森の幸亭
「で、結局一匹か」
パウルさんがついていながらの結果が意外だったようだ。この時期のキツネは家族で暮らしているらしく、一つの縄張りに何匹もいるので数が稼げるらしい。
私達は、キツネを倒した後、一旦一直線に南に向かい森を出た。リスが集まっていた場所を特定するためだ。そういう風に森の地図を少しでも正確なものにするための行動が主になって、時間切れになってしまった。優先的に小屋を目指した事も理由の一つなのだが、生理現象ゆえなので止むを得まい。
それでも、一匹退治できたのは、ひとえにパウルさんのキツネの痕跡…...足跡や糞……を探し当てる能力のおかげだ。猟師の技というものを教えて貰えたのは大きな経験になった。
それに栗鼠、鳩といった動物を狩り、キノコや薬草を袋一杯採集してきたので、結構な実入りになった。パウルさんに教えて貰いながら幾つかの普通の獣用の罠を仕掛けてきたので、次に来るときは労せずして実入りを増やせるだろう。
「すまんな、隊長代行。久しぶりの狩りだったもので腕がなまったかもしれん。次は頑張るよ」
パウルさんがハンスさんに謝罪している。
どう考えても私達に色々と教えてくれていた事が足を引っ張った結果なので一言言おうとしたが、パウルさんがこちらを向いてウィンクしながら、次は頑張ろうな、と言ってきたので黙ることにした。
「いや、この季節の衛兵隊の成績が多くて二匹程度なんだ。一七五の会が三匹、四匹と退治してきたら、それをネタに一度訓練で徹底的に絞ってやろうと思っていたのだがな……」
とんでもないことを言いだした。
これでは私達がキツネ退治で活躍すれば衛兵隊の皆に迷惑がかかってしまう。ベイオウルフなんか天を仰いでいる。
「面白そうだな。今度はもっと沢山退治してやるから、その時でどうだ?」
パウルさんまで同調しだした。
これはやばい。パウルさんが本気になったらどうなるか分からない。
「ちょっと、待ってよ。それじゃあ私達が衛兵隊に恨まれるかもしれないじゃない! それとも、手加減しろとでも言うの?」
ベアトリクスが猛然と抗議する。当たり前だ。
「儂は別に手加減などする気はないぞ」
パウルさんが混ぜかえしてきた。お願いだから、ちょっと黙ってて下さい。
どうしようかとうろたえていたら、ブリジットさんが顔を出した。
「ハンス隊長代行ったらそんな事考えてたんだ。ふーん」
なにか企んでいる顔だ。
「立ち聞きは良くないな」
「違いますよ。隊長代行に用があったから来たところへ、皆さんが今の話をしていたのよ」
渋い顔をしているハンスさんに、ブリジットさんがニヤニヤ笑いながら近づいていく。
「何か問題があるか?」
「いーえ、問題は無いですよ。ただし、私達だけってのはねえ」
「どういう事だ?」
「そうねえ。賭けをしませんか?」
「賭け?」
「ええ」
ブリジットさんは完全に悪い顔をしている。
「そうですね。次に同じ森に一七五の会が魔物退治に行った時に三匹以上捕まえる事が出来たら訓練を受けてもいいですよ。でも、もし一匹以下ならその厳しい訓練は隊長代行一人で受けてもらいましょうか?」
ブリジットさんは、私達を見るとウィンクしてきた。
「ほほお。それは面白そうね。見ものだわ」
ベアトリクスがニヤニヤし始めた。絶対に手加減する気だ。
「ほほお。それは面白そうだな。ハンスが絞られる姿を見てみたいものだ」
パウルさんまでニヤニヤし始めた。手加減どころか何もしないかもしれない。
「分かった。俺が悪かった」
ハンスさんが頭を下げたのは時間の問題だった。
ベアトリクスとブリジットさんはハイタッチをしている。
「お前達、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
ため息をつきながらハンスさんが聞いてくる。
「あら? 私達はもう戦友よ。ねえ?」
ブリジットさんの笑顔に、満点の笑顔で答える。
それを見たハンスさんが両手を広げると、盛大に肩をすくめて見せた。
「なんだ、何もしないのか。つまらんな」
パウルさんの独り言は、聞こえないことにした。
ふんぞり返って衛兵隊の詰所を出た後、パウルさん御贔屓の森の幸亭という名前の食堂で晩御飯を食べることにした。猟師が集まる店で、今日森で採ってきた私達の成果を引き取ってくれた。
「今日は儂のおごりだ。好きな物を頼んで良いぞ。ただし、酒は一杯だけだがな」
「いいの? やったー」
喜ぶベアトリクスを押さえ込んで、私とベイオウルフで断った。お礼をしなければならないのはこちらだからだ。
しかし、パウルさんも譲らない。
「こうしてこの格好でこの店に来るのもお前さん方のおかげだ。今回だけは奢らせてもらうぞ。第一、これだけの年の差があるんだぞ。一回くらい奢らせるのが年上への敬意ってものだ」
うーん。そういうもんだろうか?
