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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第ニ章

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新しい生活

 私達一七五の会の三人は、滝の麓の上水道管理事務所のソファに座って、歓声を受けながら滑り降りて来たパウルさんの操る例のソリを眺めていた。向かいにはロビンソンさんが座っている。


「新しい生活はなんとかなりそうですか?」

「そうだね。アドルフ町長が湖の周辺の禁漁区全域を僕達だけに開放してくれたので、食料は十分に手に入るよ」


 早朝の日差しを受けたロビンソンさんは穏やかに笑った。着ている新しい服も、その辺の農民と大差ない。元々農家出身だからか良く似合っている。


 後日談になるが、ご家族は既に亡くなっていた。しかも戦火に巻き込まれる形で村そのものが全滅していたとの報が入った時は、泣き崩れてしまった。

 皆で心配したのだが、やがて立ち直った。表情に影があるようにも見えるようになったが止むを得ないだろう。新しい生活を創り上げるための日々の労働に打ち込んでいるうちは、大丈夫だと思いたい。


「それにしても、良くやるわねえ。あんな物がそんなに楽しいの?」


 ベアトリクスが目をやる窓の外では、皆にねだられたパウルさんが滝の上と下を何往復もしている。

 子供達は最初こそ怖がって私にしがみついてきたのだが、一回乗ると大はしゃぎしてもう一回、もう一回、と言わんばかりにパウルさんにしがみついて袖を引っ張っている。そうなると、パウルさんのあの性格だ。任せておけと何往復もしている。遂に子供のみならず、お母さん達やオッサン達まで乗り始めた。パウルさんがそりを操るのはこれで五回目か、それとも六回目か……。


 儂にも操縦させろとアドルフさんが言っているのは、聞こえないふりをしているようだ。




 歓声と共に発進するそりを、やれやれとばかりに見送ったベアトリクスがため息をつく。


「ロビンソンさんはもういいんですか?」

「僕は……一回乗ればいいや」


 露骨に渋い顔をしている。

 良かった。同じ感覚の人がいるのは嬉しいものだ。


「これからどうするんですか?」


 ベイオウルフがロビンソンさんに聞いた。


「しばらくはここに厄介になるよ。ここでの生活が安定したら本格的に働くことになるな。今はそれで精一杯だな。森で採れた獲物や薬草が収入源だ。下の町とここまでをあのそりで繫いで上がって来られるようにしたいらしい。その工事に関われたら、その代金で余裕のある生活が出来るようになるかも知れない」

