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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第四部 第十四章

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第十話 中の原軽装歩兵団長ルイスの視察

 翌日、ルイスさんが視察に来ると聞いたので、ベアトリクスと二人で立ち会う事にした。

 今日は、フィオナが侍女頭として国境の女王様にお仕えする日なので、ボニーとアルラウネ二人に本店の店番をお願いした。


 ルイスさんと副官は、降下猟兵が操るお椀に乗ってやって来た。朝のお弁当販売が終わり、珪石堀りのオッサン達が仕事に就く時間帯を狙った様でお客はいない。

 軽装歩兵の三人は、普段の山賊姿では無い。無論、農作業風でも無い。チェーン・メイルの上から紋章付きサーコートを着ている。普段背中に背負っている剣は腰につっている。正装と言って良い。まさかとは思うが、三回目の茶番劇か?


「ジャンヌ神官はおられるか?」


 普段は勝手に敷地内に入り込んでくるルイスさんが、正面から呼び掛けて来た。随分と物々しい。


「はい。おりますが」

「すまんが、視察させて貰うぞ。ジャンヌ、ああ、ベアトリクスもいるのか。では二人共、案内してくれ」


 そう言うと、副官と二人して店の中に入って来た。そのまま、奥へ行く。

 案内してくれと言った割には、勝手に動いている。何かあるに違いない。

 ベイオウルフとミアーナにお店を任せ、ベアトリクスと一緒についていくと、裏口から店の外へ出た。


「済まない。二人に内々で相談がある」


 どんどん歩いて行き、普段宴会をやっているところまで来た。

 どうやら、ただの視察では無いようだ。周囲に人がいない事を、チラチラと視線を送り確認している。


「これから言う事は、当面、この四人だけの話にして欲しい」

「沈黙の誓約する?」


 ベアトリクスが聞くと、そこまでは良い、と返ってきた。


「実はな、二人に確認したい事があるのだ」

「何なの?」

「ベイオウルフの事だ?」

「本人に聞いた方が早いわよ? 呼んで来ようか?」

「いや、その前に二人に聞いておきたい」


 何なんだ、一体?


「ベイオウルフには、その、何だ……」

「何よ?」

「ほら、その、男はいるのか?」

「男?」

「ああ、交際中の奴とか、将来を約束した男だ」

「つまり、彼氏って事?」

「そう、それだ! 彼氏だ!」


 もぞもぞ言ってると思ったら、いきなりだ。ベイオウルフには悪いが意外な質問でびっくりした。ベイオウルフは、一七五の会で密かにやっている誰が早く結婚するかランキング第六位だ。何せ家事一切が出来ない。もっとも、神官の私は、男の娘のリュドミラにまで負けて、最下位だが。


「あら? 気になるの? 二人のうちどっち? それとも、両方? デート取り持ってあげようか?」

「いや、我らではない。で、いるのか? いないのか?」」

「誰? そのくらい教えてくれたっていいじゃない」


 ベアトリクスがニヤついている。そりゃそうだ。仲間の恋バナは知っておかなければならない。隠し事は規約違反だ。

 ルイスさんと副官が、揃ってため息をついた。


「ジャンヌ。プライモルディアのエドワード王太子は知っているな?」


 今度は、いきなりエドワード様の名前が出て来た。


「はい。先日プライモルディアに行った時にお会いしました」


 エドワード様で思い当たるとすれば、ウミヘビ退治なのだが、あれは公式な依頼になるので王宮からマルセロ商会を通すはずだ。それに、降下猟兵が噛むとは聞いていない。ベイオウルフも参加予定だが、婚約者がいると思われているのか? そんな理由で、もし外されてしまったら、ベイオウルフが荒れるよ。


