第九話 一七五の会の店四号店
このところ、あちこちへ行き随分と忙しかったのだが、十二月になって、ようやくゆっくり出来る様になった。ウミヘビ退治は早くて二月だ。農場の方でも年越しの準備をしないといけない。
改めて見ると、平坦地も大分変った。
うちの農場は、街道の入り口付近になるのだが、近隣に色々な建物が建った。まず駅逓がある。と言う事は、つまり宿屋がある。そして、衛兵隊の出張所が出来た。十人が交代で来るらしい。いずれは、平坦地で人員を募集するようになるのだろうが、それまでは町で面倒を見るようだ。もっとも、中央部には軽装歩兵団がいる。平坦地の人口そのものが少ないし、警備に支障は無いだろう。
珪石の採掘が本格化したので、鉱山関係の建物が幾つか出来た。いまや、毎日十数人のオッサンが働いている。中にはエングリオから逃げて来た人達もいる様だ。関係者は鉱山の近くに作った小屋で寝泊まりしている。鉱山堀りは仕事がきついが稼ぎが良いので、飲み屋も出来、娼館のお姉さんも派遣されて来てそれ風の建物も建った。
他にも、軽装歩兵団が隠れ蓑として経営する飲み屋や食堂が出来た。服や日用品は、うちの店が中の原のお店と業務提携を結んでいるので、既にある。それと、中の原お弁当サービスとも業務提携を結んだので、朝に四号店で注文を受けて、書簡送信用の魔法陣で本店に送り、本店で作ったのをマルセロ商会経由で地下のテレポートの魔法陣に送って貰えるようになった。
平坦地全体で考えると、中央に軽装歩兵団の砦があって、そこから東西南北に街道が走っている。街道は、更に南北に二本、東西に二本開通させる計画なのだが、現時点では全線開通までには至っていない。今のところ、一番西の出口……私達の農場の辺り……から北に延びた街道と東西に走る街道の西半分が出来ているだけだ。水路も基本街道に沿っているので同様だ。もっとも流れている水の量が少ないので、水路といっても雨が降らないと溝と変わらない。飲み水にはとても出来ないので、集落では井戸を掘っている。
東部は手付かずの地域が多い。木の移動も完了していない。
必然的に、西部から開拓が進むことになる。
人口は今のところ、軽装歩兵団を除くと四百人ほどだ。戦争のせいで国策での開拓の指定が遅れ、遂には試験場になった。購入した荒れ地を開墾して自分の土地に出来なくなったのでお金持ちが手を引き、予定の半分にも満たない。現時点で、集落が出来ているのは、駅逓のある場所だけで、平坦地中央の砦の周辺、一番西の街道と中央の街道の交わる地区、そして、私達の農場周辺だけだったりする。
二基のお椀……一基は山賊の操るフローラと共に農業指導に行くリュドミラの乗る奴、もう一基はパウルさんの操るイノシシの餌撒きに出るボニーの乗る奴……を見送って、開店の準備を始める事にした。
お店に行くと、既にミアーナがいる。今日は人数がいるので、アルラウネはお休みだ。
「今のところ、女子の店と言うよりは、珪石採掘場のオッサン相手の仕事になるわ。まずは朝のお弁当の販売よ。今日は何?」
「焼いた丸パンを半分に切って、中に炙ったチーズとベーコンを挟みました。冷めない様にジャンヌのワームの魔法陣の上に置いてあります」
メアリーの指示に、制服の上からエプロンを付けたミアーナが返事をする。
「まあ、美味しそう! 後で一つ頂戴ね」
店長とは、かくも気楽なものなのだろうか?
