方針が決まった。翌朝、ナメクジを確認したら西の荒れ地に行く。そこでもう一体の魔族と決戦だ。
翌日、朝早く出て、一旦魔境上空を縦断する。
予想通りナメクジが集まっている所があったので、私の予想に間違いないだろう。
物欲しそうにしているエレノア様を他所に、そのまま通り過ぎて監視用の砦に入る。魔物退治班から連絡を受けた砦の主将が家族ともども出迎えてくれたが、太陽が高い位置に昇るまでの休憩だけに止め、取って返す様に西の魔法陣があるであろう辺りに到着した。
荒れ地と言えば地面から突き出た大小の岩だろう。それなりに見える岩場を探している内に、湿地の端からそう遠くない所に、岩によって円形に囲まれている場所を見つけた。傍には小川が流れている。カエルが跳ばされて来ても直ぐに湿地へ行けるだろう。
上空には、遥か高い位置に魔物退治班のお椀が二個、太陽の中に見える。
「では、行きますよ」
エレノア様の指示が出て、作戦開始だ。一気にお椀が目標に向けて急降下する。
「コキュートス!」
エレノア様による先制攻撃だ。急降下するお椀の速度に、巨大氷柱を発射する加速が加わる。直撃すれば、魔法陣そのものを破壊出来るだろう。
発射と同時に降下が終わり、お椀が急上昇を開始する。へたり込みそうな荷重がかかり、思わずガニ股になってしまう。
お椀の縁に掴まっていると、下の方から重量感のある音が響いて来た。
「命中しました」
首を捻って下を見ると、目標地点周辺が氷に覆われているのが見える。目標地点と思われる場所に氷柱が刺さっているので、魔法陣は潰せただろう。奇襲に成功した。と、思っていたのだが……。
「カモフラージュでした。良く見て下さい」
サイトで拡大すると、氷柱の一部が岩に埋まっている。刺さっているのではない。その証拠に周辺は氷に覆われているのに、岩は全然凍っていない。
「なかなか手強いですね。我々人間では、あのカモフラージュは見抜けそうにありません。一体、どこに魔法陣があるのか分かりませんよ」
探知できるのは、ドワーフやエルフ、後は獣人くらいか。しかし、彼らを巻き込むわけには行かない。捜索範囲が広いから片っ端から魔法を打ち込むわけには行かない。それに、隠されているから、果たして当たったかどうかも分らない。
ただ、こうまでして魔法陣を護っていると言う事は、恐らくはノーザン・グラムの魔法陣が壊された事は知らないのかも知れない。
とは言え、騙されたフリも大切だ。そのまま帰投する旨を魔物退治班に連絡し、高度を取って宿屋に戻る事になった。
「ねえ、あのナメクジ使えないかなあ」
ベアトリクスだ。仮想敵国で露骨に採集しない方が良いと思うぞ。
「あれ捕まえてここに放したらさ、魔法陣に寄って行かないかな」
なるほど。それもそうか。
エレノア様も、ポンッと手を打った。
急遽砦にとって返す。砦は川の傍に建っていた。川船があるはずだ。
再度の登場とあって、主将がバタバタしていたが、要件を話すと協力してくれた。そう大きな船は要らない。ナメクジを乗せるだけだ。小舟を五隻も用立ててくれた。
砦や周辺の村から残飯を集め、それを船に乗せる。そのまま中型お椀で吊り下げて、湿地に置いておく。それを何隻か用意した。エレノア様が言うには、ナメクジは食べるのも遅いらしい。そのまま放置して砦で待機する事にした。
陽が落ちて暗くなったら行動開始だ。
万が一の魔族の襲撃に備えて魔物退治班には砦で待機して貰う。カーラとアナベラも降りて貰った。
砦を飛び立ち、ナメクジが乗り込んで残飯を漁っている船にロープを掛けて中型お椀に吊るす。上空へ舞い上がって前進し、途中で姿を隠した。そのまま、魔法陣があると予想される所まで飛んで行き、ボニーとベアトリクスが描いた地図を元に、あらかじめ決めてあった場所に船を降ろす。ベアトリクスが炎の魔法で追っ払いながら、一隻につき三か所にナメクジを降ろした。干からびたら可哀そうなので、シャワーで水を掛けた。それを五回やって計十五か所にナメクジを配置して砦に帰投した。
「上手く行けば良いですな」
出迎えてくれたフォルスタッフさんが労ってくれる。
「そう願いたいですね。明日は朝一番に見に行きましょう。場合によっては、一日観察です」
「分かりました」
その後は、夜明けまで交代で魔族の襲撃に備えた。




