第六話 エングリオ王都東部の魔境②
村人達が言うには、前回魔王が復活した際、赤バチの巣は退治されたらしい。
魔境に近いこの村には守備隊が配置された。ただし、魔王軍自体がムシの生息域を突破出来なかった様で、出て来なかった。手柄を立てようとやって来た貴族の御曹司は、待てど暮らせど出て来ない魔物に業を煮やし、周囲が止めるのも聞かずに出撃した。嫌がる地元の猟師を案内にたて、森の中に分け入った。そこで数匹の赤バチに襲われた。一応白銀の矢は配られていたので、魔法兵と共に頑張って倒した。そして、帰還する途中で、仕返しに来た大軍の襲撃を受けた。ほぼ全滅に近い損害を受けつつも何とか逃げ延びた御曹司は、父親に泣きついた。父親は領内に総動員を掛けハチ退治に乗り出し、これまた大損害を出しながらもなんとか巣を潰した。ただし、本人も御曹司もその戦闘で死んでしまった。これを聞いて激怒したのがセルディック王だ。ただ警戒していれば良かったものを、わざわざ攻め込んで大損害を出した。領地の半分以上を没収され、今やこの辺りは直轄地になっているらしい。
「では、それ以来、この地では赤バチの目撃例が無いのですね?」
「そうですね。ハチとクモが居たのですが両方とも退治なさりました。アリは元からおりませんでした。三つとも居ませんので、魔獣狩りが大分楽になっていました。尤も今は、そこの二人に教えて貰った鍋がありますから、森に入らずに済んでおります」
カーラとアナベラが得意そうにしている。より安全な場所でクマが狩れるなら貢献は大きいだろう。
「もしかして、ムシそのものが減ってはいませんか」
「そうですね。魔物のほとんどが魔獣です。前のご領主様は、お世継ぎ共々お亡くなりになられて没落されてしまわれたが、儂らにとっては恩人です」
中の上くらいだったのが下の上になってしまったそうな。兵役を免除された分、生活自体はなんとかなっているらしい。
「では、私の方からセルディック王にお伝えしておきましょうか? 兵を損じただけの価値はあったと。運が良ければ、その貴族は元の領地を取り返せるかも知れませんよ」
村人が皆首を横に振る。
なるほど。セルディック王の直轄領の方がいいわけね。
村人達に礼を言って返した後、作戦会議になった。
「この辺りにあるはずの魔法陣は、既に撤去されたかも知れませんね」
「ハチ……ですか」
エレノア様の言葉に、フォルスタッフさんが返す。二人には分っている様だが、何事だか分らない。
「仮説にすぎませんが、ハチ、アリ、クモが巣を作っていると、人間は簡単には近づけません。それほどに危険なのです」
「つまり、ハチがいなくなったから人間が森に入れる様になり、魔法陣が発見される可能性が高くなった、って事?」
「そうです。良く分かりましたね、ベアトリクス」
褒められて得意げだ。
しかし、お陰で私にも分かった。つまり、ハチ、アリ、クモの巣があるところに魔法陣があるのかも知れないって事だ。
て、事はだ。
「じゃ、じゃあ、前に私達が行った場所は……」
カーラとアナベラも気付いた様だ。
「そうです。魔法陣があると思しき場所の一つです。しかも、ハチの巣を潰しクモを一匹退治しました」
あの時、クモに止めを刺したのはエントラップ・ファイブだ。
「てことは……」
エントラップ・ツーも気付いた様だ。
「カーラ、アナベラ、あの時、貴方達はクモを倒していますよね。偶然とは言え、既に大手柄を立てているのかも知れませんよ」
「ほ、本当? やったー!」
二人は、飛び上がった後ハイタッチした。
皆で相談した結果、まずは前回ハチの巣を潰した所に行く事になった。未だ魔法陣があるのであれば、それを潰せば魔族が出て来る可能性があるからだ。ただ、ハチの巣を潰し、クモを退治したのは去年の十二月だ。そして、ノーザン・グラムの湿地の魔法陣を壊したのは今年の六月だ。気付かれていないのだろうか。
「恐らく、大丈夫でしょう」
「そうなんですか?」
エレノア様は自信がある様だ。
「恐らく、ムシを移動させるのは冬から早春にかけてでしょう。冬場にムシが繁殖するとは思えませんから。冬場の動きが鈍くなっているところを捕らえて、あちらに送り込んでから繁殖させた方が良いはずです。少なくとも、出口の魔法陣が六月時点で生きていました。入り口を撤去したとは思えません」
今は十月だ。十分間に合うだろう。
陽が十分に高くなって出発だ。エレノア様が場所を覚えていたので、ハチの巣跡は直ぐに分かった。一旦ライトを解除してセンス・ライビングを唱えて見たのだが、特にハチらしい反応は無かった。
低空を飛行して探す。エレノア様の指示により、まずはクモの巣を探す事になった。