「すいません。では遠慮なく」
ベイオウルフがあっさりと折れたので、それ以上断るのは止めにした。
きっと、同じような事を衛兵隊で言われてきたのだろう。
「そうよ、そうよ。こう見えてもパウルさんは高給取りなんだから。あんた達も遠慮なんかしなくていいのよ」
ベアトリクス。あんたは少し遠慮しなさい。
そこへ、店の御主人がワインを持ってやってきた。
「よう、パウル。来てくれたか」
「当り前だ。今日の収穫を自分の舌で確かめないでどうする?」
店の御主人とパウルさんは随分と仲が良さそうだ。
「あら? 二人共知り合いなの?」
店の御主人とは初対面のはずのベアトリクスはいつの間にか二人に間に割り込んでいる。
「そうさ。このパウルが駆け出しの猟師の頃から、うちの店で狩りの獲物を買い取ってやってたんだよ」
「あら?恩人じゃない」
「なにを言うか。その頃のこいつははただの皿洗いだったんだぞ」
「その皿洗いの俺が取りなしてやったんだろうが」
「その代わり、お前が惚れていたこの店の一人娘との仲を取りなしてやったじゃないか」
「やだ。一生ものの貸しが出来ているじゃないの」
あれも、とご主人が指さす先では、太ったおばさんが厨房でフライパンらしきものを振り回している。奥さんなのだろう。
「出会った時は、君らの様に若くて可愛い看板娘だったんだけどな。今じゃ完全にこの俺をあのでかい尻に敷いてこき使ってくれているよ」
三人で大笑いしている。
さりげなく可愛いって言われちゃった。ベイオウルフと二人俯いてしまった。
こういう時はベアトリクスの厚かましさ、いや社交性がうらやましい。
「これは、俺からの奢りだ」
ご主人が手に持ったワインをテーブルに置く。
大陸からの輸入物だ。かなり値が張るに違いない。
「どういった風の吹き回しだ」
「お前さんの狩猟復帰記念だ」
「それ、私達も飲んでいいの?」
だからベアトリクスは遠慮しなさいって。
「構わんよ。一緒に狩りをしたんだろ。祝杯をあげようじゃないか」
「一杯だけって言われてるんだけど」
ベアトリクスが、パウルさんをチラ見する。
パウルさんとご主人が顔を見合わせる。
「お前達、いつもどんな飲み方をしてるんだ?」
パウルさんの言葉に、今度は私達が顔見合わせた。
「どんなって、ジュースかサイダーで割ったやつだけど?」
普段私達が飲んでるのは、安い地元産のワインをベリーやリンゴといった季節の果物のジュースで三、四倍に割ったものだ。果物がない時期はサイダーで割っている。美味しいし、何と言ってもお安いのだ。
「グラスで五杯飲めば一本無くなるぞ。このテーブルの周りには今五人いる。ジュースなんかで割るにはもったいない上物だ。五人で祝杯をあげようじゃないか」
御主人の言葉に私達が歓声を上げたのは言うまでもない。
自分達の獲物を素材とした料理を楽しみ、普段の四杯分の量のワインと何杯かのビールを飲んだ酔っ払いの魔法使い一人が眠りについた頃、お手洗いに立ったパウルさんと入れ替わりにお店のご主人がテーブルに来た。
お菓子を包んだ袋が三つ置かれる。
「あの、これは頼んでいないのですが」
「これはサービスだ」
ベイオウルフと二人顔を見合わせる。ベアトリクスは良く寝ている。
「あの、もう既に高いワインをごちそうになっていますので、これ以上は……」
ベイオウルフも頷いている。
「ワインはパウルが狩りに復帰した祝杯だ。これはお前さんらへのお礼だよ」
「お礼?」
聞くとお店のご主人はパウルさんの幼馴染で、若い頃は一緒に狩りをしたこともあったのだそうだ。パウルさんは故あって猟師をやめてしまったが、その頃から生きの良さがなくなってしまったらしい。遂には闇落ちして世捨て人の様に悟った人間になってしまった。心配していたのだが、私達と一緒にかつての装束で狩りに出て元気を取り戻してきたのが嬉しいとのことだった。
「昔と違って肩の力も抜けたようだ。若い時はすぐにムキになっていたが、今は狩りを楽しんでいるのが良く分かる。君らのおかげだ。あいつをよろしく頼むよ。その代わり一七五の会が狩りで手に入れた食材は、うちで全部買い取ってあげるよ。言っておくが、奢るのは今回だけだからな」
そう言うと、ご主人は厨房に帰っていった。