「実はな、そのエドワード様が、ベイオウルフに、その、女性として関心があるらしい」

「関心? プライモルディアの王太子様が?」

「そうらしい。なので、身辺調査を始めているのだが、現状の男関係を聞いてこい、と王宮に言われていてな。いきなり本人に聞くのもアレなんで、二人にな」


 冗談では無さそうだ。ベアトリクスと目を合わせる。

 しかし、不思議だ。あの場には、従姉のシアーニャを含めると、王女が四人もいた。エオウィン様との婚約を発表しているアイラを除いても、婚約者候補は三人もいた事になる。


「聞くところによると、エドワード様は随分と体格が良いそうじゃないか」

「そうですね。ベイオウルフより頭二個分くらい大きかったと思います」

「そんなに大きいの!」


 ベアトリクスがびっくりしている。無理も無い。ロバーツ様でさえ、鼻より上が出るくらいなのだ。


「そこらしい。普通の女性には相手が務まらんそうだ。その点、ベイオウルフなら安心だろう」


 そこ? よりにもよって体格の良さで選んだのか? 普通は逆だろうが。

 尤も、ベイオウルフは顔も声も可愛いのだ。重装歩兵の本人は苦にしているが。

 いや、しかし、二人が並んでいる様はお似合いと言えばお似合いだった。何よりも、その辺の男性を体格で圧倒するベイオウルフが小柄に見えた。


「でも、ベイオウルフは年上ですよ」


 五歳上になる。通常、男性は三十歳くらいで結婚し、女性は二十代後半で結婚する。

 勿論姉さん女房は珍しくないが、男性が十代後半とは珍しい。


「王族同士だからな。年齢はあまり考慮されんのだろう」

「王族同士って、ベイオウルフは平民……あっ!」


 途中まで言いかけたベアトリクスが口を押さえた。


「思い出したか。カトリーヌ司教から、お前達は知っていると聞いている。ベイオウルフが王族の血を引いている事をな」




 ベイオウルフとは通称で、本名はフランシスだ。大陸にあるセルトーニュ王国の先代か先々代だったかの国王様の落とし胤になる。


 私達が生まれて来るよりも前、一人の娘がセルトーニュから家族諸共セルトリア南部の村に引っ越して来た。それが、ベイオウルフのお祖母さんになる。お祖母さんは引っ越して間もなく妊娠が発覚し、娘を産んだ。それがベイオウルフのお母さんだ。家族は村で静かに平和に暮らしていたのだが、戦争が始まった。家族は、一人娘を中の原に引っ越しさせた。そして、中の原駐屯軍王国軍兵士の一人と出会い結婚した。生まれてきた娘がベイオウルフになる。国境付近の村にいた家族は戦争で亡くなってしまい。追い打ちを掛けるようにお父さんが戦死した。度重なる家族の死に打ちひしがれたお母さんは、そのまま病気になり亡くなった。そして、ベイオウルフは孤児院に来た。十歳の時だ。


「でも、本人は、自分はセルトリアの人間だって言ってるわよ。お父さんも王国軍の重装歩兵よ。だから、本人も重装歩兵になりたがってんだから。ま、幸い体も大きいしね」


 ベイオウルフが真相を知ったのは、お母さんの死後になる。お母さんの遺品の中に、指輪と一通の書簡。そしてお祖母さんからお母さんへ宛てた手紙があった。その手紙には、事の次第が書かれていた。書簡にはセルトーニュ王国国王の署名があり、ベイオウルフのお母さんが自分の娘であることを認める旨がしたためられていた。指輪は無論紋章付きだ。再婚せず、独身を通したお祖母さんにとっては、心の支えだったのだろう。ベイオウルフは、無論大層驚き、自分の正体が他人にバレたらどうしようかとうろたえた。その結果、孤児院に来た時は口数が極端に少なくなっていて、遂には自己紹介の時に自分の名前さえ言えなかった。通称のベイオウルフは、見かねた院長先生が付けた呼び名だ。


 通常、王族ともなると一夜限りの遊びの結果なんか見向きもしないらしい。相手が平民であれば猶更だ。それが認知した。恐らく、真剣にベイオウルフのお祖母さんに当たる方を愛したのだ。きっと、身分を越えた禁断の恋であり、結婚は周囲の猛反対を食らったに違いない。家族は特別裕福では無かったが、貧乏でも無かった。もしかしたら、追い出されるように、無理矢理引っ越しをさせられたのかも知れない。


「一応、セルトーニュ王国の方は、王位継承権を認める、と言っているそうだ。もっとも、順位的には相当下だし、ベイオウルフの子供は該当しないらしいから、ほぼ関係無いと言って良いがな」

「もしかして、そこら辺の仲介をプライモルディアに頼んでいたのですか?」

「良く分かったな、ジャンヌ。その通りだ。ベイオウルフが生まれた際に、当時の国王であるヘンリー様がご確認なさったそうだ」


 だから、早かったんだな。いくら体格に一目ぼれしたと言っても、一か月も経っていない。普通の王族なら、一夜限りの遊びは兎も角も、平民の娘なんか見向きもしないだろう。エドワード様は、最初から知っていたに違いない。二人揃っての初めての共同作業は、古代人の遺跡の石の扉を二人だけで押し開けた事になる。今にして思えば、その後エドワード様は直ぐに飲み会に誘っていた。見初めたとすればあの時だろう。