クモの巣探しは、そう難しい事では無い。地上を歩いて探そうとすると、あると分った時には既に巣に掛っている。クモ退治の経験が豊富な手練れでなければ無理だろう。ただし、上空から見れば直ぐに分る。フワフワと白い巣が丸見えだからだ。人間除けとも言える、ハチ、アリ、クモの巣の内、アリとクモが重なっていないのもその辺が理由だろう。アリとクモが潰し合いをしない様にしているのだ。つまり、今探索している所にはアリはいない。
見つかったクモの巣を地図上に描き写す。そうすると、概ね大きな二重の半円形を描く様に配置されている事が分った。口が開いているのは森の奥だ。
「蜂の巣は、この半円の西側にありました。魔法陣があるのは、この森に向かって開いている所ですね。東側です」
魔族もなかなか厳しいな。住み慣れた場所から飛ばされたムシ達は、東以外に行ったらクモにやられるわけだ。まあ、その位を突破出来ないと、生き残れないのかも知れないが。
ともあれ、探す場所は更に絞り込まれた。後は、洞窟か木立か岩の裂け目が見つかれば当たりだな。
目標は簡単に見つかった。明らかに何かを囲むように、円形に木が生えている場所があったからだ。
「あれですね。降下して調査します。カーラ、上空班にその旨を伝達して下さい」
「は、はい……」
ハキハキとしたエレノア様に対し、カーラの返答は明らかに元気がない。彼女も分っているのだ。ここからは、魔族との戦闘になる。
アナベラが私の袖に縋って来る。カーラの傍にはベアトリクスが寄り添っている。エレノア様の指示に従い、送信用の書簡を書いているカーラの指先は震えているせいで文字が揺れている。でも、キチンと文字に書き起こしている。斥候として成長しているからだ。
「大丈夫よ。安心して。これだけ強力なお味方が居るのよ。きっと勝てるわ。大丈夫よ」
カーラにも聞こえる様に、アナベラに声を掛けた。
木立の真ん中に降下する。木立は高木とその間に灌木が植わる形で出来上がっていて、真ん中は空き地になっていて、背の高い雑草が生えている。上から見たら不自然さが丸わかりだが、地上を歩くと簡単には分らないだろう。空き地の雑草をお椀と同じ広さにベアトリクスがウインド・カッターで切り開き、その只中に降りた。皆でお椀から降りる。お椀はそのままひっくり返して頭上に浮かべる。これで上空からの攻撃はある程度凌げるはずだ。
ベアトリクスが雑草を全部刈る。フェイヴァラル・ウインドで刈った草を飛ばすと、明らかに整地された地面が見えて来た。皆で真ん中に集まる。
「ここに魔法陣があるの?」
「恐らくそうでしょう。掘り返して見ましょうか」
土の魔法を使うために、エレノア様が頭上のウインド・バリアを解除した時だ。
ドッカーン!
頭上から雷の轟音が聞こえて来た。しかも何連発も来た。次々と魔法が降り注ぐ。完全に狙われた。
雷のせいで空き地を囲む木々が燃えている。
カーラが持っている魔法陣が光を放った。
「う、討ち果たした、です。やったー! 勝ったああ! 痛ったああい!」
カーラが飛び上がろうとして、ライトの壁に頭をぶつけた。
「まだまだ修行が足りませんね。魔族の一匹や二匹倒したからと言って、はしゃぐものではありませんよ」
エレノア様が落ち着き払った表情でカーラを窘める。
いや、初めての魔族との対戦で勝ったんだよ。普通はしゃぐだろう。
ウインド・バリアの解除が合図だった。同時に私はライトの壁で四角錐を作って皆を囲んだ。マジック・リフレクションでも良かったのだが、マジック・リフレクションは円弧の形にしか出来ない。どうしたって派手に弾き返して相手に気付かれてしまう。なので、鋭角を作れるライトの壁にした。
こっちがマジック・リフレクションを使っていないと知って調子に乗ったのが運の尽きだ。五発も六発も魔法を放って、上空班が見逃すわけが無い。急降下してからの、極太ホーリーにコキュートス、更にはフォルスタッフさんの放つ白銀の矢の連発だ。
四角錐を解除して、味方が降下した所へ向かう。
哀れ魔族は、コキュートスの氷柱に腹を貫かれた状態で地面に縫い付けられていた。右目に白銀の矢が刺さっているし、腰が無く足二本が千切れている。周囲には真っ黒な地だまりが出来ている。私達の姿を見て右手を上げようとしたが、肩が少し動いただけだ。
「うっ……」
カーラが目を背けた。アナベラは跪いて女神様に祈りを捧げた。
「こ……ろ……せ……」
最早虫の息だ。尋問すら出来ないだろう。
「カーラ、アナベラ、止めを刺しなさい。カーラは雷の魔法を、アナベラはホーリーです」
「え?」
二人揃って絶句した。
「で、でも……」
「戦いとはこういうものです。相手が不憫と思うなら猶の事、早く止めを刺して楽にさせるのです。そして、強者を倒す事によってその力を自分の物にしなさい」