「それと、作業服の洗濯ね。と言っても、ジャンヌが作ったクリーン・アップの魔法陣の上に干してあるのを取り込んで、取りに来た人に渡すだけよ。名前を書いた札をつけてあるから間違わないでね。それと、お昼のお弁当の注文取りも忘れないでね。中の原お弁当サービスに連絡するから。その時に一旦、中の原に帰って、お弁当作り手伝ってね」
「はい」
今日は、ミアーナの四号店デビューだ。
いきなりオッサン達の相手は厳しいので、一週間本店で働いて貰った。今日はフィオナが中の原にいるので、本店を任せてこっちに来たのだ。
三号店で早朝からパンを焼いていただけあって、夜明けとともに起き出して、リュドミラと一緒に来ている。
「ベイオウルフ、山羊の乳を絞るから運ぶの手伝って」
秋冬用緑マーブルを着たベイオウルフに声を掛け、壺を持って家畜小屋まで行く。兎が一匹近づいてきて、右手を上げて来た。キーラだ。最近は、夕方と明け方に農場周辺の探索に出ている。兎の縄張りを探しているのだ。ウサギ小屋がまだ出来ていないので本格的な活動はしていないが、いずれは飼育をする予定だ。
レペレントをかけて毛皮を梳いてやった。落ちた寄生虫は土をかけて埋めた。しばし、鼻面を撫でてやる。蹲って気持ちよさそうに目を閉じている。
「キーラ、今日はミアーナが来てるのよ。四号店デビューになるから、一緒に居てあげてね」
キーラは兎担当だし魔族だから店の手伝いをするわけでは無い。椅子に座ってオッサン達の話し相手をしているだけだが、なにせメアリー二世だ。瞬く間に評判になり、店にいる時はファンが見物に来る様になっている。
キーラは、耳をピクリと動かした後で、立ち上がって居住区の方へ跳ねて行った。
マチルダが作ってくれたキーラ兎専用の入り口から中に入っていく。寝室の一つをキーラ専用にして服を置いてある。ご飯は誰かが山賊と一緒に食べるから、基本寝泊まりはここになる。農場に留守番がいない時は、私の部屋に泊まりに来る。今のところベッドが一つしか無いから一緒に寝て、私が遠征に出る時は部屋の留守番をして貰う。マチルダが、作ってやる、と言ってくれたので、気長に待つつもりだ。キーラも既製品を買うよりもマチルダが作ってくれた方が嬉しいだろう。
山羊の乳を二壺分絞って、ベイオウルフと一緒に店に持って行くと、既に十数人のオッサン達が、朝ご飯と昨日出した作業服を取りに来るために集まっていた。
普段は、リュドミラかボニーが応対しているのだが、今日はミアーナのデビュー戦だ。
ミアーナが扉を開けると、最初に顔を出したのは山賊の一人だった。
「ありゃあ、新顔かあ?」
知っている癖に、わざとらしく声を上げる。
「は、はい。ミアーナと言います。きょ、今日からここで働きます」
ミアーナは緊張しているのか、全く分かっていない様だ。
「おーい、今日は新顔がいるぞ! ミアーナさんだってさあ!」
後ろを振り返り、大声を上げる。
どれどれ、と皆が覗き込む。山賊が二、三人混じっている。
ベイオウルフが赤くなったミアーナの後ろに立った。そっと、ミアーナの肩に手を添える。
「あの、今日からここで働かせて貰う事になりました、ミ、ミアーナです。よろしくお願いします」
「そっかあ、ミアーナさんってえのかあ。可愛いねえ」
山賊の一人が手を伸ばすと同時に、ベイオウルフがその手を払いのけた。
「うちの店の子に気安く手え出してんじゃないよ!」
ざわっと、オッサン達が後ずさる。
なにせ、重装歩兵として中央軍に選抜された吶喊兵なのだ。迫力が半端ではない。
「わ、悪かったよ。もう二度と悪さしねえよ」
山賊が何度も詫びている。
「馬鹿野郎、調子にのんじぇねえよ!」
別の山賊が小突いている。
とんだ茶番だ。ミアーナを守るためとは言え、ここまでやる必要があるとは思えない。
「全くだ。ここはドラゴン・キラーが経営している店なんだぞ。下手な事してみろ、お前なんかあっちゅうまに燃やされて消し炭になっちまうぞ」
おい! そこの山賊! 言いすぎだぞ!