「それ本当にアドルフ町長が言ったの?」

「残念ながら。今ある水道菅を地下にも作って、その横に移動用のそりを走らせる通路を作るらしいよ。そっちは観光用なんだそうだ」


 私達は顔を見合わせてやれやれと首を振った。もっと他にも仕事はあるだろうに、何でまたそんなことを……。


「ゴブリンてさあ、森の中に住むもんだと思ってた」


 ベアトリクスが何かを諦めた様な口調で言った。その気持ちは良く分かる。


「湖の近くに新しい巣穴を掘ってるんだ。夜になれば再開するんじゃないかな。今はそりに夢中だけどね」


 ゴブリンは夜行性だ。昼間寝て、陽が落ちたら森の中をうろつくのだろう。


 湖の周辺は禁漁区になっていて、猟師達も大分離れたところで狩りをしている。獲物も豊富だろう。

 アドルフ町長の特別措置はゴブリン達の身元引受人となったマルセロ商会の者にも適用される。ただし、人間だけでの狩りは許されていない。

 パウルさんはゴブリン達が自活出来るように狩りを教えるつもりらしい。もちろん獲物は山分けだ。人と共生関係にあるゴブリンの楽園が出来るのは夢ではないかも知れない。


「いっそのこと、ネズミ退治をやって貰えばいいんじゃない?」

「良い考えだけど今は無理だな。街中にゴブリンが出たらどんな騒ぎになるか。それに、ゴブリンのことは秘密なんだから、噂にでもなったらまずいだろう」


 ベアトリクスの提案は面白いと思うけど、ベイオウルフの言うとおりだ。

 今はまだそういう段階ではない。時間が経って人々に受け入れて貰えるまでは、口外禁止とアドルフ町長も言っている。


 オークとの攻防戦の後も、人目につかない様に、山小屋から町役場、町役場から上水道管理事務所、とテレポートの魔法陣を使って少しずつ移動した。


 因みに、アンガスさん達猟師の面々はテレポート無しだ。

 山小屋のテレポートの魔法陣をほったらかしにするわけにはいかないので、綺麗に消してから歩いて近くの村まで行くと言っていた。今頃は馬車に乗っての帰路の途中だろう。




「ともあれ、今日は歓迎会だからね」


 ベアトリクスがワインの瓶を一本取り出した。わざわざ買ってきた。

 今回の依頼は無事に達成した。さらにオークの群れを退治した。懐は温かい。


「わざわざ済まないね。こちらは何のもてなしもできないのだけど」


 何を言ってんのよとベアトリクスがふんぞり返る。


「今回だけは奢らせてもらわよ。一回くらい奢らせるのが先輩への敬意ってものよ」


 ロビンソンさんはマルセロ商会の社員になった。新しく設立された土木工事部門の監督官だ。ゴブリン達は孫請けといったところか。技術顧問は当然パウルさんだ。ちなみに、お給料は私と同じく完全歩合制だ。仕事を請け負わないとお金は貰えない。


 つまり私達の後輩だ。

 とは言え、たった一か月しか変わらない。ふんぞり返るほどでもない。


「よろしくお願いします。先輩」


 それでもロビンソンさんはきっちりと頭を下げてニコニコと笑った。

 なかなか出来の良い後輩だ。今後贔屓をしても良いかもしれない。


 ベイオウルフが背負ってきた袋の中から丸い皮の楯を数枚取り出した。私が持っている一番軽いやつよりも一回り小さい。工作所の二人に作って貰ったらしい。ゴブリン用の特別製だろう。


「武器は駄目だが、楯なら良いと言われました。狩りの時に使って下さい」


 流石はベイオウルフ。実用的だ。


「ありがとう。これは本当に助かるよ」


 小柄で力も弱く魔法も使えないゴブリンにとって、この辺りの魔獣は脅威だろう。防具はあるに越したことはない。いつもロビンソンさんが夜中について行くわけにはいかないし、いずれは手分けして狩りに出る。人間がいない時の対策は必要だ。


 私が差し出したのは街道クッキーの詰め合わせだ。子供達に絶大な人気を誇っている。焼き印はまだ揃っていないので町で買ってきた。


「あんた、そんなことしてたらパウルさんに僻まれるわよ」


 自分の事を棚上げする魔法使いが何か言ってくる。


「大丈夫だよ。パウルさんから五箱貰っているからね。さっきパウルさんが一箱開けてばら撒いていたけどね。残りは毎日少しずつ食べさせるつもりだから、あればあったでありがたい」


 ドン引きだ。しかも今度は後れを取らされた。

 そう言えば街道クッキーマニアがどうとか言っていたわね。


 意地悪な魔法使いがニヤニヤしてくるのは気づかなかった事にして、話題を変える。


「何にしろ良かったです。一時はどうなることかと思いました」


 洞窟では院長先生がゴブリンを皆殺しにしたと思った。


「ゴブリンは精霊だから魔物を退治するホーリーはほとんど効果が無い、なんて思いませんでした」


 一か所目でゴブリン達を攻めた時に私が放ったホーリーは、全くの空振りだったわけだ……。

 向かいのロビンソンさんが大きく頷いている。後で聞いたのだが、暴れまわって大変だったらしい。

 もっとも錫杖の一撃をみぞおちに喰らって気絶するまでだったらしいのだが。


 ホーリーは全く効果が無いわけではなく、軽いショック状態に陥って皆気絶していたのだった。

 ゴブリン達は魔法が使えない分、感覚が人間よりも遥かに鋭敏で感じ取った衝撃が大きすぎたようだ。

 なにせ人間の私でさえ、やられたって感覚があった。

 精神的なダメージが大きかったら人間でも気を失って倒れてしまう。ゴブリン達にとって院長先生の目一杯は強力過ぎたようだ。


 エミリー先生が一緒にいたのは、万一に備えてリザレクションを使えるようにとの、ジェニファー先生の先読みによる配慮だった。効果は薄いが無いよりは良かったのだろう。院長先生のお守りではなかった。