「ただし、条件があるらしい。ベイオウルフの母親を自分の子であることを認める当時のセルトーニュ王の書簡とセルトーニュ王国の紋章入りの指輪をベイオウルフが持っている場合だ」


 実は持っている。私達は見せて貰った。本名を教えて貰った時だ。今は院長先生に預けてあるはずだ。

 ただし、あくまでもお母さんの遺品として、であり、セルトーニュとは関係が無い人生を送りたい、と言っていた。王国軍兵士を志したのも、強くなって戦死した父親を越え、戦争で巻き添えになる平民を減らすためだ。今更、血脈なんぞを持ち出されても迷惑だろう。


「そこでな、陛下がおっしゃるには、一旦ベイオウルフをセルトリア王家の養女にして、セルトリアの王族として送り出す事もお考えらしい」


 なるほど。セルトリア人としてなら本人も納得するかも知れない。

 それに、エドワード様は、セルトリアのファンだ。数多の戦士同様、ロバーツ様の熱心なファンでもある。ロバーツ様の結婚相手は槍使いで有名なグラディス様だし、マグダレナ様は元祖鬼嫁……もとい、元王国中央軍軽装騎兵だ。王国軍重装歩兵が王妃でも問題は無いだろう。


「でも、本人次第よね」

「そこは、王家も気にされている。で、どうなのだ? 男はいるのか」


 振り出しに戻ったが、答えは簡単だ。


「いないわよ。男共が軟弱だから、皆怖がってるみたい」

「そうか、分かった。では、後は本人次第だな」

「ちょっと、待って。今から聞きにいくの?」

「いや、そんな事は我らの分に余る。我らの調査はここで終わりだ」

「私達が本人に言ってもいいの?」

「いや、まだ確定では無い。それに申し込みはご本人同士の方が良いだろう。黙っていてくれ」

「でも、結局は、本人に聞かないと本当のところは分からないわよ」

「お前達には鉄の掟があるのだろう? お前達が知らなければ、いないだろう」


 実はある。一七五の会規約第五条「汝、好意を持つ男性が現れた場合、そして、恋愛と結婚については、可及的速やかに会員に報告するべし」に該当する。これは仲間内での三角関係を回避するためで、メアリーの主張により盛り込まれた。好きになった段階で報告しなければならない。今のところ、ベイオウルフからの報告は受けていない。


「良く知ってるわね」

「我らの情報網を舐めるなよ」


 どこから聞いて来るんだ?


「でもさ、私達だけが知っているなんて、その段階で規約違反になるんだけど」

「では、ベイオウルフに話をしてその気になってしまった後で、向こうがキャンセルしても良いのか?」

「そ、それは……駄目よ」

「ならば、黙っていてくれ。それに、近いうちにウミヘビ退治に行くのだろう? その時に、二回目の見極めがあるはずだ。少なくとも、それが終わるまでは黙っておいた方が良いと思うがな」


 好意を伴う場合は、黙っていても許される。

 しかし、聞かされた方は意識してしまう。いっその事、聞かされない方が良かったかも知れない。因みに、王国軍の方にも確認を取っているらしい。


「他の仲間には話してもいいわね。ウミヘビ退治一緒に行くメアリーとか」

「うーん。止むを得んな。しかし、口止めはしといてくれよ」


 その点は大丈夫だろう。


「では、この農場の視察は終わりだ。この居住区にもなんら問題は無い様だ。我らは、これから他の店や珪石採掘場の視察を行い、犯罪の抑止を啓発せねばならん」


 そう言って、すたすた歩き店に入って行く。


「ベイオウルフ。そなたがいるから問題は無いと思うが、平坦地の安全は我らが担っている。時折こうして視察に来るから、何かあったら衛兵隊と連携して、すぐに通報するんだぞ」