言い返せないので睨みつけてやったら、ザワザワとオッサン達がどよめいて更に後ずさった。逆効果だったかも知れない。
「はいはい、皆さん、おはようございます。どうも、お待たせしました。今日は、リュドミラがいないから、この娘達とキーラが応対しますから、よろしくお願いしますね! ここにいるドラゴン・キラーのジャンヌは家畜担当ですから安心して下さい」
メアリー、あんたもね。
はいはい、と何故か私は奥に追いやられ、入れ替わりに制服に着替えたキーラが入って来た。胸には真鍮のブローチが輝いている。
「あれ? ジャンヌ。どこに行くの?」
「なんか、お客が逃げるからって、追い出されちゃったの。家畜の面倒見てるわ」
「ふーん」
首を傾げながら店に入ると、オッサン達の歓声が聞こえてきた。
「みんな、おはよう! キーラですよー!」
今日は三枚看板だ。きっと、繁盛するだろう。
パウルさんとボニーが帰って来た。三か所に餌を仕掛けて来たので、時間が掛かった。少し休んだ後、私もお椀に乗ってイノシシ狩りに参加した。オーバー・フローを三回放って、十七匹の成果を上げた。
十六匹はテレポートで倉庫に跳ばし、一匹をお椀に括りつけて帰って来たら、丁度オッサン達がお弁当を買いに来ていた。やたら数が多いのは三枚看板を見に来たのだろう。
「おお! ドラゴン・キラーだ!」
紛れ込んだ山賊が人を指差して余計な事を言う。
「今日の成果は何匹だ!」
「十七匹じゃあ! ジャンヌの魔法三発であっと言う間よ!」
更に余計な事を聞く山賊に、もっと余計な事をパウルさんが言う。
しかも、低空飛行でイノシシを見せびらかしている。
「おい、聞いたか? 一回の狩りでイノシシ十七匹だとよ」
「やっぱ、ドラゴン・キラー、すげえわ」
ドンドン私の評判が落ちていく……。
ミアーナの護衛はベイオウルフで私じゃないぞ。
パウルさんが、店の隣の食堂の前でお椀を止めると、ボニーがナイフでイノシシのロープを切った。イノシシが落下して、ドサリと重量のある音を立てる。
「これ、どうすんのよー!」
店員に扮した王国軍女性兵士が、食堂から飛び出して来た。
「差し入れだ。うちには人数分の炙り焼きを作っといてくれ。後は好きにしろ」
「やったあ! ありがとうございます。流石ドラゴン・キラーね。気前がいいわあ」
気前が良いのはパウルさんのはずなのだが。
どうやら、茶番の第二段の様だ。私は、とことん出汁にされている。どうせ、脚本はパウル監督が考えたのだろう。
「では、皆の衆、さらばじゃ」
何がさらばだ。裏に降りるだけじゃないか。
文句を言うと、ミアーナ様の為じゃ、と言われた。
それを言われると何も言えない。しかも、とある言葉が原因で攫われた事は話せない。
「心配せんでも今日だけじゃ。後は軽装歩兵団と王国軍の女性兵士が上手くやるじゃろう。ベイオウルフもおるしな。要は最初が肝心と言うことさ」
かかか、と笑っている。
「今日だけにして下さいよ」
「ああ、心配いらん。それから、明日にはルイスが視察に来るそうだ。砦に寄った時に聞いてきた」
「視察?」
軽装歩兵団の団長が? 普段、いつの間にかイノシシの会や宴会に紛れ込んでいるから、視察なんかする必要はないはずだ。
何かあるのか?