 ただし、院長先生がホーリーを使った瞬間、エミリー先生は外にいた。しかもそれは院長先生の指示だった。いざとなれば自分が走って知らせに行けば何とかなると考えていたらしい。それを聞いたジェニファー先生に随分と小言を言われていた。


 ちなみに、ヒールもほとんど効果がないらしい。骨折したゴブリンを手荒な方法で治療したのもそれが理由で、お母さんたちは分かっていた。


 パウルさんに、知らなかったのか? と、あきれたように言われてしまった。




「ところでさあ、なんでオークじゃなくてゴブリンだったの? オークの方が強いんでしょ?」


 それは私も聞きたかった。ロビンソンさんはゴブリンが魔物では無いことを知らなかったはずだ。


「何か違ったんだよ」


 ロビンソンさんは目線を少し上に向けた。何かを思い出そうとしているようだ。


「僕は動物達と過ごしてきた。動物達は人間と同じでね、一緒に過ごしている間はその時々に色んな感情があって、その中で僕を好きになってくれた。でもね、クモやオークは違った。僕を好きになんてなってくれなかったのさ。僕の方が強いから従っているだけで、ひたすら嫌われていた。でも、ゴブリンは僕を分かろうとしてくれたし、分かってくれた。きっとクモやオークには、いや恐らく魔物には間がないんだろう。好きと嫌いの間がね」


 好きと嫌いの間と言うと、普通としか言いようがないが……。


「黒と白があるだろう?」


 確かにある。


「その間は何だろう?」


 ネズミ色……もとい灰色だ。


「灰色は無限にあるんじゃないかな。その両端に白と黒がある。僕たちは灰色なのさ。ゴブリンもそうなんだろう。ほんの少し白か黒かの混ざり方が違うだけなんだ。だから思ったのさ。味方になれる。いや、一緒に過ごせるってね」


 なんだか難しい話になってきた。長年森の中で動物や魔物と暮らしてきた人は言うことが違う。要するにゴブリンは精霊であって魔物では無いから、人間と一緒に暮らせるんだろう。


「人間と同じだから、ホーリーが効かなかったんですね」


 よし、我ながら上手くまとめた。


「救援部隊のなかじゃあ、知らなかったのはあんたくらいよ。気を失っちゃったりして」


 意地悪な魔法使いが絡んでくる。


「なによ。あんただって知らなかったでしょ。ちゃんと見てたんだからね。院長先生にビビって腰抜かして震えてたでしょ。おしっこちびってたんじゃないの!」

「汚いわね。あんたと一緒にしないでよ!」


 いつもの様にベイオウルフが笑いながら割って入ろうとする。


「まあまあ二人共。結果オーライだからいいだろう」


 はたと口論を止めて、宥めてくるベイオウルフの顔を二人して見る。


「あんたは知っていたくせに私達に教えなかったんだから規約違反よね」


 ベイオウルフに向かって、ちびった疑惑のある魔法使いが悪い顔をしている。結局のところ自分も知らなかったことを白状しているのは気付いていないようだ。


「そうねえ。弾劾裁判よね」


 しかし、この際だから便乗することにした。そうでなければやってられない。


「そんなこと言われたって、私だって直前に聞かされたんだよ。第一、敵襲の報告が入ったのにいつまでも寝ていたのは三人だけなんだからね。あの状況で寝ていたほうが悪いよ」

「日頃から訓練しているあんたじゃないんだから、起きられるわけないでしょ」

「そうよ。普段早起きの私が寝過ごしたのよ。緊急時に早く起こしてくれない方が悪いに決まってるでしょ!」


 久しぶりに人間と酒盛りしたせいで寝過ごたロビンソンさんが目を丸くして見ている前で、私達三人はその後もしばらく騒いだのであった。



 主人公獲得退治報酬(二カ月間):金貨2枚銀貨11枚:銅貨省略


 第二章 了

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