二人にとっては辛いかも知れない。しかし、エレノア様の言う通りだ。
二人も覚悟を決めたのか、両手を掲げて詠唱を始めた。目一杯で放つ気だ。魔族も覚悟を決めたのか、目を閉じた。
「エナジー・ボルト!」
「ホーリー」
狙いあやまたず胸に当たった。直後にヘンリー様が剣を一閃し首を刎ねた。
転がった首を拾い、千切れていた二本の足を腰の辺りに並べて、お弔いを上げる。魔族の死体は灰が崩れる様に塵になって消えた。
念のために木立で囲まれた空き地を探ってみると、案の定魔法陣が出て来た。テレポートだ。現場で解析するのは危険すぎるので、手分けして描き写した後、破壊して撤収する。
「ねえ、どうして罠って分ったの?」
描き写し作業が終わって休憩していると、カーラが聞いてくるが簡単だ。魔法陣が見えなかった。空き地で覆われていた事自体、既に怪しい。雑草が生えていると言う事は、どう考えても土を被せてある。それだけで稼働しない事が分かる。
ただ、はっきりと罠と分った訳では無い。念のためだ。うまい具合に相手が待ち伏せに引っ掛かった。
「ねえ、ジャンヌ。貴女達って、いつもこんな事やってるの?」
「まあ、そうね。でも、ネズミもキツネもイノシシもクマも、基本は一緒よ」
餌の代わりに囮になり、味方に攻撃して貰う。要はある程度の安全が確保できていれば良いのだ。
「ある程度?」
「まあ、危険はつきものでしょ?」
引きつった表情をしているが、何事も代償と言う物が必要だ。何をするにしてもリスクは発生する訳で。例えば、家に引きこもっていても、ご飯が食べられなくなると言う極めて大きなリスクが発生する。
「二人共、軽装歩兵はこうやって戦うんだ。軽装備で戦うから、攻撃力も防御力も重装兵より脆弱だろ? その分、頭を使って戦うんだ」
フォルスタッフさんだ。カーラとアナベラは目を合わせて、しゅんとしている。
「流石はフォルスタッフですね、良く分かっています」
「現役の頃、お二人の戦いぶりには随分と手を焼きましたからな。挙句の敗戦です。嫌でも分かるようになります」
なるほど。フォルスタッフさんの相手は、ヘンリー様とエレノア様だったのだな。ご愁傷様である。
これで一体倒した。もう一体いるはずだ。翌日以降の再戦に備えて、陽が高い内に宿屋に撤収した。宿は、魔境の西側にある村の宿で、前回も宿泊した。ヘンリー様とエレノア様は特別室に泊まり、ウィルソンさん以下、魔法使いが二部屋に分れた。超上級魔法使い二人と、ウィルソンさんと二人のお椀使いに分れたところが、身分制のある国のらしさだろう。因みに、神官は村の教会に泊まった。
「魔族に止め刺したから三つ目の魔法覚えるかな?」
カーラが聞いて来た。今回、私と同室は、ベアトリクス、ヴィル、ボニー、カーラにアナベラだ。
「何覚えたいの?」
「私、風! やっぱ、恰好いいよね」
「分る! やっぱり、属性魔法で見栄えがいいのって言ったら、まずは炎と雷、次は風よね」
反応したのはベアトリクスだ。どこぞの精霊が聞いたらへそを曲げるぞ。
「アナベラはどうするの?」
ホーリーとヒールを使える。順当な路線は支援魔法だろう。ピュリフィケイションもあるが、使い道が限定されている。
「ディフェンドかなあ。ディフェンドがあれば、少しは怪我人減らせるよね」
らしいと言えばらしい。四角錐に籠った時、密かに皆に向けて掛けようと念じていたらしい。
「ジャンヌは、どう思う?」
「いいと思うわ。あと二つ覚えて、四個使いになったら中級魔法覚えるかも知れないわよ」
正直言って、私の場合はイレギュラーなので、何が順当なのかは分からない。クリーン・アップとかアウェイクとか色々な魔法を覚えたし、何と言っても黒石がきっかけで中級になった。
「中級魔法使いになったら、魔法兵になれる。頑張って覚えよう」
「うん」
二人で盛り上がっている。
「斥候じゃ駄目なのお」
ボニーが聞く。ボニーは現役の斥候だ。いつの間にかヘンリー一行に混じったが、実は正規の王国軍斥候だったりする。無論、表向きは老夫婦の護衛だ。
「魔法兵の方がお給料高いのよ」
「そっかあ。それもそうだねえ」
セルトリアでも魔法兵のお給料は二番目に高い。中級魔法を使える者は、例え一個使いであろうとそれだけ大事にされている。因みに、一番は降下猟兵だ。
「それに、もしも上級魔法使いになれたら、それだけで騎士になれるのよ」
お給料は段違いに上がり、もしかしたら、中堅お貴族様の三男坊あたりと結婚できるかも知れないそうだ。正に玉の輿だ。
「まずは、三つ目ね。しっかりとイメージ創ってね」
二人共ベアトリクスの言葉に力強く頷く。頼もしい限りだな。