「はい、分かっております」

「農場も一通り見せて貰った。近隣の店の視察を終わらせると、本命の珪石採掘場の視察だ」

「お疲れ様です」

「ま、これも任務だ。では、ミアーナ殿も頑張って下さい」

「あ、はい。有難うございます」


 なるほど。そう言う名目で来たわけね。




 ベアトリクスと二人して深呼吸をした後、お店に戻る。


「なんか居住区見た後、出て行ったわよ」


 嘘では無い。


「本命は珪石採掘場だって言ってたね。エングリオから来た人もいるから、気を使ってるんじゃないかな」


 無論、ベイオウルフはそんな言葉は信じていない。ミアーナの警護の名目を設けただけだと、思っているに違いない。軽装歩兵がしょっちゅう来るなら、邪な者も迂闊な真似は出来ないだろう。


「じゃあ、悪いけど。私は巻物作ってるからね。休憩には戻るから」

「私も同じよ」

「ああ、お疲れ様。無理はしないようにね」


 ううっ。その場から逃げる私達に変わらぬ優しさを見せてくれると、心が痛む。




 引き下がってベアトリクスと二人してため息をつく。


「ねえ、どうしようか?」

「どうするも、こうするも無いわよ。知らない振りしか無いじゃない」


 こういう事はメアリーが得意なのだが、王都に帰ってしまった。


「兎に角、ルイスさんが言ったように、ベイオウルフがその気になって向こうがキャンセルしてくるのが最悪なんだから、黙っとくしか無いわ。ウミヘビ退治の事だけ考える様にするのよ」


 確かにそうだ。しかし、一緒にいたけど全然気づかなかった。王族と言うのは本当に本音を顔に出さないな。分かりやすいのはヘンリー様とロバーツ様くらいだ。


 結局、私は午後からマルセロ商会で巻物作りをし、ベアトリクスは狩りにいったので、冷静になる時間をおく事は出来た。

 晩御飯を皆で食べるために、集まった時も特に変な雰囲気ではなかった。

 ところが、そこは好奇心旺盛な魔法使いである。どうしても一点確認しておきたいらしい。

 ミアーナだ。もしも、ミアーナがエドワード様を見初めていれば、話はややこしくなる。


 イノシシの会の晩御飯の最中だ。


「ねえ、ミアーナは結婚とかどう考えてるの?」


 ベアトリクスが切り出した。

 王族の女子は、たいていが十代前半には相手が決まっていると、サクスブルグから聞いた。セルトリアは毛色が違う様だが、お話くらいは来ているのだろう。


「わ、私ですか?」


 山賊共が黙り込む。生唾を飲み込む者もいる。視線も顔も全然違う方向を向いているのだが、上半身が揃ってミアーナのいる方に傾いている。


「私は別に……今は、お店の事を覚えるので精一杯ですから」

「でも、ほら、各国の王太子様にも会ってるじゃない。こないだもプライモルディアに行って来たんでしょ? 好きとまでは行かなくても、この人ならいいかなあ、とかさ」

「エドワード様は、シアーニャ様の事を気にかけてらっしゃいましたよ。それに、私には大き過ぎます」


 怖いらしい。そう言えば、相談を受けた時に声を掛けたくらいで、後は一切話さなかったな。気になるなら、それをきっかけにお近づきになろうとするだろう。


「それに、母が、相手は平民でも良い、と言っていました」


 そりゃあ、そうだろう。自身が平民出身だ。

 何人かの山賊が、隠れてガッツポーズをしている。


「そっか、御免ね。変な事聞いて」

「いえ」


 何故か聞いたベアトリクスが赤くなった。しかし、これで、最悪の三角関係だけは無い事が分かった。一安心である。


「でも、そういうベアトリクスはどうなの?」


 ミアーナの反撃が始まった。

 恋ばな関係は、メアリーが店長の三号店で日々鍛えられているはずだ。それにベアトリクスは評判の美少女だった。今や、二十歳になって、美女になりつつある。


「私? 私はやる事あるからさ。それまではお金儲けかなあ」

「でも、幼馴染とかいるでしょう?」

「まあね。でも、メアリーが全部持ってっちゃうからね。私達は縁が無いわよ」

「店長が?」


 事実である。孤児院時代から同世代の男子には絶大な人気を誇っていた。無論、ベアトリクスとヴィルのオッサン属性が高すぎる事も理由の一つだ。


「そ、小悪魔だからね。それに私はオッサン達と一緒に飲んで騒いでる方が楽しいもの」

「じゃあ、そのオッサンの方とかどうですか?」


 ミアーナ、完全に楽しんでるな。


「皆、結婚してるわよ」


 ほら、そこの山賊! 独身だからってポーズをとるんじゃない!

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