午後になって、ベアトリクスがやって来た。最近は、ベアトリクスと日替わりで巻物作りをやっている。そうした方が、効率が良いからだ。
「はい、今週の分よ」
お店で使う巻物だ。クリーン・アップ、ワーム、非常用のヒールとホーリーだ。全部格安版で十本ある。
「有難う。夕方までに何本か込めておくわ」
「そうして」
他にも、販売用を持って来た。今のところ、平坦地で魔法屋を開業しているのは、マルセロ商会の窓口をやっているうちだけなので、それなりに需要がある。それに、店にあるかないかでは緊急時の応対が大分違う。
「エングリオから来た人達は、冬場はどうやってんのかな?」
全員が魔法を使えない。冬越しは辛いだろう。
「皆お給料が出てるでしょ。それでなんとかなってるみたいよ」
ベアトリクスが言うには、試験場になった分、開拓資金は出ないが賃金は出る。その分、魔法の農業使用の注文も安定しているそうだ。
「午後からお椀に乗って、訪問販売に行くけど、ついて来る?」
「そうね。お祈りしたい人もいるだろうから、一緒に行くわ」
今のとこ、神官も私一人だったりする。無論、祠や祈祷所はあるから、朝夕のお祈りはしているだろう。
今日の訪問販売の行先は、店に近い街道を真っ直ぐ北に上がった所にある集落だ。エングリオから来た人達五十人程が住んでいるらしい。パウルさんとベアトリクスのお椀二基を揃えて出発する。
お店はボニーとアルラウネ達に任せて、ミアーナとベイオウルフも参加した。
「さあ、さあ、皆さん。王都に店を構える一七五の会だよ。攻撃魔法からお菓子まで。そこな美人のお姉さん! 貴女に似合う指輪まで。何でも揃うよ!」
パウルさんが早速呼び込みをやっている。注文を受けた分を運んで来るので、大概の物は揃うのだ。なにせ、中の原の大方のお店の御主人方とは、ベアトリクスが業務提携を結んでいる。運賃も仲買料も場所代も取らない。注文販売方式にしたから、特に日用品の類は、売れ残りもほぼ無い。
ボニーが布を広げてアクセサリーの類を並べ、私は緑マーブルや取り寄せておいた各種衣服を飾る。最近は屋台を集落の人が管理してくれるようになった分、数を運べるようになった。
「やあ、来たね。頼んであったものは出来たかな?」
パン窯職人だ。パンを焼くときに使う道具のピールの注文を受けていた。マチルダがいるから鍛冶屋も出来るのだ。
「はあい。出来てますよお」
ボニーが持って来ると、手に取って眺めている。
「うん。丁寧な仕事をするね。十分だ。貰おう」
早速、一個売れた。
若いお姉さん達も無論いる。
小作人制の良いところは、収穫が無くても給料が出る所だ。無論、原資は開拓資金なのだが、三年契約を結んでいるので、精神的な余裕がある。農奴時代はそうそうお洒落なんか出来なかったようで、皆、アクセサリーを手に取って見ている。
「これ、どうかな? こないだ相談した奴」
ベアトリクスは住んでいる女性に似合う絵柄を描いていて、注文を受けている。元が生活困窮者対策用なので、値段が安い。無論、王都店があるから、その気になれば高いのも見繕えるのだが、そこは狙っていない。
「あっ、綺麗! どう?」
「いいじゃない。似合うわよ」
体に当ててお仲間同士で見比べ合ってる。
無事に、お買い上げとなった。
冬の到来を見越して素材は羊毛だ。色付きの毛糸も自作している。なにせ、ベアトリクスがアンジェリカさんと一緒になって、年に一、二個の新色を出している。染料用のチョークの粉や油は、王都店が王宮から取り寄せてくれている。
次いで、新作のコートを見せる。
「あとね、冬用のコートなんだけど、こういうのはどうかなって。最近、メディオランド王都で売れてる色合いよ。西海岸じゃ、この何年かはこの色がくるんじゃないかって話みたい」
「メディオランド王都!」
これが私達の強みだ。なにせメアリーがあちこちと交易をやっている。しかも、お貴族様とも交流があり、最近は各国の下町とも業務提携を広げ始めた。一回の荷はそう大きくないが、その分回数で勝負している。あちこちと情報交換をしているので、流行りも分かる。
「でも、高そうね」
「同じよ。銀貨一枚。メディオランド王都で売ってるのも下町のだから。素材は一緒だし、染めるのも自前でやってるからね。うちは流行に関係なく値段は一緒よ」
開拓地で働く小作人の給与は、一世帯あたり月に金貨一枚と聞いている。
五人家族としても、一人当たり月に銀貨四枚貰える。食費を差し引いても、買えない事はない金額だ。
「どうしようかなあ。コートのいいの欲しかったんだよねえ」
「でも、メディオランドなんて行かないでしょ?」
「あら、私達はもう自由の身なのよ。行くかも知れないじゃない」
きゃいきゃいと相談している。
「ご検討ってことでいいわよ。秋冬用は手間がかかるからから、既製品だけでやってるの。今日は見て貰うだけで」
「来週来てくれるの?」
「その予定よ」
「はーい。じゃあ、考えときまーす」
「よろしくね」
二時間程で、注文された物は全部引き取られ、新しい注文を受けた。服が何着かとアクセサリーも幾つか売れた。悪くは無いだろう